完璧だった美少女生徒会長が俺限定で見せるポンコツ姿のせいで、周囲の女子からの〈生暖かい視線〉と〈からかい〉が止まらない

咲月ねむと

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5話 返却と意味不明な感謝

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(……返さないわけには、いかないよな)

翌朝、俺はポケットの中の生徒手帳の感触を確かめながら、重い足取りで昇降口へ向かっていた。西村会長の生徒手帳だ。持ち主は、俺が近くにいるとポンコツ化するという、非常にデリケートな問題を抱えている。これを返すというミッションは、正直言って気が重い。

「おはよー、健司。なんか今日、顔色悪くない?」

隣に追いついてきた結衣が、俺の顔を覗き込む。

「……そうか?」

「うん。なんか悩み事?」

「いや、別に……」

俺は言葉を濁す。会長の生徒手帳を拾ったなんて言ったら、絶対に面白がって騒ぎ立てるに決まっている。
ポケットの中の手帳が、やけに存在感を主張してくる。早く返してしまいたい。でも、どうやって? また会長がパニックになったら……。

考え込んでいると、前方に目的の人物を発見した。西村会長だ。友人と談笑しながら歩いている。今なら、周りに人がいるから、そこまで変なことにはならないかもしれない。いや、逆に人目があるからパニックが増幅する可能性も……?

「……よし」

俺は小さく覚悟を決め、会長たちの少し前方に回り込むようにして歩き、すれ違うタイミングを待った。

「あ、佐藤くん、おはよう」

会長と一緒にいた友人……確か、クラス委員の女子だったが、俺に気づいて声をかけてくれたのだ。ナイスアシスト!

「おはよう」

俺は当たり障りなく返しつつ、タイミングを見計らって、本命に声をかける。

「あの、西村会長」

「……!?」

俺の声に、会長の肩がビクッと跳ねた。隣に友人がいるにも関わらず、その反応は健在だ。顔が、みるみる赤くなっていくのも、もはや様式美である。

「な、なんでしょうか……佐藤くん」

声が、明らかに上ずっている。
友人も「あれ?」という顔で会長を見ている。そりゃそうだ。普段の会長からは考えられない反応だろう。

俺はポケットから生徒手帳を取り出し、スッと会長の前に差し出した。

「これ、昨日、図書館に落ちてました」

「………………!!!」

会長は、俺が差し出した生徒手帳を見て、完全にフリーズした。口をパクパクさせているが、声にならない。顔はリンゴみたいに真っ赤だ。

「あ、あかり? あんた、生徒手帳落としてたの?」

友人が心配そうに声をかける。

「あ……う、うん……みたい……?」

会長は、恐る恐る、といった感じで俺の手から生徒手帳を受け取る。その指先が、わずかに俺の指に触れた瞬間、「ひゃっ!」と小さな悲鳴を上げて手を引っ込めた。

(触れただけでその反応!? 俺はバイキンなの!?)

心の中で盛大にツッコミを入れる。

会長は、生徒手帳を胸の前でぎゅっと握りしめると、なぜか俺に向かって、ものすごい勢いで頭を下げ始めた。

「あ、あ、ありがとう! ございます! さ、佐藤くん! 本当に、本当に、助かりました! あの、えっと、感謝、してます! すごく!」

「は、はあ……どういたしまして……?」

尋常じゃない勢いの感謝に、俺は若干引き気味になる。生徒手帳を拾って届けただけなのだが……。
まるで命の恩人に対するような感謝っぷりだ。

「あの、これ、もし、佐藤くんじゃなくて、他の人が拾ってたらって思うと……! 本当に、良かった……!」

「え?」

他の人が拾ってたら? 

なにかまずいことでもあったのだろうか? 

生徒手帳に、何か秘密でも……?

俺が疑問符を浮かべていると、会長はハッとした顔で口を噤み、ブンブンと首を横に振った。

「な、なんでもない! とにかく、ありがとう! じゃ、じゃあ!」

会長は友人に対しても「先、行くね!」とだけ言うと、またしてもバタバタとした足取りで、教室の方へと走り去っていった。

呆然とする俺と状況が飲み込めていない様子の友人だけがその場に残った。

「……あかり、どうしちゃったんだろ。佐藤くんの前だと、いつもと様子が違うような……?」

友人の呟きが、俺の耳に妙に突き刺さった。

「いつもと様子が違う」

他の人間から見ても、会長の俺に対する態度は不自然に映るらしい。

(他の人が拾ってたらまずかった……か)

会長が最後に漏らした言葉が、頭の中でリフレインする。生徒手帳に何か秘密が? いや、それよりも「俺だから良かった」というニュアンスの方が気になった。

俺は、西村会長にとって、一体どういう存在なんだ?

混乱は、深まるばかりだった。
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