『あなた次第』 【本編は完結】

君影 ルナ

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2章 音霧寮は……

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「いいか、藍。よく聞け。俺達音霧寮のメンバーはな、


皆『エートス』なんだ。」


 ……?

「藍、お前もエートスだろ?」
「うぉほえい!? ななな何故それを!?」

 ここにいる誰にも言っていないのに何故それを柊木さんが知っているの!? あまりの動揺に変な声が出てしまったではないか。

「音霧寮はそういうものだからね。」
「そ、そういうもの、とは?」

 ちょっと言っている意味が分からないので次の説明を待つ。

「一般には公開されてませんが、音霧寮は花学の生徒の中でエートスのみが入寮出来るんです。」
「エートス、だけ……」

 ようやく頭が追いついてきた。皆さんから話される言葉を頭が理解し始める。そうか、エートスだけが入れるのね。だからここにいるということは、私含めて皆さんもエートスだと。

「そうそう。でもこれを知っていたとしても他には『秘密』だよ?」

「秘密……?」
「エートスだと周りに知られたら、どうなる?」
「……あ。」

 私もこの容姿がバレて気味悪がられたし、エートスとバレて弱みを握られたし……。確かに普通の生活を送るためにはバレてはいけないね。

「成程です。」
「少数だが『すげえ』って言ってくれる人間もいなくはないが、大多数は違えだろ?」
「……はい。」

 私の場合、どこから情報が漏れたのか知らないが、ある日突然白髪灰色目がバレてしまって周りからは気味悪がられた。避けられたり、逆に虐められることもあった。

「……あれ、でも皆さんはエートスだとバレてはいないんですよね?」
「そうだな。」
「それなのに、他生徒から恐れられているんですか?」

 初日から私達に注がれていたあの目線達。エートスだとバレてはいないのに、怖がる要素があるのだろうか。

「あー……それがねー……」

 ふっと目を泳がせる藤さん。その目線の先には……

「だから僕じゃないよ! 多分!」

 藤さんの歯切れの悪い言い方と目線に焦る桃さん。何か思い当たることがあったのでしょうか。

「いんや、全員が原因だろ。」
「え、俺もー?」

「まず藤と椿と桃は目の色だろ。隠しもしねえんだからな。」

「えー、だってカラコンって痛そうじゃん! 僕痛いの嫌だよ!」
「……え?」

 藤さんの紫色も、福寿さんの桜鼠色も、桃さんの赤色も本物だったの? お洒落としてカラコンをしているものだと思っていた。

「あれ? 藍ちゃん不思議そうだね? ……もしかして知らないのかな?」
「し、知らない、とは何がですか?」

 思い当たることがない、ということは私は何かを知らないのかな。

「エートスは目の色が遺伝的な色にはならないんだよ。日本人は黒目が多いけど、俺達の目の色はカラフルでしょ?」

 藤さんが自分の目を指差しながらそう話す。

「た、確かに……」

 ああ、だから私の目もエートス故に灰色の目を持っていたのね。理解した。

 今まで疑問に思っていたことが一つ解決して安堵する。

 そして、もしかしたら今は隠しているこの白髪も何か理由があっての事なのではないか。ちら、と自分の黒髪ウィッグを見やりながらそう思った。

「……あれ、でもその話が本当なら、山吹さんと柊木さんの目の色は……」

 音霧寮にはエートスしかいなくて、そのエートスは皆目の色がカラフルだって今言ったよね? 山吹さんと柊木さんは黒目だけど……

「花蘇芳さんと同じで黒のカラコンをしているんですよ。」
「ほら。」

 柊木さんが片方のカラコンを外して見せた。片方は黒、もう片方は黄緑だった。黄緑色の目の方が柊木さんっぽいと感じたのは私だけではないと思う。

「山吹さんは何色か聞いてもいいですか?」
「私は……」

 表情を曇らせて言い淀む山吹さん。山吹さんも目の色のことで何か言われたのだろうか。ならば無理には聞かない方が……

「すみません、無理に聞こうとは思っていませんので。」
「いえ……いつか知られるのならば今知って頂いた方がいいと思いますし……」

 そう言って表情を曇らせながらも取ったカラコン。その下に隠されていたのは……

「綺麗……」

 綺麗に澄んだ青だった。

「やっぱり藍ちゃんも綺麗だって思うよね?」
「はい!」
「それなのに竜胆ったら『綺麗なんかではありませんから』だって。」

 綺麗な目を持っているのに、そう山吹さんが言ってしまうような出来事があったのだろう。そう考えると自然と眉間に皺が寄ってしまう。

「む……、あれ?」

 目の話をしていて、昨日のお昼寝の前に外してからその後付け直した記憶がないことに今はたと気がついた。

「か、鏡をお借りしてもいいですか?」
「どうぞ。」

 山吹さんから渡された鏡を恐る恐る見てみると……

 目は灰色だった。やっぱりそうだよね。付け直した記憶がないんだもん。私の記憶は正しかった。

 ということは皆さんにもこの目を見られているわけで。今更遅いとは思うが手で目の辺りを隠す。

「藍ちゃん、隠しても意味ないよ。もう全員その目見ちゃってんだから。」
「……ですよね。」

 私の悪足掻きも虚しく終わり、渋々と手を膝の上に置く。

「あいさんは灰色なんだね!」

 パッと表情を明るくさせながら聞く桃さん。

「……そう、ですね。」

 はは、と乾いた笑みが零れた。この目の色で散々悪く言われてきたので、もうどうにでもなれと投げやりになる。

「……花蘇芳、聞いてもいいか?」
「はい?」

 今までずっと一言も喋らなかった福寿さんがいきなり質問してきた。なんだろう。

「……あーちゃん、か?」

 聞き覚えのない呼び名に首を傾げる。私のことをあーちゃんと呼ぶ人など今までいたことがない。確かに私は藍って名前だからあーちゃんと呼ばれてもおかしくはないけれども。

「人違い、ということは有り得ませんか?」
「……分からない。だが、その子も目が灰色だった。」
「そうですか……」

 灰色の目など日本人にはそうそういない。ならば私があーちゃん?

「福寿さん、そのあーちゃんに会ったのはいつのことですか?」
「……俺が四歳の頃だ。」

 ということは私が五歳の頃。ううむ、分からないな。あの頃には既にマスターの所にいたような気がするけど……小さい頃のことだから記憶が曖昧だ。

「すみません、記憶にないです。」
「……そうか。まあ、人違いということもあるだろう。髪の色も違うからな。」
「お力になれずにすみません。」
「……いや、いいんだ。」

 なんか空気がしんと静まり返ってしてしまった。ど、どうしよう。この空気をどうやって変えよう。どちらかと言うと私は口下手な方に分類される人間なので、このような場合はどうやって切り抜けるのが適切か分からなくてわたわたする。

「……人違いと分かったところで、改めて自己紹介しない?」

 名案だ、と言わんばかりに手を軽く叩き、話を変えてくれた藤さん。そのおかげで空気もふわりと軽くなる。助かりました、ありがとうございます、と心の中でお礼をする。

「はいはーい! じゃあ僕から! 僕、雪柳 桃は、武器だと認識している物を持っている間だけ身体能力が高くなるっていう『身体能力強化』のエートスだよ!」

 武器を持っている間だけとは……だいぶ限定的なんだね。

 あ、だから初日にお疲れ気味の藤さんの頭を桃さんが撫でたらいいのではと提案した時に「骨折れそう」と藤さんと福寿さんが言ったのか。成程。

「じゃあ次俺、酸漿 藤は、触れた場所の傷を癒す『治癒』のエートスさ。藍ちゃん、怪我してない?」

「大丈夫です。」

 古傷ならたくさんあるけど。別に言わなくてもいいことだ。

「次は椿どうぞー。」

「……俺は……福寿 椿は、『嘘看破』のエートスだ。」

 嘘を見破れるってことだよね?じゃあ福寿さんの前では嘘付けないね。

「じゃあ次は俺行くか。柊木 茜は触れた人間の一日以内の未来を見れる『未来視』のエートスだ。」

 ああ、理解した。いつもいつも先回りしているかのような振る舞いは、この能力から来ていたのか。

「次は私ですね。私、山吹 竜胆は、触れた人間の一日以内の過去を見られる『過去視』のエートスです。」

 山吹さんは柊木さんと反対なんだね。柊木さんは未来、山吹さんは過去を見れる。だからこの二人は能力を使うために私に触れてもいいかと聞いてきたのか。成程成程。

「花蘇芳さんはどんな能力ですか?」

「私は……視界に入れたものを動かす能力を持つエートスです。」

「なるほど、『浮遊』のエートスか。」

 浮遊、浮遊のエートス……うん、なんかしっくりくる。まるで前からその言葉を使ってきたようだ。そのことに嬉しさを感じる。

「あいさん、仲間だね!」
「仲間……」
「そうだ。だから藍がどんな人間だろうと俺達は離れてやんないからな。」
「そうです。花蘇芳さんは何も心配せずに私達といればいいんですよ。」

 当たり前のことを話すような口振りで告げられる言葉にどうしても疑いの目を持ってしまう。

 ……私の髪が何故か生まれつき白くても一緒にいてくれますか?

 声に出せないので、心の中でそう聞く。もちろん、答えは返ってこない。

「……皆さんと一緒にいても……いいんですか?」

 心の奥底では誰かと一緒にいることをずっと望んできた。だが、私は人をどうしても信じられなくて。今だって皆さんを疑っているようなもの。こんな私は一人でいなければならないのに……。

 視線を下に落とす。

「そんなの……」

 ポツリ。山吹さんの苦しそうな声が聞こえた。やっぱり駄目だよね。

「そんなの良いに決まってるじゃないですか!」

 山吹さんのその言葉に顔が上がる。山吹さんは悲しそうな表情。

「あいさん、逆になんで駄目だと思ったの?」

 桃さんに問われるが、なんと言えば良いか分からない。うーん……

「今までそうだったから……でしょうか。」

 そもそも今まで誰かといたいと思ったことなどなかったし、私の異質さを知ればあの人以外皆離れていった。

 その時はそこまで辛くはなかった。ああ、またか。くらいにしか感じなかった。

 しかしこの一週間足らずで、誰かと一緒にいることの楽しさを私は知ってしまった。だから……

「もう、独りには戻れない……」

 言葉にすると自分の気持ちがより固まっていく。心の奥底に仕舞っておいた感情が溢れてくる。思わず胸の辺りの服をぎゅっと掴む。

「藍ちゃんの気持ちを聞きたいな?」

 私は……

「皆さんと一緒にいたいっ……!」

 それが今の私の素直な気持ちだった。

「そっか。じゃあ藍ちゃん、一緒にいたいって言ったんだから覚悟しててね? 俺達は藍ちゃんから『決して離れない』から。」

 藤さんが堂々と宣言する。

 決して離れない、か。本当にそうなればいいな、と心の奥で考えながら、白い髪が皆さんにバレませんように、と祈るしかなかった。





────


オトギリソウ
「秘密」

フジ
「決して離れない」
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