召喚された最強勇者が、異世界に帰った後で

ぽんちゃん

文字の大きさ
29 / 131

27 マリアンナ

しおりを挟む


「早くしろ、愚図ぐずが」

 個室に入るなり、テレンスにののしられたマリアンナは、息を詰めた。
 いつもはマリアンナを、可愛い人、と呼んでいたテレンスの口から吐き出された言葉なのかと、マリアンナは己の耳を疑っていた。

「私は心底、疲れているんだ。なにも言われずともわかるだろう。……本当に使えない女だな」

「ひっ!」

 怒り狂うテレンスが机を蹴り飛ばし、優しい王子様の仮面は剥がれていた。
 目の前にいる男が、本当にあのテレンスなのかと信じられない思いだった。


 憧れのテレンスに、名すら覚えられていないことを知らないマリアンナは、怯えながら祈りを捧げていた――。


 テレンスから、レヴィを守るようにと仰せつかっていたマリアンナは、レヴィがジークフリートの治癒をし始めたことに慌てふためいていた。
 レヴィに治癒を頼める者は、テレンスの許可を得ている、ベアテル・ウィンクラーのみ。
 それが暗黙の了解だった――。

 だからこそ、マリアンナはレヴィの代わりを名乗り出ていたのだ。
 そこで注目されれば、ロベルト侯爵家の次期当主――ジークフリートに目をかけてもらえる可能性もある。
 なにより、テレンスに褒めてもらえるという下心も、もちろんあった。
 だが、ジークフリートには睨まれ、子爵家出身のマリアンナは引き下がるしかなかったのだ。

(それでも、私にできることはしたのに――)

 涙を浮かべるマリアンナを一瞥いちべつしたテレンスは、太々しい態度で椅子に腰掛ける。
 レヴィの泣きそうな顔を見た時とは違い、青い瞳は穢らわしい者を見るような目だった。

「私の婚約者は、本当に優しい子だと思わない? 勇者がいれば、不満を漏らす者たちなど、もう必要ないというのにね?」

 不敵な笑みを浮かべたテレンスが、鬱陶うっとうしそうに金髪を掻き上げた。
 己の率いる討伐部隊の者たちを、使い捨ての駒としか思っていない発言に、マリアンナは驚愕する。
 テレンスが王族である以上、優しさだけでは生き抜くことはできないことは承知していたが、まさか側近までも簡単に切り捨てようとするとは思ってもみなかった。

「チッ。まだか? レヴィが待っているんだ、早くしろ」

 テレンスの裏の顔を知ってしまったマリアンナは、恐怖で祈りを捧げる手が震えてしまう。
 そのせいで、いつものように力を発揮することができず、テレンスに舌打ちをされる始末だった。

(レヴィ様を差し置いて、テレンス殿下に愛されようとした罰なのね……)

 震える唇を噛み締めたマリアンナは、必死に涙を堪えていた――。

 聖女候補の中で最も身分の低いマリアンナにとって、レヴィ・シュナイダーは雲の上の存在だった。
 身分も治癒能力も、全てが底辺。
 実力主義の世界のため、周囲からは一番に脱落するのはマリアンナだと思われていた。

 しかし、聖女候補お披露目の儀式で、全てが変わった。
 有能な聖女候補として注目されていたレヴィの治癒能力が、マリアンナより下だったのだ。
 ざまあみろ、だなんて思わなかった。
 ただ、レヴィのおかげで、マリアンナは悪目立ちすることがなくなったのだ――。
 
 そんな時に、テレンスに声をかけられた。
 レヴィを悪意のある者から守ってほしい、と。
 第二王子の命令は絶対であるし、密かに憧れていたテレンスに声をかけられたことに、マリアンナは歓喜していた。

 容姿には自信のある方だったマリアンナだが、レヴィの愛らしさには敵わない。
 だから、婚約者の座を奪おうだなんて、大それたことは考えていなかった。
 ただ、秘密の恋人ごっこを楽しんでいた――。

(このお方にとっては、きっと私も捨て駒なのね……)

 マリアンナは常にレヴィを気遣ってはいたが、すべてはテレンスのためだった。
 だからといって、レヴィのことが嫌いなわけではない。
 むしろ、関わっていくうちに、どんどん好意が増していたのだ。
 加えて、レヴィと行動を共にするようになってから、マリアンナの治癒の力も増していた。

(レヴィ様は、私の幸運の天使様なの……。でも、このままだと、スザンナと同じように、地方へ飛ばされてしまうっ)


「なにか臭うな……。ああ、お前の頭からか」

 マリアンナを冷めた目で見下ろすテレンスが、はっ、と鼻で笑った。
 わけがわからないまま、震える手で頭に触れたマリアンナは悲鳴を上げていた。
 
「いやあっ! な、なにこれ!?」


 マリアンナの頭には、あれほど可愛がっていたレヴィの鳥――ロッティの糞がこびりついていたのだ――。


「――お前が役目を果たせていないことは、よくわかった」

 テレンスに見限られたマリアンナは、幸運の天使との別れを察して、その場で崩れ落ちていた。













しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も皆の小話もあがります。 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

処理中です...