ほら、ホラーだよ

根津美也

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8.座敷おやじ

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8.ざしきおやじ

 ぼくがぐったりして部屋に戻ると「でも、結果よかったからいいじゃないすか」などと言いながらまたぞろ妖怪オキビキがぼくの部屋に出現した。
 あれほどぼくの部屋へ入らないでくれと言っているのに、おかまいなしだ。
 ぼくは何かなくなったものはないか、辺りをさぐったり、引き出しを開けてみたりした。
「やだなあ、仲間うちのものは盗りませんって」オキビキは顔の前で手をひらひらさせた。
「だれがお前の仲間なんだよ!それに、結果よかったって、いったいどこらへんががよかったて言うんだ!」
「どこがって、八木沢とかいう子にちゃんとブスって、言ってやったんでしょ? だったら、ヨシヒコがその子のことを好きじゃないということがはっきりその子に伝わったんだからいいじゃないっすか。でしょ?」
 今日、学校に妖怪アマノジャクがついてきた。しかもぼくにのりうつっていたんだ。そのせいでぼくは普段から思っていて口にできなかったこと、“八木沢由美子はブスだ”ということを、何度も何度も声高に叫んでしまったんだ。ぼくが心のなかで密かに望んでいたことは、ぼくの横にアマノジャクが立って、その口から言ってもらうということであって、ぼく自身が言わなければならないならやらないほうがましだったんだ。
「でもヨシヒコが言わなくちゃ、ヨシヒコが八木沢由美子をブスだと思ってることが伝わらないでしょ。で、結果よかったんですよ」
「よくなんかない!帰りのガッカツでつるし上げられた。いじめだ、差別だ、極悪非道だって、非難ゴウゴウだったんだ。その時、アマノジャクのやつ、ぼくから離れちゃったんで、ぼくは言いたいこと何にも言えなかったんだ!」
「あれ、あっし相手だったら、けっこう言いたいこと言ってるじゃないっすか」
 その時、廊下を隔てた向かいの部屋から、聞き覚えのある笑い声の二重唱が聞こえた。
「どなたか若い女性のお客さんが来てますね」
オキビキはうれしそうに言っておばさんの部屋にいってしまった。ぼくはそれどころじゃなかった。あの声を聞いて凍りついた。

 なんでいるんだ? 追い払ったはずなのに。結果としてよかったと、さっきオキビキも言ったじゃないか。ガッカツでのつるし上げと引き換えに手に入れたブスからの開放、偏見と差別のかたまりだと、憧れの白鳥明日香ちゃんからまで白い目でみられたという手痛い犠牲を払ったにもかかわらず、その代償である結果とやらはどこにいったというのだ。
 笑い声はやんで声の主達がこちらに来る気配がした。このときほど古い日本家屋を呪ったことはなかった。鍵がかけられない。逃げ場がない。いや、逃げ場はあった。オーソドックスな隠れ場所、押入れにぼくはもぐりこんだ。
 ぼくが押入れのふすまを閉めたのと、部屋の入り口のふすまが開いたのとほとんど同時だった。
「あれえ、へんねえ。さっき部屋に帰ったと思ったのに」
おばさんだ。
「へんですねえ、でもいいんです。わたし、先生にお会いしたかっただけですから。先生にお話聞いていただいてすっきりしました」
 八木沢由美子だ。
「だからね、男なんてあんまり“好きだ”なんてことをストレートに言っちゃうと図に乗って、“この女はどこまでわがままをゆるしてくれるのかな”と態度が大きくなっちゃうものなのよ」
八木沢由美子が今日のことをおばさんに言いつけに来たんだ。おばさんはそれにすっかり気をよくして、先輩面で講釈をたれている。自分は男と付き合ったこともないくせに。
「だから、今後はあまりヨシヒコひとすじなんて様子は見せず、他の男子とも笑いながら話したり、ヨシヒコには時々冷たいそぶりなんか見せるのよ。すると、“おや、心変わりかな?”なんて気になって、向こうから何のかんのと言ってくるってもんなのよ」
 いや、言っていかないから。ずっと冷たいそぶりでいてくれ。
「でも、アマノジャクのせいだったなんて」
「そう、アマノジャクが取り付いていたの」
「アマノジャクって、なんでも反対のことを言うのよね」
「アマノジャクだからね」
「ヨシヒコくん、わたしに反対のことを言ったんだわ」
 おい、ちょっと待て! おい、オキビキ! オキビキ! 話が違うぞ!
 ぼくは心の中でオキビキを呼んだ。
「へーい、なに用で?」
 オキビキがいきなり狭い押入れの中にわいて出た。
 うわっ。オキビキのでかい顔がぼくの鼻先につかんばかりだ。
「おい、オキビキ、アマノジャクはぼくの本心を語ったんじゃないのか?」
「そのはずっすよ。あいつは鳥取県出身っすから」
「鳥取県出身のアマノジャクだとどういうことになるんだ?」
「人の考えていることを口に出しておもしろがるんでさあ」
「で、鳥取県以外のアマノジャクは?」
「全国区ですとまあ、人が言ったのと反対のことをしておもしろがるんっす」
「人の考えていることと反対のことを言うんじゃないよな?」
「ええ、まあ、そうっすね」
「たのむから、おばさんにそう言ってくれ、そう言って八木沢由美子の誤解を解いてくれ。」
「自分で言ってくださいよ」
「ばか、今出て行けるか」
「あっしだって、他人がいる時出ていけませんや。いや、出てってもいいんすけどね、今のおばさんにあっしの声は届きません」
 押し問答をしていたら、さすがごそごそしたらしい。
「あら、押入れで何か音がしますね」と八木沢由美子。みつかるのか?思わず身体が硬直した。
「ネズミじゃない。このうち古いから、ネズミがわんさといるし、ついでにネズミ男もいるかも。ケケケケ」
「まあ、おもしろそう」
 何がおもしろそう、だ。でも、それを最後におばさんと八木沢由美子は階段を降りていった。ひとまず危機は脱したものの、これからも八木沢由美子がこの2階に出没する可能性が生じたことを思うと、ぼくの憂鬱は度を通り越し、ほとんどうつ病になりそうだった。もはやぼくには、自宅にも安住の地はないのか。
ぼくは、押入れのふすまを開け、ごそごそと這い出した。が、這い出てすぐ何者かにぶつかった。汚らしい衣をまとったネズミそっくりの坊主がながながと寝そべっていた。
「やあ、ぼうず」
 と、そいつは言った。
「うわっ! 今度は何なんだ?!」
「わしか? わしゃな、この家の座敷わらしじゃ」
「えー? 座敷わらしって子供の妖怪じゃないの?おじさんはどう見ても中年のネズミ男みたいなんだけど」
「ふふふふ」とそいつは不敵に笑って偉そうに言った。
「まあ、そう見えるのも無理はない。座敷わらしの正体はだいたいネズミじゃからな。ネズミのいる家には福がある。福があるからネズミがいる。没落する家からはネズミがいなくなる。ネズミがいなくなるとその家は没落する。わしがこうしている間はこの家は安泰じゃ」
どうでもいいけど、もうかんべんしてくれという気分だった。ところがそんなぼくの気持ちにはおかまいもなく、その座敷オヤジはしゃべりまくった。
「わしもなあ、こうみえても、この家ができたばかりの時は、紅顔の美少年じゃった。いや、いたいけな童子だったかな?
 しかし少年老いやすく学なりがたし。わかるか? 書斎の本をかじっているうち、大人になってきてしもた。とくにお経がきくな。あれをかじるといっぺんに歳をとる。うん」
「わかったから出て行ってよ」
「およっ? いっぱしの口をきくじゃあないか」
「おばさんに用があるんだろう?出てくるのはあっちの部屋どまりにしてくれないか。ぼくの部屋にはこないでよ」
「ふふふふ」ネズミ男の座敷オヤジはまたも不適にわらった。
「じゃがのう。呼び込むのはおぬしじゃ。いつも、誰かに、なんとかしてくれと思っとるじゃろう」
確かに。ふりかえってみるとそんな気もする。しかし、妖怪がかかわると、解決するどころか、ひどい目に会うのはいつも自分ばかりだということがだんだんわかってきている。かかわらないほうが身のためだ。
「ふふふふ、そうかの? 八木沢由美子を消したいんじゃろう? たのまんか?」
「え、そんなことができるのか?」 
 妖怪にかかわらないほうが身のためだとつい先程みずからを戒めていたにもかかわらず、ついふらふらと気を引かれてしまった。
「できるともさ。ほれ、あの、あまのじゃく。仕事がしたくてうずうずしとったろう? たのまれて、誰かを食いたいって」
 ぼくはかろうじて、ここで目がさめた。
「へー、ぼくがあまのじゃくに八木沢由美子を食べてくれとたのむのか?」
「そうよ。そうすればあまのじゃくがちゃあんと八木沢由美子を食ってくれる」
「そしてその後、あまのじゃくが八木沢由美子に化けて、ぼくの前に出現する。そして、尖った歯がずらりと並んだ口をあけて『おれだよ、おれ、アマノジャクだよ』とか言うんだろう?」
「へっ!」
 心なしか座敷オヤジが首をすくめたような気がした。
「さすがだの、ぼうず。感づいたか。じゃあ、わしはこのへんで、ドロン」
 そう言って座敷オヤジは消えた。
 座敷オヤジが消えても、何かが解決したわけではなかった。ぼくは憂鬱を抱えたまま、とりあえず誰もいなくなった部屋で手足をのばした。
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