死神の仕事も楽じゃない

夜兎

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死神の仕事も楽じゃない

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「本日付で新しく死神となる、乃亜のあだ。色々教えてやってくれ」
「乃亜と言います。皆さま、どうか可愛がってやってください」

 全くもって不思議な事だと、自分でも思う。
 まだ学生だというのに、交通事故で命を落とすことになるなんて思いもしなかった。その上、死後は死神とやらになるとか……誰がそんな馬鹿げた事を考えるだろう。

 ──まあ、死ぬことは分かってたんだけどね。

「おお、乃亜ちゃん。本当にこれたんだねぇ、良かった良かった」
「……私はあまりよくないんだけど」

 伊神浩二いがみこうじ。私に取り憑いていた死神のおじさんだ。
 私が事故に遭う日彼と出会い、「君は今日死ぬ事になる」と告げられた時は、インチキな占い師か、中二病全開の危険なおじさん……そんな感じの印象だった。
 
 死神の仕事は、死の宣告とその相手の死を見届けること。
 まだ健全な体で、死ぬ兆候ちょうこうすら無かった私からすれば、いきなり現れたおじさんに付き纏われるなんて、気持ち悪い以外の何者でも無かった。
 警察にもいったけれど、彼の姿は私以外には見えず、悪戯はやめろと怒られる始末。……本当に気味が悪かった。
 変なおじさんに付き纏われる挙句、彼が本物であれば今日死ぬだなんて、どんな寒いギャグよりも笑えない。

 まあ、結局その日の夜には交通事故で死んじゃったわけなんだけど。──まさか自分まで死神になるなんて思わなかった。

「いやー、おじさんは乃亜ちゃんならなれると思ってたんだよ、死神。そういう人が稀にいるんだよねぇ」
「……死んでまであなたの顔を見ないといけないとか……あるいはここは地獄なんでしょうね」
「ひどい言われようだなぁ。まあ、気持ちはわからないでもないけどね」

 私の悪態にも、言葉以上に気にした風もない。……本当に苦手な人だ。

「まあ、ある意味地獄みたいなものだよ。死神の仕事っていうのはね」
「……まあ、知らない人間に連れ添うなんて、ある意味では地獄だね。……おかしくなりそ」
「はは、そういう意味じゃないんだけど……でも本当に、死神の仕事は思っているよりも楽なものじゃないんだよ」

 それ以外に何があると言うんだろうか。精神的には確かに病みそうなものだけれど、実際のところ大した仕事じゃない筈だ。
 彼の時もただ連れ添うだけで、何かをしたわけでもない。強いて言うなら私の余命を不快にしただけだ。

「まあ、その内わかることだよ。君もいつかは経験するからね」
「……一応、心には留めておく」

 にこやかに返すその笑顔が、本当に嫌になる。
 これでも、かなりキツめに当たってるつもりなんだけどなぁ……。



「乃亜君、君に初仕事だ」
「仕事……! ありがとうございます!」

 仕事の打診! 思ってたより早く貰えたな。
 最初の仕事なのだから、失敗なんかできない。──まあ、そんな事があるのかは分からないけれど。

 そもそも何故死神はこんなことをするのか。仕事をこなす事で、いずれ輪廻転生する時に有利になると聞いた。
 何がどう有利になるのかは知らないけれど、いいことがあるならばやって損はないだろう。

 それから仕事の留意点などを聞き、私の派遣先になる人間の名前、特徴、可能性のある死因……などの書かれた書類を渡される。

「可能性のある死因……?」

 死因は決まっているわけではないのだろうか……。
 自殺、事故、他殺……。ほとんどじゃないか。この項目は役に立つのだろうか。
 ……まあ、赤の他人がどう死のうが気にすることでもないけれど。あまり酷い死に様は見たくないと言うのは本音かな。

「では早速向かいます!」
「乃亜ちゃんも初仕事かぁ。頑張っておいでね!」
「……はい」

 粘着気質でもあるのだろうか。ただの新人でしかない私のことをやたらと気にかけてくる。……本当に、なんで私の担当はこんな人だったのだろう。
 それに比べて、私の担当する真司しんじという少年は何て運がいいんだ。こんな美人が死に際を看取るのだから、どんな人生だったとしても感無量と言えるだろう。


 町の名前も知らない、田舎とも都会とも取れない中途半端な土地。そこに住む中学生……碓氷うすい真司、私の担当する男の子。
 肌に触れる風が冷たくなる時期。まあ、この体じゃ寒さも大して感じないんだけどね。
 
 日は既に昇っていて、窓からさす日差しが眩しい時分。未だに夢の世界から目覚めない、碓氷少年の隣に立っている。

「……休みとはいえ、起きるの遅いし……だらしない子だな」
「ん、んー……?」

 目は覚めたかな? いきなり現れた美少女に、どんな反応するか楽しみだ。
 目を覚ました碓氷くんは、驚くこともせずこちらをうかがっている。
 何故か私の方が反応に困っていると、彼が口を開く。

「……君は誰?」
「……えぇ」

 予想外に淡白な反応……寝起きで見知らぬ美少女が目の前にいたら驚くでしょう、普通。

「なんか落ち込ませちゃったみたいだね、ごめん。でも気になったから……」
「あー、いやうん。大丈夫。私は乃亜──神木かみき乃亜。死神です」

 流石の少年も、開いた口が塞がらない。そりゃそうだ、死神と名乗る美少女が目の前に……私なら頭のおかしい人間かと思うね。──実際思ったし。

「……そうか。じゃあ僕は死ぬんだね?」
「……へ?」

 思わず変な声が……なんで驚かないの? 納得できる事?

「え、違うの? 君は死神なんだよね。──あぁ、もしかして死神ってのはアニメとかにでてくるそれとは違う……とか?」
「いや、そんな大きな違いはないけど……驚かないわけ?」

 何故この問いに首を傾げるんだ。そんなおかしいこと言ってる? 私。

「可笑しい事言う人──ああ死神だな。自分で名乗っておいて、僕の反応にケチをつけるなんて」

 これが今時の中学生……? そんな歳が離れているとは思わないんだけど……私がおかしいのこれ……?

「ご、ごめん。なんかよくわからないけど謝る。──とりあえずそう言う事だから、君は今日死ぬ事になっています」

 大事な事だと言うのに、淡々と説明してしまった……ごめんよ、碓氷くん。

「今日……そっか」

 どこか思い耽った様子だけれど、流石に思うところがあったのだろう。

「うん。私たち死神は、その日のうちに死ぬ人間の前に現れる。そして、本人に告げると、それから死ぬまでを観察するんだ」

 何かを考える素振り……流石に事の重大さに気付いただろうか。

「なるほど。──と言うことは、これから君がずっと一緒に?」
「そう。こんな美少女が、死ぬまでずっとそばに居るんだ。光栄でしょ?」

 そうそう。もっと笑顔を──笑顔?

「うん! それはとっても嬉しいことだね。四六時中一緒にいるの?」
「いや流石にお風呂とかトイレとかは……何、本当に嬉しいの?」
「そりゃ! だって乃亜さんみたいな美人がずっとそばに居るとか、幸せ者でしょ?」

 美人って──いや私は何を考えてるんだ! 相手は中学生だし、ただのお世辞になに喜んでるのか──喜んでなんかいない! 驚いただけだ。

「どしたの?」
「へ?」

 あれ、顔に出てた? いやいやいや、何が顔に出るのさ。なにもやましい事などない! 決して!
 
「……変なの。あ、そういえば!」

 おもむろに立ち上がるのやめて……? 身構えちゃうから!
 ──て、なんで近づいてくるの?

「あー……やっぱ触れはしないんだね。残念……」

 な、な──何をやってるんでしょうか? 何でいきなり触ろうとするかな? 女の子触るのにいきなり? 普通なんか聞かない? ──ていうか、何で私はドキドキしてるかな! ──いやしてない!

「ば──そんなバカなことしてていいの! 今日で死ぬんだよ? 他にやる事ないの?」

 そ、そうよ! なんでこの子こんな余裕でいられるの? 実感湧かない? ……いやまあ、湧かないか……。

「そうは言ってもな……あ、そうだ! じゃあ乃亜さん、僕の彼女になってよ!」
「は? なんで私が──」
「僕、彼女いたことないから、死ぬ前に欲しいなぁて。ダメ?」

 なんだこの展開は。なんで死神の私が、今日死ぬ予定の中学生から告白? されてるの……意味わかんないんだけど。

「……彼女はちょっと……でもまあ、私はずっとついていくわけだし? どっか出かければデートっぽくはなるんじゃない?」

 私は! 何を言っているんだ! ほぼ了承したようなものじゃないか! ──いやでも、彼女ではない訳で……友達──そう! 友達みたいなものだ!

「んー……そっか。そだね! じゃ、出かけよう!」

 ──ああ、この仕事はこれほどに、対象者へ干渉してしまっていいものなんだろうか。



 今日死ぬと宣言されたとは思えないほど元気になった碓氷くん。彼に連れられて到着したのは、いわゆる映画館。
 う……確かにデートと言えば定番なんだろうけど……いやこれはデートじゃない。仕事なんだから、彼に変な誤解をさせておくわけにもいかない。

「えっと──」
「そういえば、乃亜さんは他の人からは見えてるの?」

 唐突な質問! いやでも、今までで一番まともな質問……?

「触れないんだから察して。見えてるわけないでしょ」

 なぜかキツめの口調に……ごめん。

「そっかー……残念。周りに自慢はできないんだね」

 く……。私の自称美少女発言がそんなにお気に召したのだろうか……なんか皮肉られている気分だ。

「そ、そだね。残念でした」

 本気で落ち込んでいるように見える……本気じゃないよね……?

 映画自体は、本人もデートを意識したんだろう。よくある、少女漫画の実写みたいなやつだ。私はあんまりそういうの見てこなかったから、正直知らない作品。

「これ、すごい泣けるって評判高いんだ」
「へぇ。まあ、君が見たいならどうぞ。私はついていくだけだし」
「はーい」

 むぅ。なんか軽くあしらわれている気分だ。


 ──めっっちゃ、感動した。泣いた。何あれ意味わかんない。
 何あの最後の言葉! 絶対泣かせにきてるし……あーもう! 私の語彙力返せ!

「なんかすごい気に入ってくれたみたいで良かった。僕も初めて恋愛系の映画見たけど、面白いね」
「本当に! 私も初めてだけどあんなに──あ、いや、べべつに気に入ったりとかしてないし……碓氷のこと観察してただけだし……」
「そだね」

 くぅ……歳下になんでこんな屈辱を受けなくてはいけないんだ……。


 映画の後は買い物デートと言いたげに、近くのデパートへと上がり込む。
 正直、生きていた時はあまりこう言った人混みには来なかったと思う。面倒は嫌いだったんだ。
 
「乃亜さんは何が好きなの? 可愛い服とか?」
「何、急に? ……まあ、可愛い服はそりゃ好きだけど……」

 嬉しそうに微笑むのはいいけれど、何をしたいんだろう。
 彼の行先には服屋が並んでいる。私に気を使ったつもり?
 並ぶ服屋のなかでも、女性向けの服が多く扱われている店に入る。

「これとかどう?」
「い、いいんじゃない?」
「これは?」

 う……私の好みでも知っているの? なんでこんな私の食指に触れるものばかり持ってこれるのだろう……。

「着てみる?」
「そ、そうね」

 思わず差し出した指先は彼の手に──触れそうになるけれどすり抜ける。当然その先に持つ服も。

「…………」

 これは気まずい。本当にごめん。

「……なんかごめん。そうだよね……」
「べ、別に気にすることじゃない」

 気丈に振る舞っているつもりだけど、引きつってるかもしれない……正直かなり残念なんだもの。

「次行こ! 目で見て楽しめるのがいいよね」
「私に気を使わなくても……」
「せっかくだから、乃亜さんにも楽しんでもらいたいでしょ」

 店員の痛い視線を受けながら服屋を後にする。……本当に、私のことなんて気にしなければいいのに。


「なにこの愛らしい瞳……まるでお持ち帰りしろと言わんばかりに小首を傾げるその姿……!」

 ペットショップにきて知ることになる、猫と犬の可愛らしさ。ほとんどちいさい子供だからと言うのもあるんだろうけど、それにしたっておかしい!

「ふふ。なんかおかしな喜び方だね」
「なにが? 素直な気持ちを表しただけなんだけど!」

 図らずも興奮してしまう。だって、可愛いものって正義でしょう?

「乃亜さんは可愛い……覚えておくね」
「は? 可愛いのはこの子たち、私は関係ないでしょ!」

 急になにを言い出すのかこの子供は! ちょっと顔熱いんだけど……動物たちのためとは言え暖房効きすぎなんじゃない?

 その後は軽くデパートを一通り見ると、後一箇所連れて行きたいところがあるとのこと。
 ……でも感心するな。この行動力と即座にデートプランを立てるあたり、実はやり手だったりするの……? ──いやデートじゃなかった。うん、デートではない。

 それに、彼は今日死ぬ予定だと言うのに、何故こんなにも屈託のない笑顔を浮かべることができるのだろう。……嘘だと思っていた私ですらそんな風にはなれなかった。


 日は落ち始め、世界が赤く染まる頃合い。夜までやってるなんて珍しい。
 彼に連れられてやってきたのは動物園。……ペットショップでの私の反応がとてもお気に入りだったらしく、私は動物好きだと認定されたみたい。
 そりゃ好きだよ? 動物。でもなんかなぁ……恥ずかしいんだよね。

「ずっと顔赤いけど、大丈夫?」
「な……夕日で顔が赤いだけ! そもそも私死神なんだから、体調とか悪くならないし……」
「本当? ならよかった」

 確かに顔熱いけど、そんなに赤いかな……いやいや夕日でそう見えるだけだよね。
 大体本当になんでこの子は、死神である私をここまで気にかけることができるの? 自分は今日命を落とすと言うのに。
 まあ、もう空が暗くなる時間だし、未だ元気な彼が死ぬ様子が全く想像つかない訳で……実感がないのはよくわかるけれどね。

「本当、乃亜さんは面白くて可愛い人だな」
「褒めたところで貴方の寿命は伸びないわよ。……ていうか、私にそんな力ないし。──褒めてるんだよねそれ?」

 面白いってのは褒めてるの、貶してるの……?

「乃亜さんのことが大好きだってことだよ!」
「大す──なに言ってるの? 訳わかんないんだけど! 本当に君は頭どうかしてるよ!」

 今日あったばっかの私に大好きとか、本当に意味が分からない。きっと誰にでも言うやつだね、たらし、てやつだ。……可愛い顔して侮れない。

 その後は普通に動物園デートのようなやりとり。ゾウを見ては大きいとか、ライオンをみては怖いけどかっこいいとか、ペンギンを遠目にでたり……とまあ、多分普通のデート……うん。もうデートでいいや。
 別に彼のことが好きになったとか、そういうんじゃない。──そうじゃないけど、少なくとも人間としては、いい人間だと思ってる。
 気は使えるし、優しいし、その性格もあまり鼻に掛けることはなく、かと言って酷く謙遜するわけでもない。
 彼といて心地が良い……それは紛れもない事実であり、私の感情となっているようだ。

「乃亜さん、最後にあれ……いいかな?」

 既に園内は暗く、動物たちの鑑賞もほぼ終わっている。彼が指差す先にあるのは観覧車。
 遊園地ではないけれど、この動物園にはいくつかの乗り物があって、その中でも人気のスポットらしい。

 当然、人気スポットということは行列に並ぶことになる。今の私には苦痛を感じる理由がさほどないけれど、彼は違う。
 それでも私を気遣って微笑みながら話しかけてくる。……少なくとも、彼を失うのが惜しいと考え始めている自分がいる。死神として、これは失格なのだろうか。

「次だって」

 どうやら、順番が回ってきたようだ。正直、今の私からしたらそれほどの楽しみを感じない。
 死神となってからは、宙を浮くことができるようになった。なんなら観覧車よりも高いところまで浮くことだってできる。
 ──なにより、私の体はモノを触れないんだ。彼と一緒でないのであれば、むしろ乗りたいものではなかったと思う。

 二人して乗り込むと、私の体は何故か観覧車にふれることができた。何故? 私はこの世の物には触れないはず……。

「早く乗らないと危ないよ、乃亜さん」

 真司くんに促され、急いで乗り込むとガイドの人が扉を閉める。あの人には私は見えていないはずなのに。

「さっきから変だよ? 本当に大丈夫?」
「うん……何でもない」

 不思議なことだ。観覧車の椅子に座れば、ちゃんと腰をかけることができる。私はどうしてしまったんだ……。

「……ねえ、乃亜さん」
「……なに?」

 真司くんが迫ってくる──て、あれ?

「あれ……触れる?」
「何で?」

 二人して困惑する。さっきまでふれることすらできなかった私達が、いきなり手を握れるようになったのだから、仕方がない。

「嬉しい」

 へ……? 嬉しいと言うのはどう言う事……? いや、これはデートなんだから、触れて嬉しいのは当たり前か。うん、そうだよね──あれ?

「ごめんなさい」
「なに──」

 唐突に柔らかい感触に口を塞がれた。目を閉じた真司くんの顔が近い。鼻息、彼の匂い、心臓の鼓動、身体の震えが全て伝わってくる。
 多分引き離そうと思えば簡単に出来るんだろうな。……でも、嫌だ。ずっとこうしてたい。
 気がつけば私の両手は彼の頭を抱きしめていた。愛おしい。全身が熱い、心が暖かい。これほどに気持ちがたかぶる自分は、生きていた頃でも知らない。

 どれほどに愛おしい時間も、終わりは来るものだ。私の抱擁を振り解き、彼が離れていく。
 
「そろそろだね」
「え──」

 彼の向く先、観覧車の外を見ると空へ上がる一筋の光が見える。

 ──あれは何?

 星空を背景に、光は一瞬収縮する。その直後、乾いた破裂音を響かせ、赤と黄色の華の輪郭が現れた。

「綺麗な華……あれは何?」
「乃亜さん、花火見たことない?」

 花火……? 振り返ると、花火と呼ばれたあの巨大な華とはまた違う、私にとってはとても輝いて見える笑顔がある。
 何度も見たものなはずなのに、今は直視ができない。……どうしたんだ、私。

「花火は夜空に咲く唯一の花。僕にとっての乃亜さんみたいなものかな?」
「──変なこと言わないで。……私はあんなに綺麗じゃない」

 おそらく、今の私はあの花火よりも真っ赤に染まっているだろう。彼に見られたくない。
 また、一つ二つと空へ上がる光の筋に視線を戻す。

「花火……か」

 夜空には、青や緑、黄色……あらゆる色の華が咲き誇る。……そして、すぐに散りゆく儚い景色。

 胸が苦しい。

 原因は痛いほど分かっている。……今日はもうじき終わる。
 
「わ──っ」

 転びそうになる振動と共に、観覧車内の光が消えた。外の景色も暗闇に満ちている。

「何?」

 彼に視線を戻しても、分からないと言いたげに首を振っている。何が起こったの?

『ただ今、原因不明のトラブルにより、園内の停電が発生致しました。お客様には大変ご迷惑をお掛けしますが、しばらくご容赦願います』

 停電……そんなことがあるのか。
 今は観覧車がちょうどてっぺんにいる。
 もう一度外を眺めると、未だ一筋の光が昇っていた。

「ついてないな」
「そんなことない」

 彼の言葉と重なるように赤い華が咲く。

「僕は乃亜さんに会えて良かった。最後の日に、あなたに会えて良かった。……あなたが来てくれてよかった」

 少し、誇張してるよね。私は彼に何もしてあげれていない。……なんで彼が私で良かったと言うのか分からない。

「……乃亜さん──乃亜。僕は君が大好きです」

 ──心が苦しい。今にも、あの花火のように弾けてしまいそう。

「──そして、さようなら」

 彼の不思議な言葉と共に、後ろに引っ張られる感覚。

「なに──」

 思わず振り返り、彼の涙に濡れた笑顔を見やる。
 ──その笑顔は直ぐに私の視界から消えた。

「へ?」

 何故か開かれている観覧車の扉を見る私の思考は回らない。意味がわからない。
 下の方で悲鳴が聞こえた。何が起こったのか、未だ理解できない。……理解したくない。

 遠く、夜の暗闇の中響くサイレンの音を聞きながら、枯れるまで涙を流すことしか私には出来なかった。



「乃亜ちゃん……」
 
 伊神浩二。私を担当した死神だ。彼はどう言う感情で私を眺めていたのだろう。
 私は死神と言うものを、どれほど理解していただろう。
 
 私はバカだ。何も分かっていない。
 死神といえど、元は人間。感情はそのままに人の死を看取る必要がある。
 例え初めて会った人間だろうと、例え嫌いな人間だろうと、自分と同じ姿をしている者が命を失う。
 そんな事を容易に受け入れられる訳がない。……ましてや、心を許した相手が死ぬなんて耐えられない。
 既に死んだ身だと言うのに、今こうして考えていることがどれほどに辛いか……我ながら本当に情けない。

「私は本当にバカだ……」
「乃亜さんがバカだったら僕は大バカだね」

 ──幻聴まで聞こえてくる始末か。こんなところに真司がいるはずもないのに、なんで彼の声が聞こえる──。

「へ?」
「乃亜さんは本当に面白い人だな」

 なんで……なんで? 意味がわからないよ。

「なんで真司が──」
「僕も死神になったらしいよ。……まさか、また乃亜さんに会えるとは思ってなかったなぁ──あれ、今真司って言った?」
「──バカ」

 まともな言葉が出ない。既に枯れたはずの涙が溢《あふ》れる。こんな情けない顔見せたくない!
 
「僕、嫌われちゃった……?」
「大好きに決まってる!」

 私は何を──口が勝手に……。本当に自分が分からない。

「そっか、よかった。僕も大好き」
「──っ」

 口を開いたら何を言い出すか分かったものじゃない。絶対口は開かない!

「そう言うことだから、乃亜さん。これからもよろしくお願いします」

 あぁ……本当にこの人は……。

「──ええ、分かった。私が二ついいことを教えてあげる!」

 目が熱い。ほっぺたがくすぐったい。多分まだ泣いてるんだろう。

「一つ、私はあなたを愛してる!」
「知ってる」

 あっさりと……やっぱり敵わない。

「もう一つ──死神の仕事は楽じゃないからね!」

 真司の顔が驚き、少し悲しそうに俯き、笑顔になる。忙しい表情だ。

「──知ってるよ。乃亜」

 彼の優しい表情と声が私の心に染み渡る。
 私は今、どれほどの笑顔になれているだろうか──。
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