ほら、ホラーだよ

根津美也

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1.おばさんが缶詰になっちゃった

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 ある日、学校から帰って自分の部屋に入ろうとしたら、廊下を隔てた向かいの部屋のふすまがガラッと空いて、おばさんが顔を出した。
「よしぼう、ちょっとちょっと」
 のぞいてみると誰かがいる。
「お客さん?」
 おばさんにお客さんなんて珍しい。ぼくの知っている限り、おばさんにお客さんなんて来たことがないし、第一、おばさんに友達がいるなんて今まで聞いたことがない。
「あんた、あいつが見える?」
「えぇ?」
目の検査? にしては対象が大きい。
「見えるけど。で、それがなに?」
「そうか、そうか、あんたにも見えるのか。まあ、入ってお座り」
 おばさんに促されるまま部屋に入ると、そいつがこちらを向いて愛想笑いをした。ぼくもペコリと頭を下げる。
「こいつ、なんだと思う~? 大きな声じゃ言えないけど、こいつお化け」
 おばさんはひそひそ声でささやいた。
 だからぼくもひそひそ声で訊ねた。
「なんでお化けが出てきたの?」
「それが、怪談小説を書こうと思ったら、こいつが出てきたんだよ。自分を主人公にしてくれって」
 するとお化けが照れくさそうに言った。
「わたし、有名になりたいんですわ」
 有名になりたいっていうのはわかるとして、それにしてもなんでおばさんのところに? おばさんは無名の作家……というよりまだアマチュアだ。フリーターでバイト生活しながら合間に小説を書いて、どこやらに応募してるみたいだけど、まだ当選したタメシがない。
「有名になりたいなら、もっと有名な作家のところに出たら?」ってぼくが言ったら、
「見える人じゃないと、こんなお願いできないんです」
 なるほど。
「とにかく、とりあえず文書(もんじょ)にしてほしいんですわ。文書に記(しる)されてなければ歴史にも残らず、歴史に残されてなければ、いなかったことにされやす。九十九(つくも)の奴が公式のお化けに認定されているのに、あっしの方は記録にも残っていない。それであっしはいつも九十九にばかにされるんですわ。あっしは悔しくて悔しくて……」
 そいつは泣き出してしまった。
「わかった、わかった、泣かない泣かない」とおばさんはそいつをなだめると、ノートと鉛筆を取り出した。
「じゃあ、あなたのこと、書きますんで、まず、お名前は?」
「オキビキといいます」
「聞かない名前ですね」
「ですから、有名になりたいんです」
「なるほど。で、どういったお化けなんですか?」
「小物を隠したり、出したりできます。例えば、こんなものを…」
 オキビキは体の中からざらざらと様々な物品を取り出した。
「あ、私の携帯電話!落としたと思ってたやつ!」
「あ、これ、ぼくがなくしたと思っていた野球帽!」
「犯人はお前だったのか!」
 おばさんとぼくはオキビキに迫った。オキビキはみるみる小さくなって後ずさりしながら一生懸命言い訳した。
「今、使ってないんだからいいじゃないですか」
「そういう問題じゃない!」
 その野球帽が無くなったとき、ぼくは贔屓の球団とのつながりが薄くなったようで心淋しい思いをしたんだ。今は贔屓の球団が変わってその野球帽は確かに不要になったんだけどね。
 おばさんの方も、携帯を失くした時はおろおろのしどうしで、青くなったり赤くなったりしながら「どうしよう、どうしよう」とばかり言っていた。結局、おばさんにとっての兄さん、つまりぼくのお父さんの「ドジ」「バカ」「マヌケ」「アホ」付きのアドヴァイスに従って携帯の会社に電話をかけたり、携帯ショップに出向いたりして携帯を買い直した。その苦労のおかげか、今では何度目かの買い替えで、最新のスマホかなんかを手に入れて使いこなしているようなんだけどね。
 まあ、その場は「ネタ、差し上げますからかんべんして」とオキビキが言うので、おばさんは気を取り直し、オキビキがどのようにして暗躍してきたのか、話をじっくり聞くことでおさまった。

 それから幾日かの月日がたった。
 ぼくが2階に上がっていくと、おばさんがうれしそうに部屋から飛び出してきた。
「やった!やったよ!入選したよ!採用されたよ、あのオキビキの話!私の小説が少年雑誌に載るよ!」
 その勢いで、ぼくとおばさんは抱き合ってしばらくダンスを踊った。と、なぜかそこにオキビキも加わった。気がつくと、おばさんの部屋は得体の知れない生き物(?)でいっぱいになっていた。
「次は、わしを書いてくださいな」
「いえ、次はあたいを書いてくださいな」
「いや、次はおいらを書いてくださいな」
 やかましいこと、うるさいこと。
「はいはいはい、書きましょう。順番に。とりあえず、みなさん、履歴書を出してください」と、おばさん。なんだか就職試験の面接みたいになった。

 それからというもの、おばさんの部屋にはひんぱんに怪しい生き物というかなんというのか、お化けたちが入れ替わり立ち代り訪れるようになった。
 そして、おばさんの書いたものは少年雑誌に連載されるようになり、単行本にもなった。
 おばさんは少年雑誌の世界のなかではちょっとした売れっ子になったのだ。
「ほーっ、ほっ、ほっ、ほっ」
 おばさんは笑が止まらない。
「私はすごいコネクションを手に入れたわ。というか、ひょっとすると私には超能力があるのかもしれないわ。私が怪談小説を書こうと思ったらお化けたちが向こうからやってきたんだから。」
そこまではよかったんだ。
 次が悪かった。
「まてよ、怪談小説を書こうと思ったら、お化けたちが向こうからやってきた。ということは、これが恋愛小説だったら、いい男がどんどんやってくるかもしれない。そしたら履歴書をだしてもらって、そのなかで一番年収の高い人と結婚! そうだ、恋愛小説を書こう!」
 言い終わるか終わらないうち、おばさんの部屋にはどっとお化けが湧いて出た。
「次書いてもらう予定のわしはどうなるんじゃ?」三つ目の大入道が目をむいてすごんだ。
「いえ、あの、あなた様を書いた後に…」
 おばさんはしどろもどろ。
「じゃ、次の次に書いてもらう予定のあたいはどうなるんですか?」
 目鼻口の場所がぐるぐる変わる妖怪フクワライが目鼻口をめまぐるしく変えながらねじ込んだ。
「じゃ、次の次の次に書いてもらう予定のおいらは…」
 まるで労働争議の団体交渉。次から次へと誰もが要求を突きつけ、あとはもう収拾がつかなくなった。
「タ・ス・ケ・テ」
 おばさんはすがるような目でぼくを見たが、ぼくがどうにかできる問題じゃなかった。
「まあ、がんばってください」
 ぼくはおばさんの部屋を出てふすまをピシャッと閉め、自分の部屋に戻った。
 が、廊下を隔ててさえ、お化けたちの大騒ぎが聞こえてくる。
「なんでも人間の世界では作家が原稿を書かん時は缶詰にして書かせるそうじゃ」
「そりゃあいい。缶詰じゃ、缶詰じゃ、缶詰にして書かせよう」
それからは「かんづめ、かんづめ」のシュプレヒコール。騒がしいこと、やかましいことこのうえない。
 が、「ひえーっ」という悲鳴を最後にピタッと静かになった。
ぼくは「どうなったんだろう?」としばらく考えていたが、「やっぱり見に行くべきか?」と思い、自分の部屋から出て、おばさんの部屋のふすまをおそるおそる開けた。
 すると……
 部屋にはだあれもおらず、畳の上には缶詰がひとつ、ころがっているばかりだった。


・・・・・・・・・・・・・・・

オキビキは 於紀備起乃吉備麻呂という名前をもっています。
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