黎明を告げる

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はじまり

2.依頼

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木の軋む音がしてドアが開けられると、真っ黒の服装に身を包んだ長身の男が入ってきた。
モード系の黒シャツの袖にはベルトがついており、きっちりした印象ながらもどこかオシャレな雰囲気を漂わせている。

そう、コウのターゲットである。


「おつかれさん 夜撫よな。任務はどうだった?」


机から顔を離し、何気ない風を装い自然に聞く。
横にいた2人からは、先程までの企み顔からこんどは胡散臭い顔になったなどと小言が聞こえるが無視する。


伏せられた瞳がコウの声に反応しこちらを見たかと思えば、一瞬何か思案するような瞳が向けられる。それを不思議に思う間もなく夜撫が口角を上げて言葉を返す。


「きみのくれた情報のおかげで思ったよりすぐ終わったよ。さすがの情報収集力だ」


まるで定型文のような返答だったが、無視された訳でもないので良しとする。おそらくこの男は俺にだけ態度が段違いで悪い。


つまり俺以外の田辺と川崎の兄ちゃんがいるこの場では下手なことは出来ないということだ。
今がチャンスである。


「報告に来たならタイミングが悪かったな。佐々木さんはお前が遅いって寿司食べに行ったぞ」


「ああそういう事でしたか。どうりで見つけれないと想った。ありがとうございます川崎さん」


夜撫が遅刻した訳では無いが、彼の依頼主である佐々木さんは待ち時間にどっか行ってしまったようだった。帰ってくるまでここで待つのがいちばん良さそうですねと言ってカウンター席に座った。


割とすぐ帰ってくるようで、1杯だけ飲み物を注文すると、そうだ、と思いついたようにこちらを見てきた。


「私の仕事仲間が依頼の情報を君から買いたいって言ってきたんだけど、頼んでも大丈夫?」


その言葉に驚いた。今まで夜撫を通して他の人に情報提供することなんて全くなかった。


ある程度仲良くなったある日、夜撫の知り合いで情報欲しいひとがいたらいつでも紹介してと言ったら、今すぐにでも殺さんばかりの殺気が飛んできたのだ。


背中に冷や汗が流れ心臓の音が耳元でする感覚がした瞬間、その殺気はなくなり何も無かったようになっていた。


あの時感じた全てが凍るような瞳はどこに行ったのか。自分から人を紹介してくるなんて。


思えば俺への態度が著しく悪くなったのもそれがあってからだった気がする。


よく分からない奴だ。実はあの時俺の背後に暗殺者がいたとかなのか?
ただでさえ笑顔の仮面をつけて内面が分かりづらいため、考えるだけ無駄である。


川崎の兄ちゃんなんかは夜撫の貼り付けたような笑顔が気に食わない。
コウみたいな百面相のやつが一番好きなどと熱烈な告白をかましていたことがある。


かなりの間を置いてから「もちろん」と返事をするとどんどん日程が決められていく。
どうやら相手は明日であれば何時でも何処でもいいらしい。

最後に集合場所を決めると、ちょうど依頼主の佐々木さんが満足顔で帰ってきた。



こんなに勝手に決めてもいいものかと聞きたいところではあったが、佐々木さんが来てしまったため話は中断される。
2人が話しているのを横目に田辺達の近くに座ってぼーっとしていると目の前で手をかざされた。


「おーい。聞いてるかコウ」

「あ、ごめん。何の話だっけ?」

「お前気抜けすぎだぞ。そろそろ帰らないのか?もうそろそろ終電危ないと思うけど」


兄貴肌なところを発揮しつつ川崎の兄ちゃんが眉を下げてため息を漏らす。時間を確認すると時計は11時をまわっていた。


「やべ、帰るか!田辺はもう帰る準備できた?」

「おまえがぼーっとしてる間にな。さっさと準備しろ」


ごめんごめんと声をかけると、はーやーくーとさらに急かしてくる。急いで荷物をまとめ、川崎の兄ちゃんにまたねと挨拶をし足早に店を出た。


「なあお前どうしたの?手強いターゲットって再認識した?」

「いやあ…そういう訳じゃないけど、いやそうなのか?なんか避けられてるような気がするんだけど」

「そんなの誰が見てもわかるわ。お前の頑張りどころだぞー」


いつも仕事では1番に俺の事を気にかけてくれる田辺は、今回だけは足を突っ込まないと固い意思を持っている。


川崎の兄ちゃんと同じなのだろうか、そんなに近寄り難いか?あいつ。まあ正に今俺は距離を取られているんだけれども。


「やっぱり協力してくれよ~」

「ぜったいやだ。」


やっぱりだめだった。わざと足音を立てて不貞腐れたようにとぼとぼ歩くと、「そんな足音立ててると仕事減りますよ情報屋さん」と非情な言葉をかけられた。


まあとりあえず明日、依頼人にあってから色々考える事にしよう。
街灯の少ない道を、月のない星空を眺めながら帰路を歩いた。


***


約束は昼過ぎのため、ゆっくり準備をして玄関を出る。
少し前までは肌にこびり付くようなじめっとした暑さに嫌気がさしていたが、最近は秋が近づいてきたのか割とサラサラした空気で割と過ごしやすい。
それでも暑いものは暑いが。


朝こういう事があったらその日一日はいい日になるというジンクスを勝手に決めれば、何となく気分が上がる。というのを知っているだろか、結局その時の気分を決めるのは自分自身である。
諸説はもちろん無い。


俺を例にして出すと「蝶を見かけること」である。
理由と言えば芸術の才能があった俺がなぜか作品の中に蝶を入れることが多かった、ただそれだけの事である。


そのため、最寄りの駅に行くまででよく蝶に出くわす道では、今日は目の前に飛んでくるかな、などと少し気分が上がる。


この日も同じように少し期待を膨らませていると、衝撃的な光景が目に入ってきた。


無機質な灰色の道路の上には黒い羽が落ちており、すぐに黒アゲハ蝶の羽とわかった。


黒いなかで、深淵から光るような紫色の綺麗な羽の片割れは少し離れたところに落ちており、見るも無惨な状況である。


さすがに初めての状況に戸惑いつつも急がなければいけないのでその場を後にした。ここで気分を上げるはずがこんな事になるとは。
しかも大好きな黒アゲハがあんな状況になっていることにかなりのショックを受けてしまった。


先程までの暑さは何も感じず、鳥肌がたつ。今日はなんだか運勢が悪い気がする。
慎重にいこうと思ったが、今思えばここで家に帰るのが正解なことをこの時の俺は知る由もなかった。


***


待ち合わせ場所のカフェに着くと依頼主はまだ来ていないようだった。先に予約した席に座っていると数分後、ぼーっと見つめていた目の前のテーブルに人影が落ちた。


おそらく依頼主であろうと思い顔を上げるとそこには意外な人がいた。


「……え?おまえ……」


そこに居たのは顔を知らない依頼主ではなく、昨日もあった顔なじみの夜撫が不気味な笑顔をこちらに向けて立っていた。


店内の照明のせいか、夜撫の顔には影が差し、詳しく表情が読み取れない。





怪しく光る細められた目からは不気味な光がチラついている。
殺意では無いがそれに似た何かが俺に向けられていることだけは確かであった。


もしかして今日が俺の命日なのかもしれないなとヒヤッとする背中を他所に現実逃避をしてしまう。


「ごめんね。こうでもしないと来てくれないと思って」


そう言った彼の顔は狂気の中にも悲しさがある様な、俺からしたら全く意味のわからない感情が含まれているように見えた。訳の分からない感情を向けられ、恐怖で泣きそうなのはこっちである。
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