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第17話 王都の惨状
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「うめぇ……! なんだこのパンは! ふかふかで小麦の甘みが生きてやがる!」
その日のランチタイム。
カウンター席で涙ながらにパンを齧っているのは王都からやってきた身なりの良い商人だった。
彼はセットのシチューをすすり、感極まったように天を仰いだ。
「信じられん……。王都の高級レストランより、辺境の定食屋の方が遥かに美味いなんて……」
彼はボロボロと泣きながら、王都の現状を語り始めた。
「今の王都は酷いもんですわ。食料の質が落ちて、パンは石のように硬く、野菜はすぐに萎びちまう。フレデリック殿下も毎日イライラなさって料理長を何人もクビにしたとか」
店内の客たちが「うへぇ」と顔をしかめる中、私は無表情でグラスを磨いていた。
やはり、私の『加護』が消えた影響は深刻らしい。
私が城にいた頃は、こっそりと食材庫に鮮度保持の魔法をかけたり、厨房の衛生環境を整えたりしていたからだ。
ミナ様にはそんな地味な裏方仕事は無理だろう。
「おまけに新しい婚約者の男爵令嬢様が『皆さんに私の愛の手料理を振る舞います』って作ったスープが泥水みたいな味だったそうで……」
「ブフォッ!」
隣でコーヒーを飲んでいた騎士が吹き出した。
私は笑ってはいけないと思いつつ、口元がヒクつくのを抑えられない。
泥水……容易に想像がつく。
すると商人がふと私の顔を凝視した。
「……ん? あれ、女将さん。どこかでお会いしませんでしたか?」
ギクリ。
私は目を逸らした。
「い、いえ? 私は生まれも育ちもここの……」
「いや、間違いない! その紫の瞳に、プラチナブロンドの髪……まさか行方不明と噂のレティシア公爵令嬢では!?」
店内の空気が凍りついた。
商人は椅子から立ち上がり、興奮気味にカウンターへ身を乗り出した。
「やっぱりそうだ! レティシア様だ! ああっ、こんな所にいらしたとは! 王城では今、貴女様を探して大騒ぎになっているんですよ!」
「……探している?」
「ええ! 『やはりあの女の力がなければならん』と殿下が血眼になって……! レティシア様、すぐに王都へ戻れば、きっと高待遇で――」
――ガァンッ!!
商人の言葉は、カウンターに叩きつけられたマグカップの音によって遮られた。
商人がビクッと振り返ると、そこには鬼の形相――いや、絶対零度の冷気を放つ『氷の騎士』が座っていた。
「……おい、商人」
ジークフリート様だ。
低い地を這うような声。店内の温度が一気に五度くらい下がった気がする。
「そいつをどこへ連れて行くつもりだ?」
「ひッ!? へ、辺境伯閣下!? い、いや、私はただ、レティシア様が王都に戻れば国のためになるかと……」
「国のため、か。……散々彼女を無能と蔑み、ボロ雑巾のように捨てた連中が、今さらどの面を下げて『戻れ』と言うのだ?」
正論すぎる。
商人はガタガタと震え上がり、言葉を失った。
「彼女は今、私の領民であり、私の……専属の料理人だ。誰であろうと、私の許可なく連れ出すことは許さん」
ジーク様は立ち上がり、商人の前に立ちはだかった。その背中は大きく、私を商人の視線から完全に隠してくれている。
「……ここの飯が美味いなら、黙って食って帰れ。余計な口を利けば、その舌が凍りつくことになるぞ」
「は、はいいぃぃッ!!」
商人は残りのパンを口に詰め込み、逃げるように店を飛び出していった。
あとに残されたのは、静まり返った店内とまだ少し怒りのオーラを放つジーク様。
「……あ、あの。ありがとうございます、ジーク様」
私が背中越しに声をかけると、彼はふぅと息を吐き、振り返った。その瞳から冷気は消えていたがどこか不安げな色が宿っていた。
「……戻りたいか? 王都へ」
「まさか! 死んでもごめんです」
私が即答すると、彼は「そうか」と短く呟き、微かに口角を上げた。
「ならいい。……だが、王都の連中もしつこそうだ。念のため、護衛を増やすか」
「えっ、そこまでは……」
「いや、必要だ。……貴様の作るパンの味を他の男に知られるのも癪だからな」
最後の一言は聞き取れないほどの小声だったけれど、私の胸はトクンと高鳴った。
王都のいざこざなんてどうでもいい。
私はこの場所で、この人たちのためにパンを焼きたい。
そう強く思った矢先。
翌日、私のこの決意を応援するかのように、不思議なお客さんたちが来店することになるのだった。
その日のランチタイム。
カウンター席で涙ながらにパンを齧っているのは王都からやってきた身なりの良い商人だった。
彼はセットのシチューをすすり、感極まったように天を仰いだ。
「信じられん……。王都の高級レストランより、辺境の定食屋の方が遥かに美味いなんて……」
彼はボロボロと泣きながら、王都の現状を語り始めた。
「今の王都は酷いもんですわ。食料の質が落ちて、パンは石のように硬く、野菜はすぐに萎びちまう。フレデリック殿下も毎日イライラなさって料理長を何人もクビにしたとか」
店内の客たちが「うへぇ」と顔をしかめる中、私は無表情でグラスを磨いていた。
やはり、私の『加護』が消えた影響は深刻らしい。
私が城にいた頃は、こっそりと食材庫に鮮度保持の魔法をかけたり、厨房の衛生環境を整えたりしていたからだ。
ミナ様にはそんな地味な裏方仕事は無理だろう。
「おまけに新しい婚約者の男爵令嬢様が『皆さんに私の愛の手料理を振る舞います』って作ったスープが泥水みたいな味だったそうで……」
「ブフォッ!」
隣でコーヒーを飲んでいた騎士が吹き出した。
私は笑ってはいけないと思いつつ、口元がヒクつくのを抑えられない。
泥水……容易に想像がつく。
すると商人がふと私の顔を凝視した。
「……ん? あれ、女将さん。どこかでお会いしませんでしたか?」
ギクリ。
私は目を逸らした。
「い、いえ? 私は生まれも育ちもここの……」
「いや、間違いない! その紫の瞳に、プラチナブロンドの髪……まさか行方不明と噂のレティシア公爵令嬢では!?」
店内の空気が凍りついた。
商人は椅子から立ち上がり、興奮気味にカウンターへ身を乗り出した。
「やっぱりそうだ! レティシア様だ! ああっ、こんな所にいらしたとは! 王城では今、貴女様を探して大騒ぎになっているんですよ!」
「……探している?」
「ええ! 『やはりあの女の力がなければならん』と殿下が血眼になって……! レティシア様、すぐに王都へ戻れば、きっと高待遇で――」
――ガァンッ!!
商人の言葉は、カウンターに叩きつけられたマグカップの音によって遮られた。
商人がビクッと振り返ると、そこには鬼の形相――いや、絶対零度の冷気を放つ『氷の騎士』が座っていた。
「……おい、商人」
ジークフリート様だ。
低い地を這うような声。店内の温度が一気に五度くらい下がった気がする。
「そいつをどこへ連れて行くつもりだ?」
「ひッ!? へ、辺境伯閣下!? い、いや、私はただ、レティシア様が王都に戻れば国のためになるかと……」
「国のため、か。……散々彼女を無能と蔑み、ボロ雑巾のように捨てた連中が、今さらどの面を下げて『戻れ』と言うのだ?」
正論すぎる。
商人はガタガタと震え上がり、言葉を失った。
「彼女は今、私の領民であり、私の……専属の料理人だ。誰であろうと、私の許可なく連れ出すことは許さん」
ジーク様は立ち上がり、商人の前に立ちはだかった。その背中は大きく、私を商人の視線から完全に隠してくれている。
「……ここの飯が美味いなら、黙って食って帰れ。余計な口を利けば、その舌が凍りつくことになるぞ」
「は、はいいぃぃッ!!」
商人は残りのパンを口に詰め込み、逃げるように店を飛び出していった。
あとに残されたのは、静まり返った店内とまだ少し怒りのオーラを放つジーク様。
「……あ、あの。ありがとうございます、ジーク様」
私が背中越しに声をかけると、彼はふぅと息を吐き、振り返った。その瞳から冷気は消えていたがどこか不安げな色が宿っていた。
「……戻りたいか? 王都へ」
「まさか! 死んでもごめんです」
私が即答すると、彼は「そうか」と短く呟き、微かに口角を上げた。
「ならいい。……だが、王都の連中もしつこそうだ。念のため、護衛を増やすか」
「えっ、そこまでは……」
「いや、必要だ。……貴様の作るパンの味を他の男に知られるのも癪だからな」
最後の一言は聞き取れないほどの小声だったけれど、私の胸はトクンと高鳴った。
王都のいざこざなんてどうでもいい。
私はこの場所で、この人たちのためにパンを焼きたい。
そう強く思った矢先。
翌日、私のこの決意を応援するかのように、不思議なお客さんたちが来店することになるのだった。
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