ほら、ホラーだよ

根津美也

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25.ママがへんだぞ!

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25.ママがへんだぞ!

 ぼくは何故だか、その時いやな予感がした。胃のあたりからせりあがってくるような、不快な感じだ。いわゆる胸騒ぎというのはこういう感じなのかな、と思った。
 しかしおかしい。いったいぼくは何を不安に感じているのだろう。オキビキの身を案じているのだろうか? いやそんなはずはない。むしろいつも邪魔に思っていたはずだ。それにお化け・・・じゃなかった、妖精さんだっけ?どっちでもいいや。そんなものが一晩帰ってこなかったからってどうってことないじゃないか。うちのパパだって帰ってこないことがあるんだから、妖精さんの一人や二人、とぼくは思った。
 しかし、不安な感じはどうしてもぬぐえなかった。

 が、おばさんは不安など感じるどころか、ますます元気に座敷オヤジを糾弾している。
「こら、座敷オヤジ、またそうやって話題をはぐらかす!」
「いや、はぐらかしているわけでは・・・他にご質問があるならばお答えしますがな」
「お手伝いさんの会社はどこにあるの?知ってるんでしょう?」
「ああ、そんなことか」
 座敷オヤジがいかにもたやすい質問じゃと言わんばかりに答えた。
「あやつの会社は丑寅の方角に5町ばかりいったところにある」
 え?丑寅?5町ばかり、って、それってどこ?そしたら座敷オヤジがにやついて言った。
「今風に言えば北東の方角、約500メートルのところじゃ。換算の仕方を学校で教わらなかったかな?」
「そんなの習わないよ」ぼくは即座に答えた。わかってるなら最初っから今風で言えよ、格好つけちゃってさ、とも思っていたら、おばさんからもひとことあった。

「何町何丁目何番とかで言えないの?」
「そりゃあ、人間の役所の決めたことなどわしゃあわからん。わしらにわかるのは方角と大体の距離じゃ。距離もな、あまり長くなるとわからん」
 伯母さんは地図と定規を取り出してきた。
 家があるところから、北東5センチを定規で計ってみた。
「神社がある。高宮神社だって?長いこと住んでいたけど、こんなもんがここにあること知らなかったなあ」
 おばさんはそう言ったけど、ぼくは高宮神社と書かれた白い紙袋が時々ポストに入っているのを知っていた。なかには人型にくり抜かれた紙人形が入っていた。ぼくが知っているのはそれだけだったからそのことについては黙っていた。

「多分、会社はそこらへんにある。わしがわかるのはそこまでじゃ。なにしろ、わしこそ、この家から一歩も出たことはないんじゃからな」
 その時、下から誰かが登ってくる音が聞こえた。
「あ、帰ってきた!」
 なぜか、ぼくはその時、アマノジャクとオキビキが帰ってきたと思った。
 しかし、登ってきたのはママだった。
「なんだ、ママか」
「あら、ママで悪かった? どなたを待っていたの?」
 ママは意地悪そうに聞いてきた。
「いや、別に誰も・・・」
 そうだよな。アマノジャクやオキビキが階段を登ってくるわけがない。アマノジャクやオキビキなら、いきなりこの場に出現すればいい。今の時間、登ってくるとしたらママしかいない。当然のことじゃないか。だけど、なにか違和感を感じたんだ。
 それは、多分、ママの体から発散していた戦闘モードのようなものだったと思う。

 ママはいきなりこう言った。
「里子さん、あんまりヨシヒコをへんな事にまき込まないでくださいね」
 おばさんも面食らっていた。
「へんな事って・・・」
「里子さんはお仕事柄、妖怪やお化けがどうのこうのとおっしゃるのは止むを得ないと思いますわ。でもヨシヒコは違いますの。もっと、化学的な、明るい社会に踏み出していかなくちゃならないんですの。あんまり暗い、妄想の世界に引っ張り込まないで頂きたいんですわ。
 ヨシヒコ、あなたこの頃、夜あまり眠れないんでしょう? 顔色が悪いし、目の下にクマもできているじゃないの。時々ひとり言を言ってるみたいだし、突然一人でクスクス笑ったり・・・幻覚や幻聴があるんじゃないかしら? 金縛りにあうこともあるんじゃないの?」
「え? 金縛りにかかったこと、なんでわかったの?」
「そりゃあわかるわ。母親ですもの。ひょっとするとそれは精神分裂・・・いえ、統合失調症かもしれないわ。一度お医者様に診ていただく必要があるかもしれないわ。
それから、あのお手伝いさんはもう来なくていいですから、会社に連絡する必要はありませんから。未払いの料金があったら、パパがなんとかするでしょう。
だいたい整理はもう終わりましたの。品物のリストも出来たし。要するに、リストに書いてないものがガラクタなんでしょう?リストにないものを捨てればいいのよね。そして、この家はつぶしてマンションに建て替えましょう」

 ママはそこまで言って、ニヤリと笑った。ぞっとするような、冷たい笑いだった。そしてそれがママの言う幻覚なのだか幻聴なのだかわからないが、ぼくには座敷オヤジの歪んだ顔がはっきりと見え、オヤジが悲鳴を残して消え去るところも見えたし聞こえた。

「さ、ヨシヒコ、いつまでもここにいると、おばさまの仕事の邪魔よ。お部屋にいって宿題をなさい。あるんでしょう? 宿題。夕飯が出来たら呼びにきますから、それまでしっかりお勉強なさい」
ママはそういいながら、ぼくをぼくの部屋に追い立てた。
「それでは里子さん、おじゃま様」

 ママがおばさんのことを何度も里子さんと呼ぶのをぼくの意識はとらえていた。里子はおばさんの本名なんだけど、そういう風に呼ぶのは宣戦布告のように聞こえた。だって、それまではママはおばさんのことを甘ったるい声でペンネームであるひかるちゃんという呼び方で呼んでいたんだ。里子さんという呼び方は小姑と嫁の関係みたいで嫌だと言ってたんだ。それをわざわざ里子さんにしたのは、「仲良くしないぞ」という信号に他ならないとぼくは思った。

 ぼくは机の前に座って、一人で呆然としていた。いつもなら、どこからともなくオキビキが現れて、うるさいくらいにぼくの周りをうろついて、いろんなものをいじくるところだ。けれど、今日はちっとも出てきやしない。昨日からうちに帰ってこないだって?
 いったいどうしたんだろう。どこか変だ。変だといえば、ママも変だった。あんなママ、見たことない。あんなに冷たくはっきりものをいうママなんて、よそんちのママみたいだ。 
 ママはちょっと見栄っ張りだけれど、めんどくさいこととか、トラブルがきらいなんだ。そしてひとから悪く思われるのがなによりもきらいなはずなんだ。だから、言いたいことをあまりはっきり言わないし、どうしても言っちゃうときは遠まわしな言い方をして、無邪気そうな笑い声をおまけにつけちゃうくらいだ。さっきみたいに、ニコリともせずにはっきりモノを言い、最後に冷笑まで付け加えるなんて、ママが人変わりしたとしか思えなかった。

 それに・・・
 ぼくが見えているものは幻覚なんだろうか?
 座敷オヤジやオキビキや、アマノジャクや、フクワライや三つ目入道・・・確かに、あいつらには迷惑していた。でもいたんだ。見えた。話しもした。それが、幻覚だって?
 それにしても、なんでぼくが金縛りにあったことをママは知っていたんだろう?
 ぼくは金縛りに合ったことをママには言ってない。母親だからわかるって?そうなのか?
 
 暗くなった部屋で、電気もつけずにぼくはしばらくぼうっとしていた。
 そしたら、ぼくの名前をよぶものがいた。
「ヨシヒコ」
 あたりをみまわした。
 誰かと思ったら、あの「イシ、ステルナ」のショウちゃんだった。ショウちゃんの体を包み込むような光で部屋が明るくなった。
「あ、ショウちゃん」
「シッ!」
 ショウちゃんは人差し指を唇に当てた。
「ヨシヒコはしゃべらなくていいよ。声に出さないで強く思っただけでいい。それで、ぼくにはわかるからね」

 ショウちゃんを包み込むような光。あれがオーラというものなのかな?

 それにこの前と違って、ショウちゃんは普通にしゃべっている。
「あはは、この前と違ってちゃんとしゃべると思ってるんだね。この前は久しぶりにこの世とコンタクトを持って慣れなかったのと、リモートだったから、よく聞こえないかもしれないと思って、とりあえずのことしか言わなかったんだ。今回は来たからね。
 ところで、まず誤解を解いておきたいんだが、あの金縛りはぼくじゃないよ。ぼくはあんな品のないことはしない。むしろ、ぼくが来たことで金縛りをしているやつが退散したんだ」
そんなふうに語るショウちゃんは、ジーパンをはいた今どきのさわやかなお兄さんといった感じで、とても正一位なんて高い位の幽霊だなんて思えなかった。
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