召喚された最強勇者が、異世界に帰った後で

ぽんちゃん

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17 テレンス

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「レヴィに余計なことを吹き込んだ命知らずは、一体誰なんだい?」

 教会の一室にて、豪華な椅子に腰を下ろしたテレンスは、優雅に足を組んだ。
 十年もの歳月をかけて、従順で愛らしい婚約者に育てたというのに、初めてレヴィがテレンスに歯向かったのだ。

(怒った顔も、非常に愛らしかったが――。私のためではないのだから、許せるはずがない)

 はらわたが煮えくり返っているのだが、自身が最も美しいと思う微笑をたたえるテレンスは、駒に向かって問いかける。

「答えられるだろう? 私の可愛い人――」

「はい。スザンナ・ドレーゼ侯爵令嬢です」

 想定内の返答に、完璧な微笑を浮かべたままのテレンスは、内心舌打ちをした。

(アニカだけでも面倒だというのに、全く以って忌々しい女だ……)

「またか……。有能な聖女候補だから、今まで自由にさせていたが……。これ以上執着されては、私も参ってしまうよ」

 人気者は辛いとばかりに、テレンスが自慢の金髪を掻き上げる。
 ただ流し目を送っただけで、マリアンナは恍惚とした表情でテレンスを見つめていた。

「今はあの子が目立ってはいるが、なぜ、君のような優秀な子が埋もれているのか……。私にはわからないよ」

 聖女候補特有の琥珀色の髪と瞳を持つマリアンナだが、テレンスの目には特別には映っていない。
 レヴィの周りにいる者たちは、皆同じ顔に見えているのだが、テレンスは歌うように賛辞を贈る。

「っ……そんなっ。私は別に、優秀では……」

 首を横に振るマリアンナだが、テレンスに褒められて、まんざらでもなさそうな表情である。
 さあ、とテレンスに抱き寄せられ、膝の上に乗ったマリアンナが、真っ赤な顔で祈りを捧げる。

「嗚呼、とても心地よい……。感謝するよ、私の可愛い人――」

「っ……」

 テレンスがそっと頬を撫でただけで、マリアンナは至極幸せそうに目を伏せた。
 マリアンナの尻の下では、テレンスの股間がきらきらと輝いていたのだが、夢心地になっているマリアンナが気付くことはなかった――。

(この女のように扱い易ければ、まだ利用価値があったのだが……。スザンナはもう必要ない)

 スザンナが、テレンスが率いる魔物討伐部隊に探りを入れていることは知っている。
 それでも好きにさせていたのは、侯爵家が動いたところで、簡単にねじ伏せられるからだ。
 だが、テレンスの愛するレヴィに余計なことを吹き込むのであれば、邪魔なクローディアスと共に、辺境の地へと追いやる。
 完全無欠である己に歯向かう者は、徹底的に排除する。
 レヴィ以外は――。





 治癒を終えたテレンスは、早速レヴィの与えられている部屋に向かう。
 既に聖女候補たちが集まっており、皆がテレンスに道を譲る。
 熱い視線を一身に浴びるテレンスは、寝台の横に置かれた木製の簡素な椅子に腰を下ろした。
 急に意識を失ったレヴィは、きっと慣れないことをして疲労したのだろう。

「レヴィ、大丈夫かい?」

 至極優しく声をかけたテレンスは、この世で最も愛おしい人の小さな手をそっと握った。
 テレンスは、精巧なビスクドールのようなレヴィの表情を崩すことが大好きだった。
 控えめな笑みも。
 花が咲き誇るような笑みも。
 レヴィの全てがテレンスの心を掴んで離さない。

 テレンスは、レヴィを心から愛している。
 だが、最も愛しているのは、己である。

 聖女候補お披露目の儀式で、スザンナの手を取ったのにも、テレンスなりの理由がある。
 一つは、己が誰よりも目立たなければ、気が済まない性格だからだ。
 最も治癒の力が高い者によって、普段よりさらに美しい姿を皆に見せることで、テレンスの欲求は満たされる。
 そして、レヴィの悲しむ表情が見たかった。
 
 治癒能力が僅かしかないとわかった時のレヴィの表情は、今もテレンスの目に焼き付いている。
 テレンスに見捨てられるかもしれないと思っていることが、ありありとわかるレヴィの不安そうな表情――。
 美しい紫水晶のような瞳に、じわりと涙を浮かべたレヴィに、テレンスの胸が高鳴った。
 たまらなく興奮したのだ――。

 当時、十八だったテレンスは、既に閨教育は終了していた。
 しかし、レヴィは十三だ。
 成人していないレヴィに、テレンスの欲を向けることはできない。
 だからテレンスは、己の率いる魔物討伐部隊の者たちを利用していた。
 そこに愛など存在しない。

(だが、レヴィが知ってしまった可能性が高い)

 ウィンクラーの怪物を、テレンスが処分しようとしていたこと。
 自らの手を汚さず、マリウスを利用したわけだが、そのこともレヴィは知っているようだった。

(あのベアテルが、レヴィに告げ口するだなんて、今でも信じられないが……。事情を知っている者など他にいないのだから、十中八九ベアテルの仕業だろう)


 レヴィがクローディアスの声を聞けることを知らないテレンスは、ベアテルが逆らったのだと確信していた――。


 テレンスはベアテルに対して、恨まれるようなことしかしていない。
 だが、逆らうのなら受けて立つと、テレンスは部屋の隅に控えている男に見せつけるように、レヴィの額に口付けを落とした。

(――やはり、お前か)

 いつも淡々としているベアテルから、珍しく殺気を向けられる。
 感情を表に出すだなんて、相変わらず愚かな男だと思うテレンスは、ほくそ笑んだ。

「早く目を覚まして、私の愛おしい人――」

 心からレヴィを気遣うテレンスの姿は、理想の婚約者そのものである。
 テレンスの行動は、全て計算されたものだ。
 何も知らない聖女候補たちの目には、己が酷く魅力的に映っていることをわかっているテレンスは、日が暮れるまでレヴィの愛らしい寝顔を堪能していた――。















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