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第33話 王道ショートケーキの奇跡
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ジークフリート様が私の作ったショートケーキにフォークを入れた。
抵抗などない。まるで新雪に足を踏み入れるように、スッと沈んでいく。断面はきめ細かく、シロップを吸ってしっとりと輝いている。
彼は切り分けた一口を、優雅な動作で口へと運んだ。
――静寂。
彼が目を閉じ、味わう数秒間が永遠のように長く感じられた。
やがて、その瞳がゆっくりと開かれる。
アイスブルーの瞳がトロリと溶けていた。
「……雲だ」
彼は夢見心地で呟いた。
「口に入れた瞬間、スポンジが淡雪のように消えた。……残るのは、濃厚なミルクのコクと、イチゴの甘酸っぱい余韻だけ。……甘いのに、重くない。いくらでも食べられそうだ」
「美味い」という言葉以上の称賛だった。
彼はすぐさま二口目を掬い、愛おしそうに頬張る。その横で、泥のようなケーキを前にしたフレデリック殿下が耐えきれないようにゴクリと喉を鳴らした。
「……そ、そんなに美味いのか?」
「……食えば分かる。もっとも、貴様に食わせる義理はないがな」
ジーク様が冷たくあしらうが、私はため息をついて別の皿に取り分けたケーキを殿下の前に差し出した。
「どうぞ、殿下も。審査員ですから」
「う、うむ……! かたじけない!」
殿下は引ったくるようにフォークを握り、ケーキを口に放り込んだ。
パクッ。
「ッ……!?」
殿下の目からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。それは先ほどのリゾットの時よりも激しい、後悔と懺悔の涙だった。
「ああ……この味だ。私が公務で疲れていた時、いつも執務室に置かれていた菓子の味だ……」
殿下は泣きじゃくりながらケーキを貪った。
「私が『王城のパティシエは優秀だな』と褒めるたびに、お前はただ微笑んでいたな。……あれは、お前が作っていたのか。夜遅くまで、私のために……」
生クリームの優しさが、彼の荒んだ心に突き刺さる。彼は気づいてしまったのだ。
自分が捨てたのは、ただの婚約者ではなく、自分を一番近くで支え、癒やしてくれていた「本物の聖女」だったのだと。
「レティシア……すまなかった。私は、取り返しのつかないことを……」
殿下がテーブルに突っ伏して号泣する。
その様子を見て、ミナ様の顔が怒りで歪んだ。
「な、なによこれ! 殿下、騙されないで! これも幻術よ! 魔女の毒入りケーキよ!」
彼女は半狂乱で叫びながら、私のケーキを鷲掴みにし、口へとねじ込んだ。
「マズいって言ってやるんだから!」という気迫で。
しかし。
「……っ! んぐッ……!」
彼女の手が止まる。
体は正直だ。口の中で広がる至福の甘さに脳が快楽物質を出しているのが見て取れる。
美味しい。悔しいけど、美味しい。
自分の作ったゴムのようなスポンジとは、次元が違う。
「う、うぅぅ……なんでよぉ……!」
ミナ様はその場に座り込み、駄々っ子のように足をバタつかせた。
「私が聖女なのに! 私が一番可愛くて、一番愛されるはずなのに! どうしてあんたなんかが! ただの料理バカのくせに!」
見苦しい嫉妬の叫びが店内に響く。
ジーク様は最後の一口を飲み込み、ナプキンで口元を拭うと、冷徹な視線をミナ様に向けた。
「……勝負あったな。レティシアの勝ちだ」
「認めない! こんなの無効よ!」
「見苦しいぞ。……料理には、作り手の人柄が出るという。お前のケーキは、独りよがりで、見栄っ張りで、中身がスカスカだ。お前そのものだな」
グサリ。
ジーク様の辛辣な一言がミナ様の心臓を貫いた。
「レティシアの料理には、食べる者への慈愛がある。だから美味い。……貴様のような偽物が、一生かかっても到達できない領域だ」
ジーク様は立ち上がり、殿下とミナ様を見下ろした。
「約束だ。勝負はレティシアの圧勝。……さあ、二度とこの店に来るな。さっさと王都へ帰れ」
完全な勝利。これで彼らも諦めて帰るはず。
……そう思っていた。
けれど、追い詰められた鼠は猫を噛む。
プライドを粉々にされた王太子は、理性を失い最悪の暴挙に出ようとしていた。
「……帰る? 誰が帰るものか」
殿下がゆらりと立ち上がった。その目は虚ろで、狂気を帯びていた。
「レティシアは私のものだ。……私が不幸な時に、こいつだけが幸せになるなんて許さない。力ずくでも連れて行く!」
殿下が懐から取り出したのは、赤黒く光る不気味な魔道具だった。
――『強制転移のスクロール』。
「こいつで私ごと王城へ飛ばしてやる! お前は一生、地下牢で私のための料理を作る奴隷になるんだ!」
殿下がスクロールを広げようとした、その瞬間。
『グルルルルルルッ……!!』
地の底から響くような獣の咆哮が店全体を震わせた。
抵抗などない。まるで新雪に足を踏み入れるように、スッと沈んでいく。断面はきめ細かく、シロップを吸ってしっとりと輝いている。
彼は切り分けた一口を、優雅な動作で口へと運んだ。
――静寂。
彼が目を閉じ、味わう数秒間が永遠のように長く感じられた。
やがて、その瞳がゆっくりと開かれる。
アイスブルーの瞳がトロリと溶けていた。
「……雲だ」
彼は夢見心地で呟いた。
「口に入れた瞬間、スポンジが淡雪のように消えた。……残るのは、濃厚なミルクのコクと、イチゴの甘酸っぱい余韻だけ。……甘いのに、重くない。いくらでも食べられそうだ」
「美味い」という言葉以上の称賛だった。
彼はすぐさま二口目を掬い、愛おしそうに頬張る。その横で、泥のようなケーキを前にしたフレデリック殿下が耐えきれないようにゴクリと喉を鳴らした。
「……そ、そんなに美味いのか?」
「……食えば分かる。もっとも、貴様に食わせる義理はないがな」
ジーク様が冷たくあしらうが、私はため息をついて別の皿に取り分けたケーキを殿下の前に差し出した。
「どうぞ、殿下も。審査員ですから」
「う、うむ……! かたじけない!」
殿下は引ったくるようにフォークを握り、ケーキを口に放り込んだ。
パクッ。
「ッ……!?」
殿下の目からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。それは先ほどのリゾットの時よりも激しい、後悔と懺悔の涙だった。
「ああ……この味だ。私が公務で疲れていた時、いつも執務室に置かれていた菓子の味だ……」
殿下は泣きじゃくりながらケーキを貪った。
「私が『王城のパティシエは優秀だな』と褒めるたびに、お前はただ微笑んでいたな。……あれは、お前が作っていたのか。夜遅くまで、私のために……」
生クリームの優しさが、彼の荒んだ心に突き刺さる。彼は気づいてしまったのだ。
自分が捨てたのは、ただの婚約者ではなく、自分を一番近くで支え、癒やしてくれていた「本物の聖女」だったのだと。
「レティシア……すまなかった。私は、取り返しのつかないことを……」
殿下がテーブルに突っ伏して号泣する。
その様子を見て、ミナ様の顔が怒りで歪んだ。
「な、なによこれ! 殿下、騙されないで! これも幻術よ! 魔女の毒入りケーキよ!」
彼女は半狂乱で叫びながら、私のケーキを鷲掴みにし、口へとねじ込んだ。
「マズいって言ってやるんだから!」という気迫で。
しかし。
「……っ! んぐッ……!」
彼女の手が止まる。
体は正直だ。口の中で広がる至福の甘さに脳が快楽物質を出しているのが見て取れる。
美味しい。悔しいけど、美味しい。
自分の作ったゴムのようなスポンジとは、次元が違う。
「う、うぅぅ……なんでよぉ……!」
ミナ様はその場に座り込み、駄々っ子のように足をバタつかせた。
「私が聖女なのに! 私が一番可愛くて、一番愛されるはずなのに! どうしてあんたなんかが! ただの料理バカのくせに!」
見苦しい嫉妬の叫びが店内に響く。
ジーク様は最後の一口を飲み込み、ナプキンで口元を拭うと、冷徹な視線をミナ様に向けた。
「……勝負あったな。レティシアの勝ちだ」
「認めない! こんなの無効よ!」
「見苦しいぞ。……料理には、作り手の人柄が出るという。お前のケーキは、独りよがりで、見栄っ張りで、中身がスカスカだ。お前そのものだな」
グサリ。
ジーク様の辛辣な一言がミナ様の心臓を貫いた。
「レティシアの料理には、食べる者への慈愛がある。だから美味い。……貴様のような偽物が、一生かかっても到達できない領域だ」
ジーク様は立ち上がり、殿下とミナ様を見下ろした。
「約束だ。勝負はレティシアの圧勝。……さあ、二度とこの店に来るな。さっさと王都へ帰れ」
完全な勝利。これで彼らも諦めて帰るはず。
……そう思っていた。
けれど、追い詰められた鼠は猫を噛む。
プライドを粉々にされた王太子は、理性を失い最悪の暴挙に出ようとしていた。
「……帰る? 誰が帰るものか」
殿下がゆらりと立ち上がった。その目は虚ろで、狂気を帯びていた。
「レティシアは私のものだ。……私が不幸な時に、こいつだけが幸せになるなんて許さない。力ずくでも連れて行く!」
殿下が懐から取り出したのは、赤黒く光る不気味な魔道具だった。
――『強制転移のスクロール』。
「こいつで私ごと王城へ飛ばしてやる! お前は一生、地下牢で私のための料理を作る奴隷になるんだ!」
殿下がスクロールを広げようとした、その瞬間。
『グルルルルルルッ……!!』
地の底から響くような獣の咆哮が店全体を震わせた。
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