マスカラ

笹本 康平

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 女同士のセックスなんてやることはたかがしてれていて全く面白味がない。対して男女のそれを私は経験したことがなかった。だから私は男と、シてみたい。
「私、そんな理由で振られるんですか。」
「うん、そうみたい。悪いわね。」
「全然…納得できないんですけど。」
「まぁ、そうでしょうね。」
  昼過ぎの少し人が掃けてきた、神泉のカフェテリア。二階建てになっていてアンティーク調のもので纏められているここは割と居心地が良い。喫煙所がないのも、清廉な女のふりができて安心する。一度しか利用できないのが残念なくらいだ。
 そんな洒落た雰囲気のこの場所に、私の提示している話題がどれだけ不釣り合いかは自覚しているつもりだ。しかし家に他人をあげるつもりはないし、かといって居酒屋やカラオケなんかは騒音で話なんてできたものではない。公園や道端でなんて以ての外だろう。結果、消去法でここにこの女を誘ったというわけだ。 
 こんな身勝手極まりない理由で振るのだからこの女が奇声を上げ、静かなカフェテリアの中ヒステリックな女とそれを平然と見つめる私という不可思議な構図が完成する可能性と、周りからの様々な視線に晒される可能性を考えなかったわけではないが多分それは起こり得ないだろうと思っていたし、実際女は静かだった。
 きっと女はいつもの幸せなデートのつもりでこれだけオシャレをして、嬉々として私の元に来たのだろう。
 前日の夜にクローゼットを漁り服を選んだのだろうか。約束の二時間前に起きてわざわざ朝にシャワーを浴び寝癖を直し、髪の毛をセットしてきたのだろうか。私好みの顔になろうと試行錯誤しながら化粧を施したのだろうか。そう思うと目の前の女も少しは可愛いと思えた。だがそれはこの別れ話をなかったことにする理由には明らかに不足していたし、同情というものも湧いてはこなかった。
 カフェオレにガムシロップを二つ。ケーキはベイクドチーズケーキを頼んだ。それらが運ばれてくると何より先にInstagram用の写真を三枚ほど撮る。私はそんな女だ。同情なんてできるはずもなかった。

 女は必死に堪《こら》えていた。それは悲しみだったかもしれないし、怒りだったかもしれない。きっと当の本人も自分の中に混在する感情が何かを把握することはできていないだろう。
  掌に指先を埋め眼球と皮膚との境で必死に涙を堰き止めている女の下睫毛の隙間から、ほの黒い涙が一滴垂れる。
 私は目の前の女が、今までのどの瞬間よりも私を愛しているように感じた。

 双方の納得の上、という言葉が適当でないのは確かだった。しかしこれ以上話を長引かせる必要性を感じなかったし、ヘビースモーカーの私にこれ以上清廉な女でいる努力などできるはずもない。女が黙ったところで私は一万円をテーブルにそっと置いた。
「じゃあ、またね。」
 カフェテリアを後にした私に女の声は届かなかい。
 自分の言葉に「あぁ、失敗した」と思ったが、すぐに喫煙スペースを探し始めるくらいにはとても些細なことだった。
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