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第7話 騎士たちの噂話
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「本日は完売いたしましたー!」
私がその札を店の扉に掛けたのは、日が沈む少し前のことだった。
鍵を閉めた瞬間、私はその場へへなへなと座り込んだ。
「つ、疲れたぁ……」
『クゥン?』
「ふふ、大丈夫よルル。心地よい疲れだわ」
心配そうに顔を覗き込んでくるルルを抱きしめる。
開店初日から三日が経過していた。
あのガルドという冒険者が涙を流して食べた一件以来、『陽だまり亭』は連日満員御礼だ。
どうやら「あそこの飯を食うと、ポーションを飲むより元気になる」「魔力酔いが一発で治る」という噂が尾ひれをつけて町中に広がっているらしい。
おかげで仕込んだ角煮は飛ぶように売れ、私の腕は嬉しい悲鳴を上げている。
「レティシア様、売上の集計が終わりましたよ。……信じられません」
マーサが震える手で売上帳を持ってきた。
そこに記された数字は、公爵家での私の月のお小遣いを遥かに超える額だった。
「すごい……! これなら、もっと良い食材も仕入れられるし、お店の改修も進められるわ!」
「ですが、あまりご無理をなさらないでくださいね。レティシア様がお倒れになったら、元も子もありませんから」
「ありがとう、マーサ。でも、お客様が笑顔で帰っていくのを見るのが、私にとって一番の栄養剤なのよ」
私は厨房を見渡した。
自分の城で、自分の料理が認められる。
かつて「お飾り」と呼ばれた公爵令嬢としての私は、もうここにはいない。
◇
翌日の昼下がり。
ランチのピークタイムが過ぎ、少し落ち着いた店内にカシャン、カシャン……という金属音が響いた。店にいた冒険者たちが、一瞬で静まり返り、サッと道を開ける。
現れたのは、紺色の制服に銀の胸当てをつけた三人組の男たちだった。
腰には剣を帯びている。
この辺境を守る、辺境伯直属の騎士団員だ。
(うわ、なんだかお堅そうな人たちが来たわね……)
冒険者とは違う、ピリピリとした空気を纏っている。
先頭に立つ短髪の騎士が、鋭い目つきで店内を見回し、私の方へと歩いてきた。
「ここが、噂の店か」
「はい、カフェ『陽だまり亭』へようこそ。お食事でしょうか?」
私が笑顔で応対すると、騎士は少し意外そうな顔をした。冒険者のような荒くれ者が集まる店に、こんな若い女がいるとは思わなかったのだろう。
「……あ、ああ。部下が『疲労回復する飯がある』と騒いでいてな。偵察がてら寄らせてもらった」
「偵察、ですか?」
「最近、魔物の動きが活発でな。我々騎士団も連日の討伐で疲弊している。もし噂が本当なら、団の食事改革にも繋がると思ってな」
真面目だ。すごく真面目だ。
ご飯を食べるのに「偵察」とか「改革」とか言っちゃうタイプだ。
「では、一番人気の角煮丼を召し上がってみてください。きっとお疲れも吹き飛びますわ」
「ふん、お手並み拝見といこうか」
騎士たちはテーブル席につき、運ばれてきた角煮丼を前に腕を組んだ。
まるで不審物を検分するかのような目つきだ。
しかし、その堅苦しい雰囲気も、一口目を食べるまでのことだった。
パクッ。
「……ッ!?」
三人の騎士の動きが同時に止まった。
カッ! と目が見開かれる。
「なんだ、この濃厚な旨味は……!」
「肉が……消えたぞ!?」
「それに、なんだか体が……熱い。芯から力が湧いてくるような……!」
そこからは早かった。
上品なマナーを保ちつつも、そのスプーンを動かす速度は神速。あっという間に丼は空になり、彼らの顔には恍惚とした表情が浮かんでいた。
「……噂は、本当だったようだな」
先頭の騎士が、どこか憑き物が落ちたようなスッキリした顔で呟く。
「これなら……あの方にも」
「ああ、団長閣下にもぜひ食べていただきたい」
「閣下は最近、偏頭痛で食事も喉を通らない様子だったからな……」
彼らはヒソヒソと話し合っている。
団長閣下? 偏頭痛?
なんだか重要な話をしているようだが厨房の音にかき消されてよく聞こえない。
「店主! これは素晴らしい! また近いうちに、上官を連れてくるかもしれん!」
「はい、ありがとうございます! お待ちしております」
騎士たちは満足げに帰っていった。
その背中を見送りながら、私は小首をかしげた。
「上官の方かぁ。気難しい人ではないといいけど……」
私がその札を店の扉に掛けたのは、日が沈む少し前のことだった。
鍵を閉めた瞬間、私はその場へへなへなと座り込んだ。
「つ、疲れたぁ……」
『クゥン?』
「ふふ、大丈夫よルル。心地よい疲れだわ」
心配そうに顔を覗き込んでくるルルを抱きしめる。
開店初日から三日が経過していた。
あのガルドという冒険者が涙を流して食べた一件以来、『陽だまり亭』は連日満員御礼だ。
どうやら「あそこの飯を食うと、ポーションを飲むより元気になる」「魔力酔いが一発で治る」という噂が尾ひれをつけて町中に広がっているらしい。
おかげで仕込んだ角煮は飛ぶように売れ、私の腕は嬉しい悲鳴を上げている。
「レティシア様、売上の集計が終わりましたよ。……信じられません」
マーサが震える手で売上帳を持ってきた。
そこに記された数字は、公爵家での私の月のお小遣いを遥かに超える額だった。
「すごい……! これなら、もっと良い食材も仕入れられるし、お店の改修も進められるわ!」
「ですが、あまりご無理をなさらないでくださいね。レティシア様がお倒れになったら、元も子もありませんから」
「ありがとう、マーサ。でも、お客様が笑顔で帰っていくのを見るのが、私にとって一番の栄養剤なのよ」
私は厨房を見渡した。
自分の城で、自分の料理が認められる。
かつて「お飾り」と呼ばれた公爵令嬢としての私は、もうここにはいない。
◇
翌日の昼下がり。
ランチのピークタイムが過ぎ、少し落ち着いた店内にカシャン、カシャン……という金属音が響いた。店にいた冒険者たちが、一瞬で静まり返り、サッと道を開ける。
現れたのは、紺色の制服に銀の胸当てをつけた三人組の男たちだった。
腰には剣を帯びている。
この辺境を守る、辺境伯直属の騎士団員だ。
(うわ、なんだかお堅そうな人たちが来たわね……)
冒険者とは違う、ピリピリとした空気を纏っている。
先頭に立つ短髪の騎士が、鋭い目つきで店内を見回し、私の方へと歩いてきた。
「ここが、噂の店か」
「はい、カフェ『陽だまり亭』へようこそ。お食事でしょうか?」
私が笑顔で応対すると、騎士は少し意外そうな顔をした。冒険者のような荒くれ者が集まる店に、こんな若い女がいるとは思わなかったのだろう。
「……あ、ああ。部下が『疲労回復する飯がある』と騒いでいてな。偵察がてら寄らせてもらった」
「偵察、ですか?」
「最近、魔物の動きが活発でな。我々騎士団も連日の討伐で疲弊している。もし噂が本当なら、団の食事改革にも繋がると思ってな」
真面目だ。すごく真面目だ。
ご飯を食べるのに「偵察」とか「改革」とか言っちゃうタイプだ。
「では、一番人気の角煮丼を召し上がってみてください。きっとお疲れも吹き飛びますわ」
「ふん、お手並み拝見といこうか」
騎士たちはテーブル席につき、運ばれてきた角煮丼を前に腕を組んだ。
まるで不審物を検分するかのような目つきだ。
しかし、その堅苦しい雰囲気も、一口目を食べるまでのことだった。
パクッ。
「……ッ!?」
三人の騎士の動きが同時に止まった。
カッ! と目が見開かれる。
「なんだ、この濃厚な旨味は……!」
「肉が……消えたぞ!?」
「それに、なんだか体が……熱い。芯から力が湧いてくるような……!」
そこからは早かった。
上品なマナーを保ちつつも、そのスプーンを動かす速度は神速。あっという間に丼は空になり、彼らの顔には恍惚とした表情が浮かんでいた。
「……噂は、本当だったようだな」
先頭の騎士が、どこか憑き物が落ちたようなスッキリした顔で呟く。
「これなら……あの方にも」
「ああ、団長閣下にもぜひ食べていただきたい」
「閣下は最近、偏頭痛で食事も喉を通らない様子だったからな……」
彼らはヒソヒソと話し合っている。
団長閣下? 偏頭痛?
なんだか重要な話をしているようだが厨房の音にかき消されてよく聞こえない。
「店主! これは素晴らしい! また近いうちに、上官を連れてくるかもしれん!」
「はい、ありがとうございます! お待ちしております」
騎士たちは満足げに帰っていった。
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