悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと

文字の大きさ
4 / 45

​第4話 魔公爵様、初めての「おかわり」

しおりを挟む
「……では、毒味といこうか」

 ​ジルベール公爵は、我が物顔で厨房の椅子に腰を下ろした。その態度は王者のように尊大だが、視線は皿の上のハンバーグに釘付けだ。
 喉がゴクリと鳴ったのを、私は聞き逃さなかった。

​(素直に『腹が減ったから食わせろ』って言えばいいのに)

 ​私は心の中でツッコミを入れつつ、ナイフとフォークを渡した。

​「どうぞ。この辺りで獲れたオーク肉を使った『ハンバーグ』という料理です」

​「オーク肉だと?」

 ​公爵の眉がピクリと動く。

​「あれは貧民が仕方なく食べる、靴底のように硬い肉だぞ。それをミンチにして焼き固めるとは……余計に硬くなるだけではないのか?」

 ​ごもっともな意見だ。
 この世界の料理法では、ミンチ=つなぎを使わない=パサパサの肉団子が常識だからだ。

​「ふふ。まあ、騙されたと思って食べてみてください」

 ​公爵は疑わしげな目を向けつつ、ゆっくりとナイフを入れた。

 ​その瞬間、彼の目がカッと見開かれた。

​スッ……。

 ​力を入れる必要すらなかった。
 ナイフの重みだけで肉の塊が吸い込まれるように切れたのだ。断面からは、せきを切ったように透明な脂とスープが溢れ出し、皿の上を海にしていく。

​「な……?」

 ​公爵は呆然と呟き、震える手で肉片を口へと運んだ。

​アムッ。

 ​咀嚼した瞬間。

​「――――ッ!!」

 ​ガタンッ!と公爵が椅子を揺らした。
 鋭かったアイスブルーの瞳が信じられないものを見るように揺らいでいる。

​(よし、勝った)

 ​私は勝利を確信した。
 ​口の中でホロホロと崩れる肉の繊維。あめ色玉ねぎの甘みとオーク肉特有の濃厚な脂の旨味。
 そこに『悪魔の実』の酸味が効いたソースが絡み合い、脂っこさを中和しながら次の一口を誘う。

 そして何より、パン粉と卵が生み出す「ふわっふわ」の食感。この世界の人間が未だかつて体験したことのない食感の革命だ。

​「……なんだ、これは」

 ​公爵がうわ言のように呟いた。

​「噛む必要がない……舌の上で溶けたぞ……? これが、あの忌々しいオーク肉だというのか……?」

​「はい。下処理さえ間違えなければ、オーク肉は牛肉よりも味が濃くて美味しいんですよ」

​「馬鹿な。私の知っている肉料理と違う。これは……魔法か?」

 ​​そこからの公爵は早かった。
 もはや「毒味」という建前など消し飛んだらしい。

​パクッ、モグモグ。

 ​優雅なテーブルマナーは完璧なのに、そのスピードは野生動物並みだ。眉間のシワは完全に消え失せ、頬が幸せそうに緩んでいる。
 さっきまでの「氷の魔公爵」の威圧感はどこへやら。今の彼は、ただの「お腹を空かせた大きなワンコ」にしか見えなかった。

​カチャ。

 ​あっという間に皿の上は空っぽになった。
 ソースの一滴すら残っていない。パンで拭って綺麗に食べてくれたらしい。

​「……ふぅ」

 ​公爵が満足げに吐息を漏らす。
 その顔は、どこか憑き物が落ちたように穏やかだった。美しい顔立ちが際立ち、不覚にも少しドキッとしてしまう。

​「お粗末さまでした。お口に合いましたか?」

 ​私が尋ねると、公爵はハッと我に返ったように表情を引き締めた。
 そして咳払いを一つ。

​「……悪くない。毒は入っていないようだし、栄養価としては合格点だ」

 ​素直じゃないな、この人。
 まあいい。完食してくれただけで料理人としては本望だ。

​「それは良かったです。では、夜も遅いですし、お引き取りを……」

​「待て」

 ​帰ろうとした私の腕を公爵がガシッと掴んだ。
 その力は強く、そして真剣そのものだった。

​「……?」

「まだ、材料はあるのだろう?」

 ​彼は空になった皿と、私の顔を交互に見つめ真顔で言った。

​「おかわりだ。……あと三枚焼いてくれ」

​「三枚!?」

​「金なら払う。王宮の料理長以上の給金を出そう。だから……」

 ​公爵の瞳が妖しく光った。
 それは獲物を狙う捕食者の目――ではなく完全に「餌をねだる犬」の目だった。

​「今すぐ焼け。これは公爵命令だ」

​(……あ、この人チョロい)

 ​私は内心でガッツポーズをした。
 どうやら私は、この恐ろしい魔公爵様の胃袋という急所を初日にして完全に握ってしまったようだ。

​「かしこまりました、閣下」

 ​私はニッコリと笑い、再びフライパンに火を入れた。こうして私の辺境スローライフは、とんでもない大食らいの餌付け係として幕を開けたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

地味だと婚約破棄されましたが、私の作る"お弁当"が、冷徹公爵様やもふもふ聖獣たちの胃袋を掴んだようです〜隣国の冷徹公爵様に拾われ幸せ!〜

咲月ねむと
恋愛
伯爵令嬢のエリアーナは、婚約者である王太子から「地味でつまらない」と、大勢の前で婚約破棄を言い渡されてしまう。 全てを失い途方に暮れる彼女を拾ったのは、隣国からやって来た『氷の悪魔』と恐れられる冷徹公爵ヴィンセントだった。 ​「お前から、腹の減る匂いがする」 ​空腹で倒れかけていた彼に、前世の記憶を頼りに作ったささやかな料理を渡したのが、彼女の運命を変えるきっかけとなる。 ​公爵領で待っていたのは、気難しい最強の聖獣フェンリルや、屈強な騎士団。しかし彼らは皆、エリアーナの作る温かく美味しい「お弁当」の虜になってしまう! ​これは、地味だと虐げられた令嬢が、愛情たっぷりのお弁当で人々の胃袋と心を掴み、最高の幸せを手に入れる、お腹も心も満たされる、ほっこり甘いシンデレラストーリー。 元婚約者への、美味しいざまぁもあります。

偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】 あらすじ 「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」 ​聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。 彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。 ​しかし、エリーナはめげなかった。 実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ! ​北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。 すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。 ​「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」 ​とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。 以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。 ​最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます

咲月ねむと
恋愛
王宮で侍女として働く私、アリシアは、前世の記憶を持つ転生者。清掃員だった前世の知識を活かし、お掃除に情熱を燃やす日々を送っていた。その情熱はいつしか「浄化」というユニークスキルにまで開花!…したことに本人は全く気づいていない。 ​そんなある日、婚約者である第二王子から「お前の周りだけ綺麗すぎて不気味だ!俺の完璧な美貌が霞む!」という理不尽な理由で婚約破棄され、瘴気が漂うという辺境の地へ追放されてしまう。 ​しかし、アリシアはへこたれない。「これで思う存分お掃除ができる!」と目を輝かせ、意気揚々と辺境へ。そこで出会ったのは、「氷の騎士」と恐れられるほど冷徹で、実は極度の綺麗好きである辺境伯カイだった。 ​アリシアがただただ夢中で掃除をすると、瘴気に汚染された土地は浄化され、作物も豊かに実り始める。呪われた森は聖域に変わり、魔物さえも彼女に懐いてしまう。本人はただ掃除をしているだけなのに、周囲からは「伝説の浄化の聖女様」と崇められていく。 ​一方、カイはアリシアの完璧な仕事ぶり(浄化スキル)に心酔。「君の磨き上げた床は宝石よりも美しい。君こそ私の女神だ」と、猛烈なアタックを開始。アリシアは「お掃除道具をたくさんくれるなんて、なんて良いご主人様!」と、これまた盛大に勘違い。 ​これは、お掃除大好き侍女が、無自覚な浄化スキルで辺境をピカピカに改革し、綺麗好きなハイスペックヒーローに溺愛される、勘違いから始まる心温まる異世界ラブコメディ。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

処理中です...