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第一章 ~新人研修~ヴィーギナウス編

第06話 「魔物達を統べる王」

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 ヴィーギナウスにおける世界会議の開催は主催となる国の挨拶で始まるのが通例であり、今回の主催国であるハジメーナ王国もその通例に則り、開催の挨拶から会議はスタートした。

「諸侯の皆々方、本日は我がハジメーナ城にお集まりいただき誠に感謝する。今回の会議の議題は皆もご存じの通り、最近になって各大陸で確認され始め、一部では「異形の獣」の通り名で呼ばれる新種の生物群についてじゃ、まずは学者の者達の意見から聞いてもらおう。学者長、」
「はい、皆様お初にお目にかかります。ハジメーナ王国学者長でございます。さて、専門的な話は抜きにしてまずは現段階で分かっていることから申しますと、この「異形の獣」と呼ばれる生物たちはこれまで各大陸にいたどの生物とも共通点や類似点はほとんど見られず、まったく異質な存在であります。彼らはなにかの生物から変化して生まれたと言うよりは突然この世界に現れたというのが正しい認識に思えてならないのであります。現在も調査は続けておりますが、いまだに生息域や発生源の特定にはいたっておりません」

「つまりなにもわかっておらぬということであろう? 学者の意見などどうでもよい、襲って来るなら他の獣同様に仕留めれば良いだけだ」

「ヨツメツ皇帝、そうはおっしゃいますが、異形の獣どもはそこらの森に居る生物などより手強いものが多く、どの国も貴国のように簡単に撃退できるほど精強な兵を抱えているわけではないのです」

「弱い者は淘汰される。昔から変わらぬ生物本来の摂理だ」

「では小国は滅べばよいとでも?」

「そうは言っておらん、むしろ貴国サンリク公国は3代前の我が血族が興した国だ。貴国の為なら我が帝国はいつでも兵を派遣しよう。もちろん他の国も要請があれ同様だ」

「そしてそのまま兵はその国に駐屯ですか?」

「どういう意味かな? フメタツ王」

「いえいえ、討伐した後いつまた魔物が出るやもしれぬと不安に駆られた民は精強な帝国の兵が残ると言えば喜んで帝国の旗を掲げるのでしょうなと、」

「……ほぉ、」

「ふー、わざわざ東大陸までこちらを呼びつけてそちらの見せたかったものはその喜劇コントなのですかな?」

「やれやれ島国の者はせっかちでいかんな、退屈な会議を面白い劇にしてくれるのならそれも一興であろう? 貴国にある珍しい髪型のように」

「キラビック皇帝、それは侮辱ととらえてよろしいのかな?」

「いつまでも海洋の戦いで自分達が上だと思わんことだ。スズミの王よ。船の数ならすでに我らが勝っておるぞ?」

「……やってみるか?」

「そこまでにしてもらおう! ここは各国がいがみ合う場ではない。世界の行く末を話し合う場じゃ、互いの国のわだかまりは今はなしにしてもらおう」

「「「「…………」」」」

「よし、では続けるがまず…、」

「我の話を聞いてもらおう」

「だれじゃ!」

 各国の王達が黙り込み静寂が包んだ空間に割って入った声の主を探してハジメーナ王と他の王達、そして警護として壁に張り付いていた騎士達も声のした方向を向き、いつの間にか窓辺に立っていた存在に全員が気づいた。

「貴様、何者だ!?」

「ここが世界会議の会場と知っての狼藉か!」

 いち早く声の主に気付いた騎士達は不審人物に向けて腰に下げていた剣を抜き、構えながら距離を詰めていく。

「突然の訪問失礼する。本日はお集まりの王達に宣言をしに来た」

 仮面と装飾の施されたローブに身を包んだその人物は見た目から体系や人種が特定しにくくなっており、またローブの中に武器を隠し持っている可能性を騎士達は警戒していた。

「宣言だと?」

「そうだ、我は魔王デスフレア、今日この日、我は諸君ら、いや、……世界に対して宣戦を布告する」

「は? 世界に……宣戦を布告だと?」

「ハッハッハッ、面白い趣向だ。ハジメーナ王はよほど余興がお好きと見える」

「いや、ワシはこんな余興があるとは聞いておらんし、あっても許可などせん」

「では、こやつは一体、」

「おい、貴様本当に何者だ!?」

「たった今言ったはず、我は魔王デスフレア、魔物達を統べる王である」

「魔物?」

「諸君が異形の獣と呼ぶ存在、あれこそ我が魔の力によって生み出した闇の獣たち、魔物である」

「ふん、例えその言葉が真実であったとしてもあの程度の獣を率いたところで四大陸の一つでも、いや、我が帝国に勝てるとでも本気で思っているのか?」

「では、証明しよう」

 魔王デスフレアはそう言うと、窓の外に向けて火球を放ち、空高く舞い上がったそれは弾けて盛大な花火となった。

「「「…………」」」

 一瞬時間が止まったかのように感じられたが、その静寂を一人の笑い声が破る。 

「ふっ、はっはっはっ、今度は魔法の余興か? もう気が済んだであろう、騎士達よ、この者を捕えて牢へ…、」

「いや、待たれよヨツメツ皇帝、空に何か、」

「黒い、鳥?」

 はじめは小さな、しかしたくさんの影が空に現れたかと思うと、あっという間にその影は大きさを増し、くっきりと輪郭とともに現れたその姿に各国の王達は驚愕した。

「異形の、いや魔物の群れ!?」

「なんて数だ! 100や200ではきかんぞ!?」

「へ、陛下、報告します! 城下町の各所からおびただしい数の異形の獣が侵入、現在兵士達が防戦に当たっておりますが、このまま数が増え続ければいずれこの城まで到達される恐れが、」

「すぐに城の兵から動ける者達を向かわせよ。弓兵隊は空の魔物を城に近づけさせるな。それから騎士団長をここに、そこに居る者を問い詰める必要がある」

「グラン、ヨツメツ帝国騎士の力、その愚か者に見せてやれ」

「は、仰せのままに」

「シスイ、死なん程度に斬れ、口が聞ければそれでいい」

「承知、魔物の王とやら、スズミの剣の切れ味とくと味わえ」
 
 初めこそこれまでにない数の魔物に驚いた王達であったがすぐに冷静さを取り戻し、周囲への的確な指示と、眼前に立つ騒動の元凶と思しき存在を捕縛するべく行動を開始しようとした。しかし、

「今日は宣言が目的だ、そろそろ帰らせてもらう」

「この状況で逃げられると本気で思っておるのか?」

 ハジメーナ王の問いかけに果たして魔王デスフレアは仮面を被ったまま一言、

「当然だ」

 そう答えた瞬間、魔王の背後から数体の黒い影が窓を突き破って侵入してきた。

「な、なんだ?」

「黒い塊が、」

 窓から飛び込んできた塊は全て鳥型の魔物であり、デスフレアの周囲を囲むそれは翼だけでなく鉤爪状の手足を有する鳥人間のようなフォルムをしていた。

「ひ、人型の魔物?」

「怯むな! 王達をお守りしろ!」

 人型という初めて対峙する魔物に騎士達は一瞬、その異質さにどう動くべきか考え躊躇した。そこにハジメーナ王の命で駆け付けた騎士団長が飛び込んだことで戦いの火蓋は切って落とされた。
 
「たかが手足の生えた鳥モドキ、虚仮脅しにす、ぐぼぁ!?」

「た、隊長!?」

「こ、こいつら強いぞ!? いままでの獣と段違いだ、」

「や、やめろ! 放せ! 放しや…、! いや放すな、放さないで、あ、ああぁぁぁぁ……!!!」

 ある騎士は鉤爪に鎧を貫かれ、またある騎士は窓から連れ去られ地面に向かって落ちていき、一人二人と徐々に王達を守る騎士達の数は減っていき、残りの騎士が騎士団長を含め片手で数えられる程になったところで戦いは唐突に終了した。

「そろそろ戻る。お前たち、帰るぞ」

 魔王の言葉を聞いた魔物達は攻撃の手を止め、一足飛びに後退してデスフレアのそばに戻ろうとした。そこへ、

「このまま逃がすわけにはいかん!」
「せめて一太刀!」

「まてお前ら!戻れ!」

 ハジメーナ騎士団長の制止を振り切って生き残っていた帝国騎士の二人が魔王に斬りかかろうとしたが……、

「!」

 帝国騎士達が斬りかかった瞬間、魔王は風の魔法を発動し、身体の浮き上がった騎士二人に対して炎の魔法を解き放った。閃光と熱気が会議室を包み込み、次に視界がはっきりした時、生き残った者達の目に移ったのは会議室から上の階が燃失し、部屋の天井には空だけが残っていた。

 (やば、加減まちがえちゃった)

「ま、魔王よ、貴殿は一体なにが望みなのじゃ!?」

 城の上部が消し飛んだ惨状に皆が唖然とする中、城の主たるハジメーナ王は気力を振り絞って魔王へ自分の抱いた疑問を投げかける。

「……我が望みとな?」

「そうじゃ、宣戦を布告するとお主言ったな、戦争とは目的があってするもの、お主の要求を言えい!」

「……そういうの考えてなかったな、」(小声)

「なんじゃ? 今なんといったのじゃ?」

「あ、いや、……少し待て、」

 魔王デスフレアは懐からなにかを取り出し、仮面越しにそれを見ると、再び王達の方に向き直って言い放った。

「我が望みは魔物達の楽園を築くこと、魔物達が人間を好きなだけ食らい、自由に生きられる闇の世界こそ我が望み」

「なんじゃと、お主は人の身でありながら人を糧とする化け物どもの世界を望むというのか?」

「人ではない、もう一度だけ言う 我は魔王デスフレア! 今日よりこの名が世界に君臨する王の名と知れ!!」

 デスフレアがそう宣言するとふわりと身体は浮き上がり、周りに待機していた鳥人間の魔物達も翼をはばたかせてともに飛び去っていった。

「……ひとまず、危機は去ったか」

「すぐにあの者の居場所を見つけ出して討伐隊の編成を」

「いや、その前に城下に迫っている魔物どもをどうにかせねば」

「報告します。異形の獣たちは急に逃げ出し始め、騎士団が追撃の許可を求めています」

「……どうやら本当に今日は顔見せ程度のつもりだったらしいな」

「顔見せだと!? 少数とはいえ我が帝国の精鋭騎士がほとんど潰されたこの戦いがたんなる顔見せだっただと!?」

「落ち着けヨツメツ皇帝、ともかく今は魔王の存在は隠し各国の国民にはいらぬ混乱を及ぼさぬよう…、」

「いや、それについてはもう手遅れのようだぞハジメーナ王」

「?」

 スズミの王が指さした先には先ほど飛び去った魔物とさらに王都上空を飛び回っていた魔物が群れを成し、空に魔王を中心とした禍々しい模様を形作っていた。

「聞けい! ハジメーナの民よ! 我は魔王デスフレア!! 諸君らを襲う魔物を統べる存在である。これより我らはこの世界の全てを賭けて人種全てとの戦争を開始する! 生き残りたければ抵抗してみせよ、我らはそのことごとくを踏み潰し諸君らの上に君臨して見せよう! さあ、人と魔物の生き残りをかけた戦いの始まりだ!!」

 一糸乱れぬ動きによって空に映し出された魔物達の模様は人々に畏怖と混乱を呼び、魔法によって拡張された魔王デスフレアの宣言は王都全域に響き渡り国中の人々が知るところとなった。

「な、なんという…」

「完全にやられましたな、人の口から洩れる言の葉を全て塞ぐ事はできません、しかもあの声なら王都中に聞こえたでしょう、これではすぐ各国にも噂が」

 魔王デスフレアの宣言をされるがまま傍観していることしかできなかった各国の王は自国の民に対して今後どう説明をするか、あるいはどう隠蔽するか、そして今後あの化け物たちとどう渡り合うかですでに頭を悩ませ始めていた。そこに……。

「王の皆様、一つ私からよろしいでしょうか?」

 会議や戦いの間、教会騎士に守られて沈黙を貫いていたネルアミス教の教皇が口を開き、王達の視線はそちらに集中する。

「なんでしょう教皇様、今は見ての通りこれからの対応で皆忙しくなるので手短にお願いします」

「だからこそ今言うべきと思ったのです。先ほどの会議の様子ではまだこれを話すのは先になるだろうと思っておりましたが、あの魔王と名乗る存在が現われた以上そうも言っていられなくなりました。もし我々があの者に対抗できるとしたら、これから私が話す方法以外におそらく有効な手立てはないでしょう」

「「「「!?」」」」

 教皇の一言に王達の表情は一変した。

「あの化け物共を従える存在に対抗できる手段があると?」

「はい、先日私は我らが信仰の象徴である女神ネルアミス様からある啓示を授かったのです」
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