18 / 39
あなたを知りたくて
第18話 半妖の恋心
しおりを挟む「母狐? そんなことを訊いてどうするんだ、兄さん」
遥香のまなざしに気づいたのか偶然か、彰良が不審げにする。悟は歳の離れた義弟に苦笑いを向けた。
「おまえがさっさと調べるべきだった。行方知れずなんだろう? 名のある妖狐ならば方技部の連中が祓ってしまいかねないじゃないか。そんなことになっていないか記録をあたるんだ」
「あ……!」
遥香はその可能性にやっと気づいて小さく悲鳴を上げた。それを見る中佐の目が痛々しげだ。
「すまんな遥香さん、私もそこに考え至っていなかった。消息がわかれば連絡するのでな」
「はい……お心づかい感謝します。ええと、母は天音と名乗っていました。人としての仮の名かもしれませんけど……」
「あまね。天音か。わかった、気にかけておこう。悟、調べてみてくれ」
「わかりました。見た目の特徴があれば、それも教えてほしいが」
「……狐の姿は見たことがありません。それに私は七つのころに別れておりますので。きれいなひとだった、ぐらいしか」
そう聞いて、中佐はハッハと笑った。
「化け狐は美人だと言われるな。まあ遥香さんを見れば母上も美しかろうとわかる。見つかれば話してみたいものだ。私は魔物だとて問答無用で祓うのは反対だから、安心しなさい」
「そうなのですか」
「彰良にもそう教えてきた。人に害を為すか否かだ、と」
だが遥香はギクリとなる。
彰良からは父を殺したいと聞いたばかりだ。育ての親からのその教えは彰良の中で、害を為せば祓ってもよいと言い替えられている。
その気持ちを、彰良は義家族に打ち明けているのだろうか。中佐は遥香の気がかりなど知らぬ風で話し続けた。
「――日本には八百万の神がいる。天つ神、国つ神。そして木霊や付喪神のように何にでも神が宿るとされる。脈々とつないできた〈人ならざるもの〉の血脈は、文明開化の世の中だからと無くしてはいかんのだよ――そもそもウチのような陰陽師が、西洋の文明から見ると怪しいものらしいがね」
やや不愉快な顔をしてみせて、芳川中佐はため息をついた。自分の軍服を見下ろして嫌そうに指先でつまんでみせる。
「軍にまぎれてしか働けんとは」
「父さん、軍属になりたての娘さんの前で言うことじゃありませんよ」
悟がたしなめるが、確かにその通り。そんな愚痴を言われても遥香は反応に困ってしまう。まさに軍にまぎれて働きだしたばかりなのに。
「まあ軍服を着る羽目になろうとも、やるべきことはやらねばならん。遥香さんにも期待しとるよ……ああ、君は巫女装束でかまわんぞ」
中佐から茶目っ気たっぷりに目配せされて、遥香は赤面した。動きやすさ最優先で袴をはいているのは報告されていたらしい。
だって軍服なんて大きさも合わないし仕方ない。着物の裾をはねあげて走ることになったら困るもの。すねを彰良に見られるなんて、はしたない。
そう考えて遥香はまた、自分の心にドキンとした。
彰良、なのか。ほかの誰でもなく。
「おやおや、からかってすまん」
火照る頬と耳を押さえてしまった遥香のことを、芳川中佐は目を丸くして笑った。
遥香たちが執務室を出ていってから、悟は難しい顔だった。
「確かに彰良の相手としては興味深いですが、身上調査ぐらいしてからでしょうに」
「すまんすまん。半妖の娘など他におらんので気が急いてしもうた」
芳川中佐はあまり反省もしていなさそうに笑った。実は妖狐の娘のうわさに食いついたのも横浜に二人を置くのも、女っけのない彰良のためなのだ。
会ってみれば遥香は美しく、気づかいに満ちた娘だった。嫁に迎えるに申し分ないと中佐はほくほくしている。
「彰良はのう、不憫な育ちのせいで自分を抑えすぎだ。あれが心を動かすところなど、見てみたくないか?」
「あいつが潔癖なのは実の父への嫌悪というやつです。ちょっと女を近づけたぐらいでどうにかなりますかね。だいたいあの遥香というのは怪異に同情するような女なんですよ、うっかり彰良がほだされたら面倒です」
「彰良が迷っては困るが」
しかし彰良は魔物相手にためらう男ではない。そういう風に育てたのだ。
遥香が妖怪と友人になり魔物に情をかけるような人柄だとはいえ、彰良の性根がそうそう変わるとも思えなかった。
「心配することもあるまい。時を見はからって本人たちにも話してみよう。なに、遥香さんは従順な娘さんだ、きっと芳川家のためになってくれるぞ」
悟は小さく肩をすくめた。
父は甘い。半妖の二人が怪異に肩入れするようなことが起きたらどうするつもりだ。
まあ彰良が反旗をかかげるようなことがあろうとも、たかが半妖ぐらい方技部の面々にかかればどうということもない。その覚悟のもとで彰良を引き取り、養育してきた芳川家なのだった。
「ええー、ぼくにおみやげはないのぉ?」
「ごめんね、とうふちゃん」
横浜に戻った遥香のところにあらわれて、豆腐小僧は口をとがらせた。遥香の膝に甘える豆腐小僧をながめる彰良は、あいかわらず無愛想だ。
「ほんの何日か帝都に行っただけだぞ。土産も何もあるか」
「でも私、横浜を離れたのは初めてでした。とても嬉しかったんです」
「……そうか」
ほのかに笑う遥香からフイと目をそらし、彰良は自分の気持ちがわからなくなっていた。「嬉しい」と遥香に言われることが、彰良も嬉しいのは何故なのか。
「ハルカ、このきもの、きれいだね。よかったねえ」
豆腐小僧が頭を起こし、遥香の膝をペチペチとする。遥香はそっぽを向く彰良に目をやった。これは彰良から贈られた着物だ。
「そうね、おかげで帝都を歩いても気が引けなかったの」
「がんばってぬったもんね。たくさんチックンってして、いたかったけど」
「とうふちゃんッ……!」
不器用ぶりを告げ口されて、遥香は豆腐小僧をぶつふりをした。コロンと転げて逃げる豆腐小僧は彰良のかげに隠れてしまう。遥香がそっちには追ってこられないとわかってやっているのだ。
「へへへーん、アキラくんにばらしちゃった!」
「もう!」
怒りながら困っている遥香を見て、ゆるみかける頬を彰良は我慢していた。給金がわりの反物で仕立てた着物は本当に遥香によく似合っている。
これを縫いあげた時、おずおずと仕上がりを披露した遥香のことを彰良は無言でながめてしまい喜之助に叱られた。だが仕方ない。
――古びた格好でみすぼらしく下を向いてばかりだった遥香が、可憐な花柄をまとって恥ずかしげに立つ姿に目をうばわれたのだ。
小間物屋に行った時もそうだ。喜之助のことなどどうでもよくなって、着物に似合う小物をつい手にしていた。ほんのり頬を染め、伏し目がちに喜ぶ遥香が見たいと思ってしまった。
彰良はため息をかみ殺す。
これが、ひとを想うということなのだろうか。
考えてみればこれまで身近に女などいなかった。いや、視界に入れないように生きてきた。女への欲に身を堕としたら、父親と同じ魔物になってしまう気がした。
――だが、笑い合う遥香と豆腐小僧を間近でながめているのはなんだかとても安らぐ。この気持ちをどうすればいいのか。
戸惑って彰良は黙り込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること
大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。
それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。
幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。
誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。
貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか?
前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。
※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!
りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。
食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。
だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。
食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。
パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。
そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。
王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。
そんなの自分でしろ!!!!!
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
【完結】わたしが嫌いな幼馴染の執着から逃げたい。
たろ
恋愛
今まで何とかぶち壊してきた婚約話。
だけど今回は無理だった。
突然の婚約。
え?なんで?嫌だよ。
幼馴染のリヴィ・アルゼン。
ずっとずっと友達だと思ってたのに魔法が使えなくて嫌われてしまった。意地悪ばかりされて嫌われているから避けていたのに、それなのになんで婚約しなきゃいけないの?
好き過ぎてリヴィはミルヒーナに意地悪したり冷たくしたり。おかげでミルヒーナはリヴィが苦手になりとにかく逃げてしまう。
なのに気がつけば結婚させられて……
意地悪なのか優しいのかわからないリヴィ。
戸惑いながらも少しずつリヴィと幸せな結婚生活を送ろうと頑張り始めたミルヒーナ。
なのにマルシアというリヴィの元恋人が現れて……
「離縁したい」と思い始めリヴィから逃げようと頑張るミルヒーナ。
リヴィは、ミルヒーナを逃したくないのでなんとか関係を修復しようとするのだけど……
◆ 短編予定でしたがやはり長編になってしまいそうです。
申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる