41 / 44
第41話 月夜のドレス
しおりを挟む
ジークフリート様から送られてきた箱を開けた瞬間、私は思わず息を飲んだ。
「まあ……なんて素敵なの」
ふわりと持ち上げたのは、夜空を切り取ったようなミッドナイトブルーのドレスだった。上質なシルクには銀糸の刺繍が施され、動くたびに星屑のように煌めく。
派手すぎず、けれど気品に満ちた、大人の女性のためのドレスだ。
「サイズもぴったり……。ジーク様、いつの間に測ったのかしら」
私は久しぶりにコルセットを締め、ドレスに袖を通した。鏡に映った自分は、いつもの「食堂の女将」ではなく、かつての「公爵令嬢」――いいえ、それ以上に自信に満ちた一人の女性に見えた。
髪をハーフアップにまとめ、耳元には彼から贈られた『氷竜の涙』の欠片で作ったピアスを飾る。
『ワンッ!』
蝶ネクタイをつけたルルが感心したように吠えた。
私はルルを撫でて深呼吸をした。
「よし、行きましょう。あの方が待っているわ」
◇
迎えの馬車に揺られること十分。
小高い丘の上に建つ、堅牢な石造りの辺境伯邸に到着した。重厚な門が開くと、エントランスにはずらりと使用人たちが整列しているのが見えた。
(うわぁ、緊張する……)
馬車が止まり、扉が開かれる。
エスコートのために差し出された手。
その顔を見上げて、私は時が止まったような錯覚を覚えた。そこにいたのは、フォーマルな礼服を完璧に着こなしたジークフリート様だった。
髪を後ろに撫で付け、凛々しい顔立ちが露わになっている。彼は私を見た瞬間、目を見開き、そしてゆっくりと頬を染めた。
「……美しい」
吐息のような声だった。
「見違えたぞ、レティシア。……いや、厨房に立つお前も好きだが、今夜は……直視できんほど眩しい」
「ふふ、ありがとうございます。ジーク様も、とっても素敵ですよ」
私が手を重ねると、彼は愛おしそうに強く握り返し、エスコートしてくれた。
階段を上がり、整列した使用人たちの前へ進む。
家令と思われる初老の男性が一歩前に出た。
「お待ちしておりました、レティシア様。私が家令のセバスチャンでございます」
彼は深々と頭を下げた。
厳しい視線を向けられるかと身構えていた私は、彼が顔を上げた瞬間の表情に驚いた。
そこには、慈愛に満ちた温かい笑顔があったからだ。
「旦那様がこれほど嬉しそうなお顔をされるのは、貴女様のおかげです。……館の者一同、貴女様を心より歓迎いたします」
「ようこそお越しくださいました、奥様!」
後ろに控えていたメイドや従僕たちも、一斉に笑顔で声を揃えた。中には、
「あの『陽だまり亭』のレティシア様だわ!」
「噂の美人女将よ!」
と小声で興奮している者もいる。
どうやら私の料理のファンも紛れているようだ。
「ありがとう……ありがとうございます」
胸がいっぱいになり視界が滲む。
私はもう、ここでは「余所者」でも「追放者」でもない。
「さあ、入ろう。……寒空の下に立たせて、風邪でも引かせたら大変だ」
ジーク様が私の肩を抱き寄せ、屋敷の中へと導いてくれた。
暖炉の火が燃える暖かいホール。
彼は私の耳元で優しく、けれど確かな声で囁いた。
「おかえり、レティシア」
その言葉は、どんな豪華な料理よりも、私の心を満たしてくれた。
ここは、私の新しい家。
そして明日からはここから、彼との新しい日常が始まるのだ。――その夜、私たちは料理人ではなく「恋人」として甘く静かな時間を過ごした。
そして翌朝。
私はやっぱりじっとしていられなくて、早朝から屋敷のキッチンに忍び込むことになるのだった。
「まあ……なんて素敵なの」
ふわりと持ち上げたのは、夜空を切り取ったようなミッドナイトブルーのドレスだった。上質なシルクには銀糸の刺繍が施され、動くたびに星屑のように煌めく。
派手すぎず、けれど気品に満ちた、大人の女性のためのドレスだ。
「サイズもぴったり……。ジーク様、いつの間に測ったのかしら」
私は久しぶりにコルセットを締め、ドレスに袖を通した。鏡に映った自分は、いつもの「食堂の女将」ではなく、かつての「公爵令嬢」――いいえ、それ以上に自信に満ちた一人の女性に見えた。
髪をハーフアップにまとめ、耳元には彼から贈られた『氷竜の涙』の欠片で作ったピアスを飾る。
『ワンッ!』
蝶ネクタイをつけたルルが感心したように吠えた。
私はルルを撫でて深呼吸をした。
「よし、行きましょう。あの方が待っているわ」
◇
迎えの馬車に揺られること十分。
小高い丘の上に建つ、堅牢な石造りの辺境伯邸に到着した。重厚な門が開くと、エントランスにはずらりと使用人たちが整列しているのが見えた。
(うわぁ、緊張する……)
馬車が止まり、扉が開かれる。
エスコートのために差し出された手。
その顔を見上げて、私は時が止まったような錯覚を覚えた。そこにいたのは、フォーマルな礼服を完璧に着こなしたジークフリート様だった。
髪を後ろに撫で付け、凛々しい顔立ちが露わになっている。彼は私を見た瞬間、目を見開き、そしてゆっくりと頬を染めた。
「……美しい」
吐息のような声だった。
「見違えたぞ、レティシア。……いや、厨房に立つお前も好きだが、今夜は……直視できんほど眩しい」
「ふふ、ありがとうございます。ジーク様も、とっても素敵ですよ」
私が手を重ねると、彼は愛おしそうに強く握り返し、エスコートしてくれた。
階段を上がり、整列した使用人たちの前へ進む。
家令と思われる初老の男性が一歩前に出た。
「お待ちしておりました、レティシア様。私が家令のセバスチャンでございます」
彼は深々と頭を下げた。
厳しい視線を向けられるかと身構えていた私は、彼が顔を上げた瞬間の表情に驚いた。
そこには、慈愛に満ちた温かい笑顔があったからだ。
「旦那様がこれほど嬉しそうなお顔をされるのは、貴女様のおかげです。……館の者一同、貴女様を心より歓迎いたします」
「ようこそお越しくださいました、奥様!」
後ろに控えていたメイドや従僕たちも、一斉に笑顔で声を揃えた。中には、
「あの『陽だまり亭』のレティシア様だわ!」
「噂の美人女将よ!」
と小声で興奮している者もいる。
どうやら私の料理のファンも紛れているようだ。
「ありがとう……ありがとうございます」
胸がいっぱいになり視界が滲む。
私はもう、ここでは「余所者」でも「追放者」でもない。
「さあ、入ろう。……寒空の下に立たせて、風邪でも引かせたら大変だ」
ジーク様が私の肩を抱き寄せ、屋敷の中へと導いてくれた。
暖炉の火が燃える暖かいホール。
彼は私の耳元で優しく、けれど確かな声で囁いた。
「おかえり、レティシア」
その言葉は、どんな豪華な料理よりも、私の心を満たしてくれた。
ここは、私の新しい家。
そして明日からはここから、彼との新しい日常が始まるのだ。――その夜、私たちは料理人ではなく「恋人」として甘く静かな時間を過ごした。
そして翌朝。
私はやっぱりじっとしていられなくて、早朝から屋敷のキッチンに忍び込むことになるのだった。
46
あなたにおすすめの小説
王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました
水上
恋愛
【全18話完結】
「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。
そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。
自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。
そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。
一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。
「地味で可愛げがない」と婚約破棄された精霊使い、氷の公爵家に拾われる。~今さら戻れと言われても、最強の旦那様が許しません~
eringi
恋愛
伯爵令嬢アリアは、あらゆる精霊の声を聞き、力を借りることができる稀代の「精霊使い」。
しかしその能力は目に見えないため、実家の家族からは「虚言癖のある地味な娘」と蔑まれてきた。
ある日、アリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡される。
「君のような可愛げのない女は願い下げだ。僕は君の妹、ミラの真実の愛に生きる!」
妹のミラは、アリアの成果を横取りし、王子に取り入っていたのだ。
濡れ衣を着せられ、着の身着のままで家を追い出されたアリア。
途方に暮れる彼女を拾ったのは、「氷の公爵」と恐れられる辺境伯、ヴァルド・フォン・アイスバーグだった。
「……探していた。私の屋敷に来てくれないか」
冷酷だと思われていた公爵様ですが、実は精霊が大好きな、不器用で超・過保護な旦那様で!?
公爵領でアリアが精霊たちと楽しくスローライフを送る一方、アリアを追い出した実家と国は、精霊の加護を失い、とんでもない事態に陥っていく。
「今さら戻ってきてほしい? お断りです。私はここで幸せになりますので」
これは、虐げられてきた令嬢が最強の公爵様に溺愛され、幸せを掴み取るまでの物語。
「異常」と言われて追放された最強聖女、隣国で超チートな癒しの力で溺愛される〜前世は過労死した介護士、今度は幸せになります〜
赤紫
恋愛
私、リリアナは前世で介護士として過労死した後、異世界で最強の癒しの力を持つ聖女に転生しました。でも完璧すぎる治療魔法を「異常」と恐れられ、婚約者の王太子から「君の力は危険だ」と婚約破棄されて魔獣の森に追放されてしまいます。
絶望の中で瀕死の隣国王子を救ったところ、「君は最高だ!」と初めて私の力を称賛してくれました。新天地では「真の聖女」と呼ばれ、前世の介護経験も活かして疫病を根絶!魔獣との共存も実現して、国民の皆さんから「ありがとう!」の声をたくさんいただきました。
そんな時、私を捨てた元の国で災いが起こり、「戻ってきて」と懇願されたけれど——「私を捨てた国には用はありません」。
今度こそ私は、私を理解してくれる人たちと本当の幸せを掴みます!
氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~
雨宮羽那
恋愛
魔術国家アステリエで事務官として働くセレフィアは、義理の家族に給料を奪われ、婚期を逃した厄介者として扱われていた。
そんなある日、上司である魔術師長・シリウスが事務室へやってきて、「私と結婚してください」と言い放った!
詳しく話を聞けば、どうやらシリウスにも事情があるようで、契約結婚の話を持ちかけられる。
家から抜け出るきっかけだと、シリウスとの結婚を決意するセレフィア。
同居生活が始まるが、シリウスはなぜかしれっとセレフィアを甘やかしてくる!?
「これは契約結婚のはずですよね!?」
……一方セレフィアがいなくなった義理の家族は、徐々に狂い始めて……?
◇◇◇◇
恋愛小説大賞に応募予定作品です。
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます( . .)"
モチベになるので良ければ応援していただけると嬉しいです!
※この作品は「小説家になろう」様にも掲載しております。
枯渇聖女は婚約破棄され結婚絶対無理ランキング1位の辺境伯に言い寄られる
はなまる
恋愛
らすじ
フレイシアは10歳の頃母と一緒に魔物に遭遇。その時母はかなりの傷を負い亡くなりショックで喋れなくなtったがその時月の精霊の加護を受けて微力ながらも魔法が使えるようになった。
このニルス国では魔力を持っている人間はほとんどいなくて魔物討伐でけがを負った第二王子のジェリク殿下の怪我をほんの少し治せた事からジェリク殿下から聖女として王都に来るように誘われる。
フレイシアは戸惑いながらも淡い恋心を抱きジェリク殿下の申し出を受ける。
そして王都の聖教会で聖女として働くことになりジェリク殿下からも頼られ婚約者にもなってこの6年フレイシアはジェリク殿下の期待に応えようと必死だった。
だが、最近になってジェリクは治癒魔法が使えるカトリーナ公爵令嬢に気持ちを移してしまう。
その前からジェリク殿下の態度に不信感を抱いていたフレイシアは魔力をだんだん失くしていて、ついにジェリクから枯渇聖女と言われ婚約を破棄されおまけに群れ衣を着せられて王都から辺境に追放される事になった。
追放が決まり牢に入れられている間に月の精霊が現れフレイシアの魔力は回復し、翌日、辺境に向かう騎士3名と一緒に荷馬車に乗ってその途中で魔物に遭遇。フレイシアは想像を超える魔力を発揮する。
そんな力を持って辺境に‥
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。少し間が開いてしまいましたがよろしくです。
まったくの空想の異世界のお話。誤字脱字などご不快な点は平にご容赦お願いします。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。他のサイトにも投稿しています。
無能な私を捨ててください!と婚約破棄を迫ったら溺愛?
萩月
恋愛
公爵令嬢のルルナには悩みがあった。それは、魔力至上主義のこの国で、成人を過ぎても一切の魔力が開花していない「無能令嬢」であること。
完璧超人の第一王子・アリスティアの婚約者として相応しくないと絶望した彼女は、彼を汚点から守るため、ある決意をする。
「そうだ、最低最悪の悪役令嬢になって、彼に愛想を尽かされて婚約破棄されよう!」
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
婚約破棄された伯爵令嬢は隣国の将軍に求婚され、前世の記憶を取り戻す
nacat
恋愛
婚約者である王太子に身に覚えのない罪を着せられ、婚約破棄された伯爵令嬢エリシア。
廷臣たちの嘲笑の中、隣国の若き将軍ライナルトが現れ、「ならば、俺が君を妻にしよう」と求婚する。
彼はただの救い手ではなかった。エリシアの“前世の記憶”と深く結びついた存在だったのだ——。
かつてすべてを失った令嬢が、今世では誰より強く、愛され、そしてざまぁを下す。
溺愛と逆転の物語、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる