19 / 37
第19話 交渉のテーブル
しおりを挟む
視察二日目の朝は、気まずい沈黙と共に始まった。
昨夜の屈辱がよほど堪えたのか、エドワード王子とリリア嬢は目の下にうっすらと隈を作り、不機嫌さを隠そうともしない。
しかし、彼らの前に並べられた朝食は、そんな不機嫌さを吹き飛ばすほどの魅力を放っていた。艶やかに輝く白いパン、黄金色の卵料理、そして、湯気の立つスープからは、豊潤な野菜の香りが立ち上る。
「……うまい」
一口食べた王子が、思わずといったように呟いた。辺境の食材だけで作られたとは思えない、滋味深く、体に活力がみなぎってくるような食事。
それら全てが、アリシアという「聖女」がもたらした奇跡の産物であることを、彼らは認めざるを得なかった。
朝食後、一行は再び応接室のテーブルに着いた。昨日の癇癪が嘘のように、エドワード王子は神妙な顔つきをしている。カイ様が完全に場の主導権を握っていた。
「聖銀について、改めてご説明しよう」
カイ様は堂々と切り出した。
「かの鉱脈は、アリシア嬢の『浄化』の力なくしては発見しえなかったもの。よって、その所有権は、このアイスバーグ領に帰属する。無論、国民として王家への献上を怠るつもりはない。だが、その量、時期、価格については、こちらで決定させていただく」
そのあまりにも強気な宣言に、視察団の役人たちがざわめく。しかし、カイ様の有無を言わせぬ態度に誰も反論はできない。
交渉が少しばかり白熱しかけた、その時だった。
「皆様、新しい紅茶をお淹れしましたわ」
侍女として控えていた私が、にこやかにティーカップを配り始める。
「特に王子様には、こちらのカップを。こちらは最新作でして、茶渋などのステイン汚れが付着しにくいよう、わたくしが特殊なコーティングを施しましたの。お口をつける部分の衛生も、これで完璧ですわ!」
私の専門的すぎる解説に、エドワード王子はまたしても言葉を失い、ぐっと眉間に皺を寄せた。
カイ様は、そんな私を見て、面白そうに口の端を微かに吊り上げる。私のこの行動が、結果的に相手のペースを乱し、交渉を有利に進めるための最高の援護射撃になっているのだろう。
結局、その日の交渉は、カイ様の一方的な勝利で幕を閉じた。
面白くないのは、リリア嬢だった。交渉の場で何の活躍もできず、ただ美しいアリシアがカイ様に庇護される姿を見せつけられただけ。彼女のプライドは、ひどく傷ついているようだった。
その日の午後。
私が一人で中庭に続く廊下を磨いていると、背後から高い声がかけられた。
「……あなた、少しよろしいかしら」
リリア嬢だった。彼女は、今までとは打って変わって、どこか心配そうな、同情するような表情を浮かべている。
「カイ辺境伯もひどいお方よね。あなたを利用するだけ利用して……。本当は、エドワード王子、あなたのことを今でも、とても気にかけていらっしゃるのよ」
「えっ?王子様が?」
思いがけない言葉に、私はきょとんとする。
「そうよ。あなたを追放したことを本当は後悔していらっしゃるの。でも、今さら素直になれないだけ……。だから、あなたと二人きりで、少しだけお話がしたいそうなの」
リリア嬢は、扇で口元を隠しながら蠱惑的に囁いた。
「西の塔で、お待ちになっているわ。さぁ、行ってさしあげて」
西の塔。そこは、屋敷の中でもあまり使われていない古い塔だ。
(王子様が、わたくしと二人きりで……?まあ、なんてことでしょう!)
私の頭の中では、一つの結論が導き出されていた。
(きっと、王城のお掃除に関する、極秘のご相談があるに違いないわ!わたくしのプロの技が、ついに王宮にまで必要とされる時が来たのね!)
「分かりましたわ!すぐに向かいます!」
私はリリア嬢ににこやかにお礼を言うと、愛用の『ピヨちゃん』を手に意気揚々と西の塔へと向かった。
昨夜の屈辱がよほど堪えたのか、エドワード王子とリリア嬢は目の下にうっすらと隈を作り、不機嫌さを隠そうともしない。
しかし、彼らの前に並べられた朝食は、そんな不機嫌さを吹き飛ばすほどの魅力を放っていた。艶やかに輝く白いパン、黄金色の卵料理、そして、湯気の立つスープからは、豊潤な野菜の香りが立ち上る。
「……うまい」
一口食べた王子が、思わずといったように呟いた。辺境の食材だけで作られたとは思えない、滋味深く、体に活力がみなぎってくるような食事。
それら全てが、アリシアという「聖女」がもたらした奇跡の産物であることを、彼らは認めざるを得なかった。
朝食後、一行は再び応接室のテーブルに着いた。昨日の癇癪が嘘のように、エドワード王子は神妙な顔つきをしている。カイ様が完全に場の主導権を握っていた。
「聖銀について、改めてご説明しよう」
カイ様は堂々と切り出した。
「かの鉱脈は、アリシア嬢の『浄化』の力なくしては発見しえなかったもの。よって、その所有権は、このアイスバーグ領に帰属する。無論、国民として王家への献上を怠るつもりはない。だが、その量、時期、価格については、こちらで決定させていただく」
そのあまりにも強気な宣言に、視察団の役人たちがざわめく。しかし、カイ様の有無を言わせぬ態度に誰も反論はできない。
交渉が少しばかり白熱しかけた、その時だった。
「皆様、新しい紅茶をお淹れしましたわ」
侍女として控えていた私が、にこやかにティーカップを配り始める。
「特に王子様には、こちらのカップを。こちらは最新作でして、茶渋などのステイン汚れが付着しにくいよう、わたくしが特殊なコーティングを施しましたの。お口をつける部分の衛生も、これで完璧ですわ!」
私の専門的すぎる解説に、エドワード王子はまたしても言葉を失い、ぐっと眉間に皺を寄せた。
カイ様は、そんな私を見て、面白そうに口の端を微かに吊り上げる。私のこの行動が、結果的に相手のペースを乱し、交渉を有利に進めるための最高の援護射撃になっているのだろう。
結局、その日の交渉は、カイ様の一方的な勝利で幕を閉じた。
面白くないのは、リリア嬢だった。交渉の場で何の活躍もできず、ただ美しいアリシアがカイ様に庇護される姿を見せつけられただけ。彼女のプライドは、ひどく傷ついているようだった。
その日の午後。
私が一人で中庭に続く廊下を磨いていると、背後から高い声がかけられた。
「……あなた、少しよろしいかしら」
リリア嬢だった。彼女は、今までとは打って変わって、どこか心配そうな、同情するような表情を浮かべている。
「カイ辺境伯もひどいお方よね。あなたを利用するだけ利用して……。本当は、エドワード王子、あなたのことを今でも、とても気にかけていらっしゃるのよ」
「えっ?王子様が?」
思いがけない言葉に、私はきょとんとする。
「そうよ。あなたを追放したことを本当は後悔していらっしゃるの。でも、今さら素直になれないだけ……。だから、あなたと二人きりで、少しだけお話がしたいそうなの」
リリア嬢は、扇で口元を隠しながら蠱惑的に囁いた。
「西の塔で、お待ちになっているわ。さぁ、行ってさしあげて」
西の塔。そこは、屋敷の中でもあまり使われていない古い塔だ。
(王子様が、わたくしと二人きりで……?まあ、なんてことでしょう!)
私の頭の中では、一つの結論が導き出されていた。
(きっと、王城のお掃除に関する、極秘のご相談があるに違いないわ!わたくしのプロの技が、ついに王宮にまで必要とされる時が来たのね!)
「分かりましたわ!すぐに向かいます!」
私はリリア嬢ににこやかにお礼を言うと、愛用の『ピヨちゃん』を手に意気揚々と西の塔へと向かった。
373
あなたにおすすめの小説
天才すぎて追放された薬師令嬢は、番のお薬を作っちゃったようです――運命、上書きしちゃいましょ!
灯息めてら
恋愛
令嬢ミーニェの趣味は魔法薬調合。しかし、その才能に嫉妬した妹に魔法薬が危険だと摘発され、国外追放されてしまう。行き場を失ったミーニェは隣国騎士団長シュレツと出会う。妹の運命の番になることを拒否したいと言う彼に、ミーニェは告げる。――『番』上書きのお薬ですか? 作れますよ?
天才薬師ミーニェは、騎士団長シュレツと番になる薬を用意し、妹との運命を上書きする。シュレツは彼女の才能に惚れ込み、薬師かつ番として、彼女を連れ帰るのだが――待っていたのは波乱万丈、破天荒な日々!?
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。
まりぃべる
恋愛
私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。
十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。
私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。
伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。
☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。
婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―
鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。
泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。
まだ八歳。
それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。
並ぶのは、かわいい雑貨。
そして、かわいい魔法の雑貨。
お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、
冷めないティーカップ、
時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。
静かに広がる評判の裏で、
かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。
ざまぁは控えめ、日常はやさしく。
かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。
---
この文面は
✔ アルファポリス向け文字数
✔ 女子読者に刺さるワード配置
✔ ネタバレしすぎない
✔ ほのぼの感キープ
を全部満たしています。
次は
👉 タグ案
👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字)
どちらにしますか?
聖女追放された私ですが、追放先で開いたパン屋が大繁盛し、気づけば辺境伯様と宰相様と竜王が常連です
さら
恋愛
聖女として仕えていた少女セラは、陰謀により「力を失った」と断じられ、王都を追放される。行き着いた辺境の小さな村で、彼女は唯一の特技である「パン作り」を生かして小さな店を始める。祈りと癒しの力がわずかに宿ったパンは、人々の疲れを和らげ、心を温める不思議な力を持っていた。
やがて、村を治める厳格な辺境伯が常連となり、兵士たちの士気をも支える存在となる。続いて王都の切れ者宰相が訪れ、理屈を超える癒しの力に驚愕し、政治的な価値すら見出してしまう。そしてついには、黒曜石の鱗を持つ竜王がセラのパンを食べ、その力を認めて庇護を約束する。
追放されたはずの彼女の小さなパン屋は、辺境伯・宰相・竜王が並んで通う奇跡の店へと変わり、村は国中に名を知られるほどに繁栄していく。しかし同時に、王都の教会や貴族たちはその存在を脅威とみなし、刺客を放って村を襲撃する。だが辺境伯の剣と宰相の知略、竜王の咆哮によって、セラと村は守られるのだった。
人と竜を魅了したパン屋の娘――セラは、三人の大国の要人たちに次々と想いを寄せられながらも、ただ一つの答えを胸に抱く。
「私はただ、パンを焼き続けたい」
追放された聖女の新たな人生は、香ばしい香りとともに世界を変えていく。
【完結】愛人の子を育てろと言われた契約結婚の伯爵夫人、幼なじみに溺愛されて成り上がり、夫を追い出します
深山きらら
恋愛
政略結婚でレンフォード伯爵家に嫁いだセシリア。しかし初夜、夫のルパートから「君を愛するつもりはない」と告げられる。さらに義母から残酷な命令が。「愛人ロザリンドの子を、あなたの子として育てなさい」。屈辱に耐える日々の中、偶然再会した幼なじみの商人リオンが、セシリアの才能を信じて事業を支援してくれる。
婚約者に捨てられた私ですが、なぜか宰相様の膝の上が定位置になっています
さら
恋愛
王太子との婚約を一方的に破棄され、社交界で居場所を失った令嬢エリナ。絶望の淵に沈む彼女の前に現れたのは、冷徹と名高い宰相だった。
「君の居場所は、ここだ」
そう言って彼は、ためらいもなくエリナを自らの膝の上に抱き上げる。
それ以来、エリナの定位置はなぜか宰相様の膝の上に固定されてしまう。
周囲からの嘲笑や陰口、そして第一王子派の陰謀が二人を取り巻くが、宰相は一切怯むことなく、堂々とエリナを膝に抱いたまま権力の中枢に立ち続ける。
「君がいる限り、私は負けぬ」
その揺るぎない言葉に支えられ、エリナは少しずつ自信を取り戻し、やがて「宰相の妻」としての誇りを胸に刻んでいく。
舞踏会での公然の宣言、王妃の承認、王宮評議会での糾弾――数々の試練を経ても、二人の絆は揺らがない。むしろ宰相は、すべての人々の前で「彼女こそ我が誇り」と高らかに示し、エリナ自身もまた「膝の上にいることこそ愛の証」と誇らしく胸を張るようになっていく。
そしてついに、宰相は人々の前で正式に求婚を告げる。
「エリナ。これから先、どんな嵐が来ようとも――君の定位置は私の膝の上だ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる