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∽1∽[誘惑]の事情
§04[仲間]
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「お帰り、友よ。長く辛い旅だったろう」
「ただいま、友よ。この三千里、色々なことがありました。夜通しバーチャルピクニックしてみたり、カッコウにセロの弾き方を教えたり、仮想世界に逃げた旧式兎型ロボを捕獲したり、ちょっと背中を蹴ってみたり」
「なんか今月のおすすめの図書が色々混ざり合ってる」
友達は笑った。
「えっと、で、どうだったよ?」
「うーん……」
実際、どうだったんだろう。
初めての図書委員会の活動の方は、うまくいった。図書の貸出返却の手順は、延滞図書の手続きも含めて、理解した。でも……[誘惑]に関しては、何も分からない。
「収穫無しだよ」
「収穫?」
「うん、対策とか何も思いつかなかった」
「そっかー……」
昼休みが終わるチャイムまであと二、三分。
「私はね、ガツンと言ってやるよ」
「がつんと?」
「そう。反省しなさそうな手合いには容赦なくいかないとね。怒ったっていいんだから」
友達は勇ましい顔をしてみせる。余裕を含んだ武人の笑みといったところだ。可愛い顔立ちをしているから、なんだか似合わなくて私も笑ってしまう。
「私には怒るところまでは無理かな、遠慮しちゃいそう」
「いやいやすみれ、ここは強気に行かないと。奴らつけあがるからね」
奴ら? 私は首を傾げた。今のところ誰からも、円居先輩以外に[誘惑]や、気をつけるべき他の[役割]がいるという話は聞いていない。
「すみれもすぐ分かるよ。甘い顔して対応するとすぐ調子に乗るんだから。特に一年生。今のうちにルーズは痛い目見るって教えてあげないとね」
……やっぱり、話が食い違ってる。
「もしかして絵美里、図書延滞した人への対応の話をしてる?」
「え? 違うの? じゃ何?」
きょとんとした友達の顔に、私は言葉を呑んだ。
いつも笑ってると柔和な印象だから気づきにくいけど、この友なかなかの美人だ。それも澄んだ表情が映えるタイプ。ギャップ萌え、じゃないけど、笑顔が途切れた瞬間にハッとする美しさがある。
……うん。別に、友達に見とれて黙ってしまった訳じゃない。その表情が、本気に見えたからだ。
あんなに[誘惑]のこと相談に乗って心配してくれて、嬉しかったのに。他の何よりも心配してくれてると思ってたのに。円居先輩にまだ何もされてないと言って安心させたかったのに。昼休みの間に忘れてしまうくらい、どうでもいいことだったんだろうか。
聞けない。言えない。確かめたくなんてない。「あっ、そうだったね」なんて慌てて思い出してフォローを入れようとする友達の作り笑顔を、見たくない。
「ううん、何でもないよ。……ねえ絵美里、聞いてもいい? [笑顔]ってどういう[役割]なの?」
話をそらすためとはいえ、その問いを口にしたのは、心に溜まっているもののせいだったかもしれない。[誘惑]の事情を聞いて、他の人の[役割]にも興味が出ていた。
「うん? 私のはね、シンプルだよ。いつも笑顔でいること、笑顔になれる事を考えること、みんなを笑顔にすること」
「人を笑顔にするのも[役割]なんだ」
初めて知った。
「そこらへんは評価基準が曖昧だから、けっこう適当だけどね。たまに他の[役割]の子と一緒にあれこれ考えたりするよ」
「そうなんだ……知らなかった」
「興味出てきた?」
その時、チャイムが鳴った。友達は残念そうに向き直ろうとする。なんせ次は時間割では泣く子も黙らせる家庭科の授業だ。でも、そうはならない。
「絵美里、自習」
「え、あ、そうだった!」
今朝友達自身が嬉しそうに教えてくれたから分かる。今日は先生が休みでこの時間の休講が決まっていた。
今日はどうしたんだろう? お母さんが寝ぼけてるとか、少し心配になる。
「今、失礼なこと考えられてた気がするよー?」
「ま、まさかそんな訳ないじゃない」
首を大きく振る。
家庭科では今、自由課題を進めている。もちろん先生のチェックが入ってるから適当な課題は選べないけれど、先生の監視がないなら、進めてさえいればおしゃべりしても許される。……と思う。周りを見たけど、みんなゆるーくやってるみたいだ。私も課題(カーボン繊維の刺繍)を始めた。ちなみに友達は、月面上での一週間の食事メニューの考案。食事は笑顔になれるから、友達らしいかもしれない。
「珍しいよね、すみれが[役割]について聞いてくるの」
「まあ、あんなことがあったし……」
「興味があると見てよろしいか?」
「なんで敬語になるの、そこで。……なくは、ないかな」
友達に少し聞いてみただけで、私の知らなかったことが一つ分かった。多分、私が思っているより[役割]にはしっかりとした立ち位置、心がけることというのがある。そこまで含めて、私はきちんと知っておくべきだ。ちゃんとした[役割]を、持ってるんだから。
それに、分かるかもしれない。
『円居レンには、気をつけて』
あの時の言葉に、どんな意味があったのか、とか。
「決まりだね」
友達はにやりっ、と笑って私に言う。
「[役割]持ちの集うコミュニティに参加しようか、すみれ」
「こ、コミュニティとか知り合い以外がいるところに参加するの初めてなんだけど」
放課後、私は友達の寮室に来ていた。
「知り合いは私がいるよ」
「知り合い以外がいるところ、だってば」
「友達増やそう?」
「と、ともだちは絵美里がいるからいいかなーって……」
「こら」
友達は私の額を小突いた。
「そんなこと言わないの。私はお母さんじゃないし、いつでも側にいられる訳じゃないんだから。すみれはちょっと抜けてるところあるし、もう少し交友関係増やしたほうがいいよ」
「今日はお母さんの方がいろいろ抜けてる」
「お母さん言うな」
あ、もう一回デコピンされた。
「はい、覚悟決めて。私が先にログインしてから招待するから」
友達がタブレットの画面を叩くと、ホログラムの画面が浮き上がった。小さな箱型で、中で何人かのアバターが動いている。
「みんな久し振り~!」
小さなアバターが友達の動きをゆるくトレースして箱の中に現れ、動く。画面を見ると、表情のバリエーションが見事に笑顔だけだ。
『おっ、エミじゃん。おひさ~』
『こんにちは、エミさん!』
『こんにちは』
「ミロさんもウーもライさんもいるね、うんうん、良いタイミングだ」
『あたしは?! 忘れてないよな?!』
「もちろんモネも覚えてるけど、学校の方でよく会うんだもん。ミロさんとかは、実際では滅多に会えないから」
『ほんと~、最近全然来てくれなくて寂しかったよ~』
『ライも忙しいからねえ』
私の知らない人たちと、友達(エミと呼ばれてるらしい)は仲良く話し始める。私と違って実は交友関係広かったんだなぁ、と、私はその様子をただ見ていた。
「でね、みんな。今日は、知り合いを連れてきたんです」
『おっ』
『前言ってた子~?』
「そうそう、そうなんです。やっと捕まえましたよ」
『やるね』
「というわけで、はい認証してログインしてね」
否応なしに私はタブレットからコミュニティを起動させた。
「うぅ……あの、よろしくお願いします……二年一組の、」
『あ、名前は言わなくても良いの~。[役割]も、嫌だったら黙ってて~。言うとけっこう誰なのかバレちゃうからね』
名乗ろうとしたら、ホログラムの仮想空間でくるくると踊るようなポーズを取っているアバターがのんびりした声を掛けてきた。「ミロさん」と呼ばれてた人だ。本人の声じゃなくて、多分変えてるんだろう。
「あ、ありがとうございます。えっと……」
『はいはい、僕はウーです! 一年なので呼び捨てちゃってください! よろしくお願いします! ちなみに隠してないんで、僕は[美食]です!』
『はいはいはい! あたしはモネ! エミのことは知ってるんだよな? あたしはエミのダチで同じ二年、できればリアルでもよろしくな。[元気]が取り柄だ!』
「あ……えっと、はい……」
ずいずい、と音がしそうな勢いで、二つのアバターがドア前に立った私の方へ迫ってきた。同時に喋るから聞き取りづらい。そして、私のアバターが押されてドアに背中がぶつかってる。
「はいはいはいはい、二人とも怖がらせないでね?」
『エミさん……モネさんが声煩いからですよ?』
『ウーが無神経に引っ付くからだろ?』
「……よ、よろしくお願いします」
覚えたての操作でアバターに礼をさせてみたら、頭の動きでウーくんとモネさんが少し押し戻された。おお、面白い。
『それじゃ~、年寄りに譲って貰おうかな~。私はミロだよぉ。よろしくね』
『年寄りなんて言わないでください。私はライです。[役割]は……秘密ということにしておきましょうか』
「よろしくお願いします」
頭を下げる。この二人は三年生だろうか。今いるのは、この四人に私と友達を合わせて六人だ。
『それじゃ~、あなたのHNを決めましょっか~』
ミロさんがぽんとアバターの手を打って、メンバーのアバターがミロさんの近くに集まった。
『どうします?』
『エミとモネはリアルでこの子のこと知ってるんだよね? 名前から名付けても良いと思うけど』
「うーん、微妙に二文字にしにくいんですよね。なんかミロさんとも被っちゃいそうで」
『あー、なるほどな! じゃあいっそ「花」とかどうだ?』
『……本名知りませんけど、モネさんがそう言うならそういう名前なんでしょうね』
『お? どういう意味だ?』
『安直って意味ですよ』
『ウー、あんまりモネをイジるのはやめておこうか~^_^モネも、落ち着いてね~?』
「でもシンプルで案外良いかもね、『ハナ』」
『なるほど、本人に聞いてみます?』
あっという間に進んだ話し合いについていけていなかった私は、「皆さんにお任せします」とだけ言って友達のベッドの端に座った。アバターがじゃなくて、現実の私がだ。
『じゃあ決まりかな』
『僕は反対で』
「決まりだね! ね?」
『……はい』
『よっしゃ。よろしくな、ハナ!』
『よろしく~』
『よろしくお願いします』
『よろしくね』
「よろしく」
「……はい」
そして取り囲まれて、色々と話を聞かれる。[一途]のことは言わないままになってしまったけど、誰も気にする様子もなく、好きな音楽やら本やらの話になり、全然関係ない話で盛り上がり、いつ次は参加できるのかと聞かれたあたりで、友達が「未定だけど必ずまた連れてくるから!」と言い、お開きになった。
「疲れ、た……」
私は友達のベッドからようやく腰を起こした。
「どうしたの、呆けちゃって。あっ、もしかして、絵美里さんが他の人に取られて寂しくなった?」
「いや、 そんなことはないけど」
「むっ」
冗談を流して、友達と寮室を出る。友達が他の友達と話していたら、何だっていうんだろう。
「友達ってそんなに必要かな」
一人も要らない訳じゃない。絵美里が居なかったら、寂しいと思うし、頼りにしてる。でも、もう居るなら、それ以上を多く望む必要はあるんだろうか。
「すみれは極端なんだよ。自分に必要な人が揃ってたらそれで一セット出来上がり、でクリアできるゲームじゃないんだからさ。実際にはその組が欠けたりするじゃん。手札が他に無かったら、セットも作れないんだよ」
「それって、予備として友達になるみたいだよ」
「そういう意味じゃなくてね」
「誰が友達になっても、絵美里の代わりは居ないのに」
「……そういう問題じゃないんだって」
言いながら、友達は口元を手で隠した。声が少し震えている。耳がほんのり赤くなってる。
これは、笑顔を保てないほど怒ってる……? 私は告発なんてしないけど、廊下だし、[笑顔]としては気にしてるんだろうか。
「ああもう……とにかく、私は紹介したからね。図書委員とか同学年も居るんだから、ちゃんと時々参加しなよ」
「いるの?」
パッと頭に浮かんだのは、[冷静]と[無口]。
「皆川先輩はいないよ。委員長はたまに見かける」
心を読んだように言った友達は、ふと、手を叩いた。
「そうだ、さっきのメンバーの中に先生がいたの気づいてた?」
「先生?!」
「そう。さて、どのHNの人でしょう?」
正直、全員のHNを覚えているかも自信がない。私は少し考え込んだ。
「えっと、絵美里が敬語で話してた先生っぽい人っていうと……ライさん?」
「外れね」
答え合わせは後ろから降ってきた。
「こんにちは、エミ、ハナ。私がミロよ」
ハキハキとした、どこか色気のある声だ。
「えっ、筑紫先生?」
「そうよ。というわけで絵美里、すみれ。時間があるなら保健室に寄って行きなさい?」
ハキハキとしたいつもの口調で、ミロこと筑紫美鹿先生はウインクをした。保健室の先生で、うちの学校の三大美人。どう見ても「だよ~」とかゆるふわな語尾をつけてる印象のない人だ。
「ネットって怖い……」
当たり前のことを、私は呟いた。
「ただいま、友よ。この三千里、色々なことがありました。夜通しバーチャルピクニックしてみたり、カッコウにセロの弾き方を教えたり、仮想世界に逃げた旧式兎型ロボを捕獲したり、ちょっと背中を蹴ってみたり」
「なんか今月のおすすめの図書が色々混ざり合ってる」
友達は笑った。
「えっと、で、どうだったよ?」
「うーん……」
実際、どうだったんだろう。
初めての図書委員会の活動の方は、うまくいった。図書の貸出返却の手順は、延滞図書の手続きも含めて、理解した。でも……[誘惑]に関しては、何も分からない。
「収穫無しだよ」
「収穫?」
「うん、対策とか何も思いつかなかった」
「そっかー……」
昼休みが終わるチャイムまであと二、三分。
「私はね、ガツンと言ってやるよ」
「がつんと?」
「そう。反省しなさそうな手合いには容赦なくいかないとね。怒ったっていいんだから」
友達は勇ましい顔をしてみせる。余裕を含んだ武人の笑みといったところだ。可愛い顔立ちをしているから、なんだか似合わなくて私も笑ってしまう。
「私には怒るところまでは無理かな、遠慮しちゃいそう」
「いやいやすみれ、ここは強気に行かないと。奴らつけあがるからね」
奴ら? 私は首を傾げた。今のところ誰からも、円居先輩以外に[誘惑]や、気をつけるべき他の[役割]がいるという話は聞いていない。
「すみれもすぐ分かるよ。甘い顔して対応するとすぐ調子に乗るんだから。特に一年生。今のうちにルーズは痛い目見るって教えてあげないとね」
……やっぱり、話が食い違ってる。
「もしかして絵美里、図書延滞した人への対応の話をしてる?」
「え? 違うの? じゃ何?」
きょとんとした友達の顔に、私は言葉を呑んだ。
いつも笑ってると柔和な印象だから気づきにくいけど、この友なかなかの美人だ。それも澄んだ表情が映えるタイプ。ギャップ萌え、じゃないけど、笑顔が途切れた瞬間にハッとする美しさがある。
……うん。別に、友達に見とれて黙ってしまった訳じゃない。その表情が、本気に見えたからだ。
あんなに[誘惑]のこと相談に乗って心配してくれて、嬉しかったのに。他の何よりも心配してくれてると思ってたのに。円居先輩にまだ何もされてないと言って安心させたかったのに。昼休みの間に忘れてしまうくらい、どうでもいいことだったんだろうか。
聞けない。言えない。確かめたくなんてない。「あっ、そうだったね」なんて慌てて思い出してフォローを入れようとする友達の作り笑顔を、見たくない。
「ううん、何でもないよ。……ねえ絵美里、聞いてもいい? [笑顔]ってどういう[役割]なの?」
話をそらすためとはいえ、その問いを口にしたのは、心に溜まっているもののせいだったかもしれない。[誘惑]の事情を聞いて、他の人の[役割]にも興味が出ていた。
「うん? 私のはね、シンプルだよ。いつも笑顔でいること、笑顔になれる事を考えること、みんなを笑顔にすること」
「人を笑顔にするのも[役割]なんだ」
初めて知った。
「そこらへんは評価基準が曖昧だから、けっこう適当だけどね。たまに他の[役割]の子と一緒にあれこれ考えたりするよ」
「そうなんだ……知らなかった」
「興味出てきた?」
その時、チャイムが鳴った。友達は残念そうに向き直ろうとする。なんせ次は時間割では泣く子も黙らせる家庭科の授業だ。でも、そうはならない。
「絵美里、自習」
「え、あ、そうだった!」
今朝友達自身が嬉しそうに教えてくれたから分かる。今日は先生が休みでこの時間の休講が決まっていた。
今日はどうしたんだろう? お母さんが寝ぼけてるとか、少し心配になる。
「今、失礼なこと考えられてた気がするよー?」
「ま、まさかそんな訳ないじゃない」
首を大きく振る。
家庭科では今、自由課題を進めている。もちろん先生のチェックが入ってるから適当な課題は選べないけれど、先生の監視がないなら、進めてさえいればおしゃべりしても許される。……と思う。周りを見たけど、みんなゆるーくやってるみたいだ。私も課題(カーボン繊維の刺繍)を始めた。ちなみに友達は、月面上での一週間の食事メニューの考案。食事は笑顔になれるから、友達らしいかもしれない。
「珍しいよね、すみれが[役割]について聞いてくるの」
「まあ、あんなことがあったし……」
「興味があると見てよろしいか?」
「なんで敬語になるの、そこで。……なくは、ないかな」
友達に少し聞いてみただけで、私の知らなかったことが一つ分かった。多分、私が思っているより[役割]にはしっかりとした立ち位置、心がけることというのがある。そこまで含めて、私はきちんと知っておくべきだ。ちゃんとした[役割]を、持ってるんだから。
それに、分かるかもしれない。
『円居レンには、気をつけて』
あの時の言葉に、どんな意味があったのか、とか。
「決まりだね」
友達はにやりっ、と笑って私に言う。
「[役割]持ちの集うコミュニティに参加しようか、すみれ」
「こ、コミュニティとか知り合い以外がいるところに参加するの初めてなんだけど」
放課後、私は友達の寮室に来ていた。
「知り合いは私がいるよ」
「知り合い以外がいるところ、だってば」
「友達増やそう?」
「と、ともだちは絵美里がいるからいいかなーって……」
「こら」
友達は私の額を小突いた。
「そんなこと言わないの。私はお母さんじゃないし、いつでも側にいられる訳じゃないんだから。すみれはちょっと抜けてるところあるし、もう少し交友関係増やしたほうがいいよ」
「今日はお母さんの方がいろいろ抜けてる」
「お母さん言うな」
あ、もう一回デコピンされた。
「はい、覚悟決めて。私が先にログインしてから招待するから」
友達がタブレットの画面を叩くと、ホログラムの画面が浮き上がった。小さな箱型で、中で何人かのアバターが動いている。
「みんな久し振り~!」
小さなアバターが友達の動きをゆるくトレースして箱の中に現れ、動く。画面を見ると、表情のバリエーションが見事に笑顔だけだ。
『おっ、エミじゃん。おひさ~』
『こんにちは、エミさん!』
『こんにちは』
「ミロさんもウーもライさんもいるね、うんうん、良いタイミングだ」
『あたしは?! 忘れてないよな?!』
「もちろんモネも覚えてるけど、学校の方でよく会うんだもん。ミロさんとかは、実際では滅多に会えないから」
『ほんと~、最近全然来てくれなくて寂しかったよ~』
『ライも忙しいからねえ』
私の知らない人たちと、友達(エミと呼ばれてるらしい)は仲良く話し始める。私と違って実は交友関係広かったんだなぁ、と、私はその様子をただ見ていた。
「でね、みんな。今日は、知り合いを連れてきたんです」
『おっ』
『前言ってた子~?』
「そうそう、そうなんです。やっと捕まえましたよ」
『やるね』
「というわけで、はい認証してログインしてね」
否応なしに私はタブレットからコミュニティを起動させた。
「うぅ……あの、よろしくお願いします……二年一組の、」
『あ、名前は言わなくても良いの~。[役割]も、嫌だったら黙ってて~。言うとけっこう誰なのかバレちゃうからね』
名乗ろうとしたら、ホログラムの仮想空間でくるくると踊るようなポーズを取っているアバターがのんびりした声を掛けてきた。「ミロさん」と呼ばれてた人だ。本人の声じゃなくて、多分変えてるんだろう。
「あ、ありがとうございます。えっと……」
『はいはい、僕はウーです! 一年なので呼び捨てちゃってください! よろしくお願いします! ちなみに隠してないんで、僕は[美食]です!』
『はいはいはい! あたしはモネ! エミのことは知ってるんだよな? あたしはエミのダチで同じ二年、できればリアルでもよろしくな。[元気]が取り柄だ!』
「あ……えっと、はい……」
ずいずい、と音がしそうな勢いで、二つのアバターがドア前に立った私の方へ迫ってきた。同時に喋るから聞き取りづらい。そして、私のアバターが押されてドアに背中がぶつかってる。
「はいはいはいはい、二人とも怖がらせないでね?」
『エミさん……モネさんが声煩いからですよ?』
『ウーが無神経に引っ付くからだろ?』
「……よ、よろしくお願いします」
覚えたての操作でアバターに礼をさせてみたら、頭の動きでウーくんとモネさんが少し押し戻された。おお、面白い。
『それじゃ~、年寄りに譲って貰おうかな~。私はミロだよぉ。よろしくね』
『年寄りなんて言わないでください。私はライです。[役割]は……秘密ということにしておきましょうか』
「よろしくお願いします」
頭を下げる。この二人は三年生だろうか。今いるのは、この四人に私と友達を合わせて六人だ。
『それじゃ~、あなたのHNを決めましょっか~』
ミロさんがぽんとアバターの手を打って、メンバーのアバターがミロさんの近くに集まった。
『どうします?』
『エミとモネはリアルでこの子のこと知ってるんだよね? 名前から名付けても良いと思うけど』
「うーん、微妙に二文字にしにくいんですよね。なんかミロさんとも被っちゃいそうで」
『あー、なるほどな! じゃあいっそ「花」とかどうだ?』
『……本名知りませんけど、モネさんがそう言うならそういう名前なんでしょうね』
『お? どういう意味だ?』
『安直って意味ですよ』
『ウー、あんまりモネをイジるのはやめておこうか~^_^モネも、落ち着いてね~?』
「でもシンプルで案外良いかもね、『ハナ』」
『なるほど、本人に聞いてみます?』
あっという間に進んだ話し合いについていけていなかった私は、「皆さんにお任せします」とだけ言って友達のベッドの端に座った。アバターがじゃなくて、現実の私がだ。
『じゃあ決まりかな』
『僕は反対で』
「決まりだね! ね?」
『……はい』
『よっしゃ。よろしくな、ハナ!』
『よろしく~』
『よろしくお願いします』
『よろしくね』
「よろしく」
「……はい」
そして取り囲まれて、色々と話を聞かれる。[一途]のことは言わないままになってしまったけど、誰も気にする様子もなく、好きな音楽やら本やらの話になり、全然関係ない話で盛り上がり、いつ次は参加できるのかと聞かれたあたりで、友達が「未定だけど必ずまた連れてくるから!」と言い、お開きになった。
「疲れ、た……」
私は友達のベッドからようやく腰を起こした。
「どうしたの、呆けちゃって。あっ、もしかして、絵美里さんが他の人に取られて寂しくなった?」
「いや、 そんなことはないけど」
「むっ」
冗談を流して、友達と寮室を出る。友達が他の友達と話していたら、何だっていうんだろう。
「友達ってそんなに必要かな」
一人も要らない訳じゃない。絵美里が居なかったら、寂しいと思うし、頼りにしてる。でも、もう居るなら、それ以上を多く望む必要はあるんだろうか。
「すみれは極端なんだよ。自分に必要な人が揃ってたらそれで一セット出来上がり、でクリアできるゲームじゃないんだからさ。実際にはその組が欠けたりするじゃん。手札が他に無かったら、セットも作れないんだよ」
「それって、予備として友達になるみたいだよ」
「そういう意味じゃなくてね」
「誰が友達になっても、絵美里の代わりは居ないのに」
「……そういう問題じゃないんだって」
言いながら、友達は口元を手で隠した。声が少し震えている。耳がほんのり赤くなってる。
これは、笑顔を保てないほど怒ってる……? 私は告発なんてしないけど、廊下だし、[笑顔]としては気にしてるんだろうか。
「ああもう……とにかく、私は紹介したからね。図書委員とか同学年も居るんだから、ちゃんと時々参加しなよ」
「いるの?」
パッと頭に浮かんだのは、[冷静]と[無口]。
「皆川先輩はいないよ。委員長はたまに見かける」
心を読んだように言った友達は、ふと、手を叩いた。
「そうだ、さっきのメンバーの中に先生がいたの気づいてた?」
「先生?!」
「そう。さて、どのHNの人でしょう?」
正直、全員のHNを覚えているかも自信がない。私は少し考え込んだ。
「えっと、絵美里が敬語で話してた先生っぽい人っていうと……ライさん?」
「外れね」
答え合わせは後ろから降ってきた。
「こんにちは、エミ、ハナ。私がミロよ」
ハキハキとした、どこか色気のある声だ。
「えっ、筑紫先生?」
「そうよ。というわけで絵美里、すみれ。時間があるなら保健室に寄って行きなさい?」
ハキハキとしたいつもの口調で、ミロこと筑紫美鹿先生はウインクをした。保健室の先生で、うちの学校の三大美人。どう見ても「だよ~」とかゆるふわな語尾をつけてる印象のない人だ。
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当たり前のことを、私は呟いた。
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