江戸夢草紙 〜仇討ちから始まる町人革命〜

鈴武謙

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営業禁止令と、白狐の女

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祭りから三日後。惣一郎たちの屋台は浅草の名物として評判を呼び、連日多くの客でにぎわっていた。
だがその繁栄は、あまりに早く潰された。

「町奉行所より通達だ。浅草町内にての屋台営業、全て差し止めとする」

ある朝、奉行所の役人が突如として張り紙を持ってきた。
理由は「道の占拠」「近隣住民からの苦情」――だが、それが名目だけのものだと惣一郎はすぐに悟った。

「やはり、清兵衛……いや、その背後の存在か」

石川屋源左衛門は渋い顔をしながら呟いた。

「お主の成功が、加賀屋とその“後ろ盾”を刺激したようじゃ。……このままでは済まぬぞ」



信次郎は憤った。

「ふざけんなよ! あいつら、なんで俺たちばっか潰してくんだよ!」

「それだけ俺たちが“目に映る存在”になったってことだ」

惣一郎は冷静だったが、内心では焦りもあった。
屋台を止められれば、収入は絶たれ、人も離れる。

(俺はまだ……何も守れていない)

そのとき。

「惣一郎様……ですよね?」

茶屋の裏路地で、白い和傘を差した一人の女が声をかけてきた。

白い着物、整った顔立ち、そしてどこか妖艶な微笑――
「まるで白狐みたいだ」と、信次郎があとに表現する彼女の名は、お瑠璃(おるり)。

「あなたの屋台、面白かったわ。だから潰されるのも当然。でも……私なら、その“道”を開けます」

「……何者なんだ、あなたは?」

「私? ただの元・吉原の女ですよ。けど今は――加賀屋に仕えていた身でもあるの」

その言葉に、惣一郎の表情が一変する。

「どうして俺たちに味方を?」

「昔の恩人がね、“侍の誇り”ってやつを見せてくれたの。今のあなたを見て、少し思い出したのよ」

お瑠璃は、懐から一枚の手形を取り出した。

「ここ、芝の屋敷町なら屋台の規制はない。
加賀屋もまだ手を出していない“空白地”よ。商いの拠点を移して、反撃なさいな」

芝――江戸の新興地。寺や武家屋敷が多く、富裕層が集まるが、商人の進出は遅れていた。
まさに、惣一郎にとっての“新戦場”だった。

「あなたの屋台、あれは“流行”じゃない。“文化”になりうる」

「……恩は必ず返します。お瑠璃殿」

「ふふ、楽しみにしてるわ。惣一郎様――」



その夜、惣一郎は信次郎たちとともに、芝への移動を決意した。

「新しい戦場、新しい商い、そして――新しい敵だ」

彼の背中には、“白狐”の女の言葉と、“父の無念”が重く乗っていた。

だが、その一歩が――
やがて江戸中を巻き込む、前代未聞の商人革命の始まりになるとは、
まだ誰も知らなかった――。
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