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2章 音霧寮は……
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しおりを挟む真っ暗な空間に漂う私。ここはどこだろう。
『あんた──れてくる──なかった! だか──任を持って──てあげるわ!』
……これは、誰の声? 所々聞き取れないそれは、知らない女の人の怒鳴り声だった。誰だろうと私は首を傾げる。
しかし聞いたこと無いはずなのにどこか懐かしさを感じるのは……
何故?
「……ん、」
ここは……音霧寮の私の部屋、だよね。天井の感じでそう判断する。今まで寝ていたのね。何か夢を見ていたような気がするけど……思い出せない。
それよりも今、何時?
「……二時。」
枕元に置いている時計を見てみると二時を指していた。窓の外から光が入ってくるところを見ると午後なのだろう。
……あれ?
「私、さっき時計を見た時十七時半って言った気がするんだけど……。」
あれ? どういうこと? 時間戻った……わけではないよね?
体を起こして考え始める。
「……もしかして、次の日?」
眠りにつく前の行動を思い出せない。ええと、確か学校から帰ってきて一眠りして、起きた時に山吹さんが部屋に来て……それから……
「……あ、思い出し、た……」
さっと血の気が引く。そうだ、机の引き出しを開けて、そこにハサミが入っていて……
「ど、どうしよう、あの引き出しの中にハサミが……」
「藍、入るぞ。」
ノックして入ってきたのは大きな袋を持った柊木さんだった。
「藍、大丈夫だ。もうあれはここにねえから。」
ベッドに腰掛け、大丈夫、大丈夫と繰り返す。頬に触れた柊木さんの手は暖かい。
「椿が隠しといたからな。大丈夫だ。」
「大丈夫……? 痛くしない……?」
「ここにはお前を傷つけるやつはいねえから心配すんな。」
「……ん。」
ハサミがここに無いと分かって少し安心する。
「さて、あれの行方が分かったところで。俺がここに来たのには理由がある。」
頬から手を離し、持ってきた大きな袋を私に差し出す柊木さん。
「プレゼントだ。受け取れ。」
「え……? あ、ありがとうございます?」
受け取ったそれは大きさの割に軽く、中身の見当がつかない。それに加えて急なプレゼントに戸惑う。
「開けてみろ。」
「は、はい……」
言われた通りに袋をガサゴソと開けてみると……
「猫……!」
デフォルメされた黒猫のぬいぐるみだった。しかもなかなか大きめなサイズ。肌触りもとても良く、さらにとにかく可愛い。
「これどうしたんですか?」
「あ? お前寝不足なんだろ? これ抱き枕にでもすれば少しは眠れるんじゃねえかと思ったんだが。」
「わあ……! ありがとうございます。嬉しいです。」
プレゼントを貰うことが初めてなので、どういった反応をしていいか分からないが、嬉しい気持ちは伝えたかった。
「気に入ってくれたんなら、その猫も嬉しいだろうよ。」
ぎゅっと抱きしめてみるとふかふかのふわふわで。なんか気持ちも落ち着く。
「でも、いいんですか? 私が貰っても。」
「ああ。お前にやるために買ってきたからな。お前が使わねえっつうならどうしようもねえな。俺が使ってたら気持ち悪いしな。」
気持ち悪くはないけど面白いかも。
「ああ、そういえばあともう一つ入ってるぞ?」
「もう一つ?」
疑問に思いながら袋をガサガサと漁ってみると、そこには可愛らしい装飾が施された瓶が。
「これは……?」
「部屋に置いておくやつだとよ。なんかいい匂いがする……らしい。」
芳香剤みたいな感じかな?
「こういうの使ったことないので楽しみですね。ちなみにどんな香りなんですか?」
「ベルガモットだ。」
「べ……べる、が、もっと……?」
聞いたことない名前に、モルモットみたいな名前だなあ とあさってな方向に思考がズレる。
「柑橘系の香りらしいぞ。」
「そうなんですね。あ、では早速部屋に置いてみてもいいですか?」
「ああ。」
抱きしめていた猫ちゃんをベッドに置き、瓶の封を開ける。その瞬間に柑橘系のいい香りが私の周りに広がった。
「わあ……いい香り。」
どこに置こう。やっぱり机の上かな。
ことりとそれを置き、もう一度香りを嗅ぐ。うん、やっぱりいい香り。
「そっちも気に入ってくれたんなら良かった。香りも人それぞれ好みがあるからな。」
……柊木さんってただの怖い人じゃなかったんだね。見た目と雰囲気と先読みしてくる行動で怖い人と決めつけていたが、全く違う。とても優しい人だ。
何故あんなに怖そうな雰囲気を醸し出しているのか分からないくらい。
そんな柊木さんに私は何を返せるだろう。そのことが気がかり。
「あ? お前がそんなこと言える立場かよ。そもそもお前が寝不足で倒れたりするからこれらをやったんだろうが。お前はこれら使ってまず寝不足を解消しろ。分かったか?」
ひいっ、何故私の思考に答えてるの? やっぱり怖いかもです。
「さて、渡すもん渡したから一階に行くか。あいつらも待ってる。」
「待ってる、とは?」
「藍が倒れたって聞いて皆心配してんぞ。」
「心配……?」
私が倒れるなんて日常茶飯事なので心配しなくても大丈夫なのに。
「ああ。」
「そんな……これはいつもの事ですから何も心配することはありませんよ。」
「辛いだろ?」
「いえ。もう慣れました。」
その言葉に柊木さんの方が辛そうな表情を浮かべて沈黙する。本当になんでもないんだけど……。
「……慣れたのかもしれねえが、それでも心配はする。」
そう言われても……。今度は私の方が沈黙する。
「……さ、リビング行くぞ。あいつらに元気な顔見せてやれ。」
「……分かりました。」
気まずい空気の中、リビングへと向かう。
「あいさん、大丈夫!?」
「藍ちゃん倒れたんだって!? 大丈夫!?」
リビングに続く扉を開けた瞬間に桃さんと藤さんが私の目の前まで走ってきた。
「だ、大丈夫です。すみません、ご心配をおかけしました。」
「うんうん、心配だったよ?」
「どっか辛いところない?」
ほらこっち座ってとソファに誘導され、そこに座る。隣に柊木さんが座った。
「いえ。大丈夫です。これはいつもの事ですから。」
「いつものこと……?」
怪訝そうな表情を浮かべる藤さんと桃さん。
「はい。ですから大丈夫です!」
元気だとアピールしてみたが、やはり怪訝そうな表情を浮かべる二人。
「いつものことってどういうことなの?」
どういうこと、と言われても……
「他の人に比べると睡眠時間は少ない方でして、その為か一週間に一遍倒れるように眠るんです。」
そのせいで出席日数が足りなくて、テストの点数は良いのに補習を受けてたんだよね。倒れる日が土日だといいんだけど、毎回そうもいかず。何度も学校を休んでいた。
「そんなの……すごく辛いじゃん! どうにかして良くなるようにしなきゃ!」
「そうだね。藍ちゃん、俺に出来ることがあれば言ってね!」
「あ、ありがとうございます。」
「大丈夫だ。藍の寝不足解消の為に俺が策を講じたからな。きっと今よりかは良くなる。」
ポン、と私の頭に手を置いた柊木さん。柊木さんが言っているのは猫ちゃんとべるがもっとのことだろうか。睡眠不足を解消しろ、と言われたし。
「え、茜、藍ちゃんの睡眠事情知ってたの?」
「ああ。」
……あれ? 確かにそういえば何故柊木さんは私の睡眠事情を知っていたのだろう。私がこれについて話したのは今が初めてなのに。
その前段階で寝不足解消の為の猫ちゃんを買ってきたり出来たのは……何故?
私がぐるぐると考えていると山吹さんが質問してきた。
「で、茜は何を買ってきたんですか?」
「ね……むぐっ」
私が猫ちゃん、と答えようとしたら柊木さんに口を塞がれた。な、何故。
「教えねえよ。」
「あかねくん教えてくれないの? なんでー?」
「茜曰く私に笑われるのが嫌だから教えないそうです。」
猫ちゃんのどこに笑う要素があるのか分からないのだが。
「ということで花蘇芳さん。手、出してください。私が見ますから。」
「やめろや。」
「竜胆、見たら俺にも教えてよね?」
「勿論。」
……皆さんは一体何を見るというのだろう。
「そんなことよりも自己紹介した方がよくね? 藍も今俺達が何の話をしているか分かんねえだろうし。」
「あれのこと?」
「ああ。早めに言えば少しは不安解消にも繋がると思うからな。」
「それもそうだね!」
話がよく分からない方に向かっている気がするのだが……自己紹介は初日にしたよね。どういうことだろう。
「藍、拒絶せずによく聞けよ? すげえ大事な話だからな。初日に言おうとしたが先延ばしにしたやつだ。……いいか、藍。よく聞け。」
よく聞けと念を押されて話し始める柊木さん。その表情はとても真剣。これは私も真剣に聞かないといけない気がします。
「は、はい。」
「俺達音霧寮のメンバーはな……」
────
ベルガモット
「安らぎ」
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