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永瀬翔太の場合
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あおいを抱っこして歩いていると、よく話しかけられる。
「お父さん、えらいわね」「赤ちゃんの面倒みて、えらいですね」と。決まって年配の女性に言われる。
初めは褒められることを嬉しく思っていたが、最近は違和感を覚える。自分の子どもを抱っこしているだけなのに、どうして「えらい」のだろうか。
そんなことを考えながら歩いていた時、赤ちゃんの泣き声が聞こえて、永瀬翔太は足を止めた。
「ハナサク……カフェ。赤ちゃんと幼児専用カフェ?」
静かな住宅街の中にカフェがあったとは、知らなかった。外観は一軒家の隠れ家風カフェといった感じだが、アンティーク調のドアにかけられている「Open」の看板には、可愛らしいウサギやクマのキャラクターが描かれている。
ブラブラと散歩していただけだったので、翔太はハナサクカフェに入ってみることにした。
「いらっしゃいませ」
中へ入ると、大きな声で泣いている赤ちゃんがいる。抱っこ紐の中のあおいが、びくっと動いた。
「ご利用は初めて……ですよね。男性のお客様は初めてなので」
若い女性の店員に話しかけられ、翔太は「あ、はい」と頷く。なんだか、かすみ草が似合いそうな女性だなぁとぼんやり思った。
一通り女性からハナサクカフェの説明を受けた後、翔太は和室の部屋で、あおいを遊ばせることにした。遊ばせるといっても、まだ首が座ったばかりなので、寝っ転がっていることしか出来ないが。
「こんにちは」
挨拶され、翔太も会釈を返した。ボブカットのお母さんとその近くでお座りして遊んでいる、女の子の赤ちゃんがいた。
あおいを畳の上に寝かせて、所在無げに辺りを見回していた翔太を見て、ボブカットのお母さんが再度、話しかけてきた。
「可愛いですね。三ヶ月くらいですか?あ、紹介が先ですよね。この子の名前は、さくらです。今、生後七ヶ月です」
「お花の名前ですね。うちの子も花から名前をとって……。あおいって言います、生後三ヶ月です」
女性ばかりの場所で緊張していたが、あおいと同じく、花から名前をつけている人に出会えて、親近感がわいた。
ハナサクカフェでは、名前と月齢を書いた名前シールを子どもの服に貼る決まりとなっている。あおいは、とりあえず胸の上に貼った。
「三ヶ月って、こんなに小さかったかな。もう忘れちゃった。抱っこしてもいいですか?」
さくらちゃんのお母さんが、あおいをあやしてくれる。客はさくらちゃん以外にもう一組いて、先程から泣いている赤ちゃんだ。颯汰くんといって、お母さんにずっと抱っこされている。
「もう一ヶ月もここに通っているのに、全然慣れてくれないの」
颯汰くんのお母さんは、口では文句を言っているのに、表情は明るかった。ショートカットの似合う、木蓮みたいな人だと思った。春になると咲く、木蓮は、木に蝶々がとまっているかのような花だ。白色より紫色の木蓮の方が、この人みたいだ。
「仕方がないね。田辺のおばちゃんが抱っこしてあげましょうね~」
ゆるいパーマをかけた、近所にいそうなおばちゃんが颯汰くんを抱っこして、背中をトントンと軽く叩いていると、不思議な事に颯汰くんは大人しくなった。
「さっすが、田辺さん」
さくらちゃんのお母さんが、わぁっと声を上げた。
「どうして。何が違うの?」
颯汰くんのお母さんも不思議そうだ。
「フン。子どもを四人産んで育てたのよ、経験値の差だね!」
「四人も……。あたしは、もう一人で十分だわ」
「私も。妊娠も出産の痛みも、もういいわ」
さくらちゃんのお母さんと颯汰くんのお母さんは顔を見合わせて、笑った。
「あら、今日はパパさんがいらっしゃってるの?」
不意に声をかけられ、翔太は声の主を見た。真っ白な白髪が素敵な、ポピーのようなおばあさんが側に座っていた。
「店長の櫻子です」
手を前について、櫻子さんは挨拶をした。この人の名前も花の名前がついている、と翔太は嬉しくなった。
「パパのお客様は初めてよね、ハナさん」
かすみ草が似合いそうな女性は、ハナさんという名前だったのか、と更に翔太は嬉しくなる。漢字は「華」だろうかなんて、どうでも良い考えが頭の中をよぎった。
「えらいわね、パパが面倒をみて」
櫻子さんの言葉に、翔太はその場に引きずり戻された気分になった。
まただ、「えらい」と言われたのは。
「あの、どうして『えらい』のでしょうか?」
翔太の素朴な疑問に、ハナサクカフェにいた女性たちは互いに顔を見合わせた。
「お父さん、えらいわね」「赤ちゃんの面倒みて、えらいですね」と。決まって年配の女性に言われる。
初めは褒められることを嬉しく思っていたが、最近は違和感を覚える。自分の子どもを抱っこしているだけなのに、どうして「えらい」のだろうか。
そんなことを考えながら歩いていた時、赤ちゃんの泣き声が聞こえて、永瀬翔太は足を止めた。
「ハナサク……カフェ。赤ちゃんと幼児専用カフェ?」
静かな住宅街の中にカフェがあったとは、知らなかった。外観は一軒家の隠れ家風カフェといった感じだが、アンティーク調のドアにかけられている「Open」の看板には、可愛らしいウサギやクマのキャラクターが描かれている。
ブラブラと散歩していただけだったので、翔太はハナサクカフェに入ってみることにした。
「いらっしゃいませ」
中へ入ると、大きな声で泣いている赤ちゃんがいる。抱っこ紐の中のあおいが、びくっと動いた。
「ご利用は初めて……ですよね。男性のお客様は初めてなので」
若い女性の店員に話しかけられ、翔太は「あ、はい」と頷く。なんだか、かすみ草が似合いそうな女性だなぁとぼんやり思った。
一通り女性からハナサクカフェの説明を受けた後、翔太は和室の部屋で、あおいを遊ばせることにした。遊ばせるといっても、まだ首が座ったばかりなので、寝っ転がっていることしか出来ないが。
「こんにちは」
挨拶され、翔太も会釈を返した。ボブカットのお母さんとその近くでお座りして遊んでいる、女の子の赤ちゃんがいた。
あおいを畳の上に寝かせて、所在無げに辺りを見回していた翔太を見て、ボブカットのお母さんが再度、話しかけてきた。
「可愛いですね。三ヶ月くらいですか?あ、紹介が先ですよね。この子の名前は、さくらです。今、生後七ヶ月です」
「お花の名前ですね。うちの子も花から名前をとって……。あおいって言います、生後三ヶ月です」
女性ばかりの場所で緊張していたが、あおいと同じく、花から名前をつけている人に出会えて、親近感がわいた。
ハナサクカフェでは、名前と月齢を書いた名前シールを子どもの服に貼る決まりとなっている。あおいは、とりあえず胸の上に貼った。
「三ヶ月って、こんなに小さかったかな。もう忘れちゃった。抱っこしてもいいですか?」
さくらちゃんのお母さんが、あおいをあやしてくれる。客はさくらちゃん以外にもう一組いて、先程から泣いている赤ちゃんだ。颯汰くんといって、お母さんにずっと抱っこされている。
「もう一ヶ月もここに通っているのに、全然慣れてくれないの」
颯汰くんのお母さんは、口では文句を言っているのに、表情は明るかった。ショートカットの似合う、木蓮みたいな人だと思った。春になると咲く、木蓮は、木に蝶々がとまっているかのような花だ。白色より紫色の木蓮の方が、この人みたいだ。
「仕方がないね。田辺のおばちゃんが抱っこしてあげましょうね~」
ゆるいパーマをかけた、近所にいそうなおばちゃんが颯汰くんを抱っこして、背中をトントンと軽く叩いていると、不思議な事に颯汰くんは大人しくなった。
「さっすが、田辺さん」
さくらちゃんのお母さんが、わぁっと声を上げた。
「どうして。何が違うの?」
颯汰くんのお母さんも不思議そうだ。
「フン。子どもを四人産んで育てたのよ、経験値の差だね!」
「四人も……。あたしは、もう一人で十分だわ」
「私も。妊娠も出産の痛みも、もういいわ」
さくらちゃんのお母さんと颯汰くんのお母さんは顔を見合わせて、笑った。
「あら、今日はパパさんがいらっしゃってるの?」
不意に声をかけられ、翔太は声の主を見た。真っ白な白髪が素敵な、ポピーのようなおばあさんが側に座っていた。
「店長の櫻子です」
手を前について、櫻子さんは挨拶をした。この人の名前も花の名前がついている、と翔太は嬉しくなった。
「パパのお客様は初めてよね、ハナさん」
かすみ草が似合いそうな女性は、ハナさんという名前だったのか、と更に翔太は嬉しくなる。漢字は「華」だろうかなんて、どうでも良い考えが頭の中をよぎった。
「えらいわね、パパが面倒をみて」
櫻子さんの言葉に、翔太はその場に引きずり戻された気分になった。
まただ、「えらい」と言われたのは。
「あの、どうして『えらい』のでしょうか?」
翔太の素朴な疑問に、ハナサクカフェにいた女性たちは互いに顔を見合わせた。
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