もしもバブル崩壊がなかったら

鈴武謙

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兆しの時代

黒い密約

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 赤坂・料亭「八雲」。
昼下がりの光が、庭に配された雪見灯籠をやわらかく照らしていた。

「これは個人的な会合だ。正式な記録には残らん」

園部泰男は、盃に口をつけることもなく、まっすぐ透を見据えて言った。
齢六十を越えたその顔には、経済界の闇も栄光もすべて通り抜けてきた者の静けさが宿っていた。

「君の案――“選択的信用規制”は、実に刺激的だ。だが、それは同時に中央銀行の存在意義そのものを脅かす」

「日銀の“独立性”は、聖域ではありません」

「若いな。君のような男が、最も危ういのだ。革命を夢見る男は、革命の犠牲になる」

透は黙って箸を置き、鞄から一枚の書類を取り出した。
そこには――

〈国際金融市場シミュレーション〉
“利上げ強行時の外国人投資家離脱予測レポート”

「これは……IMFへの資金流出懸念まで書いてあるな。君が書いたのか?」

「ええ。私は、革命ではなく“延命”をしたいんです。崩壊ではなく、軟着陸の手段を――」

園部は一呼吸置き、笑った。

「君のような若造が、ここまでの未来図を描けるとはな……。面白い」

「それで?」

「交渉しよう。ただし、条件がある」

そう言って園部は懐から封筒を出し、机に滑らせた。

「この人事案を、“通せるか”? 君の中で、だがな」

透が封筒を開くと、そこには次期日銀副総裁候補の非公式な推薦者リストがあった。
その一番上に記されていた名――永瀬将一郎。

かつて透が新人官僚として仕えていた直属の上司。今は政界に太いパイプを持ち、与党内で“次の蔵相候補”とも囁かれている男だ。

「君が動けば、大蔵省内は動く。永瀬ラインが本流になる。そうなれば我々もやりやすい。君の案も通る」

「私に人事権はありません」

「あるも同然だよ。君が、そう思えばな」

利上げ回避の条件は、財務省官僚の一枚岩としての支援。
その突破口として、透は“名指し”されたのだ。

「これは取引というより、“運命の選択”だよ、真壁くん」



その夜、透は永田町の料亭「花玄」を訪れた。
永瀬将一郎――元大蔵官僚にして現衆議院議員。透にとって、尊敬と恐怖の対象だった。

「透、お前もとうとう“こちら側”に来るか」

「……お言葉ですが、私はまだ“官僚”のつもりです」

「理想を実現したいならな、政治を知らねばならん。霞が関の机上じゃ、世界は変えられんぞ」

永瀬は笑いながら酒を注ぐ。その姿に、透は気づいた。
この男は、すでに政治の魔物と化している。

そして、自分もまた――その渦の中に、足を踏み入れてしまったのだ。



やがて、年が明ける。1990年、平成二年。
日本はこの年――ついに“運命の選択”を迫られる。
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