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10と周遊謎
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駅を出てバス停に歩く。鳴さんと鐘さんを見送った帰りだ。
二人は結局、翌朝までこちらに滞在した。何かビジネスのことで思いつきがあったらしく、僕の家で夜通し実現性と採算の話などをしていた。僕は先に休ませてもらったので疲れてはいない。青丹さん宅のハウスキーピングが不十分なのが気がかりなくらいだ。
青丹さんは気にしていないだろう。ご飯は十分作り置いた。動向が気になれば遠隔視聴の超能力で僕を見ればいい。
「何のために……」
つい呟いてから、おかしな言いざまだと気づく。
青丹さんから読心を持つ超能力者の姉を手伝ってほしいと言われて、いつも心を読んでくる人だと聞いて、僕は「なぜ心を読むんですか」と聞こうと思わなかった。これまで「読まないでください」と頼んだこともない。青丹さんはおかしなことだと思っていなかったし、蜂庫さんや朱裁さんもそういうものだからと受け入れていた。
青丹さんだって「そういうもの」だ。なぜ青丹さんは違うと思っていたんだろう。初対面のころから、人との関わりを避けている風だったからだろうか。仕事としてやるだけで、超能力で追跡するのは全然楽しくなさそうだったからだろうか。そもそも丹生子さん以外の人に興味がなさそうだったから。前任から引き継いだ付き人心得に、過干渉は機嫌を損ねるだけだと書かれていたから。はじめはコミュニケーションが全く取れなかったから。顔を見ただけでため息をつかれて帰されることもあったから。それでいて、悪いとは思っているようだったから。人の心を察するのが苦手で、感情のコントロールが難しいだけの優しい人だとすぐに分かっていたから。
分からない。切添青丹さんが何を考えているのか。
……思いがけない気配に振り向く。
「……紙背」
「須図さん、お久しぶりです」
「……ああ」
須図晴男さん。隣市に住む人だから、たまたま街中で会うことは今までなかった。
「そういうとこ相変わらずだな。……うまくやってるのか」
「……えっと、はい」
言葉が濁った。
「うまくいってないのか?」
「その」
「オレよりはマシだろ。まだ首になってないんなら」
そこでバスが到着した。乗客は無人。なんとなく二人で後ろの席に並んで座ることになる。
「それで?」
須図さんは声をひそめた。話を止めるつもりはないようだった。少しだけ考える。この人に何を話せば良いだろう。当然プライベートや「アドベント」のことを話すわけにはいかない。
須図さんは僕の前任だ。僕の前に青丹さんの付き人をしていた。半年くらい続いたと聞いている。引き継ぎのときにはとてもお世話になったけど、今も僕や青丹さんを気にしているとは思わなかった。
「……須図さんは、青丹さんに信用されていないと感じた事はありますか」
「は?」
冷たい声だ。心底から言うことを間違えたと分かる声。
「オマエ、青丹さんに信用されてないか考えてんのか? 信用されたことがあるって? アレに取り入る隙があるって言ったか?」
「その言い方は」
「悪い冗談だな」
襟を掴むのをやめてもらう。深く深呼吸を一つ須図さんが済ませる間、僕たちは黙った。
「悪い。最悪だ」
「すみません」
「分かって言ってんのか? どうせ分かってるんだろうな」
分からない。青丹さんがこれまでの付き人とどういう関係を築いていたかなんて。
僕が今、何か少し青丹さんの機嫌を損ねたくらいで解雇されるとは思わない。だからといって、須図さんよりうまくいっているとも思えなかった。
「青丹さんのことが分からないから困っています」
青丹さんが超能力で聴いているかもしれないのにこんなことを言ってはいけない。余計だ。
「知るか。今はオマエが安全装置だろ。……オレ達が体験してないことなんてアドバイスできるか。まだ話ができる仲なら話せよ。丹生子さんだっていんだろ。それで首になっちまえ」
「……そうですね」
須図さんは優しい人だ。いつも怒らせてしまうので多分、僕のことは嫌いだろうけど。
「ありがとうございます」
「別に。もう降りる」
須図さんはバスが止まる前に立ち上がった。硬貨を投げ入れ、素早く図書館前のバス停に降りていく。別れの挨拶をする暇もなかった。
そのとき、青丹さんから連絡が入った。
『ここで降りて』
……意外な指示だ。
ひとまずバスが出発する前に降りる。もう須図さんは行ってしまったようで姿が見えない。『図書館にご用ですか』と連絡すると、しばらく間を置いてから本のタイトルが送られてきた。
何冊かには覚えがある。様々な数学の雑学が書かれた本。犯人が予告状に記す乱数表を拾った本で、丹生子さんが幸運数を学んだ本だ。僕は電子書籍で買ってベイズ統計あたりを読み返している。それから神経障害性疼痛の本も。
青丹さんも電子書籍のサブスク契約を使っている。なぜ、わざわざ借りようと思ったのだろう。
貸出し手続きをしていると、今度は丹生子さんから連絡が来た。
『安全装置、今いる図書館の児童文学の棚にこんな本がないか』
サメとサーファーが出てくる、海外児童文学、全体的には青い表紙、デフォルメした血のデザイン、作中にやたら林檎が出てくる、などなど。映画のとあるジャンルを想起させるものが多い。こんな本が児童文学にあるだろうか?
『……ありました。ジョゼフ・スマーデン「りんご食い人間」』
あった。児童文学の棚に。サメが。
『でかした。本の間に変な栞が挟まってるから写真か内容を教えてくれ』
『迷路です。写真を送ります。
もし林檎がある道だけを通ると、拾える文字はnicknameです』
『ジョーか。OK助かる』
作者のニックネームだろうか。文面からすると、質問に答える余裕くらいはありそうだ。
『「アドベント」ですか? 青丹さんと連絡を取っていましたか?』
『両方イエス』
丹生子さんからの連絡が途切れたので本を借りて次のバスを待つ。
『悪い、この迷路を人間探して回るとどうなる?』
『the jaws of deathです』
『ウケるな』
「おはようございます。ただ今戻りました。こちら借りてきた本です」
「……ん」
コートを掛ける。手洗い。うがい。青丹さんは少し緊張した様子だった。本を置こうとした机の上には紙が散らばっている。
「丹生子さんですか」
「ニューコは無駄をする」
全て単語のメモや、書きかけの迷路、絵のようなもの。丹生子さんは「アドベント」犯から、街を駆け回って解く謎解きゲームを仕掛けられており、丹生子さんが動く代わりに青丹さんが超能力でこき使われたようだった。僕はそのサポートを任されたわけだ。
「あんなの意味がない」
エスパーの遠隔視聴で市街地を全て探して爆弾を見つける方が楽だとでも思っていそうだ。
丹生子さんの説得に時間をかけるのは無駄だと知っているからこそ思うだろう。エスパーの読心で人の意見を全部聞ける丹生子さんが一度決めたことは、言葉を尽くして説得しても覆しがたい。……実際に青丹さんにはできなかった。
「……お茶を淹れます」
デカフェのダージリンに後味をアレンジする程度のスパイス。小さく切ったスクエアケーキとカットした梨を添える。青丹さんは真っ先に梨を食べた。
「鳴さんと鐘さんにお出しした産地の梨です」
遠隔視聴で視ていたなら、きっと食べたくなるだろうと思った。
「……青丹。食べながら聞いてもらえませんか」
「やだ」
「……急なのですが数日後に1泊のお休みをください。父が不摂生で入院しない程度の治療を受けたそうで、実家の様子を見に行きます」
返事がない。続ける。
「その間、僕のことは」
「やだ」
「青丹。何もありません。父は本当に大した病気ではないですし、必ず次の昼には戻ります」
「……」
「せめてその間、僕のことを視るのは控えてください」
「やだ」
「なぜですか。何も得になることはありません」
「なんで、だめなの」
「なんでって……」
聞き返されるとは思わなかった。
青丹さんは僕の顔をじっと見た。何を読み取ろうとしていたのか分からない。深くため息をついて、皿を押しのけ、頭を伏せて、そのまま手だけでリモコンを操作した。
『本日……市バス車内で起きた爆発炎上について、警察は座席に置かれたリチウムイオンバッテリーに発火した可能性があると発表しています。一方で、地元の目撃者から寄せられた映像を見ると、バッテリーの発火にしては激しく爆発しているようにも見えます。こちらについて、専門家の意見を伺いました……』
僕が乗っていた路線のバスだ。乗客は無し、運転手は冷静にバスを路肩に停めて避難したため怪我人も無し……。
「何もないなら見張ってない」
……整理。整理しよう。
「今日、バスを降りるよう連絡をくれたのは、危険を察知したからですか?」
「……危険かもしれない、程度」
納得できる。はっきり危険と決まってはいないと警告しづらい。あれこれ説明しようにも、青丹さんも丹生子さんからの指示で忙しかった。そこでひとまず、図書館に用があると嘘をついた。それなら、必要もないのに本を借りようとした理由になる。そらで考えずに言える本を並べたんだろう。
タイミング的に、丹生子さんの方で本を調べる必要が出てきたのはそれからだ。青丹さんと密に連絡を取っていたから、僕があの図書館にいると聞いて、僕に連絡を取った。
「……バスの炎上も、『アドベント』の仕業ですか」
「分からない」
思考が追いついてきた。丹生子さんに図書館に行くよう仕向けても、丹生子さんがバスに乗って行くとは限らない。青丹さんがいるからだ。図書館の本を棚から落としてめくるくらい簡単なことなら、念動力で当然できる。負担を軽減するためにいくつかは丹生子さん自身で回るとしても、丹生子さんが乗るバスの予想は難しい。実際例のバスに乗客はいなかった。アドベントとは無関係な可能性もあるし、もう一つ、考えたくない可能性は……。
電話が鳴った。青丹さんにだ。弾かれたように携帯と手近なメモとペンを取り上げた青丹さんは、すぐにペンを放り投げて通話をスピーカーにする。
「本当?」
『うん、問題ない』
「ん」
『安全装置そこにいるか?』
「いる」
『安心してそうか?』
「分からない」
『あーOK。変わってくれ。いや今スピーカーか?』
丹生子さんに「聞こえています」と声をかける。丹生子さんは電話口で「ははは」と抑揚なく笑ってみせた。
『よし、錠は外れたな。わたしは奴の仕掛けた街巡り謎解きツアーをばっちり制限時間内に巡り終わり、最後の宝箱の中の爆弾を解除した。どこかのバスで爆発があったらしいが、それはゲームオーバーの合図じゃない。名探偵丹生子さんは怪我もしてないし今のところ無敗だ』
「そ……」
『そんなことを言っていいんだよ、当事者は。ほら青丹もイェーイ』
青丹さんはものすごく嫌そうな顔で「いぇーい」と嫌そうに小さく言った。
『ところで安全装置、お前青丹を困らせたね』
「その言い方には語弊と不満があります」
『自覚がないのはいただけないな。お前、そのうち血を見ることになるよ。例えばだ、自分が「アドベント」に目をつけられてるって自覚はあるか』
無かった。
『何度もわたしと一緒に現場に行ったり買い物に行ったりしてるんだ、お前だって超能力者切添丹生子の手駒の一つと認識されてて不思議じゃない。この前青丹が狙われたみたいに、お前が狙われるのを青丹は心配してるんだ。理解できるね』
買い物は一度だけだ。でも、それ以外は言われた通りだった。
「……分かりました。『アドベント』の件が片づくまでは、青丹さんに見張っていただくことにします」
うまく言いくるめられた、というより、うまく決着をつけられてしまった。丹生子さんは本当によく僕の心を読んでいる。
明らかなこととして、僕は青丹さんの付き人を辞めたいとは思っていない。この好条件でリスクに見合う報酬があって、決してこれまでは関係も悪くなかった。何もかも見せられるとは思えず、ずっとこのままになるのが嫌だとしても。
だから丹生子さんは、まずはアドベントが片づくまでこのまま、という条件を、僕に認めさせる形で、無自覚に青丹さんにも受け入れさせた。……青丹さんのことも分かっている。その頃には付き人の契約内容変更も視野に入れて話し合えそうだ。
「丹生子さん」
『何だ』
「名探偵の完全解決を心待ちにしてます」
『ははは。からかうな』
電話は切れた。
__________
Next 11/2 15:00
二人は結局、翌朝までこちらに滞在した。何かビジネスのことで思いつきがあったらしく、僕の家で夜通し実現性と採算の話などをしていた。僕は先に休ませてもらったので疲れてはいない。青丹さん宅のハウスキーピングが不十分なのが気がかりなくらいだ。
青丹さんは気にしていないだろう。ご飯は十分作り置いた。動向が気になれば遠隔視聴の超能力で僕を見ればいい。
「何のために……」
つい呟いてから、おかしな言いざまだと気づく。
青丹さんから読心を持つ超能力者の姉を手伝ってほしいと言われて、いつも心を読んでくる人だと聞いて、僕は「なぜ心を読むんですか」と聞こうと思わなかった。これまで「読まないでください」と頼んだこともない。青丹さんはおかしなことだと思っていなかったし、蜂庫さんや朱裁さんもそういうものだからと受け入れていた。
青丹さんだって「そういうもの」だ。なぜ青丹さんは違うと思っていたんだろう。初対面のころから、人との関わりを避けている風だったからだろうか。仕事としてやるだけで、超能力で追跡するのは全然楽しくなさそうだったからだろうか。そもそも丹生子さん以外の人に興味がなさそうだったから。前任から引き継いだ付き人心得に、過干渉は機嫌を損ねるだけだと書かれていたから。はじめはコミュニケーションが全く取れなかったから。顔を見ただけでため息をつかれて帰されることもあったから。それでいて、悪いとは思っているようだったから。人の心を察するのが苦手で、感情のコントロールが難しいだけの優しい人だとすぐに分かっていたから。
分からない。切添青丹さんが何を考えているのか。
……思いがけない気配に振り向く。
「……紙背」
「須図さん、お久しぶりです」
「……ああ」
須図晴男さん。隣市に住む人だから、たまたま街中で会うことは今までなかった。
「そういうとこ相変わらずだな。……うまくやってるのか」
「……えっと、はい」
言葉が濁った。
「うまくいってないのか?」
「その」
「オレよりはマシだろ。まだ首になってないんなら」
そこでバスが到着した。乗客は無人。なんとなく二人で後ろの席に並んで座ることになる。
「それで?」
須図さんは声をひそめた。話を止めるつもりはないようだった。少しだけ考える。この人に何を話せば良いだろう。当然プライベートや「アドベント」のことを話すわけにはいかない。
須図さんは僕の前任だ。僕の前に青丹さんの付き人をしていた。半年くらい続いたと聞いている。引き継ぎのときにはとてもお世話になったけど、今も僕や青丹さんを気にしているとは思わなかった。
「……須図さんは、青丹さんに信用されていないと感じた事はありますか」
「は?」
冷たい声だ。心底から言うことを間違えたと分かる声。
「オマエ、青丹さんに信用されてないか考えてんのか? 信用されたことがあるって? アレに取り入る隙があるって言ったか?」
「その言い方は」
「悪い冗談だな」
襟を掴むのをやめてもらう。深く深呼吸を一つ須図さんが済ませる間、僕たちは黙った。
「悪い。最悪だ」
「すみません」
「分かって言ってんのか? どうせ分かってるんだろうな」
分からない。青丹さんがこれまでの付き人とどういう関係を築いていたかなんて。
僕が今、何か少し青丹さんの機嫌を損ねたくらいで解雇されるとは思わない。だからといって、須図さんよりうまくいっているとも思えなかった。
「青丹さんのことが分からないから困っています」
青丹さんが超能力で聴いているかもしれないのにこんなことを言ってはいけない。余計だ。
「知るか。今はオマエが安全装置だろ。……オレ達が体験してないことなんてアドバイスできるか。まだ話ができる仲なら話せよ。丹生子さんだっていんだろ。それで首になっちまえ」
「……そうですね」
須図さんは優しい人だ。いつも怒らせてしまうので多分、僕のことは嫌いだろうけど。
「ありがとうございます」
「別に。もう降りる」
須図さんはバスが止まる前に立ち上がった。硬貨を投げ入れ、素早く図書館前のバス停に降りていく。別れの挨拶をする暇もなかった。
そのとき、青丹さんから連絡が入った。
『ここで降りて』
……意外な指示だ。
ひとまずバスが出発する前に降りる。もう須図さんは行ってしまったようで姿が見えない。『図書館にご用ですか』と連絡すると、しばらく間を置いてから本のタイトルが送られてきた。
何冊かには覚えがある。様々な数学の雑学が書かれた本。犯人が予告状に記す乱数表を拾った本で、丹生子さんが幸運数を学んだ本だ。僕は電子書籍で買ってベイズ統計あたりを読み返している。それから神経障害性疼痛の本も。
青丹さんも電子書籍のサブスク契約を使っている。なぜ、わざわざ借りようと思ったのだろう。
貸出し手続きをしていると、今度は丹生子さんから連絡が来た。
『安全装置、今いる図書館の児童文学の棚にこんな本がないか』
サメとサーファーが出てくる、海外児童文学、全体的には青い表紙、デフォルメした血のデザイン、作中にやたら林檎が出てくる、などなど。映画のとあるジャンルを想起させるものが多い。こんな本が児童文学にあるだろうか?
『……ありました。ジョゼフ・スマーデン「りんご食い人間」』
あった。児童文学の棚に。サメが。
『でかした。本の間に変な栞が挟まってるから写真か内容を教えてくれ』
『迷路です。写真を送ります。
もし林檎がある道だけを通ると、拾える文字はnicknameです』
『ジョーか。OK助かる』
作者のニックネームだろうか。文面からすると、質問に答える余裕くらいはありそうだ。
『「アドベント」ですか? 青丹さんと連絡を取っていましたか?』
『両方イエス』
丹生子さんからの連絡が途切れたので本を借りて次のバスを待つ。
『悪い、この迷路を人間探して回るとどうなる?』
『the jaws of deathです』
『ウケるな』
「おはようございます。ただ今戻りました。こちら借りてきた本です」
「……ん」
コートを掛ける。手洗い。うがい。青丹さんは少し緊張した様子だった。本を置こうとした机の上には紙が散らばっている。
「丹生子さんですか」
「ニューコは無駄をする」
全て単語のメモや、書きかけの迷路、絵のようなもの。丹生子さんは「アドベント」犯から、街を駆け回って解く謎解きゲームを仕掛けられており、丹生子さんが動く代わりに青丹さんが超能力でこき使われたようだった。僕はそのサポートを任されたわけだ。
「あんなの意味がない」
エスパーの遠隔視聴で市街地を全て探して爆弾を見つける方が楽だとでも思っていそうだ。
丹生子さんの説得に時間をかけるのは無駄だと知っているからこそ思うだろう。エスパーの読心で人の意見を全部聞ける丹生子さんが一度決めたことは、言葉を尽くして説得しても覆しがたい。……実際に青丹さんにはできなかった。
「……お茶を淹れます」
デカフェのダージリンに後味をアレンジする程度のスパイス。小さく切ったスクエアケーキとカットした梨を添える。青丹さんは真っ先に梨を食べた。
「鳴さんと鐘さんにお出しした産地の梨です」
遠隔視聴で視ていたなら、きっと食べたくなるだろうと思った。
「……青丹。食べながら聞いてもらえませんか」
「やだ」
「……急なのですが数日後に1泊のお休みをください。父が不摂生で入院しない程度の治療を受けたそうで、実家の様子を見に行きます」
返事がない。続ける。
「その間、僕のことは」
「やだ」
「青丹。何もありません。父は本当に大した病気ではないですし、必ず次の昼には戻ります」
「……」
「せめてその間、僕のことを視るのは控えてください」
「やだ」
「なぜですか。何も得になることはありません」
「なんで、だめなの」
「なんでって……」
聞き返されるとは思わなかった。
青丹さんは僕の顔をじっと見た。何を読み取ろうとしていたのか分からない。深くため息をついて、皿を押しのけ、頭を伏せて、そのまま手だけでリモコンを操作した。
『本日……市バス車内で起きた爆発炎上について、警察は座席に置かれたリチウムイオンバッテリーに発火した可能性があると発表しています。一方で、地元の目撃者から寄せられた映像を見ると、バッテリーの発火にしては激しく爆発しているようにも見えます。こちらについて、専門家の意見を伺いました……』
僕が乗っていた路線のバスだ。乗客は無し、運転手は冷静にバスを路肩に停めて避難したため怪我人も無し……。
「何もないなら見張ってない」
……整理。整理しよう。
「今日、バスを降りるよう連絡をくれたのは、危険を察知したからですか?」
「……危険かもしれない、程度」
納得できる。はっきり危険と決まってはいないと警告しづらい。あれこれ説明しようにも、青丹さんも丹生子さんからの指示で忙しかった。そこでひとまず、図書館に用があると嘘をついた。それなら、必要もないのに本を借りようとした理由になる。そらで考えずに言える本を並べたんだろう。
タイミング的に、丹生子さんの方で本を調べる必要が出てきたのはそれからだ。青丹さんと密に連絡を取っていたから、僕があの図書館にいると聞いて、僕に連絡を取った。
「……バスの炎上も、『アドベント』の仕業ですか」
「分からない」
思考が追いついてきた。丹生子さんに図書館に行くよう仕向けても、丹生子さんがバスに乗って行くとは限らない。青丹さんがいるからだ。図書館の本を棚から落としてめくるくらい簡単なことなら、念動力で当然できる。負担を軽減するためにいくつかは丹生子さん自身で回るとしても、丹生子さんが乗るバスの予想は難しい。実際例のバスに乗客はいなかった。アドベントとは無関係な可能性もあるし、もう一つ、考えたくない可能性は……。
電話が鳴った。青丹さんにだ。弾かれたように携帯と手近なメモとペンを取り上げた青丹さんは、すぐにペンを放り投げて通話をスピーカーにする。
「本当?」
『うん、問題ない』
「ん」
『安全装置そこにいるか?』
「いる」
『安心してそうか?』
「分からない」
『あーOK。変わってくれ。いや今スピーカーか?』
丹生子さんに「聞こえています」と声をかける。丹生子さんは電話口で「ははは」と抑揚なく笑ってみせた。
『よし、錠は外れたな。わたしは奴の仕掛けた街巡り謎解きツアーをばっちり制限時間内に巡り終わり、最後の宝箱の中の爆弾を解除した。どこかのバスで爆発があったらしいが、それはゲームオーバーの合図じゃない。名探偵丹生子さんは怪我もしてないし今のところ無敗だ』
「そ……」
『そんなことを言っていいんだよ、当事者は。ほら青丹もイェーイ』
青丹さんはものすごく嫌そうな顔で「いぇーい」と嫌そうに小さく言った。
『ところで安全装置、お前青丹を困らせたね』
「その言い方には語弊と不満があります」
『自覚がないのはいただけないな。お前、そのうち血を見ることになるよ。例えばだ、自分が「アドベント」に目をつけられてるって自覚はあるか』
無かった。
『何度もわたしと一緒に現場に行ったり買い物に行ったりしてるんだ、お前だって超能力者切添丹生子の手駒の一つと認識されてて不思議じゃない。この前青丹が狙われたみたいに、お前が狙われるのを青丹は心配してるんだ。理解できるね』
買い物は一度だけだ。でも、それ以外は言われた通りだった。
「……分かりました。『アドベント』の件が片づくまでは、青丹さんに見張っていただくことにします」
うまく言いくるめられた、というより、うまく決着をつけられてしまった。丹生子さんは本当によく僕の心を読んでいる。
明らかなこととして、僕は青丹さんの付き人を辞めたいとは思っていない。この好条件でリスクに見合う報酬があって、決してこれまでは関係も悪くなかった。何もかも見せられるとは思えず、ずっとこのままになるのが嫌だとしても。
だから丹生子さんは、まずはアドベントが片づくまでこのまま、という条件を、僕に認めさせる形で、無自覚に青丹さんにも受け入れさせた。……青丹さんのことも分かっている。その頃には付き人の契約内容変更も視野に入れて話し合えそうだ。
「丹生子さん」
『何だ』
「名探偵の完全解決を心待ちにしてます」
『ははは。からかうな』
電話は切れた。
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