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5章 stay with me
悲しみのカタチ
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「不倫してるんだ」
あの子は、そう言った。
あたしは心臓が飛び出るくらい、衝撃だった。その瞬間、自分の中の悪いものが顔を出したんだ。
「ふざけんな」
ホントは、そう言いたかった。けど、彼女は悪くない。関係ないし。悪くないのに……。
「やるねぇ、すみれ」
薄っぺらい言葉が、口から出ていた。でも、心は荒れていた。
すみれは、涼を奪っていった「別の女の子」ではないのに。いつの間にか、「別の女の子」と重なっていた。
すみれからホントは別れたい、という相談を聞かされる度、イライラが止まらなかった。
人のものを盗っておいて、罪悪感も感じていて、なお奪い続けるのか。自分が悪いと口では言っておいて、本心は全く悪くない、好きになってしまったのだから、仕方ないと思っていることが、言葉の端々から現れているように聞こえて、腹が立った。
「早く、別れた方がいい」
自分でも驚くくらい、低い声だった。
「やっぱり、そうだよね」と言ったすみれは泣き出しそうな顔をしていた。
そうだ。
もっと、自分のしたことを思い知ればいい。
思い知って、泣いて、泣いて、あたしが味わったものより多くの悲しみと絶望を抱えるがいい。
心の中で罵って、絶望した。
全く嫌な女だ、あたしという人間は。
すみれは「別の女の子」ではないのに、完全に八つ当たりだった。すみれと「別の女の子」を切り放そうとしても、すみれの顔を見るだけで、重ねてしまう。
早く、早く。
別れを告げて、苦しんでよ。
缶ビールを口元へ持っていって、中身が空になっていることに気がつく。缶の縁を歯でガジリと噛んだ。
「最低」
呟いて、缶ビールと入れ替えに、琥珀糖の瓶を持ち上げる。
小島さんに貰った琥珀糖は、まだ透明な輝きを放っている。あたし自身は黒ずんでいるというのに。
怒りとか憤りとか、そんな負の感情が体の中で渦を作ってる。グルグル暴れ回って、外に飛び出すタイミングを見計らっている。
良くしてくれた新しい友達を、傷つけて喜んでいる自分がいた。
絶対に許すものか。許さない。
その時、窓ガラスが揺れた。はっとして、顔を外に向ける。
もう干していない赤いパンツが、バタバタとはためいているような錯覚が起きた。
『お家に帰れるといいです』
すみれの声で、あの手紙が再生される。琥珀糖の瓶が、するりと手から落ちた。
弾かれるように立ち上がり、スマートフォンを探す。
すみれに連絡しないといけない。
あたしは、にじむ視界の中でスマートフォンを必死に探した。
もっと、あの子の話を聞いてあげなきゃいけなかった。
涼だって、本当は、
話をするべきだったんだ。
例え別れることになっても、きちんと向き合うべきだったんだ、あたしたち。
見つけたスマートフォンをひったくるように手に取って、すみれに電話をかけようとした。
スマートフォンが振動する。LINEの通知がきた。
『別れたよ』
スクロールしていた指が止まった。
すみれからだった。
あれだけ願っていた、すみれの別れが叶ったのに、嬉しくも何ともなかった。
『別れたよ』の返事が打てずに、あたしは部屋で立ち尽くしていた。
視界の端に、ゆっくり転がっていく琥珀糖の瓶が映った。
緑、白、青。くるくる回転して色が混ざり合っていく。鮮やかで、儚くて、悲しい色。
真っ直ぐに涙が落ちていった。
この時初めて、今までの涙が、自分だけのための涙だったことに気がついた。
あの子は、そう言った。
あたしは心臓が飛び出るくらい、衝撃だった。その瞬間、自分の中の悪いものが顔を出したんだ。
「ふざけんな」
ホントは、そう言いたかった。けど、彼女は悪くない。関係ないし。悪くないのに……。
「やるねぇ、すみれ」
薄っぺらい言葉が、口から出ていた。でも、心は荒れていた。
すみれは、涼を奪っていった「別の女の子」ではないのに。いつの間にか、「別の女の子」と重なっていた。
すみれからホントは別れたい、という相談を聞かされる度、イライラが止まらなかった。
人のものを盗っておいて、罪悪感も感じていて、なお奪い続けるのか。自分が悪いと口では言っておいて、本心は全く悪くない、好きになってしまったのだから、仕方ないと思っていることが、言葉の端々から現れているように聞こえて、腹が立った。
「早く、別れた方がいい」
自分でも驚くくらい、低い声だった。
「やっぱり、そうだよね」と言ったすみれは泣き出しそうな顔をしていた。
そうだ。
もっと、自分のしたことを思い知ればいい。
思い知って、泣いて、泣いて、あたしが味わったものより多くの悲しみと絶望を抱えるがいい。
心の中で罵って、絶望した。
全く嫌な女だ、あたしという人間は。
すみれは「別の女の子」ではないのに、完全に八つ当たりだった。すみれと「別の女の子」を切り放そうとしても、すみれの顔を見るだけで、重ねてしまう。
早く、早く。
別れを告げて、苦しんでよ。
缶ビールを口元へ持っていって、中身が空になっていることに気がつく。缶の縁を歯でガジリと噛んだ。
「最低」
呟いて、缶ビールと入れ替えに、琥珀糖の瓶を持ち上げる。
小島さんに貰った琥珀糖は、まだ透明な輝きを放っている。あたし自身は黒ずんでいるというのに。
怒りとか憤りとか、そんな負の感情が体の中で渦を作ってる。グルグル暴れ回って、外に飛び出すタイミングを見計らっている。
良くしてくれた新しい友達を、傷つけて喜んでいる自分がいた。
絶対に許すものか。許さない。
その時、窓ガラスが揺れた。はっとして、顔を外に向ける。
もう干していない赤いパンツが、バタバタとはためいているような錯覚が起きた。
『お家に帰れるといいです』
すみれの声で、あの手紙が再生される。琥珀糖の瓶が、するりと手から落ちた。
弾かれるように立ち上がり、スマートフォンを探す。
すみれに連絡しないといけない。
あたしは、にじむ視界の中でスマートフォンを必死に探した。
もっと、あの子の話を聞いてあげなきゃいけなかった。
涼だって、本当は、
話をするべきだったんだ。
例え別れることになっても、きちんと向き合うべきだったんだ、あたしたち。
見つけたスマートフォンをひったくるように手に取って、すみれに電話をかけようとした。
スマートフォンが振動する。LINEの通知がきた。
『別れたよ』
スクロールしていた指が止まった。
すみれからだった。
あれだけ願っていた、すみれの別れが叶ったのに、嬉しくも何ともなかった。
『別れたよ』の返事が打てずに、あたしは部屋で立ち尽くしていた。
視界の端に、ゆっくり転がっていく琥珀糖の瓶が映った。
緑、白、青。くるくる回転して色が混ざり合っていく。鮮やかで、儚くて、悲しい色。
真っ直ぐに涙が落ちていった。
この時初めて、今までの涙が、自分だけのための涙だったことに気がついた。
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