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氷樹の森の大賢者
29.慈悲無き大剣
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翌日、朝日が出る少し前に私たちは移動を開始した。
エウリュアレよりも前に出ておかないと村を焼かれかねない、というのが理由である。
移動の間、私達が居るのは隊列の中ほど。
左から順に私、アラクネ、ノフィカ、ゼフィアと横に並んで馬車の間について歩いている。
近接戦闘が主体の人を外側に配置しているわけだ。
周囲を警戒するのはゼフィアとアラクネに任せてある。
私はと言うと探知の刻印魔術を使ってアイゼルネの位置把握に務めている最中だ。
どうにも私の探知魔術の捕捉距離はアラクネのそれよりも圧倒的に広いらしい。
アラクネが言うには、マナ収束力の違いが影響しているとのことだ。
……怪しまれてなければいいのだが、アラクネはどちらかと言うと呆れ気味の様子だったのでもう手遅れなんだろうね。
一応周りにも見えるようにということで彼女と同じように球体ホログラフのような表示に切り替えている。
この辺、そういうイメージさえ調整できればある程度応用が利くので助かる。
探知している限り、連中は海岸沿いから今のところ動いていない様子で、話に聞いていたよりも随分とおとなしい。
おかげでこちらは安心して動くことができるのだが、アラクネが少し訝しげな表情をしていた。
魔術はちゃんと働いているから大丈夫だとは思いたいが、私もなんとなく嫌な予感がする。
気にし過ぎだろうか?
「ここまでは順調、なのかな……」
「過去の事例を考えると、順調過ぎるとも言えるわね。大体は移動中に襲撃されて壊滅した現場を見ることのほうが多いわ」
「ふぅん……探知の刻印魔術とかあるのに移動中襲撃され……る?」
なんでだ?
普通相手の居場所がわかるなら、距離を取ることだってできるのではないか?
探知の刻印魔術を使える人が居なかった?
移動においてそういう人が皆無なことなんてあり得るか?
……何か、見落としているんじゃないか?
前提となる、何か大事なことを……。
アイゼルネは刻印魔術を使えない?
その前提は正しいのか?
正しいとして、それなら連中はどうやって敵を見つけているんだ?
探知に相当する別系統の術がある可能性は十分にあるのではないか?
だとしても動いていないなら問題はない?
いや、できるか……あり得るか?
「どうしたんですかリーシア様?」
「ノフィカ、アラクネ、探知の刻印魔術をごまかす事って、可能なの?」
「探知をごまかす、ですか?」
「……方法が無いわけではないけど、現実的にそんな刻印の取得の仕方をしている人はまず居ないと思うわよ? 他の刻印を取ったほうができることが多いもの。そもそもが探知と──この場合リーシアとの力比べになるし……」
理論上ごまかせはするのか。
使うとしたらどれだろう、空、遮断、中和、反射、探知、伝達、封印あたりか?
力比べという言葉の意味がどの程度かわからないが、可能性はあるだろうか。
幾つもの可能性が頭のなかを駆け巡る。
私の術の練度が低い。
相手の対抗術がある。
その両方、異なる術体系による想定外干渉。
相手が刻印魔術を扱える。
刻印魔術よりも強い術を扱える。
バラバラと浮かび上がっていくその羅列。
多少人目を引いたとしても、やっておくべき事柄だろう。
「アラクネ、ちょっと刻印の組み合わせを変えて探知をかけ直すわ」
「構わないけれど、何か気になることでもあるの?」
「警戒するに越したことはないと思ってね」
アラクネが探知を起動したのを確認して、私は一度術を解く。
何らかの遮蔽を、あるいは探知する対象を誤認させられている可能性があるとしたら、それを打ち破るぐらい強力な形にしなければならない。
まずは基本で探知、それに加えて探知の術式を強化、取得した情報の増幅、精度を高めるための収束、それらの情報を追うための追跡、5つの刻印を同時に起動し、複雑に絡めて一つの術式とする。
目の前で5つの刻印の連結起動をしたことでアラクネが息を呑んだが、今はそれを気にしている場合ではない。
微かな頭痛とともに術は完成した。
先程に比べてのかなり詳細な情報なのだが、私では今ひとつピンと来るものがない。
「アラクネ、一緒に見て」
「は?」
「いま、伝えるから」
同時に伝達の刻印を起動させ、私が頭のなかで見ている探知の結果 を伝える、直後にそれに気がついたのか彼女はほんの僅かに顔を顰め──次の瞬間驚愕の表情とともに叫んだ。
「全周警戒態勢──!」
森の奥から飛んできた矢にノフィカが射抜かれるのと、アラクネが警戒を促す声を上げたのはほぼ同じタイミングだった。
肩口に突き刺さった矢はあろうことか突き抜けて、その勢いにノフィカが地面を転がる。
すぐさま側に居た騎士が盾を掲げて矢の飛んだほうを警戒してくれたため、二本目、三本目の矢はなんとか凌がれた。
「ノフィカっ!?」
「──あ、ぅっ!」
ノフィカに駆け寄ろうとしたゼフィアは倒れた彼女へと放たれた死角からの矢に反応してみせ、その一矢を剣で切り落として矢が飛んできた方向へと向き直る。
その目は明らかな敵意が浮かぶ、一瞬で完全に頭に血が上った様子だ。
わかりやすいな。
森のなかから次々と姿をあらわす、昨日見たのと同じ闇色の鎧に身を包んだ軍勢は相変わらず不気味で生気のない様子のまま矢を番え、曖昧な狙いのままに射る行為を繰り返す。
その大半は人には当たらず地面や馬車、たまに馬などに突き刺さる。
それがあまり効果がないと見るや、先頭に立つ男が手を上げるとその行動がピタリと止まった。
周りの兵士達が着ている鎧とは異なり、どこか城塞を思わせるような堅牢な作りをしたプレートアーマー、地面に突き立てた状態で身の丈ほどの大剣は側面にボウガンのようなギミックが施されているらしく、先程ノフィカの肩口に突き立ったのと同じ矢が番えられていた。
兜はかぶっておらずその顔を晒しているが、そこにあるのは薄い笑みと正気とは思えない淀んだ赤黒い瞳。
浅黒い肌はまるでこびりついた返り血のようなどす黒い色をした刺青が施されており、それだけでも威圧感を感じてしまう。
「やはり倒敗兵どもに弓は向かんな……」
「まともに狙いを付けることもできぬ木偶じゃからのぅ、仕方あるまいて、ひぇっひぇっひぇ」
男の後ろから笑いながら出てきたのは小さく、フードで顔こそ見えないものの腰の曲がった老婆と思われる人影だった。
どちらも見ただけで周りの兵士達と異なることがわかる。
周りの生気の抜けたような兵士とは存在感がまるで違う。
男の方はゆっくりと大剣を掲げ、その切っ先をノフィカに向けたかと思うとその側面に施された機構から矢が発射された。
とっさにノフィカの前に立ちふさがった兵士が盾ごと貫かれて倒れる光景はまるで冗談のようだ。
クロスボウ、それもかなり威力が高い……。
「ふむ、流石に異教の蛮族とはいえ癒し手を守る程度の頭はあるか」
「てめぇ……!」
その行為にゼフィアが二刀を抜いて斬りかかるが、軽く頭を動かして避けるだけで剣が鎧にぶつかり火花を散らす。
何度か走った剣閃は二度目以降は男の小手に弾かれる。
それを繰り返してようやく剣が通らないことを理解するのと、男が大剣を振り上げるのもまた同時だった。
二刀を使うゼフィアにとって、おそらく大剣と言うのは両手で振るうモノであるという常識があっただろう。
だが目の前の男はそれを片腕で切り上げて見せた。
切り上られた剣はゼフィアを的確に捉えその一撃で深手を負わせていた。
血しぶきを上げて、放り投げられでもしたかのように放物線を描き吹き飛んだゼフィアはノフィカの直ぐ側に落下する。
じわりと広がる赤色にノフィカが悲鳴を上げて駆け寄るのを見越したかのように、その男は二人まとめて叩ききるつもりで一気に距離を詰め大剣を振り下ろそうとした。
かろうじてそれを直前で止めたのはアラクネの糸だった。
みしり、という周囲の木々がきしみを揚げる音が響き、その木々の幹に幾筋もの傷が刻まれる。
アラクネがそれらの木々を支点にして展開させた糸は、かろうじて二人を断ち切ろうとする刃をとどめて、その威力を周囲の木々へと拡散させていた。
周囲の木々の傷はその力の証拠だろう。
それで糸が切れないのが信じられないぐらいだ。
「リーシア! 長くは保たないわよ!」
アラクネの声に、私はスペル・キャストを抜き放ち距離を詰めて一刀。
案の定斬れるわけもなく火花が散る。
幻惑の舞姫おかげで縦横無尽にはられたアラクネの糸の中を飛び回ることも、空中で体を撚るのも何ら苦にはならず、斬撃の反動を利用して二転三転しながら立て続けに攻撃を仕掛ける。
傷の一つもつかないことを確認し、スペル・キャストと聖剣ホーリエルを取り替える。
三倍近い攻撃力を持つホーリエルによる一撃、これで斬れなければ嘘だろうと思い振るった一刀は、漆黒の鎧に弾かれて火花を散らすのみだった。
「豪華な作りの割に随分とお粗末な切れ味と見える!」
耳障りな音をたてて倒れる周囲の木々に、アラクネの補助が限界であることは明白だった。
はられていた糸がうねるように空を舞いながらアラクネの方へと戻る。
周辺の見晴らしが随分と良くなってしまった。
少なくとも距離を取らなければどうにもならない。
これが効かなきゃ手詰まりだと、風、土、増幅、収束の刻印を同時に起動する。
私が何をする気なのか気づいたのだろう、相手はとっさに大剣を前に構え頭を防御するような姿勢を取る。
その様子から、鎧のない頭は攻撃が通るだろうことは判断がついた。
それでも平気で晒してるってことは自信の現れなのだろう。
「吹っ飛べ!」
直後、開放された私の刻印魔術によって生み出された土砂混じりの暴風。
高速で飛来する無数の質量はその場で耐えることを許さず、目の前の鎧騎士を吹き飛ばす。
そのまま見えない場所まで吹き飛んでくれればよかったのだが、そうはならなかった。
あろうことか吹き飛ばされながらも姿勢を立て直し十数メートルの距離に着地し、その後は私の魔術が終わるまでを凌いでみせた。
結構なマナを使ったというのに大した防御力だ。
「蛮族の女の割にはやるではないか、風に土塊を混ぜるとはなかなかに下品な発想だ!」
「……そりゃどうも」
そのアイデアは私のじゃないけどね──。
しばらく前に戦ったミノタウロスの使った攻撃を思い出しとっさに使っただけなのだが。
不愉快な評価に私は眉をひそめる。
私達が戦い始めたせいか、周囲でもすでに争いが始まっていた。
ゾンビのように無表情に、矢を受けても腕がちぎれても向かって来るアイゼルネの倒敗兵とやらに周りは押され気味だ。
前の方ではユリエルが統制しているためか幾らか状況は優勢なものの、隊の後方になればなるほど崩れている感じだろうか。
……こいつが後方から襲撃してきたんじゃなくて、私達が居るところに来たのはある意味不幸中の幸いかもしれない。
私達がこいつらを抑えさえすればまだ状況は十分に動くだろう。
「アラクネ、二人の治療を頼める?」
「それは構わないけれど……リーシア、貴方まさかアレとやりあうつもりなの?」
一瞬私に向き直ったアラクネが紡いだ疑問。
それに対して私が答えるよりも前に、一陣の風が私達の側を駆け抜けていった。
「やああああああああああああっ!!!!!!!!!!!」
見間違えようはずもない、私に双剣術を教えた師でもあるカレンさんは、両手に剣を振りかざし大剣の男へと躍りかかった。
その動きを一言で表現しろというのであれば、風の舞といったところだろうか。
左手の剣を右から左へ、右手の剣が上から下へ、一つ回って左手の剣を下から上へ、右手の剣を左から上へ。
剣だけではない。
跳ぶ、翔ぶ、回る、跳ねる、回る。
戦場を縦横無尽に飛び回り無数の斬撃を降らせ続けるその姿は、まさに双剣術の一つの極地であるといえるだろう。
回避を許さない、本来ならば防御すら許されない速度と数の連撃。
止まることを知らない斬撃の嵐はまともに戦えば脅威であるはずだ。
だが、大剣の男の鎧はそれらの斬撃を意に介さない。
掲げられた左腕が頭部への攻撃も全て防いでいる。
斬撃の度に飛び散る火花が、それらが意味をなさなかったことを告げている。
カレンさんの数十を超える連撃は未だその結果を出せていない。
いや、違う。
私の持つスキルの影響だろう、それらの攻撃がある一つの目的を持って繰り出されているものだと、私に告げている。
大剣の男が右腕だけで大剣を構え、そして左腕を大剣に添えたその瞬間──
「もらったああああぁぁぁぁぁぁ!」
一体どんな重心移動をしたのか、大剣の男の左側から弧を描くように背後を取ったカレンさんはその双剣を同時に振り上げて……逆袈裟に切り捨てられた。
確実に背後を取った、その瞬間。
男は視線を動かしもせず、右腕だけで大剣を背後に振るって見せたのだ。
何の事はない、必殺のタイミングを取ったつもりだったカレンさんは、この男の誘いに乗ってしまったという、それだけの話。
信じられないものを見た驚愕の表情を浮かべたまま、血しぶきを上げて倒れるカレンさん。
そこに横から駆け込んできたのは、夫であるガヴィルさんだった。
エウリュアレよりも前に出ておかないと村を焼かれかねない、というのが理由である。
移動の間、私達が居るのは隊列の中ほど。
左から順に私、アラクネ、ノフィカ、ゼフィアと横に並んで馬車の間について歩いている。
近接戦闘が主体の人を外側に配置しているわけだ。
周囲を警戒するのはゼフィアとアラクネに任せてある。
私はと言うと探知の刻印魔術を使ってアイゼルネの位置把握に務めている最中だ。
どうにも私の探知魔術の捕捉距離はアラクネのそれよりも圧倒的に広いらしい。
アラクネが言うには、マナ収束力の違いが影響しているとのことだ。
……怪しまれてなければいいのだが、アラクネはどちらかと言うと呆れ気味の様子だったのでもう手遅れなんだろうね。
一応周りにも見えるようにということで彼女と同じように球体ホログラフのような表示に切り替えている。
この辺、そういうイメージさえ調整できればある程度応用が利くので助かる。
探知している限り、連中は海岸沿いから今のところ動いていない様子で、話に聞いていたよりも随分とおとなしい。
おかげでこちらは安心して動くことができるのだが、アラクネが少し訝しげな表情をしていた。
魔術はちゃんと働いているから大丈夫だとは思いたいが、私もなんとなく嫌な予感がする。
気にし過ぎだろうか?
「ここまでは順調、なのかな……」
「過去の事例を考えると、順調過ぎるとも言えるわね。大体は移動中に襲撃されて壊滅した現場を見ることのほうが多いわ」
「ふぅん……探知の刻印魔術とかあるのに移動中襲撃され……る?」
なんでだ?
普通相手の居場所がわかるなら、距離を取ることだってできるのではないか?
探知の刻印魔術を使える人が居なかった?
移動においてそういう人が皆無なことなんてあり得るか?
……何か、見落としているんじゃないか?
前提となる、何か大事なことを……。
アイゼルネは刻印魔術を使えない?
その前提は正しいのか?
正しいとして、それなら連中はどうやって敵を見つけているんだ?
探知に相当する別系統の術がある可能性は十分にあるのではないか?
だとしても動いていないなら問題はない?
いや、できるか……あり得るか?
「どうしたんですかリーシア様?」
「ノフィカ、アラクネ、探知の刻印魔術をごまかす事って、可能なの?」
「探知をごまかす、ですか?」
「……方法が無いわけではないけど、現実的にそんな刻印の取得の仕方をしている人はまず居ないと思うわよ? 他の刻印を取ったほうができることが多いもの。そもそもが探知と──この場合リーシアとの力比べになるし……」
理論上ごまかせはするのか。
使うとしたらどれだろう、空、遮断、中和、反射、探知、伝達、封印あたりか?
力比べという言葉の意味がどの程度かわからないが、可能性はあるだろうか。
幾つもの可能性が頭のなかを駆け巡る。
私の術の練度が低い。
相手の対抗術がある。
その両方、異なる術体系による想定外干渉。
相手が刻印魔術を扱える。
刻印魔術よりも強い術を扱える。
バラバラと浮かび上がっていくその羅列。
多少人目を引いたとしても、やっておくべき事柄だろう。
「アラクネ、ちょっと刻印の組み合わせを変えて探知をかけ直すわ」
「構わないけれど、何か気になることでもあるの?」
「警戒するに越したことはないと思ってね」
アラクネが探知を起動したのを確認して、私は一度術を解く。
何らかの遮蔽を、あるいは探知する対象を誤認させられている可能性があるとしたら、それを打ち破るぐらい強力な形にしなければならない。
まずは基本で探知、それに加えて探知の術式を強化、取得した情報の増幅、精度を高めるための収束、それらの情報を追うための追跡、5つの刻印を同時に起動し、複雑に絡めて一つの術式とする。
目の前で5つの刻印の連結起動をしたことでアラクネが息を呑んだが、今はそれを気にしている場合ではない。
微かな頭痛とともに術は完成した。
先程に比べてのかなり詳細な情報なのだが、私では今ひとつピンと来るものがない。
「アラクネ、一緒に見て」
「は?」
「いま、伝えるから」
同時に伝達の刻印を起動させ、私が頭のなかで見ている探知の結果 を伝える、直後にそれに気がついたのか彼女はほんの僅かに顔を顰め──次の瞬間驚愕の表情とともに叫んだ。
「全周警戒態勢──!」
森の奥から飛んできた矢にノフィカが射抜かれるのと、アラクネが警戒を促す声を上げたのはほぼ同じタイミングだった。
肩口に突き刺さった矢はあろうことか突き抜けて、その勢いにノフィカが地面を転がる。
すぐさま側に居た騎士が盾を掲げて矢の飛んだほうを警戒してくれたため、二本目、三本目の矢はなんとか凌がれた。
「ノフィカっ!?」
「──あ、ぅっ!」
ノフィカに駆け寄ろうとしたゼフィアは倒れた彼女へと放たれた死角からの矢に反応してみせ、その一矢を剣で切り落として矢が飛んできた方向へと向き直る。
その目は明らかな敵意が浮かぶ、一瞬で完全に頭に血が上った様子だ。
わかりやすいな。
森のなかから次々と姿をあらわす、昨日見たのと同じ闇色の鎧に身を包んだ軍勢は相変わらず不気味で生気のない様子のまま矢を番え、曖昧な狙いのままに射る行為を繰り返す。
その大半は人には当たらず地面や馬車、たまに馬などに突き刺さる。
それがあまり効果がないと見るや、先頭に立つ男が手を上げるとその行動がピタリと止まった。
周りの兵士達が着ている鎧とは異なり、どこか城塞を思わせるような堅牢な作りをしたプレートアーマー、地面に突き立てた状態で身の丈ほどの大剣は側面にボウガンのようなギミックが施されているらしく、先程ノフィカの肩口に突き立ったのと同じ矢が番えられていた。
兜はかぶっておらずその顔を晒しているが、そこにあるのは薄い笑みと正気とは思えない淀んだ赤黒い瞳。
浅黒い肌はまるでこびりついた返り血のようなどす黒い色をした刺青が施されており、それだけでも威圧感を感じてしまう。
「やはり倒敗兵どもに弓は向かんな……」
「まともに狙いを付けることもできぬ木偶じゃからのぅ、仕方あるまいて、ひぇっひぇっひぇ」
男の後ろから笑いながら出てきたのは小さく、フードで顔こそ見えないものの腰の曲がった老婆と思われる人影だった。
どちらも見ただけで周りの兵士達と異なることがわかる。
周りの生気の抜けたような兵士とは存在感がまるで違う。
男の方はゆっくりと大剣を掲げ、その切っ先をノフィカに向けたかと思うとその側面に施された機構から矢が発射された。
とっさにノフィカの前に立ちふさがった兵士が盾ごと貫かれて倒れる光景はまるで冗談のようだ。
クロスボウ、それもかなり威力が高い……。
「ふむ、流石に異教の蛮族とはいえ癒し手を守る程度の頭はあるか」
「てめぇ……!」
その行為にゼフィアが二刀を抜いて斬りかかるが、軽く頭を動かして避けるだけで剣が鎧にぶつかり火花を散らす。
何度か走った剣閃は二度目以降は男の小手に弾かれる。
それを繰り返してようやく剣が通らないことを理解するのと、男が大剣を振り上げるのもまた同時だった。
二刀を使うゼフィアにとって、おそらく大剣と言うのは両手で振るうモノであるという常識があっただろう。
だが目の前の男はそれを片腕で切り上げて見せた。
切り上られた剣はゼフィアを的確に捉えその一撃で深手を負わせていた。
血しぶきを上げて、放り投げられでもしたかのように放物線を描き吹き飛んだゼフィアはノフィカの直ぐ側に落下する。
じわりと広がる赤色にノフィカが悲鳴を上げて駆け寄るのを見越したかのように、その男は二人まとめて叩ききるつもりで一気に距離を詰め大剣を振り下ろそうとした。
かろうじてそれを直前で止めたのはアラクネの糸だった。
みしり、という周囲の木々がきしみを揚げる音が響き、その木々の幹に幾筋もの傷が刻まれる。
アラクネがそれらの木々を支点にして展開させた糸は、かろうじて二人を断ち切ろうとする刃をとどめて、その威力を周囲の木々へと拡散させていた。
周囲の木々の傷はその力の証拠だろう。
それで糸が切れないのが信じられないぐらいだ。
「リーシア! 長くは保たないわよ!」
アラクネの声に、私はスペル・キャストを抜き放ち距離を詰めて一刀。
案の定斬れるわけもなく火花が散る。
幻惑の舞姫おかげで縦横無尽にはられたアラクネの糸の中を飛び回ることも、空中で体を撚るのも何ら苦にはならず、斬撃の反動を利用して二転三転しながら立て続けに攻撃を仕掛ける。
傷の一つもつかないことを確認し、スペル・キャストと聖剣ホーリエルを取り替える。
三倍近い攻撃力を持つホーリエルによる一撃、これで斬れなければ嘘だろうと思い振るった一刀は、漆黒の鎧に弾かれて火花を散らすのみだった。
「豪華な作りの割に随分とお粗末な切れ味と見える!」
耳障りな音をたてて倒れる周囲の木々に、アラクネの補助が限界であることは明白だった。
はられていた糸がうねるように空を舞いながらアラクネの方へと戻る。
周辺の見晴らしが随分と良くなってしまった。
少なくとも距離を取らなければどうにもならない。
これが効かなきゃ手詰まりだと、風、土、増幅、収束の刻印を同時に起動する。
私が何をする気なのか気づいたのだろう、相手はとっさに大剣を前に構え頭を防御するような姿勢を取る。
その様子から、鎧のない頭は攻撃が通るだろうことは判断がついた。
それでも平気で晒してるってことは自信の現れなのだろう。
「吹っ飛べ!」
直後、開放された私の刻印魔術によって生み出された土砂混じりの暴風。
高速で飛来する無数の質量はその場で耐えることを許さず、目の前の鎧騎士を吹き飛ばす。
そのまま見えない場所まで吹き飛んでくれればよかったのだが、そうはならなかった。
あろうことか吹き飛ばされながらも姿勢を立て直し十数メートルの距離に着地し、その後は私の魔術が終わるまでを凌いでみせた。
結構なマナを使ったというのに大した防御力だ。
「蛮族の女の割にはやるではないか、風に土塊を混ぜるとはなかなかに下品な発想だ!」
「……そりゃどうも」
そのアイデアは私のじゃないけどね──。
しばらく前に戦ったミノタウロスの使った攻撃を思い出しとっさに使っただけなのだが。
不愉快な評価に私は眉をひそめる。
私達が戦い始めたせいか、周囲でもすでに争いが始まっていた。
ゾンビのように無表情に、矢を受けても腕がちぎれても向かって来るアイゼルネの倒敗兵とやらに周りは押され気味だ。
前の方ではユリエルが統制しているためか幾らか状況は優勢なものの、隊の後方になればなるほど崩れている感じだろうか。
……こいつが後方から襲撃してきたんじゃなくて、私達が居るところに来たのはある意味不幸中の幸いかもしれない。
私達がこいつらを抑えさえすればまだ状況は十分に動くだろう。
「アラクネ、二人の治療を頼める?」
「それは構わないけれど……リーシア、貴方まさかアレとやりあうつもりなの?」
一瞬私に向き直ったアラクネが紡いだ疑問。
それに対して私が答えるよりも前に、一陣の風が私達の側を駆け抜けていった。
「やああああああああああああっ!!!!!!!!!!!」
見間違えようはずもない、私に双剣術を教えた師でもあるカレンさんは、両手に剣を振りかざし大剣の男へと躍りかかった。
その動きを一言で表現しろというのであれば、風の舞といったところだろうか。
左手の剣を右から左へ、右手の剣が上から下へ、一つ回って左手の剣を下から上へ、右手の剣を左から上へ。
剣だけではない。
跳ぶ、翔ぶ、回る、跳ねる、回る。
戦場を縦横無尽に飛び回り無数の斬撃を降らせ続けるその姿は、まさに双剣術の一つの極地であるといえるだろう。
回避を許さない、本来ならば防御すら許されない速度と数の連撃。
止まることを知らない斬撃の嵐はまともに戦えば脅威であるはずだ。
だが、大剣の男の鎧はそれらの斬撃を意に介さない。
掲げられた左腕が頭部への攻撃も全て防いでいる。
斬撃の度に飛び散る火花が、それらが意味をなさなかったことを告げている。
カレンさんの数十を超える連撃は未だその結果を出せていない。
いや、違う。
私の持つスキルの影響だろう、それらの攻撃がある一つの目的を持って繰り出されているものだと、私に告げている。
大剣の男が右腕だけで大剣を構え、そして左腕を大剣に添えたその瞬間──
「もらったああああぁぁぁぁぁぁ!」
一体どんな重心移動をしたのか、大剣の男の左側から弧を描くように背後を取ったカレンさんはその双剣を同時に振り上げて……逆袈裟に切り捨てられた。
確実に背後を取った、その瞬間。
男は視線を動かしもせず、右腕だけで大剣を背後に振るって見せたのだ。
何の事はない、必殺のタイミングを取ったつもりだったカレンさんは、この男の誘いに乗ってしまったという、それだけの話。
信じられないものを見た驚愕の表情を浮かべたまま、血しぶきを上げて倒れるカレンさん。
そこに横から駆け込んできたのは、夫であるガヴィルさんだった。
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彼の武器は、知識と経験。商品を生み出し、人脈を築き、産業を広げていく。
「居場所を見つけたい」その願いが、やがて世界を変える力となる。
これは、一人の薬師が紡ぐ研究と開発、そして成長の物語。
【カクヨムでも掲載しています】
表紙は紹介文をもとに、ai【adobe firefly】で作成したものです。(参考程度に……)
古代文明の最強王、5000年後に転生すると魔法が弱体化しすぎていたのでもう一度最強になります。~底辺貴族からの成り上がり~
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目覚めた先は、スケルド男爵家三男レイフとしての赤子の身体だった。産まれた瞬間から記憶を持つ彼は、質素な家と薄い魔力の流れを前に、未来の魔法研究が古代よりも大きく退化していることに気づく。最底辺と呼ばれる家に生まれながらも、家族は温かく、彼の異常な魔力量を希望として受け入れた。
幼少期から魔力操作を自然に行い、三歳で石を浮かせ、五歳で光魔法を自在に扱うなど、古代王としての力を隠しながら成長する。外では古代魔法を使わず、転生者であることを悟られないよう慎重に振る舞いながら、未来の魔法体系を観察し続けた。
十歳になると身体強化などの古代魔法を最低限だけ使い、父との剣術訓練でも圧倒的な動きを見せるが、本来の力は隠したまま過ごす。そして十六歳、高等魔導学園に入学したレイフは、初日の実技試験で無詠唱魔法や術式無効化を用いて試験官を圧倒し、最底辺男爵家ながらA級判定を受ける。
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※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
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