婚約破棄されたので、辺境で「魔力回復カフェ」はじめます〜冷徹な辺境伯様ともふもふ聖獣が、私の絶品ご飯に夢中なようです〜

咲月ねむと

文字の大きさ
33 / 44

第33話 王道ショートケーキの奇跡

しおりを挟む
 ジークフリート様が私の作ったショートケーキにフォークを入れた。
 抵抗などない。まるで新雪に足を踏み入れるように、スッと沈んでいく。断面はきめ細かく、シロップを吸ってしっとりと輝いている。
 彼は切り分けた一口を、優雅な動作で口へと運んだ。

 ――静寂。

 彼が目を閉じ、味わう数秒間が永遠のように長く感じられた。

 やがて、その瞳がゆっくりと開かれる。
 アイスブルーの瞳がトロリと溶けていた。

「……雲だ」

 彼は夢見心地で呟いた。

「口に入れた瞬間、スポンジが淡雪のように消えた。……残るのは、濃厚なミルクのコクと、イチゴの甘酸っぱい余韻だけ。……甘いのに、重くない。いくらでも食べられそうだ」

 「美味い」という言葉以上の称賛だった。
 彼はすぐさま二口目を掬い、愛おしそうに頬張る。その横で、泥のようなケーキを前にしたフレデリック殿下が耐えきれないようにゴクリと喉を鳴らした。

「……そ、そんなに美味いのか?」

「……食えば分かる。もっとも、貴様に食わせる義理はないがな」

 ジーク様が冷たくあしらうが、私はため息をついて別の皿に取り分けたケーキを殿下の前に差し出した。

「どうぞ、殿下も。審査員ですから」

「う、うむ……! かたじけない!」

 殿下は引ったくるようにフォークを握り、ケーキを口に放り込んだ。

 パクッ。

「ッ……!?」

 殿下の目からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。それは先ほどのリゾットの時よりも激しい、後悔と懺悔の涙だった。

「ああ……この味だ。私が公務で疲れていた時、いつも執務室に置かれていた菓子の味だ……」

 殿下は泣きじゃくりながらケーキを貪った。

「私が『王城のパティシエは優秀だな』と褒めるたびに、お前はただ微笑んでいたな。……あれは、お前が作っていたのか。夜遅くまで、私のために……」

 生クリームの優しさが、彼の荒んだ心に突き刺さる。彼は気づいてしまったのだ。
 自分が捨てたのは、ただの婚約者ではなく、自分を一番近くで支え、癒やしてくれていた「本物の聖女」だったのだと。

「レティシア……すまなかった。私は、取り返しのつかないことを……」

 殿下がテーブルに突っ伏して号泣する。
 その様子を見て、ミナ様の顔が怒りで歪んだ。

「な、なによこれ! 殿下、騙されないで! これも幻術よ! 魔女の毒入りケーキよ!」

 彼女は半狂乱で叫びながら、私のケーキを鷲掴みにし、口へとねじ込んだ。

 「マズいって言ってやるんだから!」という気迫で。

 しかし。

「……っ! んぐッ……!」

 彼女の手が止まる。
 体は正直だ。口の中で広がる至福の甘さに脳が快楽物質を出しているのが見て取れる。
 美味しい。悔しいけど、美味しい。
 自分の作ったゴムのようなスポンジとは、次元が違う。

「う、うぅぅ……なんでよぉ……!」

 ミナ様はその場に座り込み、駄々っ子のように足をバタつかせた。

「私が聖女なのに! 私が一番可愛くて、一番愛されるはずなのに! どうしてあんたなんかが! ただの料理バカのくせに!」

 見苦しい嫉妬の叫びが店内に響く。
 ジーク様は最後の一口を飲み込み、ナプキンで口元を拭うと、冷徹な視線をミナ様に向けた。

「……勝負あったな。レティシアの勝ちだ」

「認めない! こんなの無効よ!」

「見苦しいぞ。……料理には、作り手の人柄が出るという。お前のケーキは、独りよがりで、見栄っ張りで、中身がスカスカだ。お前そのものだな」

 グサリ。

 ジーク様の辛辣な一言がミナ様の心臓を貫いた。

「レティシアの料理には、食べる者への慈愛がある。だから美味い。……貴様のような偽物が、一生かかっても到達できない領域だ」

 ジーク様は立ち上がり、殿下とミナ様を見下ろした。

「約束だ。勝負はレティシアの圧勝。……さあ、二度とこの店に来るな。さっさと王都へ帰れ」

 完全な勝利。これで彼らも諦めて帰るはず。
 ……そう思っていた。
 けれど、追い詰められた鼠は猫を噛む。
 プライドを粉々にされた王太子は、理性を失い最悪の暴挙に出ようとしていた。

「……帰る? 誰が帰るものか」

 殿下がゆらりと立ち上がった。その目は虚ろで、狂気を帯びていた。

「レティシアは私のものだ。……私が不幸な時に、こいつだけが幸せになるなんて許さない。力ずくでも連れて行く!」

 殿下が懐から取り出したのは、赤黒く光る不気味な魔道具だった。

 ――『強制転移のスクロール』。

「こいつで私ごと王城へ飛ばしてやる! お前は一生、地下牢で私のための料理を作る奴隷になるんだ!」

 殿下がスクロールを広げようとした、その瞬間。

『グルルルルルルッ……!!』

 地の底から響くような獣の咆哮が店全体を震わせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

一度目で黒狼公に討たれた私ですが、二度目の夜はお父様のそばでしか眠れません

師走
恋愛
八歳の冬、リリア・ヴァルグレイは父に殺された。 王国最強の討魔貴族――黒狼公レオンハルト・ヴァルグレイ。 人にも魔にも容赦のないその男は、黒花の災厄に呑まれかけた実の娘を、自らの手で討ったのだ。 けれど次に目を覚ました時、リリアは赤ん坊に戻っていた。 もう二度と、お父様に剣を向けられたくない。 そう願うのに、夜になるとまた黒花の囁きが忍び寄る。甘くやさしいその声は、孤独な心に触れて、静かに破滅へと導こうとする。 そして、その囁きがぴたりと止むのは――世界でいちばん怖いお父様のそばだけだった。 一度目の父は、同じ城で暮らしていても遠い人だった。 リリアを見ない。抱かない。呼びもしない。 そのくせ二度目の父は、相変わらず冷たいまま、なぜか夜ごとリリアを放っておいてくれない。侍女を替え、部屋を守らせ、怯えて眠れない娘を黙って自分の近くへ置いてしまう。 人にはあれほど容赦がないのに、リリアにだけ少しずつおかしくなっていく。 怖い。近づきたくない。 それでも、その腕の中でしか眠れない。 またあの冬が来る。 また同じように、黒花はリリアを呑み込もうとするかもしれない。 今度こそ囁きに負けないために。今度こそ父に剣を抜かせないために。 一度目で父に討たれた娘は、二度目の人生でもっとも恐ろしいその人のそばへ、自分の意志で手を伸ばしていく。 小説家になろう様でも掲載中

婚約破棄された「無能」聖女、拾った子犬が伝説の神獣だったので、辺境で極上もふもふライフを満喫します。~捨てた国が滅びそう?知りません~

ソラ
ファンタジー
「エリアナ、貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」 聖女としての魔力を使い果たし、無能と蔑まれた公爵令嬢エリアナ。 妹に婚約者を奪われ、身一つで北の最果て、凍てつく「死の森」へと捨てられる。 寒さに震え死を覚悟した彼女が出会ったのは、雪に埋もれていた一匹の小さなしっぽ。 「……ひとりぼっちなの? 大丈夫、私が温めてあげるわ」 最後の手向けに、残されたわずかな浄化の力を注いだエリアナ。 だが、その子犬の正体は――数千年の眠りから目覚めた、世界を滅ぼす伝説の神獣『フェンリル』だった! ヒロインの淹れるお茶に癒やされ、ヒロインのブラッシングにうっとり。 最強の神獣は、彼女を守るためだけに辺境を「極上の聖域」へと作り替えていく。 一方、本物の聖女(結界維持役)を失った王国では、災厄が次々と降り注ぎ、崩壊の危機を迎えていた。 今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくる王子たち。 けれど、エリアナの膝の上には、甘えん坊の神獣様(執着心MAX)が陣取っていて――。 「聖女の仕事? いえ、今は神獣様とのお昼寝の方が忙しいので」 無自覚チートな聖女と、彼女にだけはデレデレな神獣様による、逆転溺愛スローライフが幕を開ける!

家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。 だが彼に溺愛され家は再興。 見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

もうすぐ帰って来る勇者様と私の結婚式が3日後ですが、プロポーズされていないといくら言っても誰も信じてくれません

まつめ
恋愛
3日後に村をあげての盛大な結婚式がある。それはもうすぐやって来る勇者様と自分の結婚式。けれど勇者様は王都の聖女様と結婚すると決まっている。私は聖女様の代わりに癒し手として勇者様を治療してきた、だから見事魔王を打ち破って帰って来た時、村人達は私が本物の聖女だと勘違い。私がいくら否定しても誰も聞いてはくれない。王様との謁見を終えてもうすぐ勇者様が村に帰って来る。私は一度も好きだと言われてないし、ましてや結婚しようとプロポーズも受けていない。村人達はお祭り騒ぎで結婚式の準備は加速していく。どうしようと困っているのに、心の奥底で「もしかしたら……」と大好きな勇者様が自分を選んでくれる未来を淡く期待して流されてしまう私なのだった。どうしよう……でもひょっとして私と結婚してくれる?

救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」 魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。 ――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。 「ここ……どこ?」 現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。 救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。 「ほら、食え」 「……いいの?」 焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。 行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。 旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。 「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」 「ウチの子は天才か!?」 ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。 これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。 ※若干の百合風味を含みます。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

処理中です...