無能と蔑まれ婚約破棄された私、実は伝説の聖女でした

咲月ねむと

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​第1話 追放の夜会

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​「エリアーナ・フォン・ヴィステル! 貴様のような無能な女との婚約を、今この時をもって破棄する!」

 ​王宮の大広間に、婚約者であるアルフォンス王太子殿下の声が、まるで芝居の台詞のように朗々と響き渡った。
 優雅に流れていたワルツが止まり、会場にいたすべての貴族たちの視線が、値踏みするように、あるいは嘲るように、私、エリアーナへと突き刺さる。

 ​シャンデリアの眩い光が、今はひどく冷たいものに感じられた。

​「魔力も乏しく、何の取り柄もないお前は、次期王妃にふさわしくない。我が隣に立つのは、この可憐で強大な魔力を持つリリア嬢こそが相応しいのだ!」

 ​殿下はそう言って、隣に立つ男爵令嬢リリアの肩を得意げに抱き寄せた。
 ピンクのドレスに身を包んだリリアは、潤んだ瞳で殿下を見上げ、それから勝ち誇ったように私に微笑みかける。その笑みが、私の心を氷のナイフのように抉った。

​「まあ、ヴィステル家の出来損ないと噂の……」

「ようやく殿下もご決断されたのね」

「そもそも、あの方では……ねぇ」

 ​ひそひそと、しかし確実に私の耳に届くように囁かれる悪意の数々。

 いつものことだった。

 ヴィステル伯爵家の長女として生まれながら、私は生まれつき魔力が少なかった。
 妹や弟が優秀だったこともあり、幼い頃から両親にすら「出来損ない」と疎まれ、屋敷では息を潜めるようにして生きてきた。

 ​この婚約も、王家との繋がりを欲した父が強引に進めた政略の道具でしかない。アルフォンス殿下から一度だって優しい言葉をかけられたことはなかったし、心を通わせた記憶もなかった。
 ​それでも、いつかきっと、夫婦になれば何か変わるかもしれない。そんな淡く、愚かな期待を抱いていた自分を、今すぐ殴りつけてやりたい気分だった。

​「聞こえているのか、エリアーナ! さっさとこの場から立ち去るがいい。お前のような女がいるだけで、この祝宴が穢れる」

 ​アルフォンス殿下の追い打ちの言葉に、私は俯くことしかできない。きつく握りしめた拳が、小刻みに震える。ここで泣き崩れたら、さらに彼らの嘲笑を誘うだけだ。
 ぐっと唇を噛みしめ、溢れ出しそうな涙を必死に堪える。

 ​このまま、誰にも知られず消えてしまいたい。

 私がこの国からいなくなっても、誰も悲しまないのだろう。むしろ、喜ぶ人ばかりに違いない。

 そんな絶望が胸を満たした、その時だった。

​「――それは実に、愚かな判断だな」

 ​凛とした、それでいて空気を支配するような低い声が、会場のざわめきをシン、と静まり返らせた。
 その声は、アルフォンス殿下のものでも、この国の誰のものでもなかった。

 ​人々が割れるように道を開けたその先に、一人の男性が立っていた。
 漆黒の軍服は、彼の鍛え上げられた体躯を際立たせ、磨かれたブーツがカツリ、と床を鳴らす。豊かな黒髪に、射貫くような深紅の瞳。まるで闇と血を統べる夜の王。
 その圧倒的な存在感に、誰もが息を呑んだ。

 ​隣国、ヴァルヘイム帝国の若き皇帝――「冷徹皇帝」と大陸中に畏れられる、カイザー・フォン・ヴァルヘイムその人だった。

 ​なぜ、彼がここに? 今日の夜会の招待客リストには、その名はなかったはず。

 騒然とする人々を気にも留めず、カイザー陛下はまっすぐに私の方へと歩みを進めてくる。そして、呆然と立ち尽くす私の目の前で、彼は驚くべき行動に出た。
 ​絶対君主である彼が、無価値な私の前に、静かに跪いたのだ。そして、冷たいと噂されるその手で、私の震える手をそっと取った。

​「ようやく見つけた」

 ​熱を帯びた深紅の瞳が、私だけを映している。
 その真摯な眼差しに、私の心臓が大きく跳ねた。
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