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5章 stay with me
モブ
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映画を見に来ている。今流行りの、アクション映画だ。
隣の席には、直哉さんとポップコーン。鎌倉散策がダメになってしまったお詫びという理由で、久しぶりに会うことになったのだった。
主人公が、派手なアクションで次々と敵を倒していく。最近よくテレビで見るようになった、若手のイケメン俳優だ。両手に銃を持って、時には空中で飛び蹴りをしたりする。
沢山いた敵をあっという間に倒すと、主人公は涼しい顔をしてその場を去ろうとする。すると、背後から生き残りの敵が1人、不意打ちを狙う。
主人公はやれやれといった表情をしてから、くるりと回転して、1発。
ズドン。
敵は倒れ、主人公は最高にカッコいいシーンをきめた。
ちらりと直哉さんを見ると、満足気に笑みを浮かべていた。他の客も今のアクションシーンに興奮しているようだった。
私は、妙な想像をしてしまう。
あの最後に倒れた敵。いや、あの男性は家族がいたのだろうか。もしいるとしたら、奥さんや子どもは悲しむだろうな。あの男性は、最後に何を思うのだろう。
画面の向こうでは、あなたの死はイケメン主人公の引き立て役にしか、認識されていない。あなたという個人の人生があったことを、画面の向こうの人たちは考える暇もないだろう。
そう思うと、その後の話の内容が全く頭に入ってこなかった。
「面白かったね」
明るくなった館内で、直哉さんは言う。
「ポップコーン、まだ余ってるよ? 」
私は首を横に振る。
「お腹いっぱいで」
「そう? じゃ、行こうか」
直哉さんは立ち上がる。私は、立ち上がる直前に、あの男性の顔を思い出す。
直哉さんは、覚えているだろうか。彼の顔を。どう思ったか、聞いてみたいと思った。けれどもその考えは、瞬きする間に消えていった。
所詮、映画だ。
エンターテイメントだ。細かいことまで考えていたら、嫌われてしまう。
「大丈夫?」
目の前に直哉さんの顔があった。優しく微笑んだ顔。笑うと目尻にしわが寄る。好きだな、と思う。
どうしようもなく、好きなのに。
「次、どこ行きます?」
私はにっこりと笑い返す。直哉さんは私の手を握って、引っ張ってくれる。それが、心地良かったはずなのに、今は辛い。
眠ったふりをして、彼が小港荘から出て行くのを耳で確認する。
「今日も、言えなかった」
言わなくてはいけない言葉を、もう何度も体の中にしまい込んでいる。釣り針みたいに、言葉がひっかかったままで、体の中で暴れている。
起き上がって、窓際にもたれかかるように座る。
部屋の電気は消えているのに、十分なくらい明るいのは、今日が満月だからだ。藍色に染まった海街を白い光が照らす。
スマートフォンを取り出す。一言、無機質な文字を送るだけなのに、それすらも出来ない。
「最低だ……私」
目を固くつむる。
たぶん。
私は直哉さんにとって、モブキャラなんだ。
あの人の人生の中に、残らないキャラクター。振り向いて、ズドンで忘れ去られてしまう、存在。彼にとって私は、エンターテイメントの1つでしかないのだろう。
でも、私にとってはモブなんかじゃない。
とどめを刺した相手を、どうして忘れられようか。
月明かりは等しく、慈悲のような光を当ててくれるのに、どうして平等じゃないのだろう。
窓にもたれかかったまま、 月明かりがもたらした影を、息を潜めてずっと見つめていた。
隣の席には、直哉さんとポップコーン。鎌倉散策がダメになってしまったお詫びという理由で、久しぶりに会うことになったのだった。
主人公が、派手なアクションで次々と敵を倒していく。最近よくテレビで見るようになった、若手のイケメン俳優だ。両手に銃を持って、時には空中で飛び蹴りをしたりする。
沢山いた敵をあっという間に倒すと、主人公は涼しい顔をしてその場を去ろうとする。すると、背後から生き残りの敵が1人、不意打ちを狙う。
主人公はやれやれといった表情をしてから、くるりと回転して、1発。
ズドン。
敵は倒れ、主人公は最高にカッコいいシーンをきめた。
ちらりと直哉さんを見ると、満足気に笑みを浮かべていた。他の客も今のアクションシーンに興奮しているようだった。
私は、妙な想像をしてしまう。
あの最後に倒れた敵。いや、あの男性は家族がいたのだろうか。もしいるとしたら、奥さんや子どもは悲しむだろうな。あの男性は、最後に何を思うのだろう。
画面の向こうでは、あなたの死はイケメン主人公の引き立て役にしか、認識されていない。あなたという個人の人生があったことを、画面の向こうの人たちは考える暇もないだろう。
そう思うと、その後の話の内容が全く頭に入ってこなかった。
「面白かったね」
明るくなった館内で、直哉さんは言う。
「ポップコーン、まだ余ってるよ? 」
私は首を横に振る。
「お腹いっぱいで」
「そう? じゃ、行こうか」
直哉さんは立ち上がる。私は、立ち上がる直前に、あの男性の顔を思い出す。
直哉さんは、覚えているだろうか。彼の顔を。どう思ったか、聞いてみたいと思った。けれどもその考えは、瞬きする間に消えていった。
所詮、映画だ。
エンターテイメントだ。細かいことまで考えていたら、嫌われてしまう。
「大丈夫?」
目の前に直哉さんの顔があった。優しく微笑んだ顔。笑うと目尻にしわが寄る。好きだな、と思う。
どうしようもなく、好きなのに。
「次、どこ行きます?」
私はにっこりと笑い返す。直哉さんは私の手を握って、引っ張ってくれる。それが、心地良かったはずなのに、今は辛い。
眠ったふりをして、彼が小港荘から出て行くのを耳で確認する。
「今日も、言えなかった」
言わなくてはいけない言葉を、もう何度も体の中にしまい込んでいる。釣り針みたいに、言葉がひっかかったままで、体の中で暴れている。
起き上がって、窓際にもたれかかるように座る。
部屋の電気は消えているのに、十分なくらい明るいのは、今日が満月だからだ。藍色に染まった海街を白い光が照らす。
スマートフォンを取り出す。一言、無機質な文字を送るだけなのに、それすらも出来ない。
「最低だ……私」
目を固くつむる。
たぶん。
私は直哉さんにとって、モブキャラなんだ。
あの人の人生の中に、残らないキャラクター。振り向いて、ズドンで忘れ去られてしまう、存在。彼にとって私は、エンターテイメントの1つでしかないのだろう。
でも、私にとってはモブなんかじゃない。
とどめを刺した相手を、どうして忘れられようか。
月明かりは等しく、慈悲のような光を当ててくれるのに、どうして平等じゃないのだろう。
窓にもたれかかったまま、 月明かりがもたらした影を、息を潜めてずっと見つめていた。
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