クレオパトラの椅子

みゆきじゅん

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 僕は控え室にやってきた。部屋に置かれた姿鏡には黒いパーカーと短パン姿の由香里が映っていた。
「こ、これが僕か」
僕が姿鏡に映った由香里を見ている。パーカーのフードを即座に背中に下ろした。同時に鏡の中の由香里もフードを背中に下ろす。鏡の中の由香里はボブヘアの髪をしている。
「可愛いんじゃない」
僕は思わず思った。って、これもう僕じゃないかとそう思う。直に自分の身体を直に見下ろした。鏡の中の由香里と同じ黒いパーカーを着ているやはりハチ公前で待ち合わせした由香里なんだと確信した。
「あ、胸、柔らかい、憧れの胸がここにあるなんて」
僕は自分の胸の膨らみに気づいた。それを思わず確認の為に鷲掴みにして強めに揉んでしまう。″痛いけどなんかくすぐったいモゾモゾした感覚″まさしく女性の胸だった。
「し、下もなくなってるようだな、僕が女だなんて」
実際、身体の感覚で感じとれた。憧れてた女になれたのに罪悪感と優越感が心の中で行ったり来たりとしていた。
僕は実際に短パンの上から股間が平たくなってることを確認する。長年、僕を男として苦しめられてきた凸がなくなっている。性同一性障害の僕にとって何とも言えない呪縛解放の瞬間だった。まだ半信半疑だがやっと本来あるべき自分に近づけた気がした。

控え室であまり時間をとらせていると申し訳ないと思って僕は身だしなみを整えて再び受付に行く。受付のカウンターの高さがなんとなく高くなった様な気がした。気のせいかとその時は思った。
「あ、里中さま、お戻りになられましたか」
先程の受付嬢が僕に言う。
「!?里中?ああ、由香里さんの苗字か」
僕が思った。
「もうアナタは里中 由香里と言う名前になったんですよ、自覚してくださいね、はい、こちらがアナタにお渡しする里中 由香里さんの荷物と資料になります」
受付嬢が僕に由香里さんが先程会場に来るまで背負っていたリュックサックとファイリングされた由香里さんの情報が記されたものを渡してくれた。確かに僕も入会する時に家族構成や住まい、生活状況など書かされた記憶がある。
「あれ、由香里さんは?」
僕が尋ねると。
「ああ、牧村さまですか、牧村 新一さまはずいぶん前に帰られましたよ」
受付嬢が淡々と言った。マジか、何の挨拶も無しに帰ったか、まあ、いいけど。
「牧村さまのお荷物と資料は牧村さまにお渡ししております」
受付嬢が説明した。
「え!?僕の持っていたバックをそのまま由香里さんに渡したってこと、参ったなー、スマホに見られたくない写真とか入ってるんだけどなー」
僕が独り言のように言った。
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