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「俺が、犠牲に……?」
どこから話を聞かれていたかはわからないが、ベアテルは酷く神妙な顔付きだった。
だが、ベアテルにはアクパーラの声は聞こえていない。
亀と会話しているところを見られてしまったが、レヴィがベアテルを特別に想っていることまでは知られていないはず――。
それでもハラハラするレヴィは、ベアテルと目を合わせることができなかった。
気まずい程しんとする部屋で、ベシッ、と鈍い音が響く。
『ぼけっとしていないで、さっさと謝らんか!!』
レヴィが恐る恐る顔を上げれば、アクパーラが、ベシ、ベシ、と何度もベアテルの足を殴っていた。
『こんなに素敵なご主人様を、一体何度泣かせたら気が済むのじゃ!!』
「っ、アクパーラ様ッ」
朗らかな顔付きのアクパーラだが、今はとんでもなく凶悪な顔でベアテルを叩き続けている。
見ているだけでもかなり痛そうなのだが、ベアテルは特に怒ることもなく、頷いた。
「…………ああ、わかった。俺が、あのお方を泣かせたんだな」
「っ、」
黄金色の瞳に真っ直ぐに見つめられ、レヴィはドキリとする。
いつもは勘違いばかりしているベアテルが、今回は正しく読み取ったのだ。
こんな状況でなければ、拍手を送りたい気分だったが、『お前しかいないじゃろうが! この大馬鹿者!』と、アクパーラはまだ怒っていた。
「話がしたいから、ふたりにしてくれるか?」
『ご主人様を泣かせるようなことをしたら、今度は絶対に許さぬからな』
ベアテルに頼まれたアクパーラが、心配そうにレヴィを見る。
レヴィが頷けば、アクパーラは何度も振り返りながらゆっくりと退場し、その姿を見届けたベアテルは、直様レヴィの足元で跪いた。
「俺の不用意な発言で、あなたを傷つけてしまって、本当にすまない」
レヴィが話を聞いてしまったことを、やはりベアテルは気付いていたようだ。
ベアテルがレヴィを愛せなかったとしても、それはベアテルが悪いわけじゃない。
傷付かなかったといえば嘘になるが、それでも謝罪してくれたことが、レヴィは嬉しかった。
「いえ――」
「だが、あの言葉は本心でもある」
「っ、」
笑顔を向けようとしたレヴィだったが、ベアテルの言葉が胸に突き刺さる。
レヴィの見開かれた瞳から、ぼろぼろと勝手に涙がこぼれていた。
ベアテルが涙を拭おうとしてくれるが、今は優しくしてほしくない――。
「っ……イヤ」
放っておいてほしいと、レヴィはベアテルの手を払っていた。
(っ……ベアテル様を、困らせたくないのにっ。でも、もうこれ以上、何も聞きたくないっ)
泣きじゃくるレヴィが、全力でベアテルを拒むも、あっさりと掴まえられていた。
「――レヴィ、最後まで聞いてくれ」
「っ、」
力強く名を呼ばれ、レヴィはハッと顔を上げる。
レヴィの両手を握り締めているベアテルは、どうしてかレヴィよりも苦しそうに、くしゃりと顔を歪めていた。
「俺は、あなたの治癒能力を欲して、伴侶に迎えたわけじゃない。ずっとあなたに、活躍してほしいと思っていた。その手助けができれば、と。最初は、本当に、それだけだったんだ……。愛されたいだなんて思っていない。愛する人のそばにいられるだけで、俺は幸せだと思っていた」
(…………っ、あいする、ひと? そばにいられるだけで、しあわせ……?)
理解が追いつかない。
だが、苦しそうに語るベアテルは、真っ直ぐに、レヴィを見つめている――。
「俺は、あなたが他の人と想いを通わせているところを、ずっと近くで見てきた。十年以上……俺が、どれだけあなたに愛されたいと願っても、あなたが愛しているのは、別の人だった」
「っ、」
愛の告白に、レヴィは息が止まりそうだった。
それも、ベアテルはレヴィよりもずっとずっと昔から、想いを寄せてくれていたのだ。
(っ……僕がテリーと婚約している時から、ずっと想ってくれていたってこと……?)
これ以上ない喜びで、胸がいっぱいになったと同時に、苦しくて仕方がない。
ベアテルの隣に、レヴィ以外の人が立つことを想像しただけでも耐えきれないというのに、ベアテルはそんな辛い時間を、十年以上も味わってきたことを知ったのだ。
――どれほど辛かったのだろうか。
ベアテルの立場に立って考えただけで、レヴィは息もできないくらいに胸が締め付けられる。
しゃくりあげるレヴィの頭を、ベアテルは優しく優しく撫でてくれた。
「婚約しているのだから、当然だ。俺が勝手に恋焦がれていただけで、あなたはなにも悪いことはしていない」
「っ……で、でも、」
「……強いて言うなら、あなた自身が魅力的すぎるのが悪いな? 何百回と諦めようと思ったが、結局俺は、今もこうしてあなたのそばにいる」
言葉の節々から、レヴィへの熱い想いが伝わって来る。
心の底から喜びが湧き上がっているというのに、レヴィは堰を切ったように涙が止められない。
「あなたのためだったとはいえ、婚姻していたことを隠していて、本当にすまなかった。何度も、あなたを泣かせてしまった。……俺は、あなたの笑顔が好きなのに――」
ベアテルは、レヴィの治癒の力を利用するつもりなどなかった。
むしろ、誰よりもレヴィの力を信じてくれていたのだ――。
(やっぱり僕は、ベアテル様が好き……っ)
レヴィはベアテルへの気持ちを言葉にしてはいないが、おそらく気付かれているだろう。
そう思うと、酷く恥ずかしくて、レヴィはなかなか気持ちを伝えられなかった。
いつまでももじもじとするレヴィに、ベアテルは愛おしそうに瞳を細めた。
「あなたさえ良ければ、やり直させてほしい……。愛してる、レヴィ。俺の生涯の伴侶になってくれないか?」
涙を堪えるレヴィが頷き、ベアテルの纏う空気がぱあっと華やぐ。
本当か? と何度も確認を取るベアテルの声は、喜びが隠しきれていない。
恥ずかしくて俯くレヴィの顔を、ベアテルが覗き込む。
「――これからは、特に理由がなくとも、あなたに触れてもいいか……?」
「っ……」
まるで、ずっとそうしたかったと、願っているように告げられ、どうしようもなく想いが溢れるレヴィは、ベアテルの胸に飛び込んでいた――。
「っ、僕、ベアテル様が好きっ」
「――ッ」
急に抱きついたレヴィを、ベアテルがしっかりと抱き留める。
だが、ベアテルの逞しい体は、これでもかと震えていた。
「っ……もう、死んでもいい」
ふぅ、ふぅ、と必死に呼吸を整えるベアテルが、レヴィを抱き締めたまま呟く。
咄嗟に「っ、それはダメです」と答えたレヴィだったが、ベアテルが歓喜していることが、全身から伝わって来ていた。
(……すごく、すっごく、しあわせ……)
胸元から、ちらりと顔を上げたレヴィは、驚きに目を丸くする。
ベアテルの頭には、可愛い耳が生えていたのだ。
ぴくぴくと忙しなく動く耳は、まるでベアテルの心情を表しているかのようで、レヴィは益々愛おしい気持ちが込み上げてくる。
「っ、今は見ないでくれ」
レヴィがじっと見ていることに気付いたのか、恥ずかしそうに片手で目元を隠すベアテルだが、耳は嬉しそうにぴくぴくと動いたままだ。
(熊さんの耳は、本物だったんだッ!!)
可愛い耳を撫で回したい衝動に駆られるレヴィだったが、今はぐっと我慢する。
代わりにぎゅうぎゅうと抱き付けば、ベアテルがようやくレヴィを見下ろした。
「っ、無理だ、可愛い、幸せすぎて、どうにかなりそうだ」
矢継ぎ早に告げるベアテルは、無口だった頃が嘘のように、本音がだだ漏れになっている。
赤面するベアテルを見上げ、レヴィも同じような顔をして笑った。
「――僕もっ」
「~~~~ッ!!!!」
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