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第二章 守る者たち
第7話 戦う者たち
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ジルが正面モニタの端にかすかな反応を見つけて、眉を寄せた。
「セイナ、あれ拡大して。……キーテラだね」
センサー席についていた若い女――セイナが、「了解」と短く返し、指先をすばやく動かす。
遠距離レーダーと赤外線の表示が重なり、灰霧の向こうに、地面に沿って細長く伸びる帯のような反応が浮かび上がった。
「体温反応が細かく並んでいます。形状から見て、前列は通常サイズのキーテラ。密度は、昼のときより高いです」
声は抑え気味だが、その指先にはわずかな緊張がにじんでいる。
「小型から中型の群れが、横方向に広い塊になっています。その後ろに――」
別のウィンドウが自動で開き、質量グラフが立ち上がる。
通常よりはるかに大きな反応が、二つ並んでこちらへ近づいていた。
「後列に大型の固まり。質量から見て、指揮個体クラスが少なくとも2体。どちらもキーテラで間違いありません」
ブリッジの空気が、一気に静かになる。
昼に撃ち払ったキーテラの残骸が、まだ地平線まで続いている。そのさらに奥で、別の群れが一まとまりになって動き始めているのが、数字だけでもはっきりと分かった。
「距離は?」
「白帯から約30キロ。このままの速度なら、接触までおよそ15分です」
セイナの報告に、ジルは小さくうなずき、通信回線のリストを呼び出す。
昼の戦闘で爆発が途絶えた第1地雷帯の位置を、頭の中でなぞり直す。あの一帯の地雷は、もうほとんど残っていない。
(ここで止め損ねたら、ここまでそのまま来る)
ジルは小さく息を吐いた。
ちょうどそのとき、ブリッジの扉が音もなく開く。
背の高い男が、濃紺のロングコートの裾を軽く払って中へ入ってきた。
金のボタンと肩章が、簡素な軍服にきちんとした印象を足している。立て襟は喉元で外されていて、忙しなさの名残のように少しだけ乱れていた。
男は艦長席の脇で立ち止まり、まず窓の外を見る。
白く細い導光の帯と、その外側に点々と残る黒い痕を、一度だけ無言で確かめた。
「状況は?」
ヴァイス艦長の低い声が、ブリッジの空気を少しだけ締める。
ジルは椅子を半分だけ振り向かせ、モニタから目を離さないまま報告をまとめた。
「昼のキーテラ戦で、第1帯の地雷はほとんど使い切りました。今は、爆散したキーテラの残骸地帯が、そのまま敵の通り道になっています」
「あの残骸の上を、また群れが来るのか」
ヴァイスはモニタの赤い塊をじっと見つめ、短く息を吐く。
「数は?」
「通常個体が一面に千体超え。その後ろに、指揮個体クラスが二体。どちらもキーテラです」
数字を口にしながら、ジルは自分の背すじが少しこわばるのを自覚する。
昼に終わったと思った戦いが、まだ続いている。その現実を、誰も大きな声では言わないが、ブリッジにいる全員が感じていた。
戦術長のアークが、椅子から少し身を乗り出した。
「……昼とは別の群れです」
ヴァイスがモニタの赤い塊を見やる。口調は確認に近い。
「ログの要約を出せ。ラインガードにも回してやれ」
「了解。状況を整理して、全回線に流します」
アークは通信士に合図し、声のトーンを一段落とした。
いつものブリッジ用ではなく、現場向けの説明に切り替わる。
「こちらグレイランス戦術長。キーテラ接近状況を共有する」
そう前置きしてから、モニタの赤い塊に視線を走らせ、要点だけを言葉に組み立てる。
「まず、前列の反応は標準サイズのキーテラ群だ。昼間に交戦した個体と同じ型だが、数が増えている。第1帯の地雷で路面が砕けて、その荒れた地形に群れが集まりつつある。砕けた路面や残骸を足場に、そのまま白帯へ出るルートを取ろうとしている。放っておけば、白帯の縁がすぐに塞がる」
説明を聞きながら、ヴァイスは小さくうなずき、今度はジルのほうへ視線を向けた。
「ラインガード隊長に回線をつなげ」
「了解」
ジルは息を整え、通信パネルに指を滑らせる。
ラインガード隊長のコールサインを呼び出すと、わずかなノイズのあとで、いつもの無線の音質に落ち着いた。
〈ブリッジ〉「こちらグレイランス、ブリッジ。LG-CMD、応答願います」
〈LG-CMD〉『こちらラインガードCMDだ』
隊長の声は、砂混じりのノイズをわずかに含みながらも、落ち着いていた。
こちらが多少慌ただしくなっていることを分かっていて、その上でいつもどおりの響きを返してきているような声だった。
〈ヴァイス〉「情報を共有したい。昼のキーテラ戦のあと、第1帯の地雷の残りと、ラインガードの戦力の状況はどうか?」
〈LG-CMD〉『昼の時点でほぼ使い切った。残ってるのは第2帯に少し。今、前衛に出してるのはST-09《スケルトン》と06系だ。後方には増援を回してある』
通信の背後で、白帯沿いを吹く風の音と、遠くで鳴る機関砲の確認射が、低くかすかに聞こえた。
その音が、この会話が地図の上だけの話ではないことを静かに知らせている。
〈LG-CMD〉『このまま正面突破を許せば、白帯に真っ直ぐ突っ込まれる。正面の防衛線を抜かれたら、避難ルートが持たん。だからこそ――ここで止めなきゃならん』
ヴァイスは窓の外の導光をもう一度見てから、言葉を続ける。
〈ヴァイス〉「了解。グレイランスは砲戦距離を確保して、側面から叩く」
〈ヴァイス〉「白帯につながる正面の防衛線は、そちらに任せたい」
一拍おいて、短く力のこもった応答が返ってきた。
〈LG-CMD〉『了解した。その間に敵を殲滅することは可能か?』
〈ヴァイス〉「問題ない」
即答だった。その言い方には、自分たちの砲火への信頼と、ラインガードへの信頼が両方混ざっている。
「聞いたな、アーク」
「ええ。うまく連携できれば、白帯は切らずに済みそうです」
戦術長の一言に、ブリッジにいるクルーたちの表情がいっせいに引き締まった。
その直後、艦内に二度目の警報音が広がっていく。
〈ブリッジ〉『全艦通達。艦外センサー帯に異常反応。灰霧中にキーテラ多数を確認』
〈ブリッジ〉『灰が濃くなってレーダーの精度が落ち、接近判定が遅れた。避難区画はその場を動くな』
〈ブリッジ〉『VOLK-2(リュウ)、外周監視を継続。群れから外れて動き出す個体を、優先して追尾・マークしろ』
別区画にいる人々の姿が、ジルの頭の隅に浮かぶ。
食堂の子どもたち。簡易ベッドに並んでいた避難民たち。今、この声をどんな顔で聞いているのかを想像して、ジルはごく小さく息を吐いた。
実際、食堂では座っていた椅子が再び軋み、小さな泣き声が喉元でかき消されていた。
子どもたちの肩が、一斉にこわばる。甘く、粘りつくような鉄の匂いが喉にまとわりつく。
食堂の奥で、誰かのスプーンが皿を鳴らした――けれど、その音はもう、さっきまでの「ごはんの音」とは別のものに聞こえる。
区画ラインの縁取りが短く点灯を繰り返し、一度だけ強く光ってから消えた。
ヒロは一瞬だけ視線をラインに落とし、声の調子をわずかに落とす。
「持ち場を維持せよ。声を荒げるな。――何があっても、避難民を守り通せ」
命令としては短い。それでも、そこに込めた意図は単純で、誰にでも分かりやすかった。
その声を聞いて、食堂にいた大人たちが、それぞれの場所で自分の役目を確かめ直す。
ざわめきは完全には消えないが、それでも、さっきより少しだけ落ち着いた動きが戻り始めていた。
「セイナ、あれ拡大して。……キーテラだね」
センサー席についていた若い女――セイナが、「了解」と短く返し、指先をすばやく動かす。
遠距離レーダーと赤外線の表示が重なり、灰霧の向こうに、地面に沿って細長く伸びる帯のような反応が浮かび上がった。
「体温反応が細かく並んでいます。形状から見て、前列は通常サイズのキーテラ。密度は、昼のときより高いです」
声は抑え気味だが、その指先にはわずかな緊張がにじんでいる。
「小型から中型の群れが、横方向に広い塊になっています。その後ろに――」
別のウィンドウが自動で開き、質量グラフが立ち上がる。
通常よりはるかに大きな反応が、二つ並んでこちらへ近づいていた。
「後列に大型の固まり。質量から見て、指揮個体クラスが少なくとも2体。どちらもキーテラで間違いありません」
ブリッジの空気が、一気に静かになる。
昼に撃ち払ったキーテラの残骸が、まだ地平線まで続いている。そのさらに奥で、別の群れが一まとまりになって動き始めているのが、数字だけでもはっきりと分かった。
「距離は?」
「白帯から約30キロ。このままの速度なら、接触までおよそ15分です」
セイナの報告に、ジルは小さくうなずき、通信回線のリストを呼び出す。
昼の戦闘で爆発が途絶えた第1地雷帯の位置を、頭の中でなぞり直す。あの一帯の地雷は、もうほとんど残っていない。
(ここで止め損ねたら、ここまでそのまま来る)
ジルは小さく息を吐いた。
ちょうどそのとき、ブリッジの扉が音もなく開く。
背の高い男が、濃紺のロングコートの裾を軽く払って中へ入ってきた。
金のボタンと肩章が、簡素な軍服にきちんとした印象を足している。立て襟は喉元で外されていて、忙しなさの名残のように少しだけ乱れていた。
男は艦長席の脇で立ち止まり、まず窓の外を見る。
白く細い導光の帯と、その外側に点々と残る黒い痕を、一度だけ無言で確かめた。
「状況は?」
ヴァイス艦長の低い声が、ブリッジの空気を少しだけ締める。
ジルは椅子を半分だけ振り向かせ、モニタから目を離さないまま報告をまとめた。
「昼のキーテラ戦で、第1帯の地雷はほとんど使い切りました。今は、爆散したキーテラの残骸地帯が、そのまま敵の通り道になっています」
「あの残骸の上を、また群れが来るのか」
ヴァイスはモニタの赤い塊をじっと見つめ、短く息を吐く。
「数は?」
「通常個体が一面に千体超え。その後ろに、指揮個体クラスが二体。どちらもキーテラです」
数字を口にしながら、ジルは自分の背すじが少しこわばるのを自覚する。
昼に終わったと思った戦いが、まだ続いている。その現実を、誰も大きな声では言わないが、ブリッジにいる全員が感じていた。
戦術長のアークが、椅子から少し身を乗り出した。
「……昼とは別の群れです」
ヴァイスがモニタの赤い塊を見やる。口調は確認に近い。
「ログの要約を出せ。ラインガードにも回してやれ」
「了解。状況を整理して、全回線に流します」
アークは通信士に合図し、声のトーンを一段落とした。
いつものブリッジ用ではなく、現場向けの説明に切り替わる。
「こちらグレイランス戦術長。キーテラ接近状況を共有する」
そう前置きしてから、モニタの赤い塊に視線を走らせ、要点だけを言葉に組み立てる。
「まず、前列の反応は標準サイズのキーテラ群だ。昼間に交戦した個体と同じ型だが、数が増えている。第1帯の地雷で路面が砕けて、その荒れた地形に群れが集まりつつある。砕けた路面や残骸を足場に、そのまま白帯へ出るルートを取ろうとしている。放っておけば、白帯の縁がすぐに塞がる」
説明を聞きながら、ヴァイスは小さくうなずき、今度はジルのほうへ視線を向けた。
「ラインガード隊長に回線をつなげ」
「了解」
ジルは息を整え、通信パネルに指を滑らせる。
ラインガード隊長のコールサインを呼び出すと、わずかなノイズのあとで、いつもの無線の音質に落ち着いた。
〈ブリッジ〉「こちらグレイランス、ブリッジ。LG-CMD、応答願います」
〈LG-CMD〉『こちらラインガードCMDだ』
隊長の声は、砂混じりのノイズをわずかに含みながらも、落ち着いていた。
こちらが多少慌ただしくなっていることを分かっていて、その上でいつもどおりの響きを返してきているような声だった。
〈ヴァイス〉「情報を共有したい。昼のキーテラ戦のあと、第1帯の地雷の残りと、ラインガードの戦力の状況はどうか?」
〈LG-CMD〉『昼の時点でほぼ使い切った。残ってるのは第2帯に少し。今、前衛に出してるのはST-09《スケルトン》と06系だ。後方には増援を回してある』
通信の背後で、白帯沿いを吹く風の音と、遠くで鳴る機関砲の確認射が、低くかすかに聞こえた。
その音が、この会話が地図の上だけの話ではないことを静かに知らせている。
〈LG-CMD〉『このまま正面突破を許せば、白帯に真っ直ぐ突っ込まれる。正面の防衛線を抜かれたら、避難ルートが持たん。だからこそ――ここで止めなきゃならん』
ヴァイスは窓の外の導光をもう一度見てから、言葉を続ける。
〈ヴァイス〉「了解。グレイランスは砲戦距離を確保して、側面から叩く」
〈ヴァイス〉「白帯につながる正面の防衛線は、そちらに任せたい」
一拍おいて、短く力のこもった応答が返ってきた。
〈LG-CMD〉『了解した。その間に敵を殲滅することは可能か?』
〈ヴァイス〉「問題ない」
即答だった。その言い方には、自分たちの砲火への信頼と、ラインガードへの信頼が両方混ざっている。
「聞いたな、アーク」
「ええ。うまく連携できれば、白帯は切らずに済みそうです」
戦術長の一言に、ブリッジにいるクルーたちの表情がいっせいに引き締まった。
その直後、艦内に二度目の警報音が広がっていく。
〈ブリッジ〉『全艦通達。艦外センサー帯に異常反応。灰霧中にキーテラ多数を確認』
〈ブリッジ〉『灰が濃くなってレーダーの精度が落ち、接近判定が遅れた。避難区画はその場を動くな』
〈ブリッジ〉『VOLK-2(リュウ)、外周監視を継続。群れから外れて動き出す個体を、優先して追尾・マークしろ』
別区画にいる人々の姿が、ジルの頭の隅に浮かぶ。
食堂の子どもたち。簡易ベッドに並んでいた避難民たち。今、この声をどんな顔で聞いているのかを想像して、ジルはごく小さく息を吐いた。
実際、食堂では座っていた椅子が再び軋み、小さな泣き声が喉元でかき消されていた。
子どもたちの肩が、一斉にこわばる。甘く、粘りつくような鉄の匂いが喉にまとわりつく。
食堂の奥で、誰かのスプーンが皿を鳴らした――けれど、その音はもう、さっきまでの「ごはんの音」とは別のものに聞こえる。
区画ラインの縁取りが短く点灯を繰り返し、一度だけ強く光ってから消えた。
ヒロは一瞬だけ視線をラインに落とし、声の調子をわずかに落とす。
「持ち場を維持せよ。声を荒げるな。――何があっても、避難民を守り通せ」
命令としては短い。それでも、そこに込めた意図は単純で、誰にでも分かりやすかった。
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