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50.最後の鍵 前編
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祭壇の中央に立つフーアの身体に、魔力が絡みついていく。6つの台座から伸びたそれぞれの魔力が、フーアを捕らえる。さながらそれは、蜘蛛の巣に捕らわれた蝶のようだった。けれどそうでありながら、フーアの表情は静かだった。これから起こりうる事全てを知っていながら、受け入れる。そんな哀しい強さがそこにあった。
「フーア、何をしている!」
「これで完了なんだ。6つの異界の力をこの世界に繋ぎ止める。その為には、媒体となるべき楔が必要となる。」
「だから、それとこれが一体どういう……!」
「俺自身が、最後の鍵だ。」
困ったように笑いながら、フーアがそう告げた。瞬間、アズルはフーアに向けて腕を伸ばしていた。けれど、結界に阻まれて、彼の腕が傷つくだけに終わる。それでも尚、持ちうる力全てを使って結界を壊そうと、自分でも解らない感情に支配されて邪神は魔力を叩き付ける。
しゃがみ込んだフーアは、結界越しにアズルの掌に掌を重ねる。結界が異物を排除しようとする力に痛みを覚えながら、アズルは呆然とフーアを見ていた。そこにいるのは、彼の知らない子供だった。静かで、全てを受け入れた、穏やかな瞳の子供。そして、愚かで哀しい、生け贄となるために育った子供。
「……フーア……。」
「知ってたんだ。ガキの頃から、こうなるの知ってて、ここまで来た。お前には悪い事したと思ってる。でも、言えなかった……。」
「何故だ……。何故お前は、そうまで捨て身になれる……。」
「俺は別に、この世界を愛してるわけじゃない。こうやって俺が世界を救ったら、母さんは誇りに思ってくれる。それだけが俺の全てだった。他には何もいらなかった。」
「そんな、利用されるだけの人生で、お前は本当に、それで良かったと、言い切れるのか?!」
「言えるよ。」
ニッコリと、フーアは笑った。性別を超えた儚い美しさがそこにある。無性体の子供であるが故の、壊れそうに脆い美しさ。けれどそうでありながら、その表情は幸福そうだった。アズルには理解できない程に、幸せそうにフーアは笑う。
「時空魔法を使える勇者は、異界の力を繋ぐ事ができる。だから、俺自身がここに捕らわれる事で、救済は完了だ。……もうちょっとしたら、自我も何もかもなくなって、ただの魔力の塊になるだけなんだろうけどさ……。」
「それは、死ぬという事、だろうが……ッ。」
「そうだな。この結界の中じゃ、魂も抜け出せなさそうだ。転生も不可能。遺体すら残らない。でも俺は、良いんだ。」
「何故良いと言えるんだ、お前は!」
バリバリと音を立てて、アズルの指が結界に食い込む。けれどすぐさま弾き返されて、血塗れの指だけが残る。その様に眉を寄せて、やめろよとフーアが呟く。怒りを押し殺した表情で、アズルが拒絶を示す。その様を見て、勇者はまた、困ったように笑った。
結界越しに、そっとアズルの頬に手を触れる。ニコリと笑うその顔は、無垢な子供そのものだった。直向きで、愚かで、けれど何処までも真っ直ぐな、子供の瞳。けれど邪神は、そんな勇者を見たいと思っていたわけではなかった。
我が儘で、自己中心的で、自分勝手で、ヒトの話を聞かなくて、性格の歪み具合では誰も敵わないだろう程にムチャクチャで。けれど、不思議な程に惹かれる、放っておけない子供だった。不器用で、天の邪鬼で、愛情に飢えていて、いつも何かを必死に求めるように足掻き続ける子供だった。それでも、そんなフーアだからこそ見捨てる事ができず、アズルはここまで共に歩んできていたのだ。
「哀しい事だらけの人生だった。誰も俺を見てくれなかった。でも、最後に良い事もあったから、俺はそれで良いんだ。その思い出を抱いて、俺はここで眠る。だからお前は、救済された後の世界で、幸福に生きてくれ。」
「馬鹿な事を言うな……ッ!だいたい、お前に良い事など……!」
「お前に会えたじゃないか。それが俺の、良い事だ。」
「……な、に……?」
「精霊達から話を聞いて、お前だって思った。遙か昔、一人の子供を救う為に神々に抗い、その罪によって邪神へ堕とされてしまった言われる、最強の邪神。お前なら、きっと俺を受け入れて、俺自身を見てくれる。俺の予想通り、お前は俺を見てくれた。ありがとう。」
その台詞に、アズルは言葉を失った。そんな、そんな些細な事だったのかと、彼は唸る。死を前にした子供が、たった一つ望んだ事。そんな些細なことのために自分を選んだのかと、他に願う事はなかったのかと、アズルは呻く。
緩やかに、フーアの身体が光へと変わっていく。透明になり始めた身体を見て、勇者は苦笑した。それでも、にこやかな笑みは消えなかった。満足そうな、幸福そうな微笑みだった。今にも泣き出しそうな邪神とは、裏腹に。
「付き合わせて悪かった。これでお前は自由だ。…………ありがとう、アズル。お前に会えて、俺は幸福だった。」
「待て、フーア!」
「これで、やっと、全てが終わる…………。」
胸の内で手を組んで、フーアは目を伏せた。その姿が、一瞬後に完全に掻き消える。結界の中には、柔らかな黄金色の輝きだけが散っている。それがフーアの持つ魔力である事だけは、アズルにも解った。そして、あの子供が、失われてしまったのだという事も。
脳裏に、幾つもの記憶が浮かんでは消えていく。走馬燈などという可愛らしいモノではない。無理矢理頭の中を掻き回され、見たくもないモノだけを選んで、そしてご丁寧に音声付きで突きつけられているのだ。発狂しそうな程の痛みと苦しみに、アズルは結界に掌を押しつけたまま、天を仰いで絶叫した。
邪神の身体から、凄まじい魔力がほとばしる。それが治まった時、そこにいたのはそれまでの男とは異なっていた。長い白銀の髪はそのままに、瞳の色が異なる。潰れていた片眼も再生され、その瞳の色は、底の見えない、全ての色を混ぜ合わせた混沌とした漆黒。
「…………何故、俺は、同じ過ちを、繰り返すのだ……?」
全ての記憶が、彼の内側で目覚めていた。邪神となる前の本来の姿に戻った青年が、呆然としながら呟き、祭壇を見詰める。けれどそこには彼の求める子供の姿はなく、柔らかな光だけが満ち溢れていた。
記憶を取り戻した神代の存在は、抗えぬ運命の、その何よりも冷酷な導きに只一人絶望する…………。
「フーア、何をしている!」
「これで完了なんだ。6つの異界の力をこの世界に繋ぎ止める。その為には、媒体となるべき楔が必要となる。」
「だから、それとこれが一体どういう……!」
「俺自身が、最後の鍵だ。」
困ったように笑いながら、フーアがそう告げた。瞬間、アズルはフーアに向けて腕を伸ばしていた。けれど、結界に阻まれて、彼の腕が傷つくだけに終わる。それでも尚、持ちうる力全てを使って結界を壊そうと、自分でも解らない感情に支配されて邪神は魔力を叩き付ける。
しゃがみ込んだフーアは、結界越しにアズルの掌に掌を重ねる。結界が異物を排除しようとする力に痛みを覚えながら、アズルは呆然とフーアを見ていた。そこにいるのは、彼の知らない子供だった。静かで、全てを受け入れた、穏やかな瞳の子供。そして、愚かで哀しい、生け贄となるために育った子供。
「……フーア……。」
「知ってたんだ。ガキの頃から、こうなるの知ってて、ここまで来た。お前には悪い事したと思ってる。でも、言えなかった……。」
「何故だ……。何故お前は、そうまで捨て身になれる……。」
「俺は別に、この世界を愛してるわけじゃない。こうやって俺が世界を救ったら、母さんは誇りに思ってくれる。それだけが俺の全てだった。他には何もいらなかった。」
「そんな、利用されるだけの人生で、お前は本当に、それで良かったと、言い切れるのか?!」
「言えるよ。」
ニッコリと、フーアは笑った。性別を超えた儚い美しさがそこにある。無性体の子供であるが故の、壊れそうに脆い美しさ。けれどそうでありながら、その表情は幸福そうだった。アズルには理解できない程に、幸せそうにフーアは笑う。
「時空魔法を使える勇者は、異界の力を繋ぐ事ができる。だから、俺自身がここに捕らわれる事で、救済は完了だ。……もうちょっとしたら、自我も何もかもなくなって、ただの魔力の塊になるだけなんだろうけどさ……。」
「それは、死ぬという事、だろうが……ッ。」
「そうだな。この結界の中じゃ、魂も抜け出せなさそうだ。転生も不可能。遺体すら残らない。でも俺は、良いんだ。」
「何故良いと言えるんだ、お前は!」
バリバリと音を立てて、アズルの指が結界に食い込む。けれどすぐさま弾き返されて、血塗れの指だけが残る。その様に眉を寄せて、やめろよとフーアが呟く。怒りを押し殺した表情で、アズルが拒絶を示す。その様を見て、勇者はまた、困ったように笑った。
結界越しに、そっとアズルの頬に手を触れる。ニコリと笑うその顔は、無垢な子供そのものだった。直向きで、愚かで、けれど何処までも真っ直ぐな、子供の瞳。けれど邪神は、そんな勇者を見たいと思っていたわけではなかった。
我が儘で、自己中心的で、自分勝手で、ヒトの話を聞かなくて、性格の歪み具合では誰も敵わないだろう程にムチャクチャで。けれど、不思議な程に惹かれる、放っておけない子供だった。不器用で、天の邪鬼で、愛情に飢えていて、いつも何かを必死に求めるように足掻き続ける子供だった。それでも、そんなフーアだからこそ見捨てる事ができず、アズルはここまで共に歩んできていたのだ。
「哀しい事だらけの人生だった。誰も俺を見てくれなかった。でも、最後に良い事もあったから、俺はそれで良いんだ。その思い出を抱いて、俺はここで眠る。だからお前は、救済された後の世界で、幸福に生きてくれ。」
「馬鹿な事を言うな……ッ!だいたい、お前に良い事など……!」
「お前に会えたじゃないか。それが俺の、良い事だ。」
「……な、に……?」
「精霊達から話を聞いて、お前だって思った。遙か昔、一人の子供を救う為に神々に抗い、その罪によって邪神へ堕とされてしまった言われる、最強の邪神。お前なら、きっと俺を受け入れて、俺自身を見てくれる。俺の予想通り、お前は俺を見てくれた。ありがとう。」
その台詞に、アズルは言葉を失った。そんな、そんな些細な事だったのかと、彼は唸る。死を前にした子供が、たった一つ望んだ事。そんな些細なことのために自分を選んだのかと、他に願う事はなかったのかと、アズルは呻く。
緩やかに、フーアの身体が光へと変わっていく。透明になり始めた身体を見て、勇者は苦笑した。それでも、にこやかな笑みは消えなかった。満足そうな、幸福そうな微笑みだった。今にも泣き出しそうな邪神とは、裏腹に。
「付き合わせて悪かった。これでお前は自由だ。…………ありがとう、アズル。お前に会えて、俺は幸福だった。」
「待て、フーア!」
「これで、やっと、全てが終わる…………。」
胸の内で手を組んで、フーアは目を伏せた。その姿が、一瞬後に完全に掻き消える。結界の中には、柔らかな黄金色の輝きだけが散っている。それがフーアの持つ魔力である事だけは、アズルにも解った。そして、あの子供が、失われてしまったのだという事も。
脳裏に、幾つもの記憶が浮かんでは消えていく。走馬燈などという可愛らしいモノではない。無理矢理頭の中を掻き回され、見たくもないモノだけを選んで、そしてご丁寧に音声付きで突きつけられているのだ。発狂しそうな程の痛みと苦しみに、アズルは結界に掌を押しつけたまま、天を仰いで絶叫した。
邪神の身体から、凄まじい魔力がほとばしる。それが治まった時、そこにいたのはそれまでの男とは異なっていた。長い白銀の髪はそのままに、瞳の色が異なる。潰れていた片眼も再生され、その瞳の色は、底の見えない、全ての色を混ぜ合わせた混沌とした漆黒。
「…………何故、俺は、同じ過ちを、繰り返すのだ……?」
全ての記憶が、彼の内側で目覚めていた。邪神となる前の本来の姿に戻った青年が、呆然としながら呟き、祭壇を見詰める。けれどそこには彼の求める子供の姿はなく、柔らかな光だけが満ち溢れていた。
記憶を取り戻した神代の存在は、抗えぬ運命の、その何よりも冷酷な導きに只一人絶望する…………。
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