聖魔の救済者

港瀬つかさ

文字の大きさ
8 / 53

8.砂漠の女神

しおりを挟む
 炎の砂漠と呼ばれる地帯がある。その中央付近に、火の祭壇がある。火界『マーズ』と繋がる唯一の場所から、フーアは火の精霊神・イフリートと接触を取るつもりである。というか、そうしなければならないのだが。
 茹だるような暑さと、体力を奪う熱。だがしかし、全ての魔法を使える事の出来る勇者は、平然と水と風の精霊魔法を用いて、快適な環境を維持していた。その傍らの邪神は、元からそういった繊細さを持っていないので、顔色一つ変えていないが。
 辿り着いた祭壇は、砂漠の砂の中に埋もれる事もなく、昂然とその姿を保っていた。何があっても汚す事の出来ない聖域が、そこにある。石造りの祭壇に足を踏み入れ、フーアはその中央で言葉を綴る。異世界とこの場を繋ぐ為の、時空魔法を使う為である。

「我が名を解放の力の礎と成せ。今、我は請う。隔たりを持ちし火界との境をしばしの間取り除き、我が前に彼の火の精霊神の御姿を遣わし給え。」

 その声に惹かれるように、祭壇の中央に激しい炎が灯った。炎の中央を割くようにして現れたのは、美しい女神。燃える紅の長髪に、強い光を宿した真紅の双眸を持った女神。二十代の半ば頃の容貌を持った美貌の精霊神は、女というモノを感じさせながら、その汚れとは無縁だった。
 火の精霊神、イフリート。一般的に男性体であると誤認されているこの女神は、端正な美貌と豊満な肉体を持ちながら、女性の持つ柔らかさやしなやかさとは無縁であり、限りなく勇猛で雄々しく、凛々しい印象を与える。

「私を呼ぶのはそなたか、ヒトの子よ。」
「ご無礼を承知でお呼びいたしました。我が名はフーア。滅び行く『オリジン』を救う為に、救済の使命をおびし勇者です。火の精霊神よ、どうか、貴方の御力を私にお貸し下さい。」
「そうか……。遂にその時が来てしまったというのだな。宜しい。私もまた、この世界を愛するもの。私の力でこの世界が生き長らえるのならば、喜んでお貸ししよう。」

 口元に笑みを浮かべた火の精霊神は、そっとフーアに手を伸ばす。その手を恭しく取った勇者を見て、彼女はまた微笑んだ。眩い光が弾け、掌の中に熱を感じる。そっとフーアが開いた掌には、赤い力の結晶があった。ルビーに似たその結晶を握りしめて、フーアは微笑みを浮かべた。
 優しく柔らかな、慈愛に満ちた微笑み。それは勇者という存在には何処までも似合っているが、フーアという存在の本質とはことごとく相反する。相も変わらず特大の化け猫を背負った少年を見て、邪神の青年は呆れたように息を吐いた。
 そんな彼を見咎めたように、女神が目を細める。真っ直ぐと、逸らされることなく感じる視線。思わず身を固くしたのは、おそらく単なる条件反射だろう。邪神というのは、ことごとく精霊神に疎まれる存在だ。どの世界にいても、その世界に害成すモノであるとされる為に。

「……そなた、アズルか?」
「…………俺は貴殿など知らぬぞ。」
「おや、記憶の欠如があるのか?私はそなたを知っている。そなたもまた、私を初め皆を知っているはずだ。」
「知らぬ。」
「……そうか、ならば、致し方あるまいな。」

 少しばかり残念そうに呟くと、火の精霊神は勇者に視線を向けた。励ますような視線だった。その暖かな眼差しに、フーアは居心地の悪さを感じる。だが彼は、それを表に表しはしなかった。天使の微笑みを浮かべるだけだったのだ。

「『オリジン』が救済される事を願っている。そなたらの旅に、祝福があらん事を。」
「ありがとうございます、火の精霊神。」
「礼を言おう、イフリート。」

 俺の災いは傍らの勇者だが。思ってはいてもあえて何も言わないアズルであった。そんな彼等の目の前で、火の精霊神は姿を消す。元いた世界へ戻ったのだ。彼女が守護すべき、彼女が生み出した火界へ。
 先日の光の精霊神の時と同じように揺らいだフーアを、アズルは片腕で支える。不機嫌そうな顔をしている少年を見下ろして、彼は苦笑した。己の未熟を悔しいと思うような、そんな少年らしさがまだ、この勇者にはあるのだ。

「……てか、暑いんだよ、砂漠は。」
「マトモに気温を感じているわけではないくせに、何を言う。」
「わざわざ調整してるんだよ。お前と違って。」

 憮然と呟いたフーアを見て、アズルは笑う。心の底から楽しそうな笑みに、フーアは首を傾げた。おかしなヤツだと呟く彼を見て、アズルはお互い様だと斬り返した。まるでじゃれ合うように、ごく平然と。


 2つ目の力のカケラが、フーアの掌の内で小さく輝いた…………。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は逃げ出すことにした

頭フェアリータイプ
ファンタジー
天涯孤独の身の上の少女は嫌いな男から逃げ出した。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

奪った代償は大きい

みりぐらむ
恋愛
サーシャは、生まれつき魔力を吸収する能力が低かった。 そんなサーシャに王宮魔法使いの婚約者ができて……? 小説家になろうに投稿していたものです

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...