ほら、ホラーだよ

根津美也

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24.お手伝いさんの正体

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24.お手伝いさんの正体

「なっがいトイレだなあ。腹でもこわしてるのかなあ」
 おばさんはイライラして言った。
「おばさんが怖くて出られないんじゃないの?」
「ご冗談を」
 ぼくはあまり冗談を言うタイプではないと思うんだけど。
「トイレまで様子を見に行こうか?」
 おばさんがそう言うので、ぼくたちは1階に降りていき、トイレをノックしてみた。
 返事はなかった。
 開けてみた。
 開いた。
 中はもぬけのからだった。

「あなたたち、二人してトイレを覗いたりして、どうしたの?」
 ママが不審そうな顔をしてやってきた。
「いや、お手伝いさんが、トイレから逃げた」とおばさんは説明した。
「あらあ、どうしちゃったのかしら?  まだ通いにスタンプも押してないのに?」
 ママは疑問に思うところが少しぼくたちと違うように思えるんだけれど、まあ、いいか。おばさんはママの言葉に、なにか思いついたように言った。
「ねえ、お手伝いさんの会社の住所わかる?」
「え?住所?どうだったかしら?」
「契約書があるでしょう?」
「あら?そんなものあったかしら?」
「じゃあ、料金はどうやって払うの? 手渡し?」
「いえ、多分、パパが払ってくれるのだと思うわ。わたしが知っているのは緊急の場合の電話番号だけ」
「契約者はパパか・・・ところで、お手伝いさんが仕事中に消えちゃったんだから、とりあえずそこに電話しましょうよ」
「わたしが?」
 なんだかママはしぶっているようだった。
「じゃ、わたしがしましょうか?」
「本当?  ありがとう。ひかるちゃん、お願い」

 ママはもめごととか、めんどくさいことが嫌いなんだ。
 ぼくたちはぞろぞろと居間にとって返し、電話機を取り囲んだ。
 しかし、この前と同じだった。留守電になっていた。が、今度は折り返しの電話もなかった。
「使えない会社だこと!」
 おばさんはぷりぷりして言った。 
「こうなったら、なんだわ。別のルートをしめあげるしかないな」
 別のルートとは座敷オヤジのことかな?  お手伝いさんは座敷オヤジのことは知っているって言ってたもんな。
「いくよ、ヨシヒコ」
「あ、ハ、ハイ」

 ぼくたちは二階にとって返した。行き際、ママを振り返ったら、ママはちょっと淋しげな悲しそうな顔をしていた。ぼくはいつぞやの晩、ママがお酒とアマノジャクの力を借りて「里子さんとヨシヒコはいつもひそひそ話し」と嘆いていたのを思い出して気になったが、そのままおばさんの後に従った。

「座敷オヤジ!」
 おばさんは椅子に座るとちょっと俯き加減で低く呼ばわった。凄みがあった。一度きりしか呼ばなかったが、しばらくして座敷オヤジが天井の隅の方からじわじわじわっとスライドインしてきた。
 姿をあらわすなり、座敷オヤジは苦々しげに言った。
「固定電話でかけるから、コールバックがこないんじゃ。非通知じゃからの。携帯でかけなおしてみ。ちゃーあんと返事が戻ってくるぞ」
「あ、そうか」
 おばさんは思わず携帯を取り出し、ボタンをおしかけたが、すぐに思いなおして叫んだ。
「そんなことより、こらっ!座敷オヤジ!オヤジはあのお手伝いさんが何者か知ってるんでしょう? 包み隠さずお言い!」

「いや、包み隠さずだなんて・・・わしは聞かれたことにはちゃんと答えておりますがな。あやつはわしらの眷属か?  って聞かれたから、違うと答え、わしがたのんだのか?  と聞かれたから違うと、ちゃーんと答えておりましたでしょうが」
「聞かれたことだけに答えて、よけいなことは言わんでおこうという意図がみえみえだよ。なんでそう隠したがるの?」
「いや、別に隠しているわけでは・・・あやつは変化といわれている種類のものだという、ただそれだけのことで・・・この話、まだせんかったかいな? ほれ、昔からよく言われておるじゃろう。妖怪変化とな。その変化のほうじゃ。まだ、話しておらんかったか?」
「聞いてない!」
「さよか」
 座敷オヤジは話さなかったのは故意ではないことをさりげなくアピールしながら、もったいをつけつつ話し始めた。

「よくキツネやタヌキに化かされるという話を聞くじゃろう。
 実はあれはキツネでもタヌキでもない。
 変化とよばれる全く別の生き物でな、高度な擬態能力を持つ生物なのじゃ。ほれ、カメレオンがよく体の色を変えて姿を隠すじゃろう? それの高度なものと思えばよろしい。あやつらは姿も表皮の素材感も変化させることができる。それで、あやつらは時と場所によって姿を変化させて暮らしておるんじゃ。街中にいるときは人間に、山中にいるときはケモノにという具合にな」
「へーそんなのがいたのか。こりゃ初耳だわ」
 おばさんは感心したように言った。

「うむ。化け猫といわれているのもほんとうのところは猫ではなくて変化によるものじゃ。あれは飼い猫が歳をとって化けられるようになったのではなくて、飼い猫が歳をとって死んだために変化がその飼い猫になりすまして後釜に納まったというのが真相じゃ。
 その証拠に、歳をとったタヌキやキツネやネコをつかまえて、ほら化けろ、ほら化けろといっても化けはせんじゃろう? 人間がキツネやタヌキが化けると思い込んでいるのは、あやつらが正体をあらわして逃げるとき、人間が身近な動物を連想するせいじゃ。そのほうが変化にとっても都合がいいからわざとそういう姿をとって逃げることもあるみたいじゃがの。それでな、」
座敷オヤジは一膝前に進み出て、声をひそめて言った。

「これはちょっとお願いなのじゃが、彼らのことはあまり書かんでやってほしい」
「えー? 書いちゃだめって、そりゃまたなぜに?」
おばさんはもったいないというような顔つきをして言った。
「うむ、なぜなら、あやつらは生身の体を持っているでな、食べて生きていかねばならない。今までは人間と自然の境目のようなところに住んでおって、山には木の実、川には魚、というように食べ物も豊富にあったが、今は木の実が採れるような山も魚が獲れるような川もない。あやつらは人間の格好をして、人間の社会で働いて食べていかねばならない。
わしらのように都合が悪ければ出てこなくてすませる、というわけにはいかんのじゃ。正体がばれるというのは死活問題でかわいそうじゃ」

「うーん・・・書いたところでフィクションと受け取られるだけだ思うけど……しかし、危険なことってないかな?」
「あやつらにとって? 人間にとって?」
「人間にとって。例えばさ、先ほどの化け猫の話だけど、飼い猫を殺して、その猫に成りすますとかさ」
「ふうむ、人間を殺してその人間に成りすますことがないか、ということが聞きたいのかな?」
「ええ、まあ・・・」
「まあ、普通はない。なぜなら、やつらは非常に臆病じゃ。気が小さい。頭も人間ほどよくはない。また、化けるのには相当なエネルギーを必要とする。つまり化けるのはしんどいんじゃ。また、化けていられる時間も限られていて、一定の周期で姿が元に戻る。その時間には個人差があるが、たいていはトイレに駆け込むことで姿を整えているみたいじゃな。人を殺して、その人間に成りすます、なんてことは人間の考えることじゃ。考えてみたら人間が一番凶暴じゃな」

 ぼくは座敷オヤジが「普通はない」ということに引っかかっていた。「普通はない」ということは、特別の場合ならあるということなのか? 人間にも犯罪者はいる。変化の中にもそうした犯罪者がいるのではないか?
 ぼくがそんなことをぼんやり考えていたら、目の前の座敷オヤジが大きなため息をついた。
「そんなことより、ちと心配なことがあってな」
「あれ、座敷オヤジでも心配なことってあるのかいな?」
 おばさんがからかうように言った。
「そりゃあある。昨日からオキビキとアマノジャクが飲みにいったっきり帰ってこんのじゃ。アマノジャクは渡り者だから別として、オキビキは家付きじゃから、帰ってこないというのは珍しい。なんかあったのか心配しておる。また、わしが行け、と言ったので責任も感じておるんじゃが・・・」
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