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14とキューピッド
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「……到着しました。かなり寒くなってきているのでご注意ください」
首まで着こんだコートを確認して車のドアを開ける。僕たちより先に着いていたパトカーの脇から朱裁さんと、もう一人早足の刑事さんが出てきた。
「あー、あなたが切添丹生子先生ですか? こちらへどうぞ」
「切添です」
「や、これはすみません」
……超能力者のことを何も知らない人だ。二人で外回り中のところアドベントの話を聞いてそのまま直行することになったとかで、置いてこれなかったとメッセージが届いている。
「今回も捜査協力感謝します」
早口で言う朱裁さんは少し気まずそうだ。僕は会釈だけして、丹生子さんを付き人のいる身分の先生らしく見せるのに注力することにする。そのために仰々しいコートにもしてきた。丹生子さんもうまく、犯罪心理学のプロを演じてくれている。……実際、この事件に関しては丹生子さんが一番のプロだ。
「ええと、最初に到着した警察官の話ではこの……建物の中に、ありそうだと」
荒れ果てた建物を全員で見る。
「こんな『山の中にぽつんと建ってる寂れた神社』みたいになってることあるんだな」
丹生子さんが最初に口に出しただけだ。寂れているのはとある放棄された宗教施設。教会に似たデザインをしているが蔦に覆われて全体像もよく見えない。ただし、正面の入り口は切り払われていた。人が出入りした痕跡だ。
……下調べで知っていたけど、建物にあるステンドグラスの意匠を見れば明らかに分かる。殺人事件のあった、そして大窓のステンドグラスが割られたあの建物と同じ宗教団体が建てたものだ。
「朱裁、この団体のことは調べてるんだろう?」
「勿論だ。一時期ずいぶん流行ったんだが、経営難で十数年前に潰れた教団の使用していた建物跡地。先月から幾つも事件が起きているのは当然把握している。教団に恨みを持つ者の線を追っているが」
「プロファイリング的には疑問が残るが、その話は後かな」
丹生子さんは話を流した。実際には逆かもしれない。元教団員から「アドベント」が施設を提供されているとか。おまけに、建物内に不動領域があるか内見さえしている可能性もある。朱裁さんも本当はさまざまな可能性を調べているはずだ。
ともかく建物の入口から中を確認する。ドアに連動した細いワイヤーがあるけど、……気をつければ抜けられる程度のゆとりがある。身体の大きい朱裁さんでも通れてしまう。何というか。
「侵入者対策にトラップを仕掛けたが、自分たちも通るから簡単に抜けられるようにした、か」
朱裁さんはワイヤートラップを引き抜いた。ワイヤーを引くと作動する簡単な仕掛けで、小型爆弾に繋がっている。このくらいの量だと最初に扉を大きく開け放った人を狙って痛めつける用だろうか……。
「私たち慣れてますので、お二人は後から」
もう一人の刑事さんも慣れた手つきで爆弾を無力化する。朱裁さんが爆弾絡みの案件でこの人を置いてこれなかった経緯が想像できた。
丹生子さんが僕に目くばせ。内部はすっかり不動領域……超能力の及ばない空間だ。丹生子さんの透視は利かず、青丹さんの遠隔視聴や念動力も届かず、そして犯人がこの場に何か仕掛けるのにも超能力は使えない。……それはつまり、非超者のプロが通用する現場ということになる。二人に任せられる。
僕らを入口フロアに押しとどめ、二人は両開きの扉の奥を探る。
「朱裁、人は?」
「……いない、な」
「よし」
朱裁さんも耳がいい。頼りにされているのだろう。
……そういえば、「アドベント」が超能力者による超能力者連合への何か恨み憎しみの犯行と考えたとき、朱裁さんのような超能力者の親族は狙いの対象に入りうるだろうか。朱裁は透聴の超能力者の苗字として有名だったし、丹生子さんよりもはるかに「狙いやすい」対象だ。残留思念知のエスパーのように特定の血族に発生しやすくなるタイプの超能力もある。
「こちらに。念のため私の後ろだけ歩くようにお願いします」
意識を現場に戻す。聖堂めいたフロアが開かれたところだった。ここはまさに結婚式で用いられるような造りの礼拝施設だ。キリスト系でもないのに十字架を平然と置いているところなども、宗教のやり口を思わせてぞっとしない。丹生子さんの方を見る。済ました顔のまま前を向いている。
「その変な台座に置かれたのが爆弾か?」
「そうです。どうにも聖具ではないようで」
答えたのはもう一人の刑事さん。冗談も出てくるとは思わなかった。
「ただ、色々と仕掛けがあるようで……うーん」
「プロの出番かな」
全く緊張感なく向かおうとする丹生子さんを抑えて先に行く。爆発物の駆動音からして、簡単に爆発することにはならないだろう。近づいてよく聞けば、やはり安定していそうだ。
仕掛けというのは、取りつけられた入力パネルなどのデバイスと、簡単に外せるカバーの下に見えるあからさまな配線。露出してフロアの床に伸びていく線もある。残念ながら抜けば止まる電源ではない。
「いけるか、安全装置」
丹生子さんが隅に置かれたパイプオルガンを指で示した。……僕は頷く。嫌々ながら。
「何を……」
「こちらの線がオルガンに繋がっていて、楽譜が置かれているので……弾くように、という指示ですね」
一般的な式中曲だ。パイプの一つに振動検知機器が取り付けられているのがまた趣味が悪い。オルガンの音色が悪くなる。
仕掛けはまだある。会場のあちこちに、人が通ると認識するようにレーザーセンサーの糸が張られている。機器は露出していたので、ここに来るまでは全員レーザーを避けて来ていた。
「待て。まさか結婚式でも再現しろと言うんじゃ」
「丹生子先生のお見立てでは、全ては行わなくて良いようです」
「うん、そもそも全部は無理だよ。ゲスト呼んで爆弾解体班が来たんじゃ爆弾新郎も心が休まらないだろう」
「先生」
「不謹慎なジョークを失礼。この宗教でやってた結婚式の事業は隠れ蓑みたいなものだったから、作法は大して変わらないね」
細々と仕掛けを確認。あとは動かしてみれば分かるということで、僕は仕方なくパイプオルガンを弾き始める。楽譜はループしており、演奏開始時刻が書いてあるので、途中から始めてもどの時刻にどのフレーズを演奏しているべきかというのは定まっている。……おそらく。間違っていたらこれだけで爆発していた可能性があったというのは理不尽だ。ひとまず、建物周囲しか探れない青丹さんにも、演奏するくらい状況は落ち着いていると伝わるだろう。
丹生子さんと刑事さん二人でオルガンの振動を受けた爆弾の作用を調べ、どこまでセンサーが環境を拾うのか調べる。わざと大きめの音で弾いているから、不審な音を立ててもいくらかは誤魔化せる。
「よし、やろう」
神父役と新郎役を置き、丹生子さんが入り口から入ってくる。バージンロードに張られたセンサーに引っかかるように。服装はそのままで、レースハンカチだけ頭に載せている。失礼ながらあまり丹生子さんの私物というイメージがないデザインだ。
実際に動いているのを見て、ようやく、丹生子さんが危険な役を買って出た理由が分かった。一部のセンサーが身長と体重を測っている。丹生子さんのものしか受け付けないのだろう。きっと。
「神父、爆弾見つつ準備を」
「キリスト教会じゃないので、えー、『教導者』? 役です。分かりました」
「新郎、嫌な顔するな」
「していない。新郎『役』だ」
そっと窺う限り、朱裁さんは無表情のままだ。明らかに楽しいとは思っていない。それに妻帯者。
「その爆弾から出てる『指輪』、互いの指に嵌めるまではしなくていいな。わたしがこのポイントに来たら引き抜いてくれ」
爆弾の両端に刺さった二本のピンはそれぞれ、先が輪になっている。指を入れて引き抜ける構造だ。……二人で一つずつ抜くのを想定していたのかもしれないけど、朱裁さんは両手で同時に二本を抜いた。
「上!」
新郎新婦の立ち位置を目がけて、斜め上から仕掛けボウガンの矢が飛んだ。ハンカチが舞う。
「丹生子さん!」
僕は……弾き続けるしかない。演奏を止めたら爆弾が再始動する。爆弾の解除が完了するまで止めない。ただ見届けるだけというのも理解して受けた役目だ。
「番号……番号、矢に番号が」
教導者役の刑事さんが、慌てながらも飛んできた矢の番号を爆弾のモニターに入れた。カバーが外れて配線が現れる。
「くそ、どれを切れば……」
「右から2番目!」
「はいっ」
線を切るごく小さな音はよく響いた。しばらく何も起きず、誰かが耐えきれず息を深くこぼしたところで、天井から造花のシャワーが降り注いだ。
「……爆弾、止まってます」
演奏を念のためループの直前まで弾いて止めると、朱裁さんはようやく警戒をゆるめた。
「丹生子さんも起きてください」
「うん」
丹生子さんは……花びらをかきのけて起き上がった。無傷。
「当てる気が無いのかってくらい雑だったな」
必死にボウガンを避けた朱裁さんがため息をついた。こちらも無傷。仕方ない。ずっと定位置に居なければならなかった朱裁さんと違い、丹生子さんはセンサーさえ作動させればいいので最後のポイントに着く前から逃げる体勢を整えていた。伏せて転がって、見事に隙のない動きだった。……それはそうと、確かに、新婦側の矢の狙いは甘かったように見える。こんな大掛かりな仕掛けで、あり合わせのメンバーでごっこ遊びをさせられることも含め落ち着かない。
「考えすぎるのは探偵の特権だ。奪うな」
丹生子さんは雑に言った。
「探偵?」
「……丹生子先生は犯罪心理学やプロファイリングを探偵と呼ぶことがあるんです。先生、教卓以外で紛らわしい言動はおやめください」
「……ああ、そうだっけ。ついうっかり」
爆弾の無力化と他にトラップがないことの確認を終えるにはしばらく掛かった。
「よし、じゃあ一度ここを出ましょう」
刑事二人の先導に続き丹生子さんが外に出る。何か、ふと嫌な予感がして僕は身構えた。
高い笛の音が鳴った。正確には、空を細く切る風によって、呼び笛のように高く空気が震えた。
警戒音。
「すぐに避けてください!」
6秒。丹生子さんはもう動いている。朱裁さん、いやもう一人状況が全く分からずにいる刑事さんの腕を引く。岩陰に飛びこむ。
分かるわけがない。
「くっ」
轟音が耳を劈いた。
暴風だ。山道にヒビが入る。ステンドグラスが砕ける。巻きこまれた木の幹が折れ、そのまま勢いに乗って飛ばされていく。廃棄車のドアらしきものがどこからか飛んできて、地面を叩きながら揉まれていった。
身体が持っていかれそうになる。……これが、青丹さんが怒りを叩きつけた念動力のパワー。それも、怒りの表出を6秒はこらえてくれた後だ。アンガーマネジメントは青丹さんの力任せの念動力の威力を抑えてはくれない。でも僕たちが避難する時間はくれる。
……風が、ふっと一瞬ゆるんだ。朱裁さんは……良かった。建物の裏から出てきた。
「た、台風……?」
「いえ、一時的な天候不順かと。ご無事ですか」
引きずってしまった刑事さんを言いくるめて起き上がり、風を確かめる。スーツを傷めてしまった。……青丹さんは怒りが冷めないまま、少し反省し始めているらしい。風は弱まりつつもうろうろと右へ左へ、忙しなく向きを変えて強く吹いていた。ここだけ切り取ると擬人化表現のようだ。そういえば秋の空といえば移ろいやすいものの代名詞だった。
「青丹」
小さく言う。返事の合図がない。視線をやると、丹生子さんは「OK」と口だけで言った。僕は姉弟の遠隔念話の邪魔にならないよう、何も知らない刑事さんを誘導して朱裁さんの方へ連れて行ってもらう。
「いやー、すごい。こんな風が吹くと現場保全の観点からは上がったりですよ」
「なんとかなるでしょうか」
「あ、いやいや、お兄さんは気にしないで。こういうのも対応考えてあるもんなんです。まあいくらか現場の様子は変わりますが、それも考えてうまくやれますよ」
気のいい刑事さんだ。軽口ではない。実際、飛ばされたものに重要な手がかりがあるとなれば山中草の根分けても探し出す人たちの言葉だ。意味はしっかり重い。
「よろしくお願いします」
こちらはこのくらいで良いだろう。離れて、丹生子さんがひと通り青丹さんに言い終えたところを近づく。
「あ、安全装置。誤解は解けたよ。まったく、服が赤いからってビビり過ぎだな」
赤? ……ああ。
「服に花びらが残ってて外出たときに落ちてきた」
およそ爆弾やら罠で何度も狙われている人の言葉ではない。丹生子さんの丹生子さんらしい余裕さは周囲を振り回す。それを見て喜ぶのだからたちが悪い。
「わたしはお前らがこんな風に困ってるのを見るのが好きなんであって、実際に困る事態になっててほしいわけじゃない」
物は言いようだ。
「青丹さんは?」
「少しバランスが崩れただけさ。安全装置、四肢のどれかか五感のどれかを失った人を世話したことは?」
「……短期間だけ」
「サラのやつ斡旋がしっかりしてるな。超能力者がうまく暴れられないときって身体のどこかを失ったみたいな感覚になるんだよ」
あれを超能力者の付き人に必要な経験を積むための踏み台にした、という風な言い方には賛同できない。
「正しくは、怒りを感じ取る知覚と、それを表現できる超能力の釣り合いが取れてないって感じか。わたしらってカッとすると手より足より口より超能力が先に出ちゃうからな」
その表現にはかすかな違和感がある。
「感じ取る力と干渉する力のバランスの話をしていますか?」
「ん? そうかもな。ほらあれだ、モノリスとかも予知ばっかりでサイキック何もないからもどかしくて自分の足で動き回りたくなるんだろ」
……なるほど。超能力があるのが当たり前だと思うと、素の身体感覚だけでは足りないと感じてしまう。予知能力者が出向いてくるわけだ。
丹生子さんも人の心が聞こえすぎてしまうから、青丹さんに心配されても探偵として動かずにいられないのだろうか。
「……もう少し読心を控えても良いのではと思いますが」
「聞こえ具合自分で調節できるんだからたまにオフれって? やだよ」
丹生子さんは舌を出した。あまり上品そうでない感じで。
それなら当然、僕が考えていることは伝わっているだろう。邪推していること、疑っていること、そして口に出すつもりはないことも。
「しかしお前のピアノはいつも見事なサラの完コピだな」
「……サラさんから習ったので」
「幼稚園勤めじゃあるまいしそこまで仕こむかね。ハウスキーパー修行にしちゃおかしいって思わなかったか?」
サラさんに頼った時点で覚悟していたことだ。
そもそも初対面は火の中。話を聞けば消防士でもない。僕の経済状況を見抜いて勧誘してくる。こういうときに思わずやりたくなってしまう。
「お前の本質はチャレンジャーか。プロファイリングが進むな」
「丹生子さんの本質は理屈屋ですね」
互いを見張るような目を交わす。不思議と嫌な気分ではなかった。丹生子さんもきっと。
__________
Next 11/15 15:00
首まで着こんだコートを確認して車のドアを開ける。僕たちより先に着いていたパトカーの脇から朱裁さんと、もう一人早足の刑事さんが出てきた。
「あー、あなたが切添丹生子先生ですか? こちらへどうぞ」
「切添です」
「や、これはすみません」
……超能力者のことを何も知らない人だ。二人で外回り中のところアドベントの話を聞いてそのまま直行することになったとかで、置いてこれなかったとメッセージが届いている。
「今回も捜査協力感謝します」
早口で言う朱裁さんは少し気まずそうだ。僕は会釈だけして、丹生子さんを付き人のいる身分の先生らしく見せるのに注力することにする。そのために仰々しいコートにもしてきた。丹生子さんもうまく、犯罪心理学のプロを演じてくれている。……実際、この事件に関しては丹生子さんが一番のプロだ。
「ええと、最初に到着した警察官の話ではこの……建物の中に、ありそうだと」
荒れ果てた建物を全員で見る。
「こんな『山の中にぽつんと建ってる寂れた神社』みたいになってることあるんだな」
丹生子さんが最初に口に出しただけだ。寂れているのはとある放棄された宗教施設。教会に似たデザインをしているが蔦に覆われて全体像もよく見えない。ただし、正面の入り口は切り払われていた。人が出入りした痕跡だ。
……下調べで知っていたけど、建物にあるステンドグラスの意匠を見れば明らかに分かる。殺人事件のあった、そして大窓のステンドグラスが割られたあの建物と同じ宗教団体が建てたものだ。
「朱裁、この団体のことは調べてるんだろう?」
「勿論だ。一時期ずいぶん流行ったんだが、経営難で十数年前に潰れた教団の使用していた建物跡地。先月から幾つも事件が起きているのは当然把握している。教団に恨みを持つ者の線を追っているが」
「プロファイリング的には疑問が残るが、その話は後かな」
丹生子さんは話を流した。実際には逆かもしれない。元教団員から「アドベント」が施設を提供されているとか。おまけに、建物内に不動領域があるか内見さえしている可能性もある。朱裁さんも本当はさまざまな可能性を調べているはずだ。
ともかく建物の入口から中を確認する。ドアに連動した細いワイヤーがあるけど、……気をつければ抜けられる程度のゆとりがある。身体の大きい朱裁さんでも通れてしまう。何というか。
「侵入者対策にトラップを仕掛けたが、自分たちも通るから簡単に抜けられるようにした、か」
朱裁さんはワイヤートラップを引き抜いた。ワイヤーを引くと作動する簡単な仕掛けで、小型爆弾に繋がっている。このくらいの量だと最初に扉を大きく開け放った人を狙って痛めつける用だろうか……。
「私たち慣れてますので、お二人は後から」
もう一人の刑事さんも慣れた手つきで爆弾を無力化する。朱裁さんが爆弾絡みの案件でこの人を置いてこれなかった経緯が想像できた。
丹生子さんが僕に目くばせ。内部はすっかり不動領域……超能力の及ばない空間だ。丹生子さんの透視は利かず、青丹さんの遠隔視聴や念動力も届かず、そして犯人がこの場に何か仕掛けるのにも超能力は使えない。……それはつまり、非超者のプロが通用する現場ということになる。二人に任せられる。
僕らを入口フロアに押しとどめ、二人は両開きの扉の奥を探る。
「朱裁、人は?」
「……いない、な」
「よし」
朱裁さんも耳がいい。頼りにされているのだろう。
……そういえば、「アドベント」が超能力者による超能力者連合への何か恨み憎しみの犯行と考えたとき、朱裁さんのような超能力者の親族は狙いの対象に入りうるだろうか。朱裁は透聴の超能力者の苗字として有名だったし、丹生子さんよりもはるかに「狙いやすい」対象だ。残留思念知のエスパーのように特定の血族に発生しやすくなるタイプの超能力もある。
「こちらに。念のため私の後ろだけ歩くようにお願いします」
意識を現場に戻す。聖堂めいたフロアが開かれたところだった。ここはまさに結婚式で用いられるような造りの礼拝施設だ。キリスト系でもないのに十字架を平然と置いているところなども、宗教のやり口を思わせてぞっとしない。丹生子さんの方を見る。済ました顔のまま前を向いている。
「その変な台座に置かれたのが爆弾か?」
「そうです。どうにも聖具ではないようで」
答えたのはもう一人の刑事さん。冗談も出てくるとは思わなかった。
「ただ、色々と仕掛けがあるようで……うーん」
「プロの出番かな」
全く緊張感なく向かおうとする丹生子さんを抑えて先に行く。爆発物の駆動音からして、簡単に爆発することにはならないだろう。近づいてよく聞けば、やはり安定していそうだ。
仕掛けというのは、取りつけられた入力パネルなどのデバイスと、簡単に外せるカバーの下に見えるあからさまな配線。露出してフロアの床に伸びていく線もある。残念ながら抜けば止まる電源ではない。
「いけるか、安全装置」
丹生子さんが隅に置かれたパイプオルガンを指で示した。……僕は頷く。嫌々ながら。
「何を……」
「こちらの線がオルガンに繋がっていて、楽譜が置かれているので……弾くように、という指示ですね」
一般的な式中曲だ。パイプの一つに振動検知機器が取り付けられているのがまた趣味が悪い。オルガンの音色が悪くなる。
仕掛けはまだある。会場のあちこちに、人が通ると認識するようにレーザーセンサーの糸が張られている。機器は露出していたので、ここに来るまでは全員レーザーを避けて来ていた。
「待て。まさか結婚式でも再現しろと言うんじゃ」
「丹生子先生のお見立てでは、全ては行わなくて良いようです」
「うん、そもそも全部は無理だよ。ゲスト呼んで爆弾解体班が来たんじゃ爆弾新郎も心が休まらないだろう」
「先生」
「不謹慎なジョークを失礼。この宗教でやってた結婚式の事業は隠れ蓑みたいなものだったから、作法は大して変わらないね」
細々と仕掛けを確認。あとは動かしてみれば分かるということで、僕は仕方なくパイプオルガンを弾き始める。楽譜はループしており、演奏開始時刻が書いてあるので、途中から始めてもどの時刻にどのフレーズを演奏しているべきかというのは定まっている。……おそらく。間違っていたらこれだけで爆発していた可能性があったというのは理不尽だ。ひとまず、建物周囲しか探れない青丹さんにも、演奏するくらい状況は落ち着いていると伝わるだろう。
丹生子さんと刑事さん二人でオルガンの振動を受けた爆弾の作用を調べ、どこまでセンサーが環境を拾うのか調べる。わざと大きめの音で弾いているから、不審な音を立ててもいくらかは誤魔化せる。
「よし、やろう」
神父役と新郎役を置き、丹生子さんが入り口から入ってくる。バージンロードに張られたセンサーに引っかかるように。服装はそのままで、レースハンカチだけ頭に載せている。失礼ながらあまり丹生子さんの私物というイメージがないデザインだ。
実際に動いているのを見て、ようやく、丹生子さんが危険な役を買って出た理由が分かった。一部のセンサーが身長と体重を測っている。丹生子さんのものしか受け付けないのだろう。きっと。
「神父、爆弾見つつ準備を」
「キリスト教会じゃないので、えー、『教導者』? 役です。分かりました」
「新郎、嫌な顔するな」
「していない。新郎『役』だ」
そっと窺う限り、朱裁さんは無表情のままだ。明らかに楽しいとは思っていない。それに妻帯者。
「その爆弾から出てる『指輪』、互いの指に嵌めるまではしなくていいな。わたしがこのポイントに来たら引き抜いてくれ」
爆弾の両端に刺さった二本のピンはそれぞれ、先が輪になっている。指を入れて引き抜ける構造だ。……二人で一つずつ抜くのを想定していたのかもしれないけど、朱裁さんは両手で同時に二本を抜いた。
「上!」
新郎新婦の立ち位置を目がけて、斜め上から仕掛けボウガンの矢が飛んだ。ハンカチが舞う。
「丹生子さん!」
僕は……弾き続けるしかない。演奏を止めたら爆弾が再始動する。爆弾の解除が完了するまで止めない。ただ見届けるだけというのも理解して受けた役目だ。
「番号……番号、矢に番号が」
教導者役の刑事さんが、慌てながらも飛んできた矢の番号を爆弾のモニターに入れた。カバーが外れて配線が現れる。
「くそ、どれを切れば……」
「右から2番目!」
「はいっ」
線を切るごく小さな音はよく響いた。しばらく何も起きず、誰かが耐えきれず息を深くこぼしたところで、天井から造花のシャワーが降り注いだ。
「……爆弾、止まってます」
演奏を念のためループの直前まで弾いて止めると、朱裁さんはようやく警戒をゆるめた。
「丹生子さんも起きてください」
「うん」
丹生子さんは……花びらをかきのけて起き上がった。無傷。
「当てる気が無いのかってくらい雑だったな」
必死にボウガンを避けた朱裁さんがため息をついた。こちらも無傷。仕方ない。ずっと定位置に居なければならなかった朱裁さんと違い、丹生子さんはセンサーさえ作動させればいいので最後のポイントに着く前から逃げる体勢を整えていた。伏せて転がって、見事に隙のない動きだった。……それはそうと、確かに、新婦側の矢の狙いは甘かったように見える。こんな大掛かりな仕掛けで、あり合わせのメンバーでごっこ遊びをさせられることも含め落ち着かない。
「考えすぎるのは探偵の特権だ。奪うな」
丹生子さんは雑に言った。
「探偵?」
「……丹生子先生は犯罪心理学やプロファイリングを探偵と呼ぶことがあるんです。先生、教卓以外で紛らわしい言動はおやめください」
「……ああ、そうだっけ。ついうっかり」
爆弾の無力化と他にトラップがないことの確認を終えるにはしばらく掛かった。
「よし、じゃあ一度ここを出ましょう」
刑事二人の先導に続き丹生子さんが外に出る。何か、ふと嫌な予感がして僕は身構えた。
高い笛の音が鳴った。正確には、空を細く切る風によって、呼び笛のように高く空気が震えた。
警戒音。
「すぐに避けてください!」
6秒。丹生子さんはもう動いている。朱裁さん、いやもう一人状況が全く分からずにいる刑事さんの腕を引く。岩陰に飛びこむ。
分かるわけがない。
「くっ」
轟音が耳を劈いた。
暴風だ。山道にヒビが入る。ステンドグラスが砕ける。巻きこまれた木の幹が折れ、そのまま勢いに乗って飛ばされていく。廃棄車のドアらしきものがどこからか飛んできて、地面を叩きながら揉まれていった。
身体が持っていかれそうになる。……これが、青丹さんが怒りを叩きつけた念動力のパワー。それも、怒りの表出を6秒はこらえてくれた後だ。アンガーマネジメントは青丹さんの力任せの念動力の威力を抑えてはくれない。でも僕たちが避難する時間はくれる。
……風が、ふっと一瞬ゆるんだ。朱裁さんは……良かった。建物の裏から出てきた。
「た、台風……?」
「いえ、一時的な天候不順かと。ご無事ですか」
引きずってしまった刑事さんを言いくるめて起き上がり、風を確かめる。スーツを傷めてしまった。……青丹さんは怒りが冷めないまま、少し反省し始めているらしい。風は弱まりつつもうろうろと右へ左へ、忙しなく向きを変えて強く吹いていた。ここだけ切り取ると擬人化表現のようだ。そういえば秋の空といえば移ろいやすいものの代名詞だった。
「青丹」
小さく言う。返事の合図がない。視線をやると、丹生子さんは「OK」と口だけで言った。僕は姉弟の遠隔念話の邪魔にならないよう、何も知らない刑事さんを誘導して朱裁さんの方へ連れて行ってもらう。
「いやー、すごい。こんな風が吹くと現場保全の観点からは上がったりですよ」
「なんとかなるでしょうか」
「あ、いやいや、お兄さんは気にしないで。こういうのも対応考えてあるもんなんです。まあいくらか現場の様子は変わりますが、それも考えてうまくやれますよ」
気のいい刑事さんだ。軽口ではない。実際、飛ばされたものに重要な手がかりがあるとなれば山中草の根分けても探し出す人たちの言葉だ。意味はしっかり重い。
「よろしくお願いします」
こちらはこのくらいで良いだろう。離れて、丹生子さんがひと通り青丹さんに言い終えたところを近づく。
「あ、安全装置。誤解は解けたよ。まったく、服が赤いからってビビり過ぎだな」
赤? ……ああ。
「服に花びらが残ってて外出たときに落ちてきた」
およそ爆弾やら罠で何度も狙われている人の言葉ではない。丹生子さんの丹生子さんらしい余裕さは周囲を振り回す。それを見て喜ぶのだからたちが悪い。
「わたしはお前らがこんな風に困ってるのを見るのが好きなんであって、実際に困る事態になっててほしいわけじゃない」
物は言いようだ。
「青丹さんは?」
「少しバランスが崩れただけさ。安全装置、四肢のどれかか五感のどれかを失った人を世話したことは?」
「……短期間だけ」
「サラのやつ斡旋がしっかりしてるな。超能力者がうまく暴れられないときって身体のどこかを失ったみたいな感覚になるんだよ」
あれを超能力者の付き人に必要な経験を積むための踏み台にした、という風な言い方には賛同できない。
「正しくは、怒りを感じ取る知覚と、それを表現できる超能力の釣り合いが取れてないって感じか。わたしらってカッとすると手より足より口より超能力が先に出ちゃうからな」
その表現にはかすかな違和感がある。
「感じ取る力と干渉する力のバランスの話をしていますか?」
「ん? そうかもな。ほらあれだ、モノリスとかも予知ばっかりでサイキック何もないからもどかしくて自分の足で動き回りたくなるんだろ」
……なるほど。超能力があるのが当たり前だと思うと、素の身体感覚だけでは足りないと感じてしまう。予知能力者が出向いてくるわけだ。
丹生子さんも人の心が聞こえすぎてしまうから、青丹さんに心配されても探偵として動かずにいられないのだろうか。
「……もう少し読心を控えても良いのではと思いますが」
「聞こえ具合自分で調節できるんだからたまにオフれって? やだよ」
丹生子さんは舌を出した。あまり上品そうでない感じで。
それなら当然、僕が考えていることは伝わっているだろう。邪推していること、疑っていること、そして口に出すつもりはないことも。
「しかしお前のピアノはいつも見事なサラの完コピだな」
「……サラさんから習ったので」
「幼稚園勤めじゃあるまいしそこまで仕こむかね。ハウスキーパー修行にしちゃおかしいって思わなかったか?」
サラさんに頼った時点で覚悟していたことだ。
そもそも初対面は火の中。話を聞けば消防士でもない。僕の経済状況を見抜いて勧誘してくる。こういうときに思わずやりたくなってしまう。
「お前の本質はチャレンジャーか。プロファイリングが進むな」
「丹生子さんの本質は理屈屋ですね」
互いを見張るような目を交わす。不思議と嫌な気分ではなかった。丹生子さんもきっと。
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