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第27話 監視の侍女
「――さて、まずはどこから取り掛かりましょうか?」
私の元気いっぱいの問いかけは、王都の澄んだ空気に吸い込まれ、あとには気まずい沈黙だけが残った。
「……君は、本当に…」
エドワード王子は、こめかみを押さえ、深いため息をついた。その表情は、怒りを通り越して、もはや一種の諦観に満ちている。
「……いや、後で、後でゆっくり話そう。長旅で疲れただろう。まずは滞在する離宮へ案内させる」
王子がなんとかその場を収めようとする一方で、隣に立つ初老の貴婦人――王妃様の覚えめでたいイザベラ公爵夫人は、扇で口元を隠し、その瞳に明確な侮蔑の色を浮かべていた。
辺境から出てきた、常識知らずで頭の足りない娘。彼女の目には、私がそう映っているのだろう。
そんな周囲の反応とは裏腹に、カイ様は少しも動じなかった。むしろ、私の手をそっと握り、「これが私のアリシアだ」とでも言うように誇らしげな表情さえ浮かべている。
その温かい手に、私は「王都でもお掃除、頑張りますわ!」と心の中で固く誓った。
案内された王宮の離宮は、それはもう豪華絢爛な場所だった。天井は高く、壁には美しいタペストリーが飾られ、調度品はどれも一級品ばかり。
けれど、私の目はごまかせない。
(あのカーテンのドレープの裏側…間違いなく、数ヶ月分の埃が蓄積していますわ)
(窓際に置かれた銀の花瓶…表面が酸化して、うっすらと黒ずんでいる。磨きたい…!今すぐ磨きたい!)
私の体がうずうずと疼き始めた、その時だった。
「辺境伯様、アリシア様。わたくしは、皆様のお世話をさせていただきます、侍女のセーラと申します」
一人の若い侍女が丁寧にお辞儀をした。
しかし、その笑顔の裏には、イザベラ公爵夫人と同じ、私たちを値踏みするような冷たい光が宿っている。彼女が、私たちの監視役なのだろう。
カイ様がエドワード王子と共に祝賀会の打ち合わせで部屋を出て行った後、私はついに我慢の限界に達した。
「セーラさん。少し、この部屋の環境整備をしてもよろしいかしら?」
「…は?環境、整備でございますか?」
怪訝な顔をするセーラさんを尻目に、私は辺境から持参した『決戦用お掃除セット』の蓋を満を持して開けた。
「まぁ、辺境伯夫人ともあろうお方が、自らお掃除など……はしたない」
セーラさんの皮肉めいた呟きが聞こえる。
でも、今の私に、そんな言葉は届かない。
まずは、携帯用の羽根ハタキ『ピヨちゃんJr.』で、カーテンレールの埃を払い落とす。
私の「浄化」スキルが発動し、埃は光の粒子となって消えていく。次に特製の磨き布で、例の銀の花瓶をキュッ、キュッ、と磨き上げた。
セーラさんは、最初こそ嘲笑の表情を浮かべていた。しかし、次第にその顔から色が失われていく。
神業としか思えない手際で、部屋の隅々が輝きを取り戻していく。それだけではない。澱んでいた部屋の空気が、まるで高原の朝のように、清々しく、澄み切っていくのだ。
それは、ただの掃除では説明のつかない、不可解で、神聖さすら感じさせる現象だった。
全ての作業を終えた私が額の汗を拭う。
部屋は、見違えるように輝いていた。
「ふぅ、さっぱりしましたわ!」
私は満足のため息をつくと、呆然と立ち尽くすセーラさんに向き直り、にこりと微笑んだ。
「あなたも、お掃除はお好き?もしよろしければ、銀製品を傷つけずに輝きを取り戻す、秘伝の磨き方のコツを教えてさしあげますわ!」
私の何の裏表もない純粋な笑顔。
そして、私が磨き上げたことで、神々しいまでの輝きを放つ銀の花瓶。
セーラさんは、その二つの輝きに目を奪われ、毒気を抜かれたように、ただ、立ち尽くしていた。
私の元気いっぱいの問いかけは、王都の澄んだ空気に吸い込まれ、あとには気まずい沈黙だけが残った。
「……君は、本当に…」
エドワード王子は、こめかみを押さえ、深いため息をついた。その表情は、怒りを通り越して、もはや一種の諦観に満ちている。
「……いや、後で、後でゆっくり話そう。長旅で疲れただろう。まずは滞在する離宮へ案内させる」
王子がなんとかその場を収めようとする一方で、隣に立つ初老の貴婦人――王妃様の覚えめでたいイザベラ公爵夫人は、扇で口元を隠し、その瞳に明確な侮蔑の色を浮かべていた。
辺境から出てきた、常識知らずで頭の足りない娘。彼女の目には、私がそう映っているのだろう。
そんな周囲の反応とは裏腹に、カイ様は少しも動じなかった。むしろ、私の手をそっと握り、「これが私のアリシアだ」とでも言うように誇らしげな表情さえ浮かべている。
その温かい手に、私は「王都でもお掃除、頑張りますわ!」と心の中で固く誓った。
案内された王宮の離宮は、それはもう豪華絢爛な場所だった。天井は高く、壁には美しいタペストリーが飾られ、調度品はどれも一級品ばかり。
けれど、私の目はごまかせない。
(あのカーテンのドレープの裏側…間違いなく、数ヶ月分の埃が蓄積していますわ)
(窓際に置かれた銀の花瓶…表面が酸化して、うっすらと黒ずんでいる。磨きたい…!今すぐ磨きたい!)
私の体がうずうずと疼き始めた、その時だった。
「辺境伯様、アリシア様。わたくしは、皆様のお世話をさせていただきます、侍女のセーラと申します」
一人の若い侍女が丁寧にお辞儀をした。
しかし、その笑顔の裏には、イザベラ公爵夫人と同じ、私たちを値踏みするような冷たい光が宿っている。彼女が、私たちの監視役なのだろう。
カイ様がエドワード王子と共に祝賀会の打ち合わせで部屋を出て行った後、私はついに我慢の限界に達した。
「セーラさん。少し、この部屋の環境整備をしてもよろしいかしら?」
「…は?環境、整備でございますか?」
怪訝な顔をするセーラさんを尻目に、私は辺境から持参した『決戦用お掃除セット』の蓋を満を持して開けた。
「まぁ、辺境伯夫人ともあろうお方が、自らお掃除など……はしたない」
セーラさんの皮肉めいた呟きが聞こえる。
でも、今の私に、そんな言葉は届かない。
まずは、携帯用の羽根ハタキ『ピヨちゃんJr.』で、カーテンレールの埃を払い落とす。
私の「浄化」スキルが発動し、埃は光の粒子となって消えていく。次に特製の磨き布で、例の銀の花瓶をキュッ、キュッ、と磨き上げた。
セーラさんは、最初こそ嘲笑の表情を浮かべていた。しかし、次第にその顔から色が失われていく。
神業としか思えない手際で、部屋の隅々が輝きを取り戻していく。それだけではない。澱んでいた部屋の空気が、まるで高原の朝のように、清々しく、澄み切っていくのだ。
それは、ただの掃除では説明のつかない、不可解で、神聖さすら感じさせる現象だった。
全ての作業を終えた私が額の汗を拭う。
部屋は、見違えるように輝いていた。
「ふぅ、さっぱりしましたわ!」
私は満足のため息をつくと、呆然と立ち尽くすセーラさんに向き直り、にこりと微笑んだ。
「あなたも、お掃除はお好き?もしよろしければ、銀製品を傷つけずに輝きを取り戻す、秘伝の磨き方のコツを教えてさしあげますわ!」
私の何の裏表もない純粋な笑顔。
そして、私が磨き上げたことで、神々しいまでの輝きを放つ銀の花瓶。
セーラさんは、その二つの輝きに目を奪われ、毒気を抜かれたように、ただ、立ち尽くしていた。
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