妖狐の嫁入り

山田あとり

文字の大きさ
32 / 39
狐と狼

第32話 屋敷への呼び出し

しおりを挟む

「ちゃんとご挨拶なさい、志乃しの龍治りゅうじ

 そう子どもたちをうながしたのは、山代の妻、久乃ひさのだった。
 夫とともに新天地横浜にやってきた山代夫人は、おおらかながら子どもの首根っこはしっかりつかんでいるらしい。十二歳の志乃と八歳の龍治は姿勢よく一礼した。

「これから、お世話になります」
「よろしくおねがいします!」
「こちらこそ、よろしくおねがいします」

 遥香はにっこりと、弘道はあっさりと頭を下げる。妹や弟ともいえる年ごろの二人が家に来て、にぎやかになりそうな予感に遥香はほほえんだ。
 彰良と喜之助は、姉弟とすでに面識があるそうだ。初対面の遥香と弘道への挨拶を見届けて、父親の顔の山代は子らに申しつけた。

「よーし、まずは自分の荷物を片づけなさい。それができたら庭のお稲荷さまにお詣りだ。後でよろしくお願いします、弘道さん」
「ああ、わかっとる」

 子どもたちは「家にお社があるなんてすごい」と弘道を見上げる。久しぶりに尊敬のまなざしを受け、弘道の顔色も明るくなったような気がした。庭をあらためて掃き清めに出ていく背がシャンと伸びている。

 こんな大家族で暮らすだなんて数ケ月前まで思ってもいなかった遥香は、めぐり合わせの不思議に目をうるませた。
 志乃や龍治が、孫のように弘道になついてくれたら嬉しい。この縁を結べただけでも遥香が軍で働く意味があったかもしれない。
 だが遥香にとって、ここでのいちばんの出会いはもちろん彰良だ。まだ大っぴらな間柄ではないが、そっと交わす目くばせだけで頬がほころぶ。

「ああ、吾妻よ」

 二階へかけ上がる子どもと妻を見送って、山代は喜之助をふり向いた。

「なんです」
「本部宿舎近くの小間物屋の看板娘って、おまえが気にしてたコか」
「……あ、まあ。そうですね」
「なんか見合いしたらしいぞ。ずっと渋ってた話に急に乗り気になったって」

 彰良はギクリとした。それはまさか彰良への不毛な気持ちにあきらめがついたからだろうか。静かに畳にくずれ落ちた喜之助の肩を山代はポンポンとなだめた。

「帝都に未練がなくなってよかったじゃないか。横浜にもいい女がいるだろうから、頑張れ」
「そ、そうだな。それにおまえ最近は水乞みっちゃんと仲がいいし」
「彰良……そりゃ大人のみっちゃんに迫られるとグラッとするけどさあ」
「なんだ迫られたのか、吾妻!」

 ビアホールに行った日、どうもそんなことがあったようだ。うっかり白状した喜之助の言葉に山代が食いつく。
 山代はまだ水乞に会ったことはないのだが、喜之助との成りゆきを追うのは横浜での楽しみが増えたというもの。だが相手は妖怪だ。祝福していいのかどうか。
 
「あと――こっちの二人には出頭命令が出てる。明日、帝都に向かえ」
「は? 俺たちだけですか」

 言われたのは遥香と彰良だ。帝都からの伝達のうち、むしろ本題はこちらだった。
 半妖の二人のみに何の用が――心細そうにする遥香に山代は肩をすくめる。どんな内容で呼ばれたのかは知らされていないのだ。喜之助も自分のことはともかく不穏なものを感じて眉をひそめた。
 面倒なことにならなければいいのだが、と全員が不安にかられた。




 横浜駅を出た汽車は、貨物、倉庫などが雑然とする場所を過ぎると堤防の上の鉄路をゆるやかに曲がる。
 きらめく入り江を窓からながめていた遥香は、隣の彰良をそっとふり向いた。

「どうした?」
「いいえ」

 彰良がすぐに反応する。つまり遥香を見ていたのではないのか。
 だからふり返ったんです、と言うのが恥ずかしくて遥香はうつむいた。

 縫い上げた藤色の矢絣を着て、髪は左右の三つ編みをぐるりと頭にまわす外巻き。水乞にせがまれて買ってきた女学雑誌という女性向け流行誌で勉強した髪型だ。彰良の目にはとても愛らしく映る。

「案じるな」

 愛おしげなやわらかい声に遥香は顔を上げた。呼び出されて不安がっていると思われただろうか。
 遥香と彰良を帝都に、というのはたしかに気になる。しかも方技部本部ではなく芳川家の屋敷にというのだった。となれば半妖としての二人に用があるとしか考えられない。

「俺がいる」
「――はい」

 ドキリとしながら、なるべく静かにうなずいた。彰良もやや照れたように思えた。
 だけどそう。この人がいてくれるからだいじょうぶ。

 二人だけで汽車の旅だなんて、理由はどうあれちょっと嬉しい。

 心をかよわせた日。台所のすみにいるまま涙をふかれ、彰良の腕におさまった。
 遥香を確かめるようにそっと抱きよせられて、鼓動は速まるのに安堵した。
 見上げた彰良のまなざしが熱かった。もちろんそれ以上遥香にどうこうなどしないのが彰良だったが。
 だけどあれ以来、なかなか二人きりにはなれない。なったとしても皆と暮らす宿舎の中だ、視線を合わせ頬を染めるぐらいが遥香の精いっぱい。
 だから今、隣の彰良と肩が触れるだけでも幸せがこみ上げる。
 この時間がずっと続けばいいのに。


 だが汽車は到着してしまった。
 今日はあまり酔わずに済んで、やはり前は緊張しすぎだったのだとからかうように言われた。そのかすかな彰良の笑顔に胸がきゅうとした。
 そこからまた人力車で芳川家に向かう。屋敷は本部とはすこし離れた下谷区にあり、古い寺社に囲まれた静かなところだ。そんなに大きな家じゃないと言われていたのに長く続く築地塀に驚き、気がひけた。
 正門を入ると、ピリ、と何かを感じた。遥香のかすかな反応に彰良が気づく。

「――結界だ」
「あ――」

 そうだ、本部にも掛けられていた術。だが以前よりはっきりとわかったのは遥香がそういうものに敏感になったからなのか。
 玄関にたどり着くと、迎えてくれたのは芳川悟少尉だった。

「待っていたぞ」
「兄さん。家に呼ぶなんて何があったんだ」
「話は座ってからにしよう」

 スス、と寄ってきた使用人らしき女性に手を差し出され、遥香は戸惑った。気づいた彰良がささやく。

「荷物を。ここに泊まる」
「方技部の宿舎ではないのですか」

 彰良にしてみれば当然すぎて言うのを忘れていただけだったが、わけもわからずついて歩く遥香を悟はどう思っただろう。こんな調子では、いずれ嫁にと彰良が申し出ても認めてもらえないかもしれない。
 見たことのない重々しいたたずまいの屋敷に遥香はすっかり呑まれていた。

「おお、遥香さん。よう来たよう来た」

 奥座敷で歓迎してくれたのは芳川高聡中佐だった。その笑顔にすこしだけホッとして頭を下げた遥香だが、続く言葉にこおりついた。

「きみを呼んだのはな、天音さんのことで話があるからなのだよ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

【完結】何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること

大森 樹
恋愛
辺境伯の娘であるナディアは、幼い頃ドラゴンに襲われているところを騎士エドムンドに助けられた。 それから十年が経過し、成長したナディアは国王陛下からあるお願いをされる。その願いとは『エドムンドとの結婚』だった。 幼い頃から憧れていたエドムンドとの結婚は、ナディアにとって願ってもいないことだったが、その結婚は妻というよりは『世話係』のようなものだった。 誰よりも強い騎士団長だったエドムンドは、ある事件で左目を失ってから騎士をやめ、酒を浴びるほど飲み、自堕落な生活を送っているため今はもう英雄とは思えない姿になっていた。 貴族令嬢らしいことは何もできない仮の妻が、愛する隻眼騎士のためにできることはあるのか? 前向き一途な辺境伯令嬢×俺様で不器用な最強騎士の物語です。 ※いつもお読みいただきありがとうございます。中途半端なところで長期間投稿止まってしまい申し訳ありません。2025年10月6日〜投稿再開しております。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

【完結】わたしが嫌いな幼馴染の執着から逃げたい。

たろ
恋愛
今まで何とかぶち壊してきた婚約話。 だけど今回は無理だった。 突然の婚約。 え?なんで?嫌だよ。 幼馴染のリヴィ・アルゼン。 ずっとずっと友達だと思ってたのに魔法が使えなくて嫌われてしまった。意地悪ばかりされて嫌われているから避けていたのに、それなのになんで婚約しなきゃいけないの? 好き過ぎてリヴィはミルヒーナに意地悪したり冷たくしたり。おかげでミルヒーナはリヴィが苦手になりとにかく逃げてしまう。 なのに気がつけば結婚させられて…… 意地悪なのか優しいのかわからないリヴィ。 戸惑いながらも少しずつリヴィと幸せな結婚生活を送ろうと頑張り始めたミルヒーナ。 なのにマルシアというリヴィの元恋人が現れて…… 「離縁したい」と思い始めリヴィから逃げようと頑張るミルヒーナ。 リヴィは、ミルヒーナを逃したくないのでなんとか関係を修復しようとするのだけど…… ◆ 短編予定でしたがやはり長編になってしまいそうです。 申し訳ありません。

処理中です...