坂の途中のすみれさん

あまくに みか

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4章 坂の上のひかるさん

もぬけの殻のヒロイン

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 家に帰ると、もぬけの殻だった。
 正しくはもぬけの殻だった。りょうは、いなくなっていた。少しの家電と、自分の荷物を持って、出て行ったようだ。
 けれど、昨日着ていた服は干したままだし、やりかけのゲームは置きっ放しだし、詰めが甘いところが、涼らしいなんて頭の片隅で思った。
 まあ、夜になったら帰ってくるだろうって思っていたけれど、2日経っても帰ってこない。流石に心配になって、電話をかけてみたけれど、出ない。
 送ったままのLINEは、既読がつかないままだ。涼の友達に連絡をとってみたけれど、知っている友達は2人しかいなかった。
 涼の両親の連絡先も知らない。ただ、千葉県の出身だという事しか、知らなかった。5年も一緒にいたのに、知っている情報は少なかったことに今更ながら気がつく。
 ピコンと電子音が鳴る。
『言いにくいんだけど』
 涼の友達のトモからLINEがきた。
『涼と連絡とれた』
 続けざまに文章が送られてくる。もう、それだけで続きの文章がわかってしまう自分がいた。
 涼の知っている情報は少ないのに、そういうことだけ、すぐにわかってしまう。
『別の女の子と一緒にいるらしい』
 やっぱりね。
 あたしはスマートフォンをぶん投げる。
 壁に激突して、鈍い音が響いた。
 少し間をあけてから、スマートフォンを拾ってトモに返信を打つ。
『ありがと』
 何がありがとうだ、バカ。
 全然、あたし、大丈夫じゃないのに。
 冷蔵庫までドンドン足を踏み鳴らして行く。缶ビールを掴むと、冷蔵庫のドアをバシンと閉めた。最大限の音が鳴るように。
 あたしは。
 あたしは、怒っている。猛烈に。
 理由がわからない。
 訳がわからない。
「別の女の子」って誰だよ。 
 缶ビールをグイッと飲み込む。喉がヒリヒリした。


 それって。
 それって……。


 浮気されたってこと?


 鼻の奥がビールの香りでツンとした。ゆっくり力を込めると、缶ビールはピシャンという哀しい音をたてて生き絶えた。
 違う。
 乗り換えたってことか。
 涙が出た。やっと、出た。体の中からにじみ出るように、涙が出た。
 ついで、嗚咽まで漏れてくる。子どもみたいだ。
「ふざけんな」
 呟いて、その場にしゃがみ込む。頭がぐるぐる回転している。呼吸がおかしい。ヒュー、ヒューっという音が聞こえる。体が大きく上下する。
 苦しい。苦しい。
 そのまま、流れるように床に横になる。
 もう、このまま溶けちゃえばいい。それで、床のシミにでもなって、あいつが帰ってきた時に驚かせてやるんだ。後悔させてやるんだ。
「来週。花見に行こうって、言ったのお前じゃん……」
 どこかのラブソングみたいなセリフだなと思う。
 今あたし、悲劇のヒロインになってる。
「もぬけの殻になったのは、あたしのほうか……」
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