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57 テレンス
それから一月も経てば、領主たちから受け取っていた食料はあっという間に尽きていた。
森で狩りをし、生きるために獣を捌く。
どんなことも覚悟していたアカリだったが、精神的に参っていた。
ここはアカリの好感度を上げるためにも、テレンスの見せ場なのだが、テレンスとて獣の血は苦手である。
よって、食料の確保は全てベアテルが行っていたことにより、アカリはテレンスよりもベアテルを頼るようになっていた。
「いつもありがとう。ベアテルくんがいてくれて、本当に助かるっ」
「…………」
「ごめんね、私が不甲斐ないばっかりに……って、ああ……行っちゃった……。でも、ベアテルくんって本当は優しい人だよね?」
ベアテルに無視されているのだが、アカリはベアテルを嫌うどころか、積極的に話しかけていた。
誰の目も届かぬところで獣を捌いてきたベアテルの気遣いに、アカリは気付いていたのだ。
(……何年経っても目障りな男だ)
己よりも目立つベアテルへの不満が募っていく。
それでも利用価値があるため、今はまだ、ベアテルを切り捨てる時期ではない。
薄暗い森を迷いなく歩く背を睨みつけていると、頭上から美しい鳴き声が響いた。
「ふ、不死鳥……バルドヴィーノ様だッ!!!!」
アカリの指差す先には、金と真紅の混ざる羽を広げた、伝説の不死鳥の姿があった――。
夢でも見ているのかと、その場で立ち尽くすテレンスは目を見張っていた。
尻尾、かぎ爪、嘴は金色に光り輝いており、そのあまりの美しさに、一瞬にして心を奪われる。
「「「うおおおおお――――ッ!!!!」」」
伝説の不死鳥を見上げる者たちが雄叫びを上げ、辺りは熱気と興奮に包まれる。
背筋がぞくりとするような鳴き声を上げたバルドヴィーノが、口から火を噴いたのだ。
喜色満面になる騎士たちが子どものようにはしゃぎ、興奮を抑えきれないテレンスは、気付けば鼻から血を流していた。
「凄いっ! アーデルヘルム国王陛下みたいだよ、ベアテルくんっ!」
伝説の不死鳥バルドヴィーノが、ベアテルの肩に止まったのだ――。
さすがベアテルだ、と感極まるアカリが高く飛び跳ねる。
興奮してさめざめと泣いている騎士たちに囲まれるベアテルは、ただじっと不死鳥を見ていた。
これ見よがしに自慢しているわけではないが、平然としている態度も気に食わない。
(っ、どいつもこいつも、なぜ、私ではなくベアテルを選ぶのだッ!!)
かつての友に忌々しげな視線を送るテレンスは、この旅で、ベアテルを亡き者にすることを決意していた――。
母親譲りの美しい容姿だったテレンスは、王族の中でも目立っていた。
そんなテレンスが傍に置きたいと選んだのが、ベアテルとジークフリートだ。
見目麗しい者を好むテレンスは、ふたりの容姿を気に入り、側近とした。
身分も申し分なく、ふたりを引き連れるテレンスは、常に注目を浴びていたのだ。
だが、いつの日かテレンスよりベアテルが脚光を浴び始めた。
大人しかったベアテルに笑顔が増えたのは、婚約者候補と交流をし始めた頃だ。
めきめきと剣の腕を上げ、一回り以上歳上の騎士をも簡単に打ち負かす、桁外れの強さだった。
英雄の息子であるのだから、ベアテルに剣の才能があるのは当然のこと。
周囲の者たちはそう判断していたが、なにか不正をしているのではないか、と疑うテレンスは、ベアテルを特別扱いした。
親友だと告げ、短期間で力をつけた秘訣を聞き出そうとしていたのだ。
そして純粋だったベアテルは、テレンスにだけ秘密を打ち明けた。
獣の血が混ざっているから、強いのだと――。
『英雄の伴侶は、弱点となる。だから俺の伴侶も、母上のように強い人を選んだ方がいいのだとわかっている。でも、俺は、あの子が――レヴィがいい。レヴィじゃなければ嫌なんだ。だから、レヴィの分まで、俺が強くなる必要がある』
ゆるがぬ決意。
ベアテルをライバル視していたテレンスが、見惚れてしまう程のいい顔をしていた。
同時に「テレンスとは、長い付き合いになるな」と笑ったベアテルを、愚かな男だと思った。
(友人であっても、決して己の弱みは見せてはいけないというのに……。そんなこともわからないだなんて、憐れだな)
その頃のテレンスは、既にシュナイダー公爵家のユリアンと婚約していた。
婚姻後は、シュナイダー公爵家に婿入りする予定だったが、テレンスを立てることのないユリアンとは、一切交流していなかった。
そしてテレンスは、レヴィを婚約者にしたいと両親に話したのだ。
爵位を継げない次男のレヴィを伴侶とする場合、テレンスは陛下から爵位と領地を賜ることになる。
将来を期待されているレヴィの存在と、テレンスの努力次第では、大公位を得ることができる。
特に支障はないため、テレンスはあっさりとユリアンを切り捨てた。
ウィンクラー辺境伯家とは揉めることになったが、テレンスはベアテルの弱みを握っているのだ。
ベアテルはあっさりと身を引いた。
テレンスがしたことと言えば、『お前が獣であることを、レヴィにバラすぞ』と仄めかしただけ。
(ベアテルには恨まれることになったが、感謝すべきだろう? 誰にも弱みを見せてはいけないと、私が直々に教えてやったのだから)
そうして婚約が整った後、テレンスはレヴィに出逢った。
美しいもの、特別なものを好むテレンスがレヴィを気に入らないはずがない。
ベアテルの大切なものを奪い、絶望させるつもりであったテレンスだが、一目でレヴィを気に入ったのだ――。
「おおおおっ!! バルドヴィーノ様が、テレンス殿下のもとにっ!!」
過去を思い起こしていたテレンスが、ハッと顔を上げれば、伝説の不死鳥がテレンスの頭上を飛んでいた。
黒い瞳に射抜かれ、息を呑んだテレンスは、全身に鳥肌が立つ。
「アーデルヘルム陛下の子孫であることを、わかっているのかもしれないぞっ!?」
『俺様は胡散臭いお前のことは気に食わねぇが、ご主人様がお前を待ってるんだ……。お前がご主人様を幸せにすると、決して悲しませないと誓うなら、お前にも触らせてやってもいいぜ?』
夜空を羽ばたくバルドヴィーノは、事前にテレンスが決めた道ではなく、別の方角を示している。
まるで、ついて来いと、道案内をしてくれているかのようだった。
「っ、バルドヴィーノ様に続け!!」
気分が高揚しているテレンスが叫び、皆がバルドヴィーノの後を追う。
そして魔物に遭遇した際には、不死鳥が勇者に手を貸したのだ。
バルドヴィーノの吐いた炎を剣に纏わせたアカリが、魔物を貫いていく。
テレンスは見ていただけだったのだが、まるで己が英雄になった気分だった――。
「きっとレヴィくんが連れてきてくれたんだよ!」
不死鳥を見上げるアカリが、確信したように話しているが、なぜレヴィの名が出たのか、テレンスは理解不能だった。
「っ、やっぱりか? 俺もそうじゃないかと思っていたんだよ。な、ベアテル!」
「――ああ。間違いない」
「え!? ベアテルくんが笑った!?」
レヴィの話で盛り上がる三人を、テレンスは冷めた目で眺めていた。
ベアテルやジークフリートとは違い、ロッティにはまるで興味のなかったテレンスは、伝説の不死鳥の飼い主が己の愛する者であることに、レヴィの話を信じていないテレンスが、ついぞ気付くことはなかった――。
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