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青木華の場合
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ハナは、下のキッチンからカモミールティーを持ってきた。
カモミールティーは、月の光みたいな色をしている。
「それで、何があったの?かなえさん、最近いらっしゃらないから、心配してたのよ」
枕の上にちょこんと座って、櫻子さんは言った。
「ここ最近、颯汰が夜全然、寝てくれなくて…寝たと思ったら、突然泣き叫んで、一時間くらい泣くんです。抱っこしても暴れるし、おっぱいでもないし…夜中に五回くらい起きるんです…」
「五回はツライね。風邪ひいてるわけでもなさそうだし…」
のり子さんは、隣の部屋へ耳を澄ませる。
「今は寝てるみたいだね」
「私、体力も気力も限界なんですけど…。旦那さんが、協力してくれなくて…」
「男の人は、起きないっていうね、赤ちゃんの泣き声じゃ。脳の作りが女と違うらしいよ」
かなえさんは、悲しそうな顔をして、ため息をついた。
「今日、起こしたんです。ツライから、起きてって。始めは抱っこしてくれてたけど、少し経ったら『明日、仕事だから』って。私、もう無理って言い返したら『赤ちゃんは、泣くもんだろ』って…」
肩が小刻みに震えていた。怒りと憤りと心の悲鳴。ハナには、かなえさんの今の気持ちが、手に取るように理解できた。
「頭にきて…。日中、私がどう過ごしてるか、知らないくせに。赤ちゃんと二人きりでいることが、どんなに大変か、知らないくせに」
かなえさんの頬を涙が走った。怒りを含んだ涙は、真っ直ぐに落ちる。悲しみの涙は、名残惜しそうにゆっくり、落ちていく。かなえさんの涙は、怒りの涙だった。
「あおいちゃんのお父さんが、羨ましいです」
ぽつりとかなえさんが呟いた。
「奥さんのこと、娘さんのこと、ちゃんと考えてくれて。うちの旦那は…」
かなえさんは言いかけて、首を横に振った。
「もう…一人になりたい。何もかも、捨ててしまいたい!颯汰も旦那も!」
「それは、ダメです」
自分でも驚くくらい、怒りに満ちた声で、ハナは言い放った。かなえさんと田辺さんが驚いた顔で、こちらを見ている。
「ダメです…後悔します、絶対」
次に出た声は、震えるほどか細い声だった。
「ハナさん」
諭すような櫻子さんの呼びかけに、ハナは一つ頷いた。
「かなえさん。私の話、聞いてもらえますか?」
カモミールティーは、月の光みたいな色をしている。
「それで、何があったの?かなえさん、最近いらっしゃらないから、心配してたのよ」
枕の上にちょこんと座って、櫻子さんは言った。
「ここ最近、颯汰が夜全然、寝てくれなくて…寝たと思ったら、突然泣き叫んで、一時間くらい泣くんです。抱っこしても暴れるし、おっぱいでもないし…夜中に五回くらい起きるんです…」
「五回はツライね。風邪ひいてるわけでもなさそうだし…」
のり子さんは、隣の部屋へ耳を澄ませる。
「今は寝てるみたいだね」
「私、体力も気力も限界なんですけど…。旦那さんが、協力してくれなくて…」
「男の人は、起きないっていうね、赤ちゃんの泣き声じゃ。脳の作りが女と違うらしいよ」
かなえさんは、悲しそうな顔をして、ため息をついた。
「今日、起こしたんです。ツライから、起きてって。始めは抱っこしてくれてたけど、少し経ったら『明日、仕事だから』って。私、もう無理って言い返したら『赤ちゃんは、泣くもんだろ』って…」
肩が小刻みに震えていた。怒りと憤りと心の悲鳴。ハナには、かなえさんの今の気持ちが、手に取るように理解できた。
「頭にきて…。日中、私がどう過ごしてるか、知らないくせに。赤ちゃんと二人きりでいることが、どんなに大変か、知らないくせに」
かなえさんの頬を涙が走った。怒りを含んだ涙は、真っ直ぐに落ちる。悲しみの涙は、名残惜しそうにゆっくり、落ちていく。かなえさんの涙は、怒りの涙だった。
「あおいちゃんのお父さんが、羨ましいです」
ぽつりとかなえさんが呟いた。
「奥さんのこと、娘さんのこと、ちゃんと考えてくれて。うちの旦那は…」
かなえさんは言いかけて、首を横に振った。
「もう…一人になりたい。何もかも、捨ててしまいたい!颯汰も旦那も!」
「それは、ダメです」
自分でも驚くくらい、怒りに満ちた声で、ハナは言い放った。かなえさんと田辺さんが驚いた顔で、こちらを見ている。
「ダメです…後悔します、絶対」
次に出た声は、震えるほどか細い声だった。
「ハナさん」
諭すような櫻子さんの呼びかけに、ハナは一つ頷いた。
「かなえさん。私の話、聞いてもらえますか?」
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