ハナサクカフェ

あまくに みか

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永瀬翔太の場合

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 「えらいですよ!うちの旦那なんか、休みの日はお昼まで寝てて、全然面倒みてくれませんから」
 さくらちゃんのお母さんは憤慨した。
 「うちの旦那さんは、颯汰と二人っきりで出かけた事なんて、未だにありませんよ。泣かれたらどうしていいか、わからないからって」
 颯汰くんのお母さんも、呆れ口調で話す。
 「だから、えらいと思いますよ」
 うんうん、と隣でさくらちゃんのお母さんも大きく頷いた。
 「あれだね、なんとかメン……イケメンだっけ?」
 「のり子さん、イクメンですよ」
 「そう、それ!イクメン!」
 ハナさんに訂正され、ガハハと田辺さんは笑った。
 「やあね、あの人横文字が苦手なのよ」
 櫻子さんは不憫ね、と小さく首を横に振って呟いた。


 「実は先日、ゆり……奥さんに言われたんです。『男の人が羨ましい。ずるい』って」
 「まあ、どうして?」
 目を丸くして、櫻子さんは尋ねた。
 「ぼくにも、どういう事だかわからないのですが……。そう、ぼくがあおいを抱っこして、奥さんと買い物に行った時に、すれ違った人に言われたんです。『イクメンのお父さんで、素敵ですね』って。それから、急に奥さんが不機嫌になってしまって……」
 「あー…奥さんの気持ちわかります」
 ニヤリ顔でさくらちゃんのお母さんが言った。
 「わたしもって言葉、嫌いですもん」
 「あら、どうして?」と櫻子さん。
 「だって、どうして男の人が育児に参加しただけでイクメンだって、もてはやされなきゃいけないの?あたしたちはイクママって呼ばれることなんて、ないですよ?母親が育児するのは、当たり前なんですから」
 隣の颯汰くんのお母さんも、同意同意と頷く。
「不公平だって思ってしまうこともありますね」
 二人の意見を聞いて、翔太はなるほどと考え込んだ。
 「では、お母さんも褒められたいという事でしょうか?」
 「うーん……褒められたいって言われると、必ずしもそうではないしー……認められたいっていうのも、ピッタリこないなー」
 さくらちゃんのお母さんも、考え込んでしまった。
 「私は、認められたいに近いかもしれません」
 田辺さんから颯汰くんを受け取り、抱っこしながら颯汰くんのお母さんは続けた。
 「頑張ってる、お母さんえらい!って言うよりは、育児してるあなたの事、わかっていますよって知って欲しい、わかって欲しいに近いかもしれません」
 「あたしたちの時代からすれば、今のお父さんたち、がんばってると思うけれどねえ。休日に赤ちゃん抱っこしたり、公園で遊ばせてるお父さん、よく見かけるよ。
 うちのお父さんなんか、首が座るまで抱っこしなかったし、おしめだって替えたこと一度もないよ。そんな時から見れば、今のお父さんたちはみんな『イクメン』だよ」


 田辺さんの静かな発言の後、その場は静まり返ってしまった。みんな、黙って考え込んでいるようだった。さくらちゃんが、おもちゃで遊ぶ音だけが響いた。
 沈黙を破ったのは、あおいだった。
 手と足をバタバタさせて、泣き始めた。翔太は時計を確認する。最後にミルクをあげたのは、9時。もうすぐ12時になろうとしていた。
 「すみません、ミルクをあげたいのですが、ここであげても大丈夫ですか?」
 「他の子が欲しがるといけないので、カウンター席でもいいかしら」
 櫻子さんに案内され、翔太はカウンター席へ向かった。ミルクを作っている間、あおいは田辺さんが抱っこしていてくれた。
 こういう気遣い、有難いなと翔太は思う。泣いているあおいに、早くミルクを飲ませてあげたくて、いつも焦ってしまう。誰かが抱っこしていてくれるだけで、心強かった。
 ぼくが家にいる時は、ゆりの代わりにあおいを抱っこしてあげよう。ゆりは、いつもあおいを抱っこしたままミルクを作っていた。わかっていたようで、わかっていなかった事もあった、と翔太は思った。
 
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