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第42話 幸せの朝食
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辺境伯邸での初めての朝。
私は高級な羽毛布団の中で目を覚ました。
窓から差し込む朝日は柔らかく、鳥のさえずりが聞こえる。これ以上ないほど優雅な目覚めだ。
……けれど。
どうにも背中がムズムズする。
長年の職業病だろうか。「朝起きたら厨房へ!」という体内時計が二度寝を許してくれないのだ。
「……うん、起きよう。じっとしていられないわ」
私はベッドを抜け出し、部屋に用意されていたシンプルなルームウェアの上にガウンを羽織ると、こっそりと部屋を出た。
目指すは、屋敷のメインキッチンだ。
広大なキッチンには、すでに数人の料理人が出勤していた。彼らは私を見るなり、「お、奥様!?」と仰天して平伏しようとしたが、私は「しーっ」と人差し指を立てて制した。
「おはようございます。……少しだけ、キッチンをお借りしてもいいかしら? 彼に、朝食を作ってあげたくて」
私の願いに、彼らは恐縮しながらも場所を空けてくれた。
さて、豪華なフルコースの翌朝だ。
胃に優しく、けれど一日を始める活力が湧いてくるもの。
私の故郷・日本で最も愛される「朝の顔」を作ろう。
まずは鍋でご飯を炊く。
泡の跡ができるまで強火で、そのあとは弱火でじっくり。蓋を開けた瞬間、甘い湯気が顔を包み込む。
炊きたての熱々ご飯をボウルに移し、手に水と塩をつける。
アチチッ、と言いながらリズミカルに握る。
空気を含ませるように、ふんわりと、でも崩れない絶妙な力加減で三角に。具はシンプルに塩だけの『塩むすび』と、香ばしく焼いた鮭を入れたものの二種類。
最後にパリッとした海苔に似た海藻シートを巻く。
そして、主役の『お味噌汁』。
私が半年かけて仕込んでいた秘蔵の自家製味噌を使う。
昆布とカツオで取った黄金色の出汁に賽の目に切った豆腐と、たっぷりのワカメを入れる。
火を止めてから、味噌を溶き入れる。
――ふわぁ……。
芳醇で、どこか懐かしい香りがキッチンに広がる。
この匂いだけで涙が出そうになるのは私だけじゃないはずだ。
◇
「……いい匂いだ」
私がトレイを持ってダイニングへ向かうと、ちょうど身支度を整えたジークフリート様が階段を降りてくるところだった。
彼は私の持っている質素な朝食を見て目を丸くした。
「レティシア? それは……」
「おはようございます、ジーク様。勝手に厨房をお借りしちゃいました。……一緒に、朝ごはんを食べませんか?」
私たちは朝日の差し込むテラス席についた。
真っ白なクロスの上に置かれた、黒い海苔のおにぎりと湯気を立てる味噌汁。
貴族の朝食としてはあまりに地味だ。けれど、ジーク様はそれを宝物のように見つめている。
「……いただきます」
彼は教えた通りに両手を合わせ、まずはお味噌汁を一口啜った。
ズズッ……。
「…………ふぅ」
深いため息が漏れた。
それは肩の力が抜け、心の底から安堵したような音だった。
「……染みるな」
「はい」
「華やかさはない。だが、この香りを嗅ぐと、張り詰めていた神経が解けていくようだ。……温かい」
続いて、おにぎりを手に取る。
ガブリと頬張る。
塩気の効いたご飯の甘みと、パリパリの磯の香り。
「美味い……。パンもいいが、この米の塊は、噛み締めるたびに力が湧いてくる」
ジーク様は黙々と、けれど幸せそうに食べ進めた。
派手な演出も驚きの魔法もない。ただ、二人で向かい合って湯気の向こうで微笑み合う時間。
最後の一口を食べ終えた時、ジーク様が静かに口を開いた。
「レティシア」
「はい」
「私の国にはない風習かもしれないが……君の故郷では、こういう朝食を毎日食べるのか?」
「ええ。毎朝これを食べて『行ってきます』って出かけるのが一般的ですね」
彼は少し考え込み、そして私の手をテーブル越しに握った。その瞳は、朝露に濡れた花のように澄んでいて、真剣だった。
「なら……私も、そうしたい」
「え?」
「これからもずっと、毎朝君と向かい合って、この温かいスープを飲みたい。……君の『行ってらっしゃい』を聞いて、一日を始めたいんだ」
それは、遠回しだけれど、どんな言葉よりも確かな求婚だった。
私の故郷の言葉で言えば、「毎日味噌汁を作ってくれ」という、古風だけど最高の愛の言葉。
胸が熱くなり、視界が滲む。
私は溢れる涙をこらえて、満面の笑みで答えた。
「……はい! 覚悟してくださいね。私、お婆ちゃんになっても作り続けますから!」
「ああ。……望むところだ」
ジーク様が身を乗り出し、私の涙を指で拭い、そして優しいキスを落とした。味噌とご飯の香りがする世界で一番温かい口づけだった。
こうして私たちは本当の意味で家族になる約束を交わした。
さあ、次は結婚式だ。
国中を巻き込んだ、最高にハッピーで美味しいウェディングの準備が始まる!
私は高級な羽毛布団の中で目を覚ました。
窓から差し込む朝日は柔らかく、鳥のさえずりが聞こえる。これ以上ないほど優雅な目覚めだ。
……けれど。
どうにも背中がムズムズする。
長年の職業病だろうか。「朝起きたら厨房へ!」という体内時計が二度寝を許してくれないのだ。
「……うん、起きよう。じっとしていられないわ」
私はベッドを抜け出し、部屋に用意されていたシンプルなルームウェアの上にガウンを羽織ると、こっそりと部屋を出た。
目指すは、屋敷のメインキッチンだ。
広大なキッチンには、すでに数人の料理人が出勤していた。彼らは私を見るなり、「お、奥様!?」と仰天して平伏しようとしたが、私は「しーっ」と人差し指を立てて制した。
「おはようございます。……少しだけ、キッチンをお借りしてもいいかしら? 彼に、朝食を作ってあげたくて」
私の願いに、彼らは恐縮しながらも場所を空けてくれた。
さて、豪華なフルコースの翌朝だ。
胃に優しく、けれど一日を始める活力が湧いてくるもの。
私の故郷・日本で最も愛される「朝の顔」を作ろう。
まずは鍋でご飯を炊く。
泡の跡ができるまで強火で、そのあとは弱火でじっくり。蓋を開けた瞬間、甘い湯気が顔を包み込む。
炊きたての熱々ご飯をボウルに移し、手に水と塩をつける。
アチチッ、と言いながらリズミカルに握る。
空気を含ませるように、ふんわりと、でも崩れない絶妙な力加減で三角に。具はシンプルに塩だけの『塩むすび』と、香ばしく焼いた鮭を入れたものの二種類。
最後にパリッとした海苔に似た海藻シートを巻く。
そして、主役の『お味噌汁』。
私が半年かけて仕込んでいた秘蔵の自家製味噌を使う。
昆布とカツオで取った黄金色の出汁に賽の目に切った豆腐と、たっぷりのワカメを入れる。
火を止めてから、味噌を溶き入れる。
――ふわぁ……。
芳醇で、どこか懐かしい香りがキッチンに広がる。
この匂いだけで涙が出そうになるのは私だけじゃないはずだ。
◇
「……いい匂いだ」
私がトレイを持ってダイニングへ向かうと、ちょうど身支度を整えたジークフリート様が階段を降りてくるところだった。
彼は私の持っている質素な朝食を見て目を丸くした。
「レティシア? それは……」
「おはようございます、ジーク様。勝手に厨房をお借りしちゃいました。……一緒に、朝ごはんを食べませんか?」
私たちは朝日の差し込むテラス席についた。
真っ白なクロスの上に置かれた、黒い海苔のおにぎりと湯気を立てる味噌汁。
貴族の朝食としてはあまりに地味だ。けれど、ジーク様はそれを宝物のように見つめている。
「……いただきます」
彼は教えた通りに両手を合わせ、まずはお味噌汁を一口啜った。
ズズッ……。
「…………ふぅ」
深いため息が漏れた。
それは肩の力が抜け、心の底から安堵したような音だった。
「……染みるな」
「はい」
「華やかさはない。だが、この香りを嗅ぐと、張り詰めていた神経が解けていくようだ。……温かい」
続いて、おにぎりを手に取る。
ガブリと頬張る。
塩気の効いたご飯の甘みと、パリパリの磯の香り。
「美味い……。パンもいいが、この米の塊は、噛み締めるたびに力が湧いてくる」
ジーク様は黙々と、けれど幸せそうに食べ進めた。
派手な演出も驚きの魔法もない。ただ、二人で向かい合って湯気の向こうで微笑み合う時間。
最後の一口を食べ終えた時、ジーク様が静かに口を開いた。
「レティシア」
「はい」
「私の国にはない風習かもしれないが……君の故郷では、こういう朝食を毎日食べるのか?」
「ええ。毎朝これを食べて『行ってきます』って出かけるのが一般的ですね」
彼は少し考え込み、そして私の手をテーブル越しに握った。その瞳は、朝露に濡れた花のように澄んでいて、真剣だった。
「なら……私も、そうしたい」
「え?」
「これからもずっと、毎朝君と向かい合って、この温かいスープを飲みたい。……君の『行ってらっしゃい』を聞いて、一日を始めたいんだ」
それは、遠回しだけれど、どんな言葉よりも確かな求婚だった。
私の故郷の言葉で言えば、「毎日味噌汁を作ってくれ」という、古風だけど最高の愛の言葉。
胸が熱くなり、視界が滲む。
私は溢れる涙をこらえて、満面の笑みで答えた。
「……はい! 覚悟してくださいね。私、お婆ちゃんになっても作り続けますから!」
「ああ。……望むところだ」
ジーク様が身を乗り出し、私の涙を指で拭い、そして優しいキスを落とした。味噌とご飯の香りがする世界で一番温かい口づけだった。
こうして私たちは本当の意味で家族になる約束を交わした。
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