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9と魔除けのおまじない
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「丹生子さん……もっと早く連絡することを覚えてくれ……」
「いやーははは。悪い!」
朱裁さんは抑揚のない笑い声にこめかみを押さえた。朝早くに現場入りするのは慣れている。睡眠不足には見えない。単に丹生子さんの声に気を落としているだけだ。
「本当にすみません」
「いや翰君はもう……もういい」
昨日調べたトンネル付近に、まだ爆弾が残されているので明日朝もう一度調査する。……夜の9時を回ってからそう伝えられた朱裁さんの落胆は想像にあまりある。この事件担当で超能力者の事情を知っている刑事は朱裁さんだけなので、不審がられないように他の人への説明もしてもらった。僕たちは今、どうにか朱裁さんだけの付き添いで現場に来ることができている。
箸十ヶ賀トンネル。昨日も現場検証に付き合って過ごした現地だが、僕以外は気まずさを感じていないらしい。鳴さん、鐘さん、丹生子さん。その間に鳴さんが教えてくれていればスムーズに捜索できただろう。
「それにしても……昨日、鑑識はここで爆弾など見つけなかったようだが」
「難しやろね、丹生子さん無しのノーヒントで狢の穴探るんは」
正しくはニホンアナグマ。あるいは狐や狸が使うこともある。素早くトンネル外の巣穴を振り向いた朱裁さんは固く息を吐いた。
「……この奥に?」
「この奥に。数年もんにゃろ? いくつあるんかなあー」
「……」
アナグマのような動物の巣は、年数が経つほど「増築」されて横穴も増え、複雑化していく。どんな構造になっているかは細かく調べるしかないだろう。超能力者がいなければ。
「安心しーて。鳴さんがおれば百八人力やし」
「当然です」
「わたしもいるぜ。安全装置、鐘みたいに相棒っぽいこと言ってくれ」
「なるべく収拾はつけます……」
爆弾のありかと調査方法については、鳴さんと丹生子さんの意見がぴったり一致した。
「鳴がトンネル内の霊障とかを抑えて、わたしが場所を突きとめる。OK?」
「はーあい。あ、そや。いい子の翰君にはおまじないあげよなあ」
飴でも渡されるように、左手に指輪をはめられた。目立たない紋様が細かく入ったシルバーのリングで、存在感がある。値段はともかく軽くて良質そうだ。ただし目立つ。
「お化け特攻のおまじないや」
「お化け特攻?」
……トンネルから強い風が吹いた。鋭い。大量の枯れ葉が舞って視界を覆う。轟音が背後に響く。
「っ!」
遠くの岩肌が砕けて、欠片が落ちる。離れているから細かい破片に見えるけれど、下に誰かいれば危険なほどの落石だ。幸い、下には道路や人の姿は見えない。
自然現象ではない。
「……今のは『霊障』でしょうか。それとも何かの超能力……」
「お化けお化け。悪いんとーとちゃう。鳴さんらの敵にはならへんはずやき、だいじょーぶよ」
鳴さんはくすりと笑った。余裕。鳴さんがそう言うなら本当に大丈夫なのだろうけど、あまりに警戒心がない。
「さ、入りい」
じゃらり。黒壇とクロモジの数珠が交互に鳴る。輪唱のような呪文が延々と流れる。背後を鳴さんと鐘さんに任せ、丹生子さんと僕、それから朱裁さんで中に入る。念のため全員にエプロンと二の腕までのゴム手袋、マスクを着用してもらう。
「まず前提を確認しよう。つまり、わたしが鳴の心を読んだ内容についてさ」
「出たな」
朱裁さんが呟くのも無理はない。丹生子さんが思いつきで動いているように見えるとき、実はかなりの情報を元に冷静に独断していることは多い。会った関係者全員の思考を全て読めば可能だろう。
「爆弾はトンネル内で鳴の霊感センサーに引っかかったようだから、外部の巣穴はまあ調べなくていい。形はカプセル状で、直径10cm長さ40cmくらい? この前駐車場に投げこまれたのより大きいな。覚えてるだろ、均志」
朱裁さんはギョッとした顔で丹生子さんを見て、「ああ、現物も見た」と答えた。丹生子さんの顔つきから、初めて名前で呼ばれたと分かる。これまでは……僕の前では「音叉」というあだ名を使うことがあった。
「ははは。まあこっちは落としたくらいじゃ爆発しないように保護してあるんだろう。サイズがこのくらいということは、分かるね? 家主は爆弾を押しのけないと巣穴を進めない」
「とすると、獣が直近で通った巣穴の付近には無いか」
「通路なら、です。ニホンアナグマは部屋のような少し広い空間を作ります。そのどこかに落ちている可能性も」
「入口付近だとわたしの透視の範囲内だが、近くをサラッと調べた限りじゃ見えないな。けっこう奥にいるらしい」
風の通りを肌と音で確認してみる。堆積物で自然に、完全に塞がってしまった穴は除外していいだろうか?
「犯人が塞いだ可能性は?」
「新しく掘り返された土の匂いが全くしません。偽装のための重労働を犯人がしたとお思いでしたら調べますが」
「うん除外しよう」
丹生子さんはあっさり引き下がる。
「ところで爆弾の搬入方法も考えてみたか?」
「搬入方法」
「わたしの透視が届かないくらいまでは爆弾が奥に入ってる。巣穴は真っ直ぐでも坂道でもないし、獣が押して運んでくれるのを待つほど暇な犯人じゃないだろう」
僕はシンプルに念動力だと考えていた。先ほど外で岩が砕けたのがどうにも気になる。
「それでもいいが、大福の匂いに釣られた狢の脚に、紐でゆるく爆弾繋げて巣穴に入れるのはどうだ。奴が逃げれば遠くに運んでもらえる。鳥獣保護管理法だか動物愛護法だか違反だな」
そううまくいくだろうか。丹生子さんは話しながらじっと巣穴を見ている。
「……もしや、脚を怪我した獣を探していますか」
「見つかるかもしれない」
「朱裁さん、僕たちはこちらで探しましょう」
機器とファイバースコープを取り出す。いい反応速度で朱裁さんから止められた。
「その機器、いくらだ」
「サラさんからの借り物なので……。相場としてはこのくらいです」
「爆弾が衝撃に強いというのは推測だな」
「そうですね」
「これが壊れたら俺は払えない」
「僕もです」
爆弾がよくとも、穴を通る獣とセンサーがぶつかる可能性もある。他に適当な機器や部隊を持ちこめれば良かったのだけど。
超能力者絡みの案件はたいてい、普通の事件に見せかけて解決できる。ただし犯人の超能力による大きな犠牲や情報漏洩がありえるときは別だ。丹生子さんが独断で先に現場を調べなくとも、鳴さんが爆弾が残っていると素直に言っていても、僕たちだけで動くことになっていたかもしれない。
「丹生子さん。もう少しいい方法は無いのか」
「できるよ。簡単だ。安全装置、わたしらの敵は?」
「『アドベント』です」
「つまりあの気取り屋で、変な謎解きの押しつけが好きで、不十分な手がかりで十分なつもりでいて、超能力者の介入を想定した奴が仕掛け人だ。イレギュラーはわたしが鳴を連れてきたことだろう。それが無ければ、どんなシナリオが想定されていたと思う?」
シナリオ?
「……僕たちは住所を告げられてここに来ました。警察と丹生子さんだけでも、手順を踏めばトンネル内は調べられます。昨日の爆弾を見つけて、もう一つには気づかず満足して引き上げる。昨日の流れに特に変化は起きないかと」
「そうかもな」
あるいは、本気で丹生子さんを殺そうとしていたかもしれない。昨日、丹生子さんがトンネル内に置かれた爆弾を解除する間にもう一つの爆弾を爆発させるつもりだったが、予想外が重なりできなかった。とすれば、爆弾が置かれていた近くの巣穴に隠されているだろうか? 爆発の衝撃が解除者に直撃する位置だろうか。
いや、シナリオは他にもいくらでも考えられる。トンネル自体の崩落を狙っていたとか。可能性が絞れない。
「それで、今日の昼頃あたりに、わたしらを嘲笑う予告がまた届くかもな。まだ爆弾はある。現場に戻ってまた探せ、って」
「想像できます。その予告に大したヒントが無ければ、今のようにまた来て、巣穴を調べることになります。特に変化があるとは……」
「安全装置。頭にセーフティ掛けすぎじゃないか」
何を言われたのかしばらく分からなかった。ところが、朱裁さんはすぐに意味が分かったらしい。
「青丹か。普段ならすぐ頼んでるな」
「あ……」
「昨日からずっと、話が出なかっただろ。忙しいのか? にしては」
「違う違う。音叉が気にするようなことにはなってない」
丹生子さんは朱裁さんの呼び方を戻して、言葉をはっきり遮った。僕は目をそらしておく。丹生子さんの表情を見たくない。
「わたしの超能力についてはしっかり把握してる犯人だ。当然青丹がわたしに甘いことは知っている。透視じゃ届かない巣穴の中に爆弾を入れたのは、わたしから見れば明らかに、青丹に解かせろってシナリオに見えるね。探すのも爆弾を動かすのも念動力があまりに適任だ」
「何のために?」
合いの手のように聞くのは朱裁さんだ。
「そろそろ青丹を引きずり出すためだろ。傾向的にも、残留思念知に剃刀あてがうようなものさ」
「宝石盗難の予告状か」
「あとは透聴覚に音響兵器」
「それは違う」
例えば、残留思念で読まれると分かっている物体を剃刀などで傷つけておく。頭に焼きつくように物体に起きたことを記憶として読み取るサイコメトリーにとって、それを体感するのは痛みはなくとも相当な心理的負担だ。予告状の表面を薄く削ぐようなやり方なら事前に気づかれにくい。この前鹿猪雄王さんが被害に遭った。有効なやり方で、悪意だ。
青丹さんが念動力で爆弾を動かすときは、間違いなく遠隔視聴を同時に使っている。爆弾を追跡する使い方になるかもしれない。そのときに爆弾が大規模な爆発をしたら、感覚をリンクさせている青丹さんに強いショックを与えることができてしまう、のかもしれない。
「……」
「まあ、それはそれとしてだ」
丹生子さんは巣穴の一つに二の腕まで腕を突っこみ、光を放った。
「丹生子さん」
止める間もない。毛の逆立つような悲鳴が聞こえ、いきなりの強光にパニックになった獣の走り回る音がした。隣の巣穴から漏れるような光量だ。揺らぎがある。光を飛ばせるだけ飛ばして、追い回しているらしい。……耐えがたくなったように、何かが飛び出してきた。
「おい……!」
朱裁さんの動きは俊敏だった。こんな乱暴な行動に間に合わなかったのは無理もない。もともと丹生子さんは僕に合図していて、僕がキャッチした。マスクもしておいて良かった、と受け止めてから思う。
「獣!?」
「『爆弾』です。爆発はしません。少なくとも今は絶対に」
「……あ、ああ」
鳴さんのネクロマンシーはそういうものだ。
物語の「霊媒師」は、「占い」「霊感」「降霊」「除霊」などという名目で、死者と交信し、呪殺を防ぎ、あらゆる霊障を起こしたりねじ伏せ、予言までする。
僕らのよく知る超能力で再現するなら、見せかけだけでもどれだけのものを組み合わせなければならないだろう。テレパシー、透視、透聴、念動力、浮遊、光などを操るような特殊な念動。……これでも一部だ。一つ一つは弱くとも、それだけの数の力があれば、霊的現象ではないものごとについても、「霊障」と名づけて好きに解決することができてしまうだろう……。
何が言いたいかというと、鳴さんが超能力で狙いを定めて「守っている」今のトンネル内では、爆弾が動作不良を起こして爆発しなくなる程度の「奇跡」が当たり前になる。昨日の爆弾だってそうだった。
「それでも、投げてくれるな」
当然の要求だ。とはいえ……改めて「爆弾」の状態を確認する。
「……そうか、獣に爆弾を飲みこませたのか」
かなり苦しそうだ。無理に腹に押しこまれたせいか動きが不自然になり、丹生子さんの地道な透視に引っかかったわけだ。
「鳴の奴、占いを外したな。大きめなのは爆弾のサイズじゃなくてこの子だろう。装置自体はかなり小さいじゃないか」
……それは考え方次第だろう。命ごと爆発するというのは、ただ威力の高い爆弾を置かれるより重くも受け取れる。もし本当は青丹さんを狙っていたとするなら、なおさら。
「今は考えるのをやめときな」
爆弾の始末が先だった。
それからしばらくは楽しい作業でもないので割愛する。感染に気をつけながら野生動物の捕獲を無かったことにし、朱裁さんに後のことを全て任せられるまでの状態にするのは楽ではなかった、とだけは言いたい。言いはしない。鐘さんだけは気の毒そうに見ていた。
「では俺はここで」
「じゃ、寒いからわたしも先に入ってる。後よろしく」
朱裁さんが帰るとなるとすぐに、丹生子さんも車に向かってしまった。
「鳴さん、鐘さん、お疲れ様です。お陰さまで、無事に見つかりました」
鳴さんは当然のように頷く。
「お疲れぇーな」
鐘さんは、……普段通りに見える。少しでも鳴さんと話せただろうか?
昨夜、僕は鐘さんにかなりありきたりなことを言った。本心は少し違う。
鳴さんが軽んじられたり距離を置かれるのは、きっと畏れからの反発だ。ネクロマンシーという超能力者的にも異質な超能力のせい。あれは、どうにも高度な超能力の相互作用や、鳴さんにしか御せない強大なものに思えてしまう。知るだけの非超者の僕がそうなのだから、超能力者はなお感じるだろう。本能で同じ超能力者だと分かっているはずの人が、自分たちと全く異なる体系の超能力を使う。恐怖は理解できる。
鳴さんにとって幸運なことに、畏怖という感情は霊媒師向きだ。畏れずに近くにいてくれる付き人で商売仲間もいる。だから鳴さんは、現状に満足しているんじゃないだろうか。
僕が決めつけることではない。言及して暴くことでもなかった。
「……ほんで、翰君なんでまだきょろきょろしはっとん?」
「まだ、出てこないなと」
調査を始める前、山肌の岩を砕いた者のことだ。念動力などを持つ超能力者の攻撃にしても、「霊」の仕業にしても、あの後一切仕掛けてくる様子がなかった。鳴さんが守ってくれていたとしても不気味だ。もう一つ、超能力を拒む不動領域が今回は絡まなかったのが気になる。巣穴の中に本当は不動領域に関する仕掛けがあった可能性はあるけど。
「まあそんな敵おらんしな」
いない?
「まさか、僕たちが中を調べている間に、外で何かありましたか」
「……いや」
鐘さんが口ごもった。嘘だ。二人とも怪我をしていないようには見える。
「ま、でも蹴られたくぁなし、指輪は他の指につけ替えておくが吉。鳴さんのありがた~いお告げや」
「?」
「鳴さん、甘いすよ。俺は外して荷物に入れるか、せいぜい首から下げるかにした方がいいと思う。ご利益は変わらないし」
僕の肩を叩いて、2人は車に向かってしまう。
よく分からない。アドバイス通り、ひとまず指輪を薬指から外す。
「……あ」
不意に、過去に見たものと目の前の光景が思いがけず繋がった。
__________
Next 10/30 15:00
「いやーははは。悪い!」
朱裁さんは抑揚のない笑い声にこめかみを押さえた。朝早くに現場入りするのは慣れている。睡眠不足には見えない。単に丹生子さんの声に気を落としているだけだ。
「本当にすみません」
「いや翰君はもう……もういい」
昨日調べたトンネル付近に、まだ爆弾が残されているので明日朝もう一度調査する。……夜の9時を回ってからそう伝えられた朱裁さんの落胆は想像にあまりある。この事件担当で超能力者の事情を知っている刑事は朱裁さんだけなので、不審がられないように他の人への説明もしてもらった。僕たちは今、どうにか朱裁さんだけの付き添いで現場に来ることができている。
箸十ヶ賀トンネル。昨日も現場検証に付き合って過ごした現地だが、僕以外は気まずさを感じていないらしい。鳴さん、鐘さん、丹生子さん。その間に鳴さんが教えてくれていればスムーズに捜索できただろう。
「それにしても……昨日、鑑識はここで爆弾など見つけなかったようだが」
「難しやろね、丹生子さん無しのノーヒントで狢の穴探るんは」
正しくはニホンアナグマ。あるいは狐や狸が使うこともある。素早くトンネル外の巣穴を振り向いた朱裁さんは固く息を吐いた。
「……この奥に?」
「この奥に。数年もんにゃろ? いくつあるんかなあー」
「……」
アナグマのような動物の巣は、年数が経つほど「増築」されて横穴も増え、複雑化していく。どんな構造になっているかは細かく調べるしかないだろう。超能力者がいなければ。
「安心しーて。鳴さんがおれば百八人力やし」
「当然です」
「わたしもいるぜ。安全装置、鐘みたいに相棒っぽいこと言ってくれ」
「なるべく収拾はつけます……」
爆弾のありかと調査方法については、鳴さんと丹生子さんの意見がぴったり一致した。
「鳴がトンネル内の霊障とかを抑えて、わたしが場所を突きとめる。OK?」
「はーあい。あ、そや。いい子の翰君にはおまじないあげよなあ」
飴でも渡されるように、左手に指輪をはめられた。目立たない紋様が細かく入ったシルバーのリングで、存在感がある。値段はともかく軽くて良質そうだ。ただし目立つ。
「お化け特攻のおまじないや」
「お化け特攻?」
……トンネルから強い風が吹いた。鋭い。大量の枯れ葉が舞って視界を覆う。轟音が背後に響く。
「っ!」
遠くの岩肌が砕けて、欠片が落ちる。離れているから細かい破片に見えるけれど、下に誰かいれば危険なほどの落石だ。幸い、下には道路や人の姿は見えない。
自然現象ではない。
「……今のは『霊障』でしょうか。それとも何かの超能力……」
「お化けお化け。悪いんとーとちゃう。鳴さんらの敵にはならへんはずやき、だいじょーぶよ」
鳴さんはくすりと笑った。余裕。鳴さんがそう言うなら本当に大丈夫なのだろうけど、あまりに警戒心がない。
「さ、入りい」
じゃらり。黒壇とクロモジの数珠が交互に鳴る。輪唱のような呪文が延々と流れる。背後を鳴さんと鐘さんに任せ、丹生子さんと僕、それから朱裁さんで中に入る。念のため全員にエプロンと二の腕までのゴム手袋、マスクを着用してもらう。
「まず前提を確認しよう。つまり、わたしが鳴の心を読んだ内容についてさ」
「出たな」
朱裁さんが呟くのも無理はない。丹生子さんが思いつきで動いているように見えるとき、実はかなりの情報を元に冷静に独断していることは多い。会った関係者全員の思考を全て読めば可能だろう。
「爆弾はトンネル内で鳴の霊感センサーに引っかかったようだから、外部の巣穴はまあ調べなくていい。形はカプセル状で、直径10cm長さ40cmくらい? この前駐車場に投げこまれたのより大きいな。覚えてるだろ、均志」
朱裁さんはギョッとした顔で丹生子さんを見て、「ああ、現物も見た」と答えた。丹生子さんの顔つきから、初めて名前で呼ばれたと分かる。これまでは……僕の前では「音叉」というあだ名を使うことがあった。
「ははは。まあこっちは落としたくらいじゃ爆発しないように保護してあるんだろう。サイズがこのくらいということは、分かるね? 家主は爆弾を押しのけないと巣穴を進めない」
「とすると、獣が直近で通った巣穴の付近には無いか」
「通路なら、です。ニホンアナグマは部屋のような少し広い空間を作ります。そのどこかに落ちている可能性も」
「入口付近だとわたしの透視の範囲内だが、近くをサラッと調べた限りじゃ見えないな。けっこう奥にいるらしい」
風の通りを肌と音で確認してみる。堆積物で自然に、完全に塞がってしまった穴は除外していいだろうか?
「犯人が塞いだ可能性は?」
「新しく掘り返された土の匂いが全くしません。偽装のための重労働を犯人がしたとお思いでしたら調べますが」
「うん除外しよう」
丹生子さんはあっさり引き下がる。
「ところで爆弾の搬入方法も考えてみたか?」
「搬入方法」
「わたしの透視が届かないくらいまでは爆弾が奥に入ってる。巣穴は真っ直ぐでも坂道でもないし、獣が押して運んでくれるのを待つほど暇な犯人じゃないだろう」
僕はシンプルに念動力だと考えていた。先ほど外で岩が砕けたのがどうにも気になる。
「それでもいいが、大福の匂いに釣られた狢の脚に、紐でゆるく爆弾繋げて巣穴に入れるのはどうだ。奴が逃げれば遠くに運んでもらえる。鳥獣保護管理法だか動物愛護法だか違反だな」
そううまくいくだろうか。丹生子さんは話しながらじっと巣穴を見ている。
「……もしや、脚を怪我した獣を探していますか」
「見つかるかもしれない」
「朱裁さん、僕たちはこちらで探しましょう」
機器とファイバースコープを取り出す。いい反応速度で朱裁さんから止められた。
「その機器、いくらだ」
「サラさんからの借り物なので……。相場としてはこのくらいです」
「爆弾が衝撃に強いというのは推測だな」
「そうですね」
「これが壊れたら俺は払えない」
「僕もです」
爆弾がよくとも、穴を通る獣とセンサーがぶつかる可能性もある。他に適当な機器や部隊を持ちこめれば良かったのだけど。
超能力者絡みの案件はたいてい、普通の事件に見せかけて解決できる。ただし犯人の超能力による大きな犠牲や情報漏洩がありえるときは別だ。丹生子さんが独断で先に現場を調べなくとも、鳴さんが爆弾が残っていると素直に言っていても、僕たちだけで動くことになっていたかもしれない。
「丹生子さん。もう少しいい方法は無いのか」
「できるよ。簡単だ。安全装置、わたしらの敵は?」
「『アドベント』です」
「つまりあの気取り屋で、変な謎解きの押しつけが好きで、不十分な手がかりで十分なつもりでいて、超能力者の介入を想定した奴が仕掛け人だ。イレギュラーはわたしが鳴を連れてきたことだろう。それが無ければ、どんなシナリオが想定されていたと思う?」
シナリオ?
「……僕たちは住所を告げられてここに来ました。警察と丹生子さんだけでも、手順を踏めばトンネル内は調べられます。昨日の爆弾を見つけて、もう一つには気づかず満足して引き上げる。昨日の流れに特に変化は起きないかと」
「そうかもな」
あるいは、本気で丹生子さんを殺そうとしていたかもしれない。昨日、丹生子さんがトンネル内に置かれた爆弾を解除する間にもう一つの爆弾を爆発させるつもりだったが、予想外が重なりできなかった。とすれば、爆弾が置かれていた近くの巣穴に隠されているだろうか? 爆発の衝撃が解除者に直撃する位置だろうか。
いや、シナリオは他にもいくらでも考えられる。トンネル自体の崩落を狙っていたとか。可能性が絞れない。
「それで、今日の昼頃あたりに、わたしらを嘲笑う予告がまた届くかもな。まだ爆弾はある。現場に戻ってまた探せ、って」
「想像できます。その予告に大したヒントが無ければ、今のようにまた来て、巣穴を調べることになります。特に変化があるとは……」
「安全装置。頭にセーフティ掛けすぎじゃないか」
何を言われたのかしばらく分からなかった。ところが、朱裁さんはすぐに意味が分かったらしい。
「青丹か。普段ならすぐ頼んでるな」
「あ……」
「昨日からずっと、話が出なかっただろ。忙しいのか? にしては」
「違う違う。音叉が気にするようなことにはなってない」
丹生子さんは朱裁さんの呼び方を戻して、言葉をはっきり遮った。僕は目をそらしておく。丹生子さんの表情を見たくない。
「わたしの超能力についてはしっかり把握してる犯人だ。当然青丹がわたしに甘いことは知っている。透視じゃ届かない巣穴の中に爆弾を入れたのは、わたしから見れば明らかに、青丹に解かせろってシナリオに見えるね。探すのも爆弾を動かすのも念動力があまりに適任だ」
「何のために?」
合いの手のように聞くのは朱裁さんだ。
「そろそろ青丹を引きずり出すためだろ。傾向的にも、残留思念知に剃刀あてがうようなものさ」
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「あとは透聴覚に音響兵器」
「それは違う」
例えば、残留思念で読まれると分かっている物体を剃刀などで傷つけておく。頭に焼きつくように物体に起きたことを記憶として読み取るサイコメトリーにとって、それを体感するのは痛みはなくとも相当な心理的負担だ。予告状の表面を薄く削ぐようなやり方なら事前に気づかれにくい。この前鹿猪雄王さんが被害に遭った。有効なやり方で、悪意だ。
青丹さんが念動力で爆弾を動かすときは、間違いなく遠隔視聴を同時に使っている。爆弾を追跡する使い方になるかもしれない。そのときに爆弾が大規模な爆発をしたら、感覚をリンクさせている青丹さんに強いショックを与えることができてしまう、のかもしれない。
「……」
「まあ、それはそれとしてだ」
丹生子さんは巣穴の一つに二の腕まで腕を突っこみ、光を放った。
「丹生子さん」
止める間もない。毛の逆立つような悲鳴が聞こえ、いきなりの強光にパニックになった獣の走り回る音がした。隣の巣穴から漏れるような光量だ。揺らぎがある。光を飛ばせるだけ飛ばして、追い回しているらしい。……耐えがたくなったように、何かが飛び出してきた。
「おい……!」
朱裁さんの動きは俊敏だった。こんな乱暴な行動に間に合わなかったのは無理もない。もともと丹生子さんは僕に合図していて、僕がキャッチした。マスクもしておいて良かった、と受け止めてから思う。
「獣!?」
「『爆弾』です。爆発はしません。少なくとも今は絶対に」
「……あ、ああ」
鳴さんのネクロマンシーはそういうものだ。
物語の「霊媒師」は、「占い」「霊感」「降霊」「除霊」などという名目で、死者と交信し、呪殺を防ぎ、あらゆる霊障を起こしたりねじ伏せ、予言までする。
僕らのよく知る超能力で再現するなら、見せかけだけでもどれだけのものを組み合わせなければならないだろう。テレパシー、透視、透聴、念動力、浮遊、光などを操るような特殊な念動。……これでも一部だ。一つ一つは弱くとも、それだけの数の力があれば、霊的現象ではないものごとについても、「霊障」と名づけて好きに解決することができてしまうだろう……。
何が言いたいかというと、鳴さんが超能力で狙いを定めて「守っている」今のトンネル内では、爆弾が動作不良を起こして爆発しなくなる程度の「奇跡」が当たり前になる。昨日の爆弾だってそうだった。
「それでも、投げてくれるな」
当然の要求だ。とはいえ……改めて「爆弾」の状態を確認する。
「……そうか、獣に爆弾を飲みこませたのか」
かなり苦しそうだ。無理に腹に押しこまれたせいか動きが不自然になり、丹生子さんの地道な透視に引っかかったわけだ。
「鳴の奴、占いを外したな。大きめなのは爆弾のサイズじゃなくてこの子だろう。装置自体はかなり小さいじゃないか」
……それは考え方次第だろう。命ごと爆発するというのは、ただ威力の高い爆弾を置かれるより重くも受け取れる。もし本当は青丹さんを狙っていたとするなら、なおさら。
「今は考えるのをやめときな」
爆弾の始末が先だった。
それからしばらくは楽しい作業でもないので割愛する。感染に気をつけながら野生動物の捕獲を無かったことにし、朱裁さんに後のことを全て任せられるまでの状態にするのは楽ではなかった、とだけは言いたい。言いはしない。鐘さんだけは気の毒そうに見ていた。
「では俺はここで」
「じゃ、寒いからわたしも先に入ってる。後よろしく」
朱裁さんが帰るとなるとすぐに、丹生子さんも車に向かってしまった。
「鳴さん、鐘さん、お疲れ様です。お陰さまで、無事に見つかりました」
鳴さんは当然のように頷く。
「お疲れぇーな」
鐘さんは、……普段通りに見える。少しでも鳴さんと話せただろうか?
昨夜、僕は鐘さんにかなりありきたりなことを言った。本心は少し違う。
鳴さんが軽んじられたり距離を置かれるのは、きっと畏れからの反発だ。ネクロマンシーという超能力者的にも異質な超能力のせい。あれは、どうにも高度な超能力の相互作用や、鳴さんにしか御せない強大なものに思えてしまう。知るだけの非超者の僕がそうなのだから、超能力者はなお感じるだろう。本能で同じ超能力者だと分かっているはずの人が、自分たちと全く異なる体系の超能力を使う。恐怖は理解できる。
鳴さんにとって幸運なことに、畏怖という感情は霊媒師向きだ。畏れずに近くにいてくれる付き人で商売仲間もいる。だから鳴さんは、現状に満足しているんじゃないだろうか。
僕が決めつけることではない。言及して暴くことでもなかった。
「……ほんで、翰君なんでまだきょろきょろしはっとん?」
「まだ、出てこないなと」
調査を始める前、山肌の岩を砕いた者のことだ。念動力などを持つ超能力者の攻撃にしても、「霊」の仕業にしても、あの後一切仕掛けてくる様子がなかった。鳴さんが守ってくれていたとしても不気味だ。もう一つ、超能力を拒む不動領域が今回は絡まなかったのが気になる。巣穴の中に本当は不動領域に関する仕掛けがあった可能性はあるけど。
「まあそんな敵おらんしな」
いない?
「まさか、僕たちが中を調べている間に、外で何かありましたか」
「……いや」
鐘さんが口ごもった。嘘だ。二人とも怪我をしていないようには見える。
「ま、でも蹴られたくぁなし、指輪は他の指につけ替えておくが吉。鳴さんのありがた~いお告げや」
「?」
「鳴さん、甘いすよ。俺は外して荷物に入れるか、せいぜい首から下げるかにした方がいいと思う。ご利益は変わらないし」
僕の肩を叩いて、2人は車に向かってしまう。
よく分からない。アドバイス通り、ひとまず指輪を薬指から外す。
「……あ」
不意に、過去に見たものと目の前の光景が思いがけず繋がった。
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