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第七十八話 生まれて初めての挨拶

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「ダァ~リ~ン」

 空飛ぶ絨毯から飛び降りるルナを抱きとめた俺は、幼子をあやすように背中をポンポンと叩く。

「早かったね、ラフィア」

「そうですか? 安全速度出来たつもりでしたがトラブルも無かったので思ったより早かったのかもしれませんね」

 にこやかに答えるラフィア。道中無事で何より。
 ラフィア達とも合流したので、お義父さんに“僕たち結婚しました”の挨拶するとしますか。“娘さんください”の挨拶すっ飛ばしてね……

「あ、ウナ、村長さんに目録と寄贈の品を渡しておいてくれる? それと設置が必要な物はそれも」

「はい。承知しております」

 彼女は頭を下げて俺たちを見送る。ふと、周りを見ると彼女以外は村の者も含めて固まっていた。空飛ぶ絨毯の衝撃は大きかったと……

「こっちだよ、ダーリン」

 ルナに急かされて俺たちは村の中を進んでいく。

◇◆◇◆


「初めまして雨宮晴成です。此度ルナと結婚することになりました。ご挨拶が遅れたこと申し訳ありません。こちらは遅ればせながら、結納の品になります。どうぞお納めください」

「お父さん、お母さん、私、ダーリンと結婚するね」

 小さな家のダイニングで俺たちは彼女の両親と向かい合うように座わっている。
 俺は初めての挨拶に出来る限り緊張を隠しながら、お義父さんに向かって頭を下げる。お義母さんは一拍遅れて、こちらこそ、恐縮した面持ちで返事を返すが、お義父さんは少し呆けた顔をしていた。
 義父は背は高いがやせ形で白髪交じり、義母は平均的な身長で余り特徴が無いのだが、それ以上に目を引くものが有る。肌艶が二十代半ばから後半なのだ。アラサーというのすら些か気が引けるほどの若々しさ。五人兄妹の末っ子のルナが十六歳なのだから、どう計算したってアラフォー以上なんだけどなぁ……
 へぇ、これ小さめのテーブルを二つ合わせて使っているのか。兄弟が多いって言ってたし、当然と言えば当然か。
 いかん、いかん、目の前の事に集中しなくては。どうも緊張からか、思考が散逸する。

「あ、あの……此方の品はお幾らほどになるのでしょう?」

 脇に積み上げられた結納の品から目が離せない様子の義父。一言目がそれか?

「ヤンガル!」

 彼は強い口調の呼び掛けにしどろもどろとしながら

「い…いや、な。頂き物をされてお返しも無しでは、な……」

 と、反論する。
 そういう事にしておこう……だって、目が、ね。

「返礼の品は結構ですよ。結納の品とは言いつつも使い勝手の良い日用品ですから」

 量は見栄を張って目を見張るものが有るが、中身はどちらかと言うとお歳暮などに近い。石鹸類や調味料などだしな。あ、一点物のマジックバック(極小・1㎥以下且つ1000㎏以下)はそれでも貴重品かな。中層でのドロップアイテムだし。
 念のため登録者をお義母さんにしてもらうか。ホント、念のためだよ? 
 因みに我がダンジョンで産出するマジックバッグ類は盗難防止は勿論なのだが、“窃盗防止”機能が付いている。つまり、他人の物と判断がつく物は仕舞えないのだ。でないと、犯罪帝国になってしまうのでね。

「日々の生活に役立つものを揃えておいたので、中身や使い方は後でルナに聞かれると良いですよ」

「お母さん、後で色々教えるね!」

「そうなのね、ルナ、後でお願いするわ。ところで、失礼なのだけど、そちらのお嬢さんは?」

 彼女はルナとは反対に座るラフィアが気になったようだ。

「初めまして。わたくしはラフィア。晴成さんの正妻になります。ルナとは仲良くさせていただいております」

「まだ若いのに、二人も娶られたのですか? もしかして貴方はエルフとかだったりします? 見た目と年齢が大きく違うとか」

「違うよ、お母さん。私は四番目だよ。私よりも先にエリーさんとキャロちゃんがお嫁さんになったんだよ。それとダーリンはすごい魔法使いだから、大人になったり、子供に成ったりするんだよ」

「え、えぇと、ルナの他に、三人奥さんがいるという事ですかね? それに大人になるんですか?」

 流石に混乱しているようで首を傾げる義母。

「成行きの所も有りますが、その通りです。まぁ、一般人とは少し違いますので、ルナたちに不自由をさせることは無いかと思います。それと、大人になるのは必要な時にですかね。普段はこのように子供ですよ」

 正体を話したところで更なる混乱をさせるだけなので、生活面での心配が無いことだけ理解してもらえればいいだろう。

「そ、そうですか。改めてルナをお願いいたします」

 “理解した”とは程遠そうな顔をして頭を下げる彼女。一方で、結納の品に視線が釘付けになっている夫に軽く肘打ちをする。

「よ、宜しく頼む婿殿」

 妻に急かされて頭を下げるヤンガル。彼は頭を下げながらもやはり結納の品が気になる様で、チラチラと目線がそちらに行く。

「イ゛ッダァー!」

 突然、ヤンガルが叫ぶ。何するんだよぉ、と言いたげな顔で妻の方を睨んだ。が、彼女は、つーん、と澄ましていた。
 つねられたのか、足を踏まれたのか……
 それから少し他愛の無い話をして、ルナの料理の話になった。

「ほう、そんなにルナの料理は人気なのか。是非食べたいなぁ」

 チラチラと俺の方を見るヤンガル。奢ってくれと言いたいのか、領都までの旅費を出してくれと言いたいのか……

≪両方だよね!≫

 アルルからの手厳しいツッコミが入る。が、それは否定出来ない。現に義母は申し訳なさそうな顔をしつつも、成り行きに身を任せている感がある。
 ルナの話からは貧乏というだけで家族との仲はまずまず良好だという印象だった。まぁ、ケンカはしょっちゅうらしいが、お互いに根に持つほどでは無いとのこと。ケンカするほど仲が良いとはよく言ったものだ。

「そうですね、今度是非に領都に来てもらってルナの仕事ぶりを見てもらうのも良いですね」

「ダーリン、親に仕事観られるなんてちょっと照れくさいよ……」

 彼女は嬉しさ隠れる困り顔。
 まぁ、だよね、ってのが正直な感想だ。

「そうだルナ、折角だから今からお義母さんに調味料の使い方を教えてあげたら? 結納品にたくさん入れたし、実際にやった方がすぐ覚えれるだろうから」

「お昼にはちょっと早いけど……お母さんは見たことない調味料だし、そうしようかな? お母さん、手伝って。教えてもらったこと全部教えるから!」

 席を立って調味料セットの箱を探し当てると彼女は母を急かした。

「ルナ、貴方に料理を教わる日が来るとはね」

 そう言って彼女は竈場に向かったルナの後を追う。そこには嬉しさ半分、寂しさ半分の貌が見えた。

◇◆◇◆


 竈場に二人が行ってしまうと場が固まった。
 お互い話すことは無いのだ。無くは無いのだが、一度止まると切り出し難いのだ……

「あ、あの……先ほど娘と一緒の冒険者と聞いたのですが、どこかの商会の御子息とかでは無いんですか?」

 まごついていたら向うから話題を切り出してくれた。

「えっと、両親はともに一般の働き手です。僕はたまたま冒険者としての才能が有った様でおかげでワイルドビックボア程度の魔物なら簡単に倒せます。なので、資金的にあまり苦労をしていないのです」

 言えない。ダンジョンを経営してるのでお金はいくらでも湧いて出てきます、とは絶対に言えない!

「あ、あの……グレートビックボアでは無くて、ワイルドビックボアですか?」

「えぇ。魔の森でよく倒してました」

 ヤンガルが少し固まっている。
 因みに、ワイルドビックボアをゴブリンクラスで例えると、通常のボアがゴブリン、グレートビックボアはナイト、ワイルドビックボアはキング、程に開きがある。ヤンガルが固まるのも無理はない。

《猪鍋美味しかったもんねぇ》

 じゅるり、と涎が垂れそうな声をする。

「あはは、流石は婿殿だ。将来はSランクですな……」

 想像の埒外で言葉にならない、って顔してるよ……

「ありがとうございます。ところでルナはお義父さん似なのですね」

「えぇ、俺のひい爺さんが犬人族だったらしく、いわゆる先祖返りらしいです」

「そうなんですね。じゃぁ、案外お義母さんはエルフの先祖返りかもしれませんね」

 いや、マジでね。
 だって、美容にかける時間もお金も無いのに肌年齢若いんだよ? エルフの血を引いているって言われたら信じちゃうレベルだよ!
 しかし、彼は、え? と顔を顰めると思い当たる節があるのか、考え込んでブツブツと口にしている。
 冗談で言ったつもりだったんだが案外外れて無いのかもしれない……

「ダーリン、お父さぁん、ご飯できたよぉ」

 ジャァーン、と言わんばかりに所狭しと料理が並べられる。
 おにぎり、味噌汁、肉じゃが、きんぴら、茄子のお浸しと、いつもの“和食”だ。

「おにぎりはストックから。久々竈で調理したから火加減が難しかった……」

 焦げては無いはずだけど、と苦笑するルナ。
 あぁ、ウチはガスコンロだから火加減しやすいよね。失念してたわ。

「ごめん、抜けてた。後で設置しておくよ」

「ありがとう、ダーリン。でも、まずはご飯にしよ」

 見たことの無い料理に驚いているのか、所狭しと並べられた品数に驚いているのか、ヤンガルは固まっていた。
 さて、と。義父も義母も気に入ってくれるといいけど……
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