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氷樹の森の大賢者
幕間.十二年前の傷跡
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半日ほどで済ませられる簡単な採取の依頼を終わらせた帰り道、日が傾き空が赤くなり始めた頃合いに街中でノフィカを見つけた。
宿とは反対の方向、街外れへと大切そうに花束を抱えて歩く彼女の表情はどこか淋しげで、なんでか私は声もかけられないままに後を追うことになった。
今でも理由はわからない。
しいてあげるなら、それが私の直感だったんだろうということだけだ。
遠目だったため花の種類までは判断できなかった。
もしももっと近くで見ていたのなら、私はその花の意味に気づいていただろう。
白一色で作られた花束の意味にも……。
段々と暗くなり影が濃密になり、吹く風が冷たく肌に触り始める。
街の明かりが増え、行き交う人々は減り始め徐々に街の姿は夜へと変わり始めていた。
そもそもいいことでないのだろうが、このままノフィカの後を追いかけるのを、悪い男にでも絡まれたらまずい、自分は護衛なんだからと言い訳して続けている自分が居ることに気づいた。
良くも悪くも彼女は目立つ、それを理由に……。
そうして彼女が足を踏み入れていったのは閑散とした、切りだされた石が規則的に並ぶ場所……墓地だった。
それに気づいて思わず足が止まる。
そうか、違和感の正体、あの花束は弔いのものかと気づいた頃にはノフィカの姿を見失ってしまっていた。
仕方なしに周囲を見渡してみると、真新しいものから少し古くなったものなで墓石が並んでおり、ところどころその前に花や食べ物が備えてあったりもした。
真新しいものから、少し古くなってしおれたものまでいろいろだが、完全に枯れてしまった物が見当たらないところを見ると管理している人間が居るのだろう。
ノフィカが帰りもここを通るであろうことを考えれば、どこかで待っていればいい。
通りすがったという言い訳は流石に無理があるだろうが、適当に散策していたとでも言えば彼女なら特に詮索はしないだろう。
「お前さん、ここに何か用かえな?」
「うぇ?」
ぼんやりしていたとは言え突然後ろから声をかけられ思わず変な声が出た。
振り返ってみればそこには箒と麻袋を持った老人が立っている。
おそらく墓守なのだろう、古くなった供え物を回収しているのか麻袋は多少膨らんでいた。
「ここはもう朽ちて忘れ去られてゆく所、それを忘れるまでの間、慰みにする者たちが足を運ぶ所じゃ、ここに来る連中は多かれ少なかれそういう感情を抱いているが、お前さんはそれがない……部外者なら不用意に足を踏み入れないことじゃな」
「あー……まぁ、私もそのつもりだったんだけどね」
「誰か知り合いがここに来たのを見かけたかね、だとしたら鉢合わせする前に帰るといいじゃろう」
確かに、そうなのかもしれない。
ここに来たのは間違いなく彼女自身の持つ理由によるもので、私が不用意に踏み込んではいけないたぐいの話のはずだ。
「そうかもしれないわね……そうするべきなんでしょうけど」
「気になって放っておけんかね?」
「……まぁ、そうね」
別にここで私がノフィカに会ったからって何ができるわけでもないし、彼女の慰めにもならないだろうとは思うのだけれど……。
こんな夜道を女に一人歩きさせるのも──それを言ったらふたり歩きも対して変わらない気もするが、流石に気になるので帰るときに適当にあとを追うかと考えていた。
だが──。
「彼女なら定期的に来る、6つほど奥の右端のほうじゃ。どうするかはお前さんに任せるとしよう……」
そう言うだけ言い残して墓守のおじいさんは遠くにある小屋の方へとさっさと言ってしまった。
私はといえば、そこまで教えられてぼんやり待つこともできず自然と足がそちらへと向かったのである。
墓地の端にある小さな石碑に花を供えて、ノフィカは静かに祈りを捧げていた。
巫女ということもありその姿はとても様になっていて、場所が場所だというのに絵画の一枚にでもなるのではないかと思わせる。
このまま終わるまで待って、彼女が気づかないのなら気づかないままに流れに任せよう、という考えは足元の小枝を踏み折ってしまったことで水泡に帰した。
振り返ったノフィカはすぐに私に気がついて、お互い言葉もなくしばらく見つめ合っていた。
「リーシア……様?」
「あー……いや、街中で姿を見かけてさ……なんとなく声かけそびれてこんなところまで来ちゃった」
「そうですか……」
少しの沈黙が流れる。
ノフィカは何か言おうとしたけれど、言葉が見つからなかったのか何も言わなかった。
彼女はまだ墓石の前で膝を折ったままだ。
流石に距離があると話すにも億劫なので側へと近寄る。
墓石にはアーシル・フェリスティルと、ゲイル・フェリスティル、アーシェ・フェリスティルと三人の名前が刻まれていて、ノフィカとの関係はわからなかった。
特に供えるものは持っていないけれど、一応私もお祈りぐらいはさせてもらおうか。
いや、そういえば、確かあれがあったはずだ。
インベントリをスクロールしていくこと数十ページ、全世界ごちゃまぜインベントリの地獄を痛感した、お目当ての物どこよ?
売ったり捨てたりはしてなかったはずなんだけど……あった。
お墓参りに持ってくるような花の取り合わせではないけれど勘弁してもらおう。
私がノフィカの目の前でインベントリから取り出したのは、一抱えほどもある色とりどりの大きな花束だった。
"祝福の花束(大)"である。
本当は祝い用のアイテムなのだがそれは勘弁してもらおう、墓前に供えてそっと祈りを捧げる。
ノフィカはいい加減私のすることには驚かなくなったのか、どこから出したのかは聞いてこなかった。
「……ありがとうございます」
「まあ、これぐらいしかできないしね。誰のお墓なの?」
静かに祈りを捧げた私にノフィカが言う、聞くなら今しかないだろう。
おそらく十二年前の出来事に起因するのだろうが、それがどんな存在なのかまではわからないから。
「私の両親と、姉です」
「……あれ?」
「家名が違うと言うなら、私の元の名がノフィカ・フェリスティルなんです。今はフローライトと名乗っていますが」
「リリエラさんの家名ってわけではないわよね?」
確か彼女の家名はフラリーシュだったはずだ。
フローライトという名前は一体どこから来たんだ?
「はい、巫女は就任と同時に神聖石名というのを授かるので」
ああ、だから宝石の名前だったわけか。
名前として違和感がないから気づかなかった、そういう文化なんだね。
洗礼名みたいなものなのだろう。
「そっか……」
言葉少なに静かな時間を過ごす。
お互いになんとも言えない居心地の悪さを感じていたのだろう、先に口を開いたのはノフィカだった。
「聞かないんですね」
「詮索されたい話じゃないでしょ、吐き出したいって言うなら聞くけどね」
十二年前のこと、なんて言うつもりはない。
彼女にとってはおそらく未だに割り切れていない、今日に続く出来事なのだ。
当時の年齢を、その後のことを考えれば。
だから、言い訳かもしれないけれど私から踏み込むことはあんまりしたくない、話したくなければ話さなくていいと思うのだ。
抱え込むのもまたその人の選択なのだから。
けど、もしも吐き出したいと、その荷物を少しでも軽くしたいと思うのなら、できることはしようと思う。
隣を歩くのはゼフィアにまかせるとして、だが。
彼女はしばらく口を開かなかった。
話すかどうか、迷っているというのが近い表現だろうか。
場所と暗さも相まって、おそらく数分だろうそれがひどく長く感じられる。
「十二年前の戦争はひどかったですから」
ノフィカがそう、小さく口にした。
街を歩いた時に目についた焼けたあとといい、そこかしこにその傷跡は見える。
ここほどそれをはっきりとさせている場所もないだろうけれど。
ざぁ、と強い風が墓地をなでてゆく。
すでに陽の沈んだあとの風は冷たくて、その風の音は少し怖かった。
私たちはほんの少しだけ体を震わせた。
私は夜風の寒気で、ノフィカは……過去を思い出してだろうか。
「ここは、十二年前のアイゼルネ大遠征の時に作られた墓地なんです」
「……うん」
「当時アイゼルネの上陸に気づくのが遅れた私達は、アイゼルネ軍を首都まで侵攻させてしまいました……」
油断がすぎるといえばその通りなのかもしれない。
それを許してしまう理由があったとしても。
「深い森と山、そして海。人の手のほとんど入っていない魔物の領域の中に野営地を作って、そこから侵攻してくる軍隊が居るなんて当時の私達は考えもしませんでした」
「……そう」
「彼らの信仰というのが、私達のそれとは完全に異質なものであるというのを理解した時には、手遅れになっていたんです。彼らの望みは、降伏でも教化でもなく、ただただ破壊のみでした」
「……」
それをすぐさま理解しろというのは無理があるだろう。
時間をかければそれでも理解できるかもしれない、けれどそのための経験として必要だったのがおそらく十二年前の出来事なのだろう。
明確な痛みと傷跡をもって、ついにノフィカたちはそれを理解したのだ。
わかりあえないということを。
「代償は……大きかったです」
ノフィカの言葉に、この墓地を改めて見回してみる。
街中に作られたこの墓地は、並んだ石の数だけでも概算で千個を超えるだろう。
その全てが十二年前のものではないかもしれないが。
「私達が……悪かったんでしょうか?」
彼女のその言葉は、おそらく答えを期待したものではなく、それでも何かしらの理由がほしいような、そんな押し込めた叫びのように聞こえた。
おそらく、誰も悪くなく、それでいて等しく悪いのだ。
アイゼルネの人々は自らの信仰の元に正義の行いをしたと思っているだろう。
ウィルヘルムの人々は自分たちの信じる神を奉じていただけで、侵略されて何とか国を守ったのだ。
何も悪いことなど無いのだと思う。
けれどみんなそれぞれ悪いと思っているのだ。
殺すやつが悪い。
殺されるやつが悪い。
侵略する国家が悪い。
侵略される国家が悪い。
異端信仰する国家が悪い。
宗教弾圧する国家が悪い。
けれど、それを言ったところで、何も変わらない。
ノフィカの亡くした人は帰ってこないし、十二年前のアイゼルネ大遠征とやらがなかったことにもならない。
掛ける言葉など見つかるわけがなく、ただノフィカの頭を撫でるぐらいしかやれることが無かった。
震えるノフィカの手が、私を捕まえて抱きしめた。
どうするか少し迷ったけれど抱き返した、強く。
その表情は見えないけれど、今にも泣きそうな様子は伝わってくる。
「子供の頃、大きくなったら冒険者になると言っていた幼なじみが居ました……」
「……うん」
「剣の練習をするのは数えで十からなのに、五つの頃から手頃な木の棒を見つけては剣に見立てて振って……」
「うん」
「野良犬に襲われた時に、追い払ってくれたり……強い子だったんです」
「……そっか」
ノフィカの口から漏れ始めたのは、思い出とも、願望とも言える支離滅裂な感情だった。
溜め込んでいたものが溢れ出しているのだろう。
私は聞くぐらいしかできない。
「私は、もっとお母さんと、お父さんと、おねえちゃんと暮らした……かったです」
「……」
「お父さんは商人で、朝早くに商談があるからと言って出かけていって……私は眠くて起きれなくて、行ってらっしゃい、って……いえなく、て」
ノフィカが私を抱きしめる腕に力がこもる。
少し、痛いぐらいに。
「お母さんは、作物の収穫がある……から、って……帰ってきたら、一緒に焼き菓子を……作ろう、って」
「うん……うん」
「おねえちゃんは、すごく優しくて……私がわがまま言っても、おこら……なく、て」
溢れてくる感情を必死に言葉にして吐き出す、それにしたがって徐々に私を抱きしめる力が震えと共に弱くなる。
それに気づいて私は、更に強くノフィカを抱きしめ返していた。
全部吐き出せばいい、それぐらいの間支えてあげるぐらいできるはずだからと、自分に言い聞かせて。
「ゼフィアのお母さんの作るパイは……すごく、美味しかった……です」
涙声で紡ぐ言葉に、私は何も言えない。
ノフィカがこの十二年という間に何を考えて、何を背負って生きてきたのかなんて想像することしかできない、けれどきっと私には、この世界にやってきたばかりの私にはその想像すら全然たりないのだろう。
今この場で縋られていることすら不釣り合いな自分に苛立つことすら出来ないでいた。
ノフィカやゼフィアは、きっと自らエウリュアレに行くことを決意したのだろう。
同じ悲劇を招かないために。
「みんな、みんな居なく……なり、ま……した」
言葉がなくなり私の胸の中で泣くだけのノフィカをせめて強く抱きしめて、落ち着くのをじっと待つ。
どれぐらいの時間が経ったのかわからないけれど、とても長い時間に感じられた。
ようやく落ち着いたのか、ノフィカが私の胸に埋めていた顔を持ち上げたのでもう一度抱きしめ、頭を撫でてやる。
少しうろたえたような反応が帰ってきたのを確認してから、そっと抱きしめる手をゆるめた。
「すいません……少し、取り乱しました」
「構わないわよ。泣けるときに泣いておいたほうがいいわ」
変にこらえて泣けなくなってしまうよりよほど健全だと思うし、そうやってこらえて胸につかえさせておくと苦しくなるものだから。
私程度でそれを消化できるというのならいくらでも、というのが正直なところだ。
彼女にはそれぐらいお世話になっているのだから。
ノフィカも、話す前よりはすっきりしているようだし問題はないだろう。
「落ち着いた?」
「……はい」
「それじゃあ、そろそろ宿に戻りましょうか。夜風は体に障るわ」
そう言って差し出した手を、ノフィカは少し恥ずかしそうにしながら手にとってくれた。
なんとなく、手を離して夜道を帰ることが躊躇われたからしたことだけれど、どうやら正解だったようだ。
宿とは反対の方向、街外れへと大切そうに花束を抱えて歩く彼女の表情はどこか淋しげで、なんでか私は声もかけられないままに後を追うことになった。
今でも理由はわからない。
しいてあげるなら、それが私の直感だったんだろうということだけだ。
遠目だったため花の種類までは判断できなかった。
もしももっと近くで見ていたのなら、私はその花の意味に気づいていただろう。
白一色で作られた花束の意味にも……。
段々と暗くなり影が濃密になり、吹く風が冷たく肌に触り始める。
街の明かりが増え、行き交う人々は減り始め徐々に街の姿は夜へと変わり始めていた。
そもそもいいことでないのだろうが、このままノフィカの後を追いかけるのを、悪い男にでも絡まれたらまずい、自分は護衛なんだからと言い訳して続けている自分が居ることに気づいた。
良くも悪くも彼女は目立つ、それを理由に……。
そうして彼女が足を踏み入れていったのは閑散とした、切りだされた石が規則的に並ぶ場所……墓地だった。
それに気づいて思わず足が止まる。
そうか、違和感の正体、あの花束は弔いのものかと気づいた頃にはノフィカの姿を見失ってしまっていた。
仕方なしに周囲を見渡してみると、真新しいものから少し古くなったものなで墓石が並んでおり、ところどころその前に花や食べ物が備えてあったりもした。
真新しいものから、少し古くなってしおれたものまでいろいろだが、完全に枯れてしまった物が見当たらないところを見ると管理している人間が居るのだろう。
ノフィカが帰りもここを通るであろうことを考えれば、どこかで待っていればいい。
通りすがったという言い訳は流石に無理があるだろうが、適当に散策していたとでも言えば彼女なら特に詮索はしないだろう。
「お前さん、ここに何か用かえな?」
「うぇ?」
ぼんやりしていたとは言え突然後ろから声をかけられ思わず変な声が出た。
振り返ってみればそこには箒と麻袋を持った老人が立っている。
おそらく墓守なのだろう、古くなった供え物を回収しているのか麻袋は多少膨らんでいた。
「ここはもう朽ちて忘れ去られてゆく所、それを忘れるまでの間、慰みにする者たちが足を運ぶ所じゃ、ここに来る連中は多かれ少なかれそういう感情を抱いているが、お前さんはそれがない……部外者なら不用意に足を踏み入れないことじゃな」
「あー……まぁ、私もそのつもりだったんだけどね」
「誰か知り合いがここに来たのを見かけたかね、だとしたら鉢合わせする前に帰るといいじゃろう」
確かに、そうなのかもしれない。
ここに来たのは間違いなく彼女自身の持つ理由によるもので、私が不用意に踏み込んではいけないたぐいの話のはずだ。
「そうかもしれないわね……そうするべきなんでしょうけど」
「気になって放っておけんかね?」
「……まぁ、そうね」
別にここで私がノフィカに会ったからって何ができるわけでもないし、彼女の慰めにもならないだろうとは思うのだけれど……。
こんな夜道を女に一人歩きさせるのも──それを言ったらふたり歩きも対して変わらない気もするが、流石に気になるので帰るときに適当にあとを追うかと考えていた。
だが──。
「彼女なら定期的に来る、6つほど奥の右端のほうじゃ。どうするかはお前さんに任せるとしよう……」
そう言うだけ言い残して墓守のおじいさんは遠くにある小屋の方へとさっさと言ってしまった。
私はといえば、そこまで教えられてぼんやり待つこともできず自然と足がそちらへと向かったのである。
墓地の端にある小さな石碑に花を供えて、ノフィカは静かに祈りを捧げていた。
巫女ということもありその姿はとても様になっていて、場所が場所だというのに絵画の一枚にでもなるのではないかと思わせる。
このまま終わるまで待って、彼女が気づかないのなら気づかないままに流れに任せよう、という考えは足元の小枝を踏み折ってしまったことで水泡に帰した。
振り返ったノフィカはすぐに私に気がついて、お互い言葉もなくしばらく見つめ合っていた。
「リーシア……様?」
「あー……いや、街中で姿を見かけてさ……なんとなく声かけそびれてこんなところまで来ちゃった」
「そうですか……」
少しの沈黙が流れる。
ノフィカは何か言おうとしたけれど、言葉が見つからなかったのか何も言わなかった。
彼女はまだ墓石の前で膝を折ったままだ。
流石に距離があると話すにも億劫なので側へと近寄る。
墓石にはアーシル・フェリスティルと、ゲイル・フェリスティル、アーシェ・フェリスティルと三人の名前が刻まれていて、ノフィカとの関係はわからなかった。
特に供えるものは持っていないけれど、一応私もお祈りぐらいはさせてもらおうか。
いや、そういえば、確かあれがあったはずだ。
インベントリをスクロールしていくこと数十ページ、全世界ごちゃまぜインベントリの地獄を痛感した、お目当ての物どこよ?
売ったり捨てたりはしてなかったはずなんだけど……あった。
お墓参りに持ってくるような花の取り合わせではないけれど勘弁してもらおう。
私がノフィカの目の前でインベントリから取り出したのは、一抱えほどもある色とりどりの大きな花束だった。
"祝福の花束(大)"である。
本当は祝い用のアイテムなのだがそれは勘弁してもらおう、墓前に供えてそっと祈りを捧げる。
ノフィカはいい加減私のすることには驚かなくなったのか、どこから出したのかは聞いてこなかった。
「……ありがとうございます」
「まあ、これぐらいしかできないしね。誰のお墓なの?」
静かに祈りを捧げた私にノフィカが言う、聞くなら今しかないだろう。
おそらく十二年前の出来事に起因するのだろうが、それがどんな存在なのかまではわからないから。
「私の両親と、姉です」
「……あれ?」
「家名が違うと言うなら、私の元の名がノフィカ・フェリスティルなんです。今はフローライトと名乗っていますが」
「リリエラさんの家名ってわけではないわよね?」
確か彼女の家名はフラリーシュだったはずだ。
フローライトという名前は一体どこから来たんだ?
「はい、巫女は就任と同時に神聖石名というのを授かるので」
ああ、だから宝石の名前だったわけか。
名前として違和感がないから気づかなかった、そういう文化なんだね。
洗礼名みたいなものなのだろう。
「そっか……」
言葉少なに静かな時間を過ごす。
お互いになんとも言えない居心地の悪さを感じていたのだろう、先に口を開いたのはノフィカだった。
「聞かないんですね」
「詮索されたい話じゃないでしょ、吐き出したいって言うなら聞くけどね」
十二年前のこと、なんて言うつもりはない。
彼女にとってはおそらく未だに割り切れていない、今日に続く出来事なのだ。
当時の年齢を、その後のことを考えれば。
だから、言い訳かもしれないけれど私から踏み込むことはあんまりしたくない、話したくなければ話さなくていいと思うのだ。
抱え込むのもまたその人の選択なのだから。
けど、もしも吐き出したいと、その荷物を少しでも軽くしたいと思うのなら、できることはしようと思う。
隣を歩くのはゼフィアにまかせるとして、だが。
彼女はしばらく口を開かなかった。
話すかどうか、迷っているというのが近い表現だろうか。
場所と暗さも相まって、おそらく数分だろうそれがひどく長く感じられる。
「十二年前の戦争はひどかったですから」
ノフィカがそう、小さく口にした。
街を歩いた時に目についた焼けたあとといい、そこかしこにその傷跡は見える。
ここほどそれをはっきりとさせている場所もないだろうけれど。
ざぁ、と強い風が墓地をなでてゆく。
すでに陽の沈んだあとの風は冷たくて、その風の音は少し怖かった。
私たちはほんの少しだけ体を震わせた。
私は夜風の寒気で、ノフィカは……過去を思い出してだろうか。
「ここは、十二年前のアイゼルネ大遠征の時に作られた墓地なんです」
「……うん」
「当時アイゼルネの上陸に気づくのが遅れた私達は、アイゼルネ軍を首都まで侵攻させてしまいました……」
油断がすぎるといえばその通りなのかもしれない。
それを許してしまう理由があったとしても。
「深い森と山、そして海。人の手のほとんど入っていない魔物の領域の中に野営地を作って、そこから侵攻してくる軍隊が居るなんて当時の私達は考えもしませんでした」
「……そう」
「彼らの信仰というのが、私達のそれとは完全に異質なものであるというのを理解した時には、手遅れになっていたんです。彼らの望みは、降伏でも教化でもなく、ただただ破壊のみでした」
「……」
それをすぐさま理解しろというのは無理があるだろう。
時間をかければそれでも理解できるかもしれない、けれどそのための経験として必要だったのがおそらく十二年前の出来事なのだろう。
明確な痛みと傷跡をもって、ついにノフィカたちはそれを理解したのだ。
わかりあえないということを。
「代償は……大きかったです」
ノフィカの言葉に、この墓地を改めて見回してみる。
街中に作られたこの墓地は、並んだ石の数だけでも概算で千個を超えるだろう。
その全てが十二年前のものではないかもしれないが。
「私達が……悪かったんでしょうか?」
彼女のその言葉は、おそらく答えを期待したものではなく、それでも何かしらの理由がほしいような、そんな押し込めた叫びのように聞こえた。
おそらく、誰も悪くなく、それでいて等しく悪いのだ。
アイゼルネの人々は自らの信仰の元に正義の行いをしたと思っているだろう。
ウィルヘルムの人々は自分たちの信じる神を奉じていただけで、侵略されて何とか国を守ったのだ。
何も悪いことなど無いのだと思う。
けれどみんなそれぞれ悪いと思っているのだ。
殺すやつが悪い。
殺されるやつが悪い。
侵略する国家が悪い。
侵略される国家が悪い。
異端信仰する国家が悪い。
宗教弾圧する国家が悪い。
けれど、それを言ったところで、何も変わらない。
ノフィカの亡くした人は帰ってこないし、十二年前のアイゼルネ大遠征とやらがなかったことにもならない。
掛ける言葉など見つかるわけがなく、ただノフィカの頭を撫でるぐらいしかやれることが無かった。
震えるノフィカの手が、私を捕まえて抱きしめた。
どうするか少し迷ったけれど抱き返した、強く。
その表情は見えないけれど、今にも泣きそうな様子は伝わってくる。
「子供の頃、大きくなったら冒険者になると言っていた幼なじみが居ました……」
「……うん」
「剣の練習をするのは数えで十からなのに、五つの頃から手頃な木の棒を見つけては剣に見立てて振って……」
「うん」
「野良犬に襲われた時に、追い払ってくれたり……強い子だったんです」
「……そっか」
ノフィカの口から漏れ始めたのは、思い出とも、願望とも言える支離滅裂な感情だった。
溜め込んでいたものが溢れ出しているのだろう。
私は聞くぐらいしかできない。
「私は、もっとお母さんと、お父さんと、おねえちゃんと暮らした……かったです」
「……」
「お父さんは商人で、朝早くに商談があるからと言って出かけていって……私は眠くて起きれなくて、行ってらっしゃい、って……いえなく、て」
ノフィカが私を抱きしめる腕に力がこもる。
少し、痛いぐらいに。
「お母さんは、作物の収穫がある……から、って……帰ってきたら、一緒に焼き菓子を……作ろう、って」
「うん……うん」
「おねえちゃんは、すごく優しくて……私がわがまま言っても、おこら……なく、て」
溢れてくる感情を必死に言葉にして吐き出す、それにしたがって徐々に私を抱きしめる力が震えと共に弱くなる。
それに気づいて私は、更に強くノフィカを抱きしめ返していた。
全部吐き出せばいい、それぐらいの間支えてあげるぐらいできるはずだからと、自分に言い聞かせて。
「ゼフィアのお母さんの作るパイは……すごく、美味しかった……です」
涙声で紡ぐ言葉に、私は何も言えない。
ノフィカがこの十二年という間に何を考えて、何を背負って生きてきたのかなんて想像することしかできない、けれどきっと私には、この世界にやってきたばかりの私にはその想像すら全然たりないのだろう。
今この場で縋られていることすら不釣り合いな自分に苛立つことすら出来ないでいた。
ノフィカやゼフィアは、きっと自らエウリュアレに行くことを決意したのだろう。
同じ悲劇を招かないために。
「みんな、みんな居なく……なり、ま……した」
言葉がなくなり私の胸の中で泣くだけのノフィカをせめて強く抱きしめて、落ち着くのをじっと待つ。
どれぐらいの時間が経ったのかわからないけれど、とても長い時間に感じられた。
ようやく落ち着いたのか、ノフィカが私の胸に埋めていた顔を持ち上げたのでもう一度抱きしめ、頭を撫でてやる。
少しうろたえたような反応が帰ってきたのを確認してから、そっと抱きしめる手をゆるめた。
「すいません……少し、取り乱しました」
「構わないわよ。泣けるときに泣いておいたほうがいいわ」
変にこらえて泣けなくなってしまうよりよほど健全だと思うし、そうやってこらえて胸につかえさせておくと苦しくなるものだから。
私程度でそれを消化できるというのならいくらでも、というのが正直なところだ。
彼女にはそれぐらいお世話になっているのだから。
ノフィカも、話す前よりはすっきりしているようだし問題はないだろう。
「落ち着いた?」
「……はい」
「それじゃあ、そろそろ宿に戻りましょうか。夜風は体に障るわ」
そう言って差し出した手を、ノフィカは少し恥ずかしそうにしながら手にとってくれた。
なんとなく、手を離して夜道を帰ることが躊躇われたからしたことだけれど、どうやら正解だったようだ。
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