婚約破棄されたので、辺境で「魔力回復カフェ」はじめます〜冷徹な辺境伯様ともふもふ聖獣が、私の絶品ご飯に夢中なようです〜

咲月ねむと

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第41話 月夜のドレス

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 ジークフリート様から送られてきた箱を開けた瞬間、私は思わず息を飲んだ。

「まあ……なんて素敵なの」

 ふわりと持ち上げたのは、夜空を切り取ったようなミッドナイトブルーのドレスだった。上質なシルクには銀糸の刺繍が施され、動くたびに星屑のように煌めく。
 派手すぎず、けれど気品に満ちた、大人の女性のためのドレスだ。

「サイズもぴったり……。ジーク様、いつの間に測ったのかしら」

 私は久しぶりにコルセットを締め、ドレスに袖を通した。鏡に映った自分は、いつもの「食堂の女将」ではなく、かつての「公爵令嬢」――いいえ、それ以上に自信に満ちた一人の女性に見えた。
 髪をハーフアップにまとめ、耳元には彼から贈られた『氷竜の涙』の欠片で作ったピアスを飾る。

『ワンッ!』

 蝶ネクタイをつけたルルが感心したように吠えた。

 私はルルを撫でて深呼吸をした。

「よし、行きましょう。あの方が待っているわ」

 ◇

 迎えの馬車に揺られること十分。
 小高い丘の上に建つ、堅牢な石造りの辺境伯邸に到着した。重厚な門が開くと、エントランスにはずらりと使用人たちが整列しているのが見えた。

(うわぁ、緊張する……)

 馬車が止まり、扉が開かれる。
 エスコートのために差し出された手。
 その顔を見上げて、私は時が止まったような錯覚を覚えた。そこにいたのは、フォーマルな礼服を完璧に着こなしたジークフリート様だった。
 髪を後ろに撫で付け、凛々しい顔立ちが露わになっている。彼は私を見た瞬間、目を見開き、そしてゆっくりと頬を染めた。

「……美しい」

 吐息のような声だった。

「見違えたぞ、レティシア。……いや、厨房に立つお前も好きだが、今夜は……直視できんほど眩しい」

「ふふ、ありがとうございます。ジーク様も、とっても素敵ですよ」

 私が手を重ねると、彼は愛おしそうに強く握り返し、エスコートしてくれた。
 階段を上がり、整列した使用人たちの前へ進む。
 家令と思われる初老の男性が一歩前に出た。

「お待ちしておりました、レティシア様。私が家令のセバスチャンでございます」

 彼は深々と頭を下げた。
 厳しい視線を向けられるかと身構えていた私は、彼が顔を上げた瞬間の表情に驚いた。
 そこには、慈愛に満ちた温かい笑顔があったからだ。

「旦那様がこれほど嬉しそうなお顔をされるのは、貴女様のおかげです。……館の者一同、貴女様を心より歓迎いたします」

「ようこそお越しくださいました、奥様!」

 後ろに控えていたメイドや従僕たちも、一斉に笑顔で声を揃えた。中には、

「あの『陽だまり亭』のレティシア様だわ!」

「噂の美人女将よ!」

 と小声で興奮している者もいる。
 どうやら私の料理のファンも紛れているようだ。

「ありがとう……ありがとうございます」

 胸がいっぱいになり視界が滲む。
 私はもう、ここでは「余所者」でも「追放者」でもない。
 
「さあ、入ろう。……寒空の下に立たせて、風邪でも引かせたら大変だ」

 ジーク様が私の肩を抱き寄せ、屋敷の中へと導いてくれた。
 暖炉の火が燃える暖かいホール。
 彼は私の耳元で優しく、けれど確かな声で囁いた。

「おかえり、レティシア」

 その言葉は、どんな豪華な料理よりも、私の心を満たしてくれた。

 ここは、私の新しい家。
 そして明日からはここから、彼との新しい日常が始まるのだ。――その夜、私たちは料理人ではなく「恋人」として甘く静かな時間を過ごした。
 
 そして翌朝。
 私はやっぱりじっとしていられなくて、早朝から屋敷のキッチンに忍び込むことになるのだった。
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