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しおりを挟む『その調子で、装飾品も用意させるのじゃ!』
ノリノリのアクパーラだが、レヴィは内心、困り果てていた。
(さすがに、意味もなく浪費するのは気が引けるなあ……)
使ったお金は、離縁した後に働いて返そう。
そう心に決めたレヴィは、今思い付いたかのように、ぽんと手を打つ。
「あ、そうそう。僕に似合う宝石もほしい。いろんなものを見てみたいから、ウィンクラー辺境伯領の商人を、全員連れてきてね?」
「っ、畏まりましたッ!!」
声を上擦らせるコンラートが、退出する。
今からレヴィの悪妻ぶりを、邸中に言いふらしに行くのだろう。
慣れないことをして疲労するレヴィであったが、ほっと胸を撫で下ろした。
ただ、部屋を飛び出したコンラートが、どうしてか喜びを爆発させていたような気がしたが……。
「な、なんとかやり遂げたっ」
『ほっほっほ。優しさが滲み出てしまっておったが、及第点じゃ』
レヴィの味方である動物たちに、まずは服装を変えるようにとアドバイスされたレヴィは、初めて聖女の戦闘服であるローブを脱ぎ捨てていた――。
商人が来るまでの間、レヴィは頼れる動物たちと作戦を練る。
鳥たちの話によると、動物の治癒に訪れている者は、すでに先代辺境伯夫夫が邸に招待し、もてなしているそうだ。
そして動物たちは、死の森でのびのびと草を食べているらしい。
(僕が離縁したいからって、治癒の仕事を放棄するのは違うと思う。僕を頼って訪れてくれた動物たちは、無関係なんだ)
「ベアテル様が離縁を承諾しなくても、マクシム様とエミール様、セドリック王太子殿下が滞在している時に、仕事を放棄する僕が衣装を買い漁れば、きっと辺境伯夫人には相応しくないと判断されると思うんだ」
アクパーラは、仕事を放棄するように話していたが、レヴィは治癒はするつもりだった。
昼寝をした後、皆が寝静まった頃に行う。
昼はダラダラと過ごす姿を見せ、夜更かしをする悪妻に、ベアテルはレヴィを見捨てるに違いない。
レヴィにとっては、完璧な計画であった。
◇
そして一時間も経たないうちに、レヴィの部屋には大勢の商人が駆けつけていた。
おもてなししたい気持ちは山々なのだが、レヴィは威厳のある態度を意識する。
「急な呼び出しだったのに、よく来てくれました。今日はよろしくお願いしますね」
「「「っ、」」」
レヴィは椅子に座ったまま挨拶をしたからか、自慢の商品を売り込みたくて訪れたであろう商人たちは、呆然と突っ立っていた。
昨日知ったばかりだが、これでもレヴィは辺境伯夫人である。
おそらく二十名ほどの商人たちは、『人喰い熊』の異名を持つ伴侶に、恐れをなしているのだろう。
(うんっ、いい感じだ! ワガママな人だと思われたに違いない!)
「君たちに、僕の衣装をお任せしたいと思うんだけど、いいかな?」
「「「っ、はい!!!!」」」
「……ふふっ。今日は忙しくなると思うけど、最後まで付き合ってね?」
不敵な笑みを意識するレヴィは、口角を上げた。
常に聖女のローブを着ていたため、恥ずかしながら、レヴィは流行りの衣装の知識はない。
よって、商人たちに仕事を丸投げしたのだ。
そんな性悪と化したであろうレヴィの前に、次々と高級な布が用意されていく。
「こちらは王都ではまだ流通していない生地です。辺境伯夫人が身につければ、王都でも流行することでしょう」
「ええ、そうですね。これからは、辺境伯領が流行の最先端になるに違いないっ!」
「ではまず、辺境伯夫人の瞳の色と同じ生地で仕立てましょう」
立ち上がることのないレヴィの失礼な態度にも、嫌な顔を見せない商人たちは、さすがである。
プロ意識の高い集団だ。
レヴィは感服していたのだが、広い部屋はあっという間に煌びやかな布で埋め尽くされていく。
いざ、目の前に高価な布を並べられると、質素倹約を基本としていた聖女生活の長いレヴィは、焦りを覚えていた。
「あ、あの……一日一着でいいから、七着もあれば充分だと思うのだけど……。ああ、でも、予備も含めたら、十着は必要かな?」
「「「…………」」」
先程まで意気揚々と話していた者たちが、なんとも言えない表情でレヴィを見ている。
(……え? もしかして、僕がワガママすぎて、ついていけなくなっちゃった……?)
内心ハラハラしていたレヴィであったが、急に商人たちの目の色が変わる。
「お茶会やパーティーといった場でも、煌びやかな衣装は必要となります。辺境伯夫人であるなら、尚更です」
「とにかく、採寸しましょう!!」
やる気に満ち溢れる商人たちは、威厳のある態度を意識しているレヴィよりも、圧を感じた。
ウィンクラー辺境伯領の商人たちは、どんな環境でも生き残れる、とても逞しい精神の持ち主ばかりだと、レヴィは思った。
「――そのお方に気安く触れるな」
感心するレヴィだったが、鋭い声が割り込む。
いつから見ていたのか、ベアテルが邪魔をしに来たのだ。
(触らないで、どうやって採寸するの!? ……まさか、僕の計画に気付いてる? ベアテル様って、実は意地悪な人だったんだ……)
むっとするレヴィだったが、商人を集めたベアテルが、なにやら話し込む。
どうしてかレヴィにぴったりの衣装を用意していたベアテルは、採寸は必要ないと告げていたのだ。
しかも、支払いもベアテルがするようだった。
(っ、ベアテル様は、何年前から僕に目をつけていたの!? しかも、さらっと大金まで支払って。そこまでして、僕を繋ぎ止めたいの!?)
正確には、ベアテルが必要なのはレヴィ個人ではない。
レヴィの持つ治癒能力だ。
そのことを再確認し、レヴィはひとり落胆する。
「も、もう、僕はいいから、使用人たちの分も用意してくれる……? 三十人はいるけど、予算は大丈夫かな……?」
ベアテルが汗水垂らして稼いだお金を見た瞬間、レヴィは罪悪感でいっぱいになっていた。
「畏まりました。では、領主様の分も仕立てましょうか?」
人の良い笑みを浮かべる商人は、気を利かせたつもりだろう。
複雑な気持ちになるレヴィだが、頷いていた。
「…………うん、そうだね。ベアテル様だけ仲間外れにするのは、違うと思う」
ぼそっと呟くレヴィは、ベアテルとお揃いの衣装まで用意されてしまっていた。
辺境伯夫夫に自慢の商品を売り込むことができた商人は、当たり前だが大喜びだ。
そして、大金を支払う羽目になったというのに、どうしてかベアテルも機嫌が良さそうだった。
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