坂の途中のすみれさん

あまくに みか

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4章 坂の上のひかるさん

燃えるゴミ

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 あいつが残していったものを、ゴミ袋につめる。
 燃えるゴミ、燃えないゴミ、プラスチック……。こんな時まで、分別しなくてはいけないのかと、虚無感に包まれる。
 コケっと体の中の悲しみとか怒りとか、あいつに関する感情を吐き出して、袋に詰めて捨ててしまいたい。
 その場合は、燃えるゴミで出そう。ゴウゴウと燃え盛る火の中に、入れてやるんだ。リサイクルなんか、受けつけないんだから。
「なにこれ」
 ゴミ袋に突っ込んだ手を引き戻す。赤いパンツ。というか、ボクサーパンツ。こんなの、履いてたっけ?
 そこまで考えて、また怒りがこみ上げてきた。「別の女の子」にもらったものかもしれない。
 まるで犯罪者を捕まえた警察官みたいに、握りしめたパンツをベランダへ連行して、物干し竿に直接はりつけにしてやった。
 風に吹かれて、赤パンツはバタバタと音を立ててもがいた。
 コイツは、誰か。
 涼なのか「別の女の子」なのか。
 それとも、あたしか。
 

 ベランダの隅に桜の花びらが、溜まっていた。本来の薄いピンク色が、焦げたように茶色くなっていた。
「汚い色」
 視線を外せば、海。眼下は、街並み。もう、5月にはいったところだった。
 坂の上のこのアパートを借りたのは、あたし。何だって、上の方が眺めがいいから。見たいものは、遠くからの方が、よく見える。それだけの理由で、この場所に決めた。
 涼は坂を登るのが面倒だと言っていたけれど、この景色を見て「いいよ」と笑って頷いたんだっけ。
 思い出して、舌打ちをする。薄汚れてしまった桜の花びらを掴んで、ベランダから放り投げた。
 海を背景に桜の花びらは、崩れ落ちるように落下した。本来のヒラヒラ舞う美しい姿は、そこにはなかった。


 何日も洗っていない、髪の毛が風に絡まっている。泣きすぎたせいか、まぶたがずっと重いままだった。
「……ださい」
 あたしを置いてったやつの為に、こんなにボロボロにならなきゃいけないなんて。
「女の恋は上書き保存なんて、絶対に嘘」
 誰だよ、そんな事言ったの。
 全然、忘れらんないんだけど。
 肌も匂いも、笑った仕草とか、涼が好きだったご飯のメニューも、ひょろっとした後ろ姿も、あたしを呼ぶ声も。
 まだ、隣にいる気がするのに。
「つらい」
 言葉を吐き出して、しゃがみこんだ。抱きかかえた膝に、おでこを何度も繰り返し打ちつけた。
 忘れろ。
 忘れるんだ。
 そうすれば、楽になれるのに。どうして、こんな簡単なことが、出来ないんだろう。
 体の上では、捨てられなかったものが、勝ち誇ったようにはためいている。
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