江戸夢草紙 〜仇討ちから始まる町人革命〜

鈴武謙

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審判の間、正しき志を胸に

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八月五日――江戸城・西丸。
将軍直轄の経済顧問として、再び表舞台に姿を現したのは、
かつて天野修斎を沈黙させた男――堀内玄蕃であった。

その場には、芝銀会代表として天野惣一郎、
白鷺屋代表として桐生屋長兵衛、
そしてその背後に座る加賀屋宗太夫の姿もあった。

静寂を切り裂いたのは、玄蕃の静かな声。

「……話は、聞いている。
京より白鷺屋が江戸に進出し、御用金の一手取扱いを願い出た。
一方、町人らによる独自の金融組織“芝銀会”が、それを拒み信用連合を構築しようとしている。
――相反する二つの金融理念。今日ここで、“どちらを認可するか”を決めよう」

その瞬間、空気が張り詰めた。



まずは桐生屋が口火を切る。

「我々白鷺屋は、京にて三百年の信用を積み、幕府に数万両の御用金を納めております。
江戸でもその体制を整え、“均一な金利・整然とした帳簿”により、商いの混乱を抑える所存」

続いて、加賀屋宗太夫が重々しく語る。

「我が加賀屋は、江戸にて百年余。
“公儀と歩調を合わせる商い”こそ、安定と秩序を生むのです」

その論理は、まさに“幕府と共にある商人”という自負に満ちていた。



そして玄蕃は、惣一郎に目を向けた。

「天野惣一郎。おぬしは……父の志を継ぎ、ここに来たのだな?」

惣一郎は、深く頭を下げた。

「はい。芝銀会は、町人一人ひとりの出資と信用によって成り立っています。
民が民を支え合う仕組みです。
それは、父・修斎が夢見た“正しい商い”の姿でもあります」

「正しき商い、とは?」

「私利私欲ではなく、町の“笑顔”を生む金の流れです。
京の金は確かに強い。けれど、民の暮らしを知らぬ金が“正義”とは思えません」

玄蕃は静かに目を閉じ、そして言った。

「……かつて、私はおぬしの父の正しさを、黙って見逃した。
だが、今おぬしの口から聞くと、その言葉がようやく“生きている”ように思える」

その瞬間、桐生屋と宗太夫の顔色が変わった。

「待っていただきたい、堀内様――我らには将軍家からの後ろ盾が……!」

「将軍家は、“誠ある者”を好む。口先の約束ではなく、現場の声を聴くはずだ」

堀内玄蕃は、静かに口を開いた。



「――この場において、“芝銀会”を正式に認可する。
江戸における町人信用組合の先駆けとして、幕府もその動向を見守るものとする」

「なっ……!」

桐生屋と宗太夫が声を失った瞬間、
惣一郎は、拳を強く握りしめた。

(父上……あなたの“正しさ”が、ようやく幕府に届いた)



その夜、芝銀会には、かつてない数の入会希望者が殺到した。

両替商、酒問屋、薬種商、材木屋、百姓まで。
“白鷺屋の金”に頼らない、“町人の金”が息を吹き返したのだ。

一方、加賀屋本家は、商人仲間の信頼を失い、
桐生屋は京に一時帰還を余儀なくされた。



だが、清兵衛が惣一郎にぽつりと呟く。

「兄ちゃん、ここで終わりじゃねぇ。白鷺屋も、加賀屋も……次は“裏”から動いてくる」

「わかってます。だから――」

惣一郎は静かに、屋台の明かりが灯る芝の通りを見渡した。

「ここから、“江戸そのもの”を動かす準備を始めます」
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