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6と7と嘘か臆病か
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「お疲れ安全装置、そしてお疲れ丹生子さん。昨日から疲れたな」
丹生子さんはおどけて言った。控室のソファーに脚を投げ出し、デカフェのアイスティーをあっという間に飲み干した。僕たちは6つ目、そして7つ目の「アドベント」……ピアノに仕掛けられた爆発物を、延々と指定された曲を弾き続けることで無力化し、取り除いたばかりだ。
間違えたら終わりというほど厳しいものではなく、ミスしても曲の最初から弾き直せばよかった。時間的猶予もかなり多め。ただしとにかく曲数が多かった。絶対に1日では弾ききれない量の楽譜は、2組に分けられ、異なるコンセプトの「演奏会」がプログラムされていた。
何よりきつかったのは、丹生子さんと僕で交代したり連弾する間ずっと、爆発物のせいで音が狂ったピアノを聞き続けたことだ。
爆発物処理班に任せるべきだと何度言いかけただろう。ピアノにアンティークとしての価値がついていなかったら。または、もう少し爆発物の配置に価値ある骨董品への配慮があれば。そしてあるいは、爆発物処理班の中にもう1人くらいピアノに自信のある人がいれば。控え室に二人になったとたん、丹生子さんがきらきらしく姿勢を崩すのも無理はない。……?
「……なぜ光を流しているのでしょうか」
「美人が気だるげに腰掛けたんだから、きらきらと魅力的に見えるに決まっているだろう」
読心に透視という強力な受け手の超能力と比べて、丹生子さんから発される力は光を小さく操るだけのものだ。それを丹生子さんは実に巧みに使いこなしている。ささやかな光で肌を明るく見せ、何か思いついたのか宙に光のメモを書き、棚の下に転がしてしまったコインを見つけるのに光を飛ばして……
「なぜコインを?」
ネクタイピンを重りにしたハンカチを滑らせてコインを取り出し、返す。普通の流通硬貨だ。不自然な重みの偏りや材質の違いは感じない。
「色々考えてたのさ。うん、なぜ奴は幸運数をよく使うのか。よほど気に入ったか、考えるのが面倒だったかの二択みたいなもんだろ」
二択ならたぶん前者だ。
その疑問については僕も演奏中考えていた。指定された楽譜の並びは、明らかに1曲目、3曲目、7……幸運数目だけ難易度が高かった。よほど意識させたいらしい。
「何が気に入ったんだか。数学が好きでもないのにさ」
「言いきれますか?」
「2つ目の爆弾だよ。確率……つまり場合の数と、ボタンの数とかを、全部同じに扱ってて気持ち悪くないっていうのは数字的にテキトー過ぎる。確率1/9は9とみなすけど、7個のボタンは押し方の確率じゃなくてボタンの数そのままとかさ。数学が好きなら全部確率問題のコード切りでいいじゃないか。文字並べ替えパズルに至っては意図不明だ。そのまま書いとけ」
「ああ……」
思い出してしまう。「TRUTH」。あのメッセージについて僕は何も聞かされていない。必要もないのに知ろうとは思わないけど。もう一度繰り返す、無理に聞きたいわけではない。
「ははは。そんなに念を押さなくても聴こえてる」
丹生子さんは人の心を読む超能力者。いつ読心を発動しているかは本人しか知らない。これまでの短い付き合いだけ振り返ると、常に心を読まれていると思うべきだ。
「僕はあくまで青丹さんの付き人です。必要だと判断された情報だけ伝えてください」
「それで言葉尻から情報を奪うんだろ?」
……先日、刑事の朱裁さんから事件の話を聞いている間、ずっと丹生子さんが楽しそうにしていたのを思い出す。悪いことをしたつもりはない。
「いや、責めたかったんじゃない。つまり、うん……安全装置。青丹が好きなアイスは?」
「フルーツと紅茶です。舌触りが滑らかなものを好みます」
「お前が先週作ったアイスは?」
「……林檎を中心にフルーツのシャーベットを仕立ててアールグレイソースを添えました。ジンジャークッキーと合わせます」
「今週は?」
「……今日、青果店で見繕おうかと」
「な? わたしはお前に適当に質問しただけだが、お前は何か私生活を見透かされたように感じる」
しっくりはこない。知っている弟と僕のことだからこんな質問になったのだろう。心も読める。
「普通に話しただけで漏れる情報ってあるだろ。お前に限らず、人に話す内容は考えろってモノリスからずっと言われててね」
「モノリスさん」
モノリス・ユーミス。超能力者連合トップの予知能力者。
「……まだこちらに滞在されているんですか?」
「んーノーコメント。とにかく、話せること全部話すと余計なことまで伝わる気がするわけだ。そこで安全装置。『嘘か臆病か』ゲームをしよう」
実のところ、逆さまに見えていた。丹生子さんが光の筋で文字を宙に書いていたので。
「まず『真実か挑戦か』という遊びを知っているか、お前」
「はい」
たいていトランプなどの軽いゲームと組み合わせる、大人の遊びだ。ゲームで負けた者は「真実」か「挑戦」を選ばなければならない。質問に正直に答えるか、指示された挑戦を実行するか。スリリングな2択の罰ゲームだ。
「わたしとお前はこれをやるほど仲良くないから、代わりに嘘臆をやる」
「それは知りません」
「ルールはえーと、うん、負けた方が嘘か臆病を明かしていこう。思いきって相手の質問に嘘を答えるか、ビビって正直に怖いものを吐くか」
いかにも思いつきだ。
……親しさに限らず、「真実か挑戦か」をしても丹生子さんは楽しくないだろう。人は、質問を投げかけられた時点で、心の中で答えを考えてしまう。だから変則的なものを試したいのかもしれない。
一方で、このゲーム中に漏れる情報があれば拾っても構わないと匂わせている。……何も聞く気はないけど。
「成立するでしょうか」
「お互いの協力があれば?」
返す言葉がない。
「じゃあ、ゲームはコインを投げて裏か表かだ。表ならわたしが勝ち、裏ならお前が勝ち」
丹生子さんがコインを取り出した理由だ。
「ではコイン投げをお願いします」
僕が投げると、好きな方を出せるので勝負にならない。
「わたしだって多少はコインの裏表を操作……ああそういうこと。オーケー」
僕と違い、丹生子さんには、この遊びを成立させたいという動機がある。丹生子さんなら「お互いの協力」のために公平にコインを投げるだろうと期待できる。
……1投目。
「いくよ」
裏が出た。丹生子さんの負けだ。
「さて……どうしようかな。最初だから『臆病』といこう。わたしは結婚ってやつが一番気が重い。苦手だ。相手もいないし、早く結婚しろと言われるのが億劫すぎる」
特に反応を待たずにコイントス。2。次は表が出た。
「……『臆病』にします。僕はハウスキーパーをしている時、家にどなたかいるとご連絡を受けていたのに無人だったという状況が苦手です」
「それは臆病か?」
口に出しては答えない。言いづらいことも思えば伝わるというのは楽だ。
「……ああ、なるほど」
丹生子さんは納得して3投目をした。裏。
「うーん……もう一つ『臆病』。青丹が危険な目に合いそうなことはなるべくしたくない、そうわたしは考えているわけだが、それは青丹も同じらしくてね」
「そうでしょう」
「わたしは青丹が面倒や危険にぶつかるのが嫌で積極的に探偵業をしている。青丹からすると、わたしが危険に突っこんでいくわけだ。行くなとぐずられると言い訳に困ってしまってね。それがわたしを臆病にすることがある」
「……言ってしまって問題ありませんか?」
青丹さんの生活サイクルは最近完璧に整っている。夕方に寝ているとは思えない。つまり、今も丹生子さんにサイキックの遠隔視聴を使い続けている。人を追跡しながら周囲の様子を常に視聴きできる超能力だ。
「今更だ。お前は線を引きたがるだろうがね、安全装置。お前とわたしがいれば青丹と三人で会っているのと同じことだよ」
「……」
「続けよう。次は……表か。どうする」
「では『嘘』で」
臆病がもう思いつかない。
「ではわたしから嘘で答える質問だ。『お前の家族きょうだいの中で最も仲が良いのは誰だ?』」
「はい?」
「質問は以上だよ」
意図が読めない。
「お前は嘘を答えるだけだ。回答は?」
「……『兄』、になるかと」
双子の。僕は表現的には次男だ。
「うん」
反応はそれだけ。丹生子さんはあっさりと話を流した。5投目。裏。
「それじゃわたしも『嘘』を選ぼう。質問はあるか?」
「今朝焼いたケーキがお気に召したようで、青丹さんが、丹生子さんにも食べてほしいと言っていました。『明日の晩、青丹さんの家で夕食とケーキを召し上がりませんか? アイスも付きます』」
「わお、それは『お断りだ』」
丹生子さんだって驚くことはある。
6投目、表。僕だ。
「うーん……じゃあ、『ピアノはいつ誰に習った?』」
「……『ハウスキーパーに就業前の就業教育期間に。ピアノ教室でです』」
どんな嘘を言っても心を読まれるならブラフを掛ける意味がない。
7投目、裏。丹生子さん。
「……『ピアノはどなたに習いましたか』」
「『ハワイで親父に』。こら、そんな露骨に言いたかっただけだろって顔をするな」
8投目。表。
「『正直青丹のストーカー気質のことどう思ってる?』」
「その言い方は……」
「さっきも気にしてたろ」
「……『同意を得ていても今すぐやめるべきだと思います』」
……9投目。表。
「よし。『結婚相手に最も選びたいのは誰?』」
「『丹生子さんです』」
……このとき、少しだけ、僕は苛立っていた。読心で分かっているのに意地の悪い質問を続ける丹生子さんに、そして、僕の答えを聞いて楽しそうに笑いを噴き出すのにも。初めて聞く抑揚たっぷりの笑い声だ。
「くっ……ははは、はははっ。……いやすまん、つい、二日間ピアノ漬けでも平気そうだから、いつまでポーカーフェイスのままでいられるか試してやろうと思ったら、はははっ……強情だなお前……」
「お褒めいただき光栄です」
「いや、はははっ……いやいや本当に大したやつだよ……」
丹生子さんが人の心を読むことを、もう少し深く考えるべきだった。内心も含めて感じ取る人から仕掛けられるコミュニケーションでは、建前というものの価値がゼロになる。
「心を読んでくるやつと付き合ってくれる好漢は見分けやすいな」
さぞ多いだろう。
「そんなことはないが」
「『嘘か臆病か』ゲームを最後まで穏やかに終えられる方は少ないかもしれません」
「悪い、悪かったって。詫びにもう一つ、わたしの『臆病』を吐いておこう」
丹生子さんは席を立った。
「わたしはカフェインで酔う体質でね。まあ別に酔ったっていいんだが、無様な姿を晒すのが怖いんだ。お前の美味いデカフェにはいつも助かってる」
他には何も言わずに部屋を出ていった。僕は思わず、……何も丹生子さんに言うことがないので、青丹さんに話しかけてしまう。
「忘れてください……」
少なくとも青丹さんは心を読めない。
「ただ今戻りました。遅くなりました」
青丹さんの家に戻るのに、交通トラブルなどに遭い、手間取ってしまった。上着を脱ぐ。靴をもう一度拭く。髪を払う。丹生子さんから一件、メールが届く。
『安全装置、お前大丈夫だったか?』
とだけ。『大丈夫です』とだけ返す。手を洗う。うがいを済ませる。ニュースキャスターと青丹さんの鳴き声のような曖昧な出迎えの声を通り抜けて、帰りに買ったアイスを冷凍庫に入れる。
気が重い。
「ニューコは」
「お元気そうでした」
「そう」
僕は夕食の仕込みを始めた。
「……ごちそうさま」
「お粗末様です」
青丹さんが食後に手を合わせてくれるようになったのを、僕は何ヶ月経っても誇らしく思う。デザートのアイスのカップを食器と一緒に片づける。
気が進まない。
「青丹さん。……今日、僕のことを視ていましたか」
付き人心得。青丹さんは意味がないと感じる話を好まないだけで、干渉や質問を嫌がるのではない。見分けは非常に難しい。
「……どういう意味」
「今日、僕は丹生子さんに、帰りに青果店に寄り、果物からアイスを作る予定だと話しました。……実際には途中でトラブルがあり、青果店に寄る余裕がなくなってしまいました。代替品が市販のアイスです」
青丹さんは、僕が市販のアイスを持ち帰り、器に盛りもせずカップのまま出しても、何も聞かなかった。そもそも帰宅時間が遅れて、その説明を僕はしなかった。それでもだ。
知っていたからだ。たとえば、……丹生子さんにするのと同じように、僕のことを遠隔視聴の超能力で追跡していたから、経緯を知っていた。丹生子さん曰く「ストーカー」。
「……電車の遅延情報」
もっともだ。出かける先は伝えていたし、寄る青果店は家計簿を見れば推測できる。目的地に向かう電車が遅延し、そこ以外では買い物をして帰れない、と判断するのは難しくとも不可能ではない。
「丹生子さんはニュースを知って連絡をくれました。それもご存知だと思いますが」
目を逸らされた。
電車内のことを知っていると思われたくないために、遅延のことだけ知っている風に言ってしまうのは、個人的には理解できる感情だ。
電車遅延の原因は、痴漢騒ぎが発生していたからだ。最終的に刃物が出てきたので、別の名前で報じられただろう。この派手なニュースを避けて遅延報道だけ見るのは困難だろうし、丹生子さんがニュースを見れば当然、青丹さんも知る。
僕が靴に唾を吐かれた程度で済んだことまで、詳しく報じるわけもない。青丹さんは、事件のあった電車に乗り合わせて大丈夫だったかと声をかけてくれる程度には、僕と親しくしてくれているはずだ。自惚れでなければ。
青丹さんは、じっと黙っていた。エプロンの裾を掴まれる。
「……怒ってる……」
「はい?」
怒っている、のだろうか。いきなり雇い主に監視されていたと知って、どんな感情でいればいいのか分からない。
「……呼び方」
「あ」
先ほど、つい「青丹さん」と呼びかけたからだろうか。
「それは、あの、怒っていたからではありません」
「怒ってない……?」
「はい。驚いただけ、で……」
まずい言い方をした。青丹さんはすっかり許された顔をしている。
「あの、青丹。怒……りませんが、今後……」
丹生子さんからもう一件メールが入った。胸騒ぎがして画面を見る。
『お前心広いな。引き続き青丹を頼むよ』
僕は言葉を失う。
丹生子さんのメールは、電車の件ではなく、青丹さんのことだった?
丹生子さんは知っていた? 今日露見することまで読んでいた?
今日の丹生子さんとの「嘘か臆病か」。あれは、僕へのヒントと気遣いだったんだろうか。青丹さんに意思を伝えるチャンス。それを僕は、他人事だと思って無駄にした?
「その……青丹……」
家にいる間は視ないでください。せめてプライベートタイムを設けましょう。視られたくないときは近くに目印を置きます。思いついた要望の無力さに僕は頭を抱える。……読心と同じで、遠隔視聴も自己申告でしか気づけないし、拒めない。不動領域の中にでもいなければ。
__________
Next 10/24 15:00
丹生子さんはおどけて言った。控室のソファーに脚を投げ出し、デカフェのアイスティーをあっという間に飲み干した。僕たちは6つ目、そして7つ目の「アドベント」……ピアノに仕掛けられた爆発物を、延々と指定された曲を弾き続けることで無力化し、取り除いたばかりだ。
間違えたら終わりというほど厳しいものではなく、ミスしても曲の最初から弾き直せばよかった。時間的猶予もかなり多め。ただしとにかく曲数が多かった。絶対に1日では弾ききれない量の楽譜は、2組に分けられ、異なるコンセプトの「演奏会」がプログラムされていた。
何よりきつかったのは、丹生子さんと僕で交代したり連弾する間ずっと、爆発物のせいで音が狂ったピアノを聞き続けたことだ。
爆発物処理班に任せるべきだと何度言いかけただろう。ピアノにアンティークとしての価値がついていなかったら。または、もう少し爆発物の配置に価値ある骨董品への配慮があれば。そしてあるいは、爆発物処理班の中にもう1人くらいピアノに自信のある人がいれば。控え室に二人になったとたん、丹生子さんがきらきらしく姿勢を崩すのも無理はない。……?
「……なぜ光を流しているのでしょうか」
「美人が気だるげに腰掛けたんだから、きらきらと魅力的に見えるに決まっているだろう」
読心に透視という強力な受け手の超能力と比べて、丹生子さんから発される力は光を小さく操るだけのものだ。それを丹生子さんは実に巧みに使いこなしている。ささやかな光で肌を明るく見せ、何か思いついたのか宙に光のメモを書き、棚の下に転がしてしまったコインを見つけるのに光を飛ばして……
「なぜコインを?」
ネクタイピンを重りにしたハンカチを滑らせてコインを取り出し、返す。普通の流通硬貨だ。不自然な重みの偏りや材質の違いは感じない。
「色々考えてたのさ。うん、なぜ奴は幸運数をよく使うのか。よほど気に入ったか、考えるのが面倒だったかの二択みたいなもんだろ」
二択ならたぶん前者だ。
その疑問については僕も演奏中考えていた。指定された楽譜の並びは、明らかに1曲目、3曲目、7……幸運数目だけ難易度が高かった。よほど意識させたいらしい。
「何が気に入ったんだか。数学が好きでもないのにさ」
「言いきれますか?」
「2つ目の爆弾だよ。確率……つまり場合の数と、ボタンの数とかを、全部同じに扱ってて気持ち悪くないっていうのは数字的にテキトー過ぎる。確率1/9は9とみなすけど、7個のボタンは押し方の確率じゃなくてボタンの数そのままとかさ。数学が好きなら全部確率問題のコード切りでいいじゃないか。文字並べ替えパズルに至っては意図不明だ。そのまま書いとけ」
「ああ……」
思い出してしまう。「TRUTH」。あのメッセージについて僕は何も聞かされていない。必要もないのに知ろうとは思わないけど。もう一度繰り返す、無理に聞きたいわけではない。
「ははは。そんなに念を押さなくても聴こえてる」
丹生子さんは人の心を読む超能力者。いつ読心を発動しているかは本人しか知らない。これまでの短い付き合いだけ振り返ると、常に心を読まれていると思うべきだ。
「僕はあくまで青丹さんの付き人です。必要だと判断された情報だけ伝えてください」
「それで言葉尻から情報を奪うんだろ?」
……先日、刑事の朱裁さんから事件の話を聞いている間、ずっと丹生子さんが楽しそうにしていたのを思い出す。悪いことをしたつもりはない。
「いや、責めたかったんじゃない。つまり、うん……安全装置。青丹が好きなアイスは?」
「フルーツと紅茶です。舌触りが滑らかなものを好みます」
「お前が先週作ったアイスは?」
「……林檎を中心にフルーツのシャーベットを仕立ててアールグレイソースを添えました。ジンジャークッキーと合わせます」
「今週は?」
「……今日、青果店で見繕おうかと」
「な? わたしはお前に適当に質問しただけだが、お前は何か私生活を見透かされたように感じる」
しっくりはこない。知っている弟と僕のことだからこんな質問になったのだろう。心も読める。
「普通に話しただけで漏れる情報ってあるだろ。お前に限らず、人に話す内容は考えろってモノリスからずっと言われててね」
「モノリスさん」
モノリス・ユーミス。超能力者連合トップの予知能力者。
「……まだこちらに滞在されているんですか?」
「んーノーコメント。とにかく、話せること全部話すと余計なことまで伝わる気がするわけだ。そこで安全装置。『嘘か臆病か』ゲームをしよう」
実のところ、逆さまに見えていた。丹生子さんが光の筋で文字を宙に書いていたので。
「まず『真実か挑戦か』という遊びを知っているか、お前」
「はい」
たいていトランプなどの軽いゲームと組み合わせる、大人の遊びだ。ゲームで負けた者は「真実」か「挑戦」を選ばなければならない。質問に正直に答えるか、指示された挑戦を実行するか。スリリングな2択の罰ゲームだ。
「わたしとお前はこれをやるほど仲良くないから、代わりに嘘臆をやる」
「それは知りません」
「ルールはえーと、うん、負けた方が嘘か臆病を明かしていこう。思いきって相手の質問に嘘を答えるか、ビビって正直に怖いものを吐くか」
いかにも思いつきだ。
……親しさに限らず、「真実か挑戦か」をしても丹生子さんは楽しくないだろう。人は、質問を投げかけられた時点で、心の中で答えを考えてしまう。だから変則的なものを試したいのかもしれない。
一方で、このゲーム中に漏れる情報があれば拾っても構わないと匂わせている。……何も聞く気はないけど。
「成立するでしょうか」
「お互いの協力があれば?」
返す言葉がない。
「じゃあ、ゲームはコインを投げて裏か表かだ。表ならわたしが勝ち、裏ならお前が勝ち」
丹生子さんがコインを取り出した理由だ。
「ではコイン投げをお願いします」
僕が投げると、好きな方を出せるので勝負にならない。
「わたしだって多少はコインの裏表を操作……ああそういうこと。オーケー」
僕と違い、丹生子さんには、この遊びを成立させたいという動機がある。丹生子さんなら「お互いの協力」のために公平にコインを投げるだろうと期待できる。
……1投目。
「いくよ」
裏が出た。丹生子さんの負けだ。
「さて……どうしようかな。最初だから『臆病』といこう。わたしは結婚ってやつが一番気が重い。苦手だ。相手もいないし、早く結婚しろと言われるのが億劫すぎる」
特に反応を待たずにコイントス。2。次は表が出た。
「……『臆病』にします。僕はハウスキーパーをしている時、家にどなたかいるとご連絡を受けていたのに無人だったという状況が苦手です」
「それは臆病か?」
口に出しては答えない。言いづらいことも思えば伝わるというのは楽だ。
「……ああ、なるほど」
丹生子さんは納得して3投目をした。裏。
「うーん……もう一つ『臆病』。青丹が危険な目に合いそうなことはなるべくしたくない、そうわたしは考えているわけだが、それは青丹も同じらしくてね」
「そうでしょう」
「わたしは青丹が面倒や危険にぶつかるのが嫌で積極的に探偵業をしている。青丹からすると、わたしが危険に突っこんでいくわけだ。行くなとぐずられると言い訳に困ってしまってね。それがわたしを臆病にすることがある」
「……言ってしまって問題ありませんか?」
青丹さんの生活サイクルは最近完璧に整っている。夕方に寝ているとは思えない。つまり、今も丹生子さんにサイキックの遠隔視聴を使い続けている。人を追跡しながら周囲の様子を常に視聴きできる超能力だ。
「今更だ。お前は線を引きたがるだろうがね、安全装置。お前とわたしがいれば青丹と三人で会っているのと同じことだよ」
「……」
「続けよう。次は……表か。どうする」
「では『嘘』で」
臆病がもう思いつかない。
「ではわたしから嘘で答える質問だ。『お前の家族きょうだいの中で最も仲が良いのは誰だ?』」
「はい?」
「質問は以上だよ」
意図が読めない。
「お前は嘘を答えるだけだ。回答は?」
「……『兄』、になるかと」
双子の。僕は表現的には次男だ。
「うん」
反応はそれだけ。丹生子さんはあっさりと話を流した。5投目。裏。
「それじゃわたしも『嘘』を選ぼう。質問はあるか?」
「今朝焼いたケーキがお気に召したようで、青丹さんが、丹生子さんにも食べてほしいと言っていました。『明日の晩、青丹さんの家で夕食とケーキを召し上がりませんか? アイスも付きます』」
「わお、それは『お断りだ』」
丹生子さんだって驚くことはある。
6投目、表。僕だ。
「うーん……じゃあ、『ピアノはいつ誰に習った?』」
「……『ハウスキーパーに就業前の就業教育期間に。ピアノ教室でです』」
どんな嘘を言っても心を読まれるならブラフを掛ける意味がない。
7投目、裏。丹生子さん。
「……『ピアノはどなたに習いましたか』」
「『ハワイで親父に』。こら、そんな露骨に言いたかっただけだろって顔をするな」
8投目。表。
「『正直青丹のストーカー気質のことどう思ってる?』」
「その言い方は……」
「さっきも気にしてたろ」
「……『同意を得ていても今すぐやめるべきだと思います』」
……9投目。表。
「よし。『結婚相手に最も選びたいのは誰?』」
「『丹生子さんです』」
……このとき、少しだけ、僕は苛立っていた。読心で分かっているのに意地の悪い質問を続ける丹生子さんに、そして、僕の答えを聞いて楽しそうに笑いを噴き出すのにも。初めて聞く抑揚たっぷりの笑い声だ。
「くっ……ははは、はははっ。……いやすまん、つい、二日間ピアノ漬けでも平気そうだから、いつまでポーカーフェイスのままでいられるか試してやろうと思ったら、はははっ……強情だなお前……」
「お褒めいただき光栄です」
「いや、はははっ……いやいや本当に大したやつだよ……」
丹生子さんが人の心を読むことを、もう少し深く考えるべきだった。内心も含めて感じ取る人から仕掛けられるコミュニケーションでは、建前というものの価値がゼロになる。
「心を読んでくるやつと付き合ってくれる好漢は見分けやすいな」
さぞ多いだろう。
「そんなことはないが」
「『嘘か臆病か』ゲームを最後まで穏やかに終えられる方は少ないかもしれません」
「悪い、悪かったって。詫びにもう一つ、わたしの『臆病』を吐いておこう」
丹生子さんは席を立った。
「わたしはカフェインで酔う体質でね。まあ別に酔ったっていいんだが、無様な姿を晒すのが怖いんだ。お前の美味いデカフェにはいつも助かってる」
他には何も言わずに部屋を出ていった。僕は思わず、……何も丹生子さんに言うことがないので、青丹さんに話しかけてしまう。
「忘れてください……」
少なくとも青丹さんは心を読めない。
「ただ今戻りました。遅くなりました」
青丹さんの家に戻るのに、交通トラブルなどに遭い、手間取ってしまった。上着を脱ぐ。靴をもう一度拭く。髪を払う。丹生子さんから一件、メールが届く。
『安全装置、お前大丈夫だったか?』
とだけ。『大丈夫です』とだけ返す。手を洗う。うがいを済ませる。ニュースキャスターと青丹さんの鳴き声のような曖昧な出迎えの声を通り抜けて、帰りに買ったアイスを冷凍庫に入れる。
気が重い。
「ニューコは」
「お元気そうでした」
「そう」
僕は夕食の仕込みを始めた。
「……ごちそうさま」
「お粗末様です」
青丹さんが食後に手を合わせてくれるようになったのを、僕は何ヶ月経っても誇らしく思う。デザートのアイスのカップを食器と一緒に片づける。
気が進まない。
「青丹さん。……今日、僕のことを視ていましたか」
付き人心得。青丹さんは意味がないと感じる話を好まないだけで、干渉や質問を嫌がるのではない。見分けは非常に難しい。
「……どういう意味」
「今日、僕は丹生子さんに、帰りに青果店に寄り、果物からアイスを作る予定だと話しました。……実際には途中でトラブルがあり、青果店に寄る余裕がなくなってしまいました。代替品が市販のアイスです」
青丹さんは、僕が市販のアイスを持ち帰り、器に盛りもせずカップのまま出しても、何も聞かなかった。そもそも帰宅時間が遅れて、その説明を僕はしなかった。それでもだ。
知っていたからだ。たとえば、……丹生子さんにするのと同じように、僕のことを遠隔視聴の超能力で追跡していたから、経緯を知っていた。丹生子さん曰く「ストーカー」。
「……電車の遅延情報」
もっともだ。出かける先は伝えていたし、寄る青果店は家計簿を見れば推測できる。目的地に向かう電車が遅延し、そこ以外では買い物をして帰れない、と判断するのは難しくとも不可能ではない。
「丹生子さんはニュースを知って連絡をくれました。それもご存知だと思いますが」
目を逸らされた。
電車内のことを知っていると思われたくないために、遅延のことだけ知っている風に言ってしまうのは、個人的には理解できる感情だ。
電車遅延の原因は、痴漢騒ぎが発生していたからだ。最終的に刃物が出てきたので、別の名前で報じられただろう。この派手なニュースを避けて遅延報道だけ見るのは困難だろうし、丹生子さんがニュースを見れば当然、青丹さんも知る。
僕が靴に唾を吐かれた程度で済んだことまで、詳しく報じるわけもない。青丹さんは、事件のあった電車に乗り合わせて大丈夫だったかと声をかけてくれる程度には、僕と親しくしてくれているはずだ。自惚れでなければ。
青丹さんは、じっと黙っていた。エプロンの裾を掴まれる。
「……怒ってる……」
「はい?」
怒っている、のだろうか。いきなり雇い主に監視されていたと知って、どんな感情でいればいいのか分からない。
「……呼び方」
「あ」
先ほど、つい「青丹さん」と呼びかけたからだろうか。
「それは、あの、怒っていたからではありません」
「怒ってない……?」
「はい。驚いただけ、で……」
まずい言い方をした。青丹さんはすっかり許された顔をしている。
「あの、青丹。怒……りませんが、今後……」
丹生子さんからもう一件メールが入った。胸騒ぎがして画面を見る。
『お前心広いな。引き続き青丹を頼むよ』
僕は言葉を失う。
丹生子さんのメールは、電車の件ではなく、青丹さんのことだった?
丹生子さんは知っていた? 今日露見することまで読んでいた?
今日の丹生子さんとの「嘘か臆病か」。あれは、僕へのヒントと気遣いだったんだろうか。青丹さんに意思を伝えるチャンス。それを僕は、他人事だと思って無駄にした?
「その……青丹……」
家にいる間は視ないでください。せめてプライベートタイムを設けましょう。視られたくないときは近くに目印を置きます。思いついた要望の無力さに僕は頭を抱える。……読心と同じで、遠隔視聴も自己申告でしか気づけないし、拒めない。不動領域の中にでもいなければ。
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