坂の途中のすみれさん

あまくに みか

文字の大きさ
21 / 24
5章 stay with me

モブ

しおりを挟む
 映画を見に来ている。今流行りの、アクション映画だ。
 隣の席には、直哉さんとポップコーン。鎌倉散策がダメになってしまったお詫びという理由で、久しぶりに会うことになったのだった。
 主人公が、派手なアクションで次々と敵を倒していく。最近よくテレビで見るようになった、若手のイケメン俳優だ。両手に銃を持って、時には空中で飛び蹴りをしたりする。
 沢山いた敵をあっという間に倒すと、主人公は涼しい顔をしてその場を去ろうとする。すると、背後から生き残りの敵が1人、不意打ちを狙う。
 主人公はやれやれといった表情をしてから、くるりと回転して、1発。
 ズドン。
 敵は倒れ、主人公は最高にカッコいいシーンをきめた。
 ちらりと直哉さんを見ると、満足気に笑みを浮かべていた。他の客も今のアクションシーンに興奮しているようだった。
 私は、妙な想像をしてしまう。
 あの最後に倒れた敵。いや、あの男性は家族がいたのだろうか。もしいるとしたら、奥さんや子どもは悲しむだろうな。あの男性は、最後に何を思うのだろう。
 画面の向こうでは、あなたの死はイケメン主人公の引き立て役にしか、認識されていない。あなたという個人の人生があったことを、画面の向こうの人たちは考える暇もないだろう。
 そう思うと、その後の話の内容が全く頭に入ってこなかった。


「面白かったね」
 明るくなった館内で、直哉さんは言う。
「ポップコーン、まだ余ってるよ? 」
 私は首を横に振る。
「お腹いっぱいで」
「そう? じゃ、行こうか」
 直哉さんは立ち上がる。私は、立ち上がる直前に、あの男性の顔を思い出す。
 直哉さんは、覚えているだろうか。彼の顔を。どう思ったか、聞いてみたいと思った。けれどもその考えは、瞬きする間に消えていった。

 所詮、映画だ。

 エンターテイメントだ。細かいことまで考えていたら、嫌われてしまう。
「大丈夫?」
 目の前に直哉さんの顔があった。優しく微笑んだ顔。笑うと目尻にしわが寄る。好きだな、と思う。
 どうしようもなく、好きなのに。
「次、どこ行きます?」
 私はにっこりと笑い返す。直哉さんは私の手を握って、引っ張ってくれる。それが、心地良かったはずなのに、今は辛い。
 

 眠ったふりをして、彼が小港荘から出て行くのを耳で確認する。
「今日も、言えなかった」
 言わなくてはいけない言葉を、もう何度も体の中にしまい込んでいる。釣り針みたいに、言葉がひっかかったままで、体の中で暴れている。
 起き上がって、窓際にもたれかかるように座る。
 部屋の電気は消えているのに、十分なくらい明るいのは、今日が満月だからだ。藍色に染まった海街を白い光が照らす。
 スマートフォンを取り出す。一言、無機質な文字を送るだけなのに、それすらも出来ない。
「最低だ……私」 
 目を固くつむる。
 たぶん。
 私は直哉さんにとって、モブキャラなんだ。
 あの人の人生の中に、残らないキャラクター。振り向いて、ズドンで忘れ去られてしまう、存在。彼にとって私は、エンターテイメントの1つでしかないのだろう。
 でも、私にとってはモブなんかじゃない。
 とどめを刺した相手を、どうして忘れられようか。
 月明かりは等しく、慈悲のような光を当ててくれるのに、どうして平等じゃないのだろう。
 窓にもたれかかったまま、 月明かりがもたらした影を、息を潜めてずっと見つめていた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜

猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。 その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。 まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。 そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。 「陛下キョンシーを捕まえたいです」 「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」 幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。 だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。 皇帝夫婦×中華ミステリーです!

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

無用庵隠居清左衛門

蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。 第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。 松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。 幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。 この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。 そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。 清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。 俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。 清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。 ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。 清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、 無視したのであった。 そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。 「おぬし、本当にそれで良いのだな」 「拙者、一向に構いません」 「分かった。好きにするがよい」 こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...