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1章 いざ、花学へ!
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私、花蘇芳 藍は今、どういう状況でしょう。
正解は……
「校舎、どれ……?」
花学の敷地内で迷子です。周りを見渡しても地図もない。本当どうしよう。そもそも花学って転入生をほとんど受け入れない学校だって聞いたことあるのに! とここにはいない誰かに八つ当たりしてみる。
花学——花城学園は、ここら辺では有名な全寮制の中高一貫校。中等部の入学試験をパスすれば、試験はあれども実質高等部へは何の問題もなくエスカレーター式に上がることが出来るらしい。花学卒業というものが一種のステータスとなるらしく、倍率は毎年凄いことになっているとの情報は私の耳にも入っている。
しかしそんな中で外部から花学の高等部へと入学出来るのはごく僅かであり、その上に転入生は余程のことがない限り受け入れない。
そう風の噂で聞いてきたはずなのに、私は外部から、さらには今年高校二年生になる時点での、とても中途半端な時期の転入なのだ。本当にどういうことなのだろう。
この前まで通っていた学校でテストをいきなり受けろと言われたので成り行きで受けたが、まさか花学の転入テストだとは思わず。後になってから担任に『お前来年から花学な』なんて言われて混乱したのを今でも覚えている。
「はあ……」
というかもう疲れた。学園の正門をくぐったのがかれこれ三十分前。それからずっと歩き続けているのに敷地も広く、建物も多すぎてここがどこなのか見当もつかない。いっその事来た道を戻って家に帰ろうかな。
「いや、もうあの部屋は次の入居者が入ったって大家さんが言ってたっけ。」
ということでもう私にはここの寮しか帰れる場所はない。はあ、憂鬱。
「寮って一人部屋なのかな……」
そこが一番大事。一人になる時間は欲しい。誰かとずっと一緒にいるなんて苦痛だから。それ以上に『これ』もあるし、と左目の辺りを摩る。ずっとつけっぱなしだと痛いんだよね。
一人部屋でありますように、と今のうちに祈っておく。
「……おい。」
「はい、なんでしょう、か……」
背後から話しかけられ、そちらを向く。そこには黒いマスクをつけた背の高い男の人が。その人の銀髪は太陽の光を反射しキラキラと輝いていてとても綺麗。右目が隠れるくらいの前髪は何か理由があって伸ばしているのだろうか。あ、目が桃色が少し混ざった灰色──所謂桜鼠色という名前だっけ──。綺麗な色だなあ。カラコンなのだろうか。そうだとしてもちょっと親近感が湧いた。
……え、私は黒目だろうって? ……黙秘します。
花学の制服を着ているところを見ると、黒マスクさんはきっとここの生徒なのだろう。
「……転入生、何故ここにいる?」
私は今花学の制服を着ているが、多分この大荷物を見て黒マスクさんはそう断言したのだろう。……大荷物と言っても持っているのはボストンバッグ一つと花学指定のスクールバッグだけなんだけど。
「何故、と言われましても……」
迷子になったからですとは恥ずかしくて言えない。視線を右へ左へと彷徨わせる。
「……校舎は向こうだ。」
今来た道を指差す黒マスクさん。……やっぱり私、初めての場所に本当に弱いんだね。いつも初めての場所に行くと迷ってしまって、最終的にはあさっての方向に行ってしまうのだ。いい加減方向音痴だと認めないといけないかも……?
「教えて頂きありがとうございます。それでは失礼します。」
「……学園長室まで送る。寮長に頼まれた。」
くっと眉間に皺を寄せながらそう話す黒マスクさん。え、なんで今眉間に皺を……? 何かおかしいことがあっただろうか。振り返って反省しようとしてみたが、思い当たる事柄はない。
「……そうだ忘れてた。俺はお前と同じ寮生の福寿 椿だ。」
「あ……私は花蘇芳 藍です。」
反射的に自己紹介していた私はふと気づく。
「……『同じ寮生』さんですか?」
寮って普通男子と女子で分かれてるのではないのだろうか。え、私がおかしいの? 私は混乱する。
「……その説明は後でする。……寮の誰かが。」
ふいっと目を逸らす福寿さん。あなたが説明する訳では無いのね。
ブブッ
「……。」
通知を知らせる音が鳴った携帯を取り出して操作し始めた福寿さん。ええと、私はどうすれば? というかもう行ってもいいだろうか。来た方向に歩いていけば校舎に着くのでしょう?
「……早く来いと言われた。ほら、行くぞ。」
そう言って手招きされる。つ、ついて行けばいいのだろうか。少し怖い雰囲気はあるが悪い人には見えないのでついて行ってもいいだろう。花学の制服着てるし。
「はい。」
私は一歩足を踏み出した。
来た道を戻りしばらくして道が二つに分かれているところに来た。うん、さっきここ通ったね。そのうちの私が選ばなかったもう一つの道を福寿さんは進む。ふむ、私はここで間違えたのか。
それから数分歩いていけば殊更大きな建物がそこにあった。ほほう、これが校舎ですか。洋風な建物は見たところ汚れ一つなく、丁寧に掃除されていることが分かる。ここでこれから学ぶのね。不安と期待を心に抱く。
「……ここが高等部校舎だ。学園長室はこっち。」
言われた方向へ二人で再び歩き出す。すると思い出したかのように福寿さんはこちらを向く。
「……花蘇芳、俺に対して敬語じゃなくていい。俺は高等部一年だから。」
まさか年下だとは思わなかった。とても落ち着いているし背も高いという理由で私と同じか年上かと思っていたので、表情には出ていないとは思うが内心驚いている。
「しかしこれは癖でして……」
私は常にこの口調だったので今から直せと言われても難しい。善処はするつもり……多分。
「……まるで寮長みたいだな。」
「寮長さんもこんな感じなんですか?」
「……ああ。」
寮長さんに親近感が湧く。ここでもあまり人と関わらない予定だが、寮長さんとは少し話してみたいかも。
「……ここだ。」
そこには『学園長室』と書かれたプレートが掲げられていた。扉は繊細な彫刻が施されており、私の好みど真ん中。そんなところに通えるなんて……と胸が高鳴る。
「……失礼します。」
先に学園長室に入っていった福寿さんに続いて私も中に入る。
「失礼します……わあ!」
学園長室の中の家具はどれもアンティーク調のもので、これまた私の好みど真ん中。どうしてもテンションが上がってしまう。表情は変わっていないとは思うが。
「花蘇芳 藍さん。ようこそ、花城学園へ。歓迎するよ。」
奥に座っている人がにっこりと笑いながらそう言う。この人が学園長さんなのね。白髪混じりの黒髪にほんの少しだけ親近感を覚える。え、私の髪は黒色だから親近感も何もないだろうって? ……まあ、この話はまた後でにしましょうか。
「ありがとうございます。」
「私はここの学園長の杜若 龍彦だよ。よろしく。」
「花蘇芳 藍です。よろしくお願いします。」
うんうん、と頷きニコニコと笑顔を浮かべ続ける杜若学園長。
「さて、花蘇芳さんは二年A組に所属することになるけど、なにか異論はあるかい?」
「いえ、ありません。」
特に友達とかも作る気はないし、別にどこでも良いというのが本音。まさかそれをそのまま言うわけにもいかないので、それだけを返事とする。
「分かった。じゃあその通りにしよう。あとは寮なんだけど……花蘇芳さんは『音霧寮』に入ってもらおうと思うんだよね。どうかな? 異論はあるかい?」
「いえ、ありません。」
「そうかい。じゃあこの鍵を渡しておこう。寮の鍵だよ。」
「ありがとうございます。」
その音霧寮がどういうものなのかは分からないが、まあ大丈夫でしょう。今までほとんど一人で生きてきたし。鍵を受け取り、もう一度気合いを入れ直す。
よし、と満足そうにする杜若学園長は、私の背後を見やる。
「じゃあ山吹くんと福寿くん、花蘇芳さんを頼むよ。」
「はい。」
杜若学園長と福寿さん以外に人がいたことに気が付かなかった私は肩をビクリと震わせてしまった。
恐る恐る声がした方に振り向いてみると、そこには黒髪の男子生徒が。手入れが行き届いているように見える黒髪の右の横髪を耳にかけているのが特徴だね。髪も目も黒くて羨ましい限りです。
「あれ、花蘇芳さん気づいてなかったのかい? 山吹くん影薄いんだねえ。」
「私は影薄い訳ではありませんよ。ただ静かにしていただけです。」
「それが影薄いってことじゃない?」
くつりくつりと笑う杜若学園長。黒髪の……山吹さんを弄って遊んでいるようにも見える。一方の山吹さんは杜若学園長の発言にもにっこり笑顔で対応している。
「さて、雑談はこれくらいにするとして。そろそろ寮に戻って明日からの学園生活に備えておきなさい。」
「はい。」
「花蘇芳さん、分からないことは同じ寮生に聞くといい。皆いい子達だからね。程々に頑張りなさい。」
「はい。ありがとうございます。」
「それでは花蘇芳さん、寮に行きましょう。」
「はい。それでは失礼しました。」
学園長室を退出した後、先に出ていた山吹さんが私の方を振り返った。
正解は……
「校舎、どれ……?」
花学の敷地内で迷子です。周りを見渡しても地図もない。本当どうしよう。そもそも花学って転入生をほとんど受け入れない学校だって聞いたことあるのに! とここにはいない誰かに八つ当たりしてみる。
花学——花城学園は、ここら辺では有名な全寮制の中高一貫校。中等部の入学試験をパスすれば、試験はあれども実質高等部へは何の問題もなくエスカレーター式に上がることが出来るらしい。花学卒業というものが一種のステータスとなるらしく、倍率は毎年凄いことになっているとの情報は私の耳にも入っている。
しかしそんな中で外部から花学の高等部へと入学出来るのはごく僅かであり、その上に転入生は余程のことがない限り受け入れない。
そう風の噂で聞いてきたはずなのに、私は外部から、さらには今年高校二年生になる時点での、とても中途半端な時期の転入なのだ。本当にどういうことなのだろう。
この前まで通っていた学校でテストをいきなり受けろと言われたので成り行きで受けたが、まさか花学の転入テストだとは思わず。後になってから担任に『お前来年から花学な』なんて言われて混乱したのを今でも覚えている。
「はあ……」
というかもう疲れた。学園の正門をくぐったのがかれこれ三十分前。それからずっと歩き続けているのに敷地も広く、建物も多すぎてここがどこなのか見当もつかない。いっその事来た道を戻って家に帰ろうかな。
「いや、もうあの部屋は次の入居者が入ったって大家さんが言ってたっけ。」
ということでもう私にはここの寮しか帰れる場所はない。はあ、憂鬱。
「寮って一人部屋なのかな……」
そこが一番大事。一人になる時間は欲しい。誰かとずっと一緒にいるなんて苦痛だから。それ以上に『これ』もあるし、と左目の辺りを摩る。ずっとつけっぱなしだと痛いんだよね。
一人部屋でありますように、と今のうちに祈っておく。
「……おい。」
「はい、なんでしょう、か……」
背後から話しかけられ、そちらを向く。そこには黒いマスクをつけた背の高い男の人が。その人の銀髪は太陽の光を反射しキラキラと輝いていてとても綺麗。右目が隠れるくらいの前髪は何か理由があって伸ばしているのだろうか。あ、目が桃色が少し混ざった灰色──所謂桜鼠色という名前だっけ──。綺麗な色だなあ。カラコンなのだろうか。そうだとしてもちょっと親近感が湧いた。
……え、私は黒目だろうって? ……黙秘します。
花学の制服を着ているところを見ると、黒マスクさんはきっとここの生徒なのだろう。
「……転入生、何故ここにいる?」
私は今花学の制服を着ているが、多分この大荷物を見て黒マスクさんはそう断言したのだろう。……大荷物と言っても持っているのはボストンバッグ一つと花学指定のスクールバッグだけなんだけど。
「何故、と言われましても……」
迷子になったからですとは恥ずかしくて言えない。視線を右へ左へと彷徨わせる。
「……校舎は向こうだ。」
今来た道を指差す黒マスクさん。……やっぱり私、初めての場所に本当に弱いんだね。いつも初めての場所に行くと迷ってしまって、最終的にはあさっての方向に行ってしまうのだ。いい加減方向音痴だと認めないといけないかも……?
「教えて頂きありがとうございます。それでは失礼します。」
「……学園長室まで送る。寮長に頼まれた。」
くっと眉間に皺を寄せながらそう話す黒マスクさん。え、なんで今眉間に皺を……? 何かおかしいことがあっただろうか。振り返って反省しようとしてみたが、思い当たる事柄はない。
「……そうだ忘れてた。俺はお前と同じ寮生の福寿 椿だ。」
「あ……私は花蘇芳 藍です。」
反射的に自己紹介していた私はふと気づく。
「……『同じ寮生』さんですか?」
寮って普通男子と女子で分かれてるのではないのだろうか。え、私がおかしいの? 私は混乱する。
「……その説明は後でする。……寮の誰かが。」
ふいっと目を逸らす福寿さん。あなたが説明する訳では無いのね。
ブブッ
「……。」
通知を知らせる音が鳴った携帯を取り出して操作し始めた福寿さん。ええと、私はどうすれば? というかもう行ってもいいだろうか。来た方向に歩いていけば校舎に着くのでしょう?
「……早く来いと言われた。ほら、行くぞ。」
そう言って手招きされる。つ、ついて行けばいいのだろうか。少し怖い雰囲気はあるが悪い人には見えないのでついて行ってもいいだろう。花学の制服着てるし。
「はい。」
私は一歩足を踏み出した。
来た道を戻りしばらくして道が二つに分かれているところに来た。うん、さっきここ通ったね。そのうちの私が選ばなかったもう一つの道を福寿さんは進む。ふむ、私はここで間違えたのか。
それから数分歩いていけば殊更大きな建物がそこにあった。ほほう、これが校舎ですか。洋風な建物は見たところ汚れ一つなく、丁寧に掃除されていることが分かる。ここでこれから学ぶのね。不安と期待を心に抱く。
「……ここが高等部校舎だ。学園長室はこっち。」
言われた方向へ二人で再び歩き出す。すると思い出したかのように福寿さんはこちらを向く。
「……花蘇芳、俺に対して敬語じゃなくていい。俺は高等部一年だから。」
まさか年下だとは思わなかった。とても落ち着いているし背も高いという理由で私と同じか年上かと思っていたので、表情には出ていないとは思うが内心驚いている。
「しかしこれは癖でして……」
私は常にこの口調だったので今から直せと言われても難しい。善処はするつもり……多分。
「……まるで寮長みたいだな。」
「寮長さんもこんな感じなんですか?」
「……ああ。」
寮長さんに親近感が湧く。ここでもあまり人と関わらない予定だが、寮長さんとは少し話してみたいかも。
「……ここだ。」
そこには『学園長室』と書かれたプレートが掲げられていた。扉は繊細な彫刻が施されており、私の好みど真ん中。そんなところに通えるなんて……と胸が高鳴る。
「……失礼します。」
先に学園長室に入っていった福寿さんに続いて私も中に入る。
「失礼します……わあ!」
学園長室の中の家具はどれもアンティーク調のもので、これまた私の好みど真ん中。どうしてもテンションが上がってしまう。表情は変わっていないとは思うが。
「花蘇芳 藍さん。ようこそ、花城学園へ。歓迎するよ。」
奥に座っている人がにっこりと笑いながらそう言う。この人が学園長さんなのね。白髪混じりの黒髪にほんの少しだけ親近感を覚える。え、私の髪は黒色だから親近感も何もないだろうって? ……まあ、この話はまた後でにしましょうか。
「ありがとうございます。」
「私はここの学園長の杜若 龍彦だよ。よろしく。」
「花蘇芳 藍です。よろしくお願いします。」
うんうん、と頷きニコニコと笑顔を浮かべ続ける杜若学園長。
「さて、花蘇芳さんは二年A組に所属することになるけど、なにか異論はあるかい?」
「いえ、ありません。」
特に友達とかも作る気はないし、別にどこでも良いというのが本音。まさかそれをそのまま言うわけにもいかないので、それだけを返事とする。
「分かった。じゃあその通りにしよう。あとは寮なんだけど……花蘇芳さんは『音霧寮』に入ってもらおうと思うんだよね。どうかな? 異論はあるかい?」
「いえ、ありません。」
「そうかい。じゃあこの鍵を渡しておこう。寮の鍵だよ。」
「ありがとうございます。」
その音霧寮がどういうものなのかは分からないが、まあ大丈夫でしょう。今までほとんど一人で生きてきたし。鍵を受け取り、もう一度気合いを入れ直す。
よし、と満足そうにする杜若学園長は、私の背後を見やる。
「じゃあ山吹くんと福寿くん、花蘇芳さんを頼むよ。」
「はい。」
杜若学園長と福寿さん以外に人がいたことに気が付かなかった私は肩をビクリと震わせてしまった。
恐る恐る声がした方に振り向いてみると、そこには黒髪の男子生徒が。手入れが行き届いているように見える黒髪の右の横髪を耳にかけているのが特徴だね。髪も目も黒くて羨ましい限りです。
「あれ、花蘇芳さん気づいてなかったのかい? 山吹くん影薄いんだねえ。」
「私は影薄い訳ではありませんよ。ただ静かにしていただけです。」
「それが影薄いってことじゃない?」
くつりくつりと笑う杜若学園長。黒髪の……山吹さんを弄って遊んでいるようにも見える。一方の山吹さんは杜若学園長の発言にもにっこり笑顔で対応している。
「さて、雑談はこれくらいにするとして。そろそろ寮に戻って明日からの学園生活に備えておきなさい。」
「はい。」
「花蘇芳さん、分からないことは同じ寮生に聞くといい。皆いい子達だからね。程々に頑張りなさい。」
「はい。ありがとうございます。」
「それでは花蘇芳さん、寮に行きましょう。」
「はい。それでは失礼しました。」
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